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第七話

「・・・」

〈・・・〉


第一声から言葉が続かない葵と雪乃。

少女があまりにもあっけなく見つかってしまったことに驚きを隠せない様子だ。

2人が何も言わないでいると、眼鏡の少女が口を開いた。


「・・・そこ、どいていただけますか。これから花瓶の水換えをしなくてはならないので」


抑揚をつけずに告げる少女。よく見ると彼女の手には花が活けてある花瓶がある。

これは葵たちの担任のおばあちゃん教師、野川が始業式の日に持ってきたものだ。

何でも、『花による癒し効果で勉強がはかどうるように』らしい。

その効果のほどは定かではないが。


「ご、ごめん」


慌てて葵が扉の脇によけると、少女は軽く頭を下げその横を通り過ぎた。

しばらく呆然とその場に突っ立っていた葵だが、はっと我に帰ると少女の後を追いかけた。


「・・・なんですか?」


少女は、廊下に備え付けられた流しで花瓶を洗っていた。

葵たちが来たのに気付いたようだったが、視線は手元の花瓶に向けられたままだ。

昨日とは雰囲気が変わった少女に、うっとたじろぐ葵。

この少女を見ていると、今朝のような怒っている時の母を思い出すのだ。


「えーっと、その・・・なんで花瓶洗ってるの?」

〈葵ちゃん何聞いてんの!?〉


聞きたいことが多すぎて何から聞いていいかわからなかった葵は、半ば混乱状態だった。


「日直ですから」

「あ・・・、そうなんだ」


沈黙。


「えっと・・・もしかして君、3年5組?」

「ええ」


沈黙。


(か、会話が続かない・・・)

〈葵ちゃん、ガンバレ!〉


にべもない少女にがっくりと脱力する葵。

すると、そんな葵を見た少女が始めて自分から口を開いた。


「それと」

「え?」

「私の名前は犬神・・・犬神 可奈子です」


可奈子は水道の蛇口を捻り水を止めると、花瓶に花を挿して立ち去ろうとしたので、葵も慌てて後に続いた。

きっとこの光景を周りから見たら、この少女に目をつけたしつこい奴が必死に追いかけてると思うのだろう。


「犬神さん、えっとその・・・昨日はありがとう」

「いえ、それよりもそちらの方が無事で何よりです」

〈やっぱり、あたしのこと見えるんだね〉

「・・・ええ。昨日、道路で会った時は開いた口が塞がりませんでした。同級生をあんな形で見たのは初めてですよ」


そう言われて、葵と雪乃は苦笑いする。

自分達だってこんな事になるとは思ってもみなかったのだ。


「さて、日直の仕事も終わった事ですし・・・屋上にでも移動しましょうか」

「え?」

「私に聞きたい事があるからしつこく付いて来たんでしょう?」

「う・・・」


図星の葵に可奈子はフッと笑った。

可奈子の後を追うので夢中だったが、ふと辺りを見回せば既に沢山の生徒が廊下を行き来していた。

屋上は常に生徒が立ち入れるようになっているが、昼休みに昼食をとる生徒をちらほら見かけるだけで、普段はほとんど人気がない。

なので人に聞かれたくない話をする場所としてはうってつけだった。

葵が屋上へ通じる鉄製の扉を引くと、途端にむわっとした熱気を感じる。

所々ひび割れたコンクリートが太陽の熱を反射して、まるでサウナのように蒸し暑い。

それでも日陰に入ればいくらかマシだったので、3人は壁際の安っぽいプラスチックのベンチに腰掛けた。


〈昨日はホントにありがとね、可奈子ちゃん〉

「いえ、お礼を言われるような事はしてませんよ」

「やっぱりお経が原因なのか?雪乃は『身体がバラバラになりそうだった』って言ってたけど」

「そうですね。般若心経には霊を鎮め、供養し、その魂を成仏させる効果があります。恐らくこの世に留まりたいという意思を持った・・・えーと」

〈あ、あたしは松下 雪乃っていうの。雪乃でいいよ〉

「・・・雪乃さんが般若心経の効果に反し成仏を拒んだので、そのような事が起きたんでしょう」


紙に書いてある文章を読み上げるかのようにすらすらと答える可奈子に2人は感嘆するが、可奈子自信はさも当たり前の事を言っているにすぎない、という表情をしていた。


「なら、どうして俺たちが休憩室に行くってわかったの?」

「わかったも何も、会場から飛び出しきたのを見てましたよ。それを追いかけただけです」


廊下でご焼香の順番を待っていた大勢の生徒達の中に、可奈子もいたんだろう。

この事についても新鮮な答えを期待していただけに、葵は拍子抜けした。


〈じゃあ、葵ちゃんの名前を知ってたのは?〉

「水城さんがよく浮遊霊たちを目で追ってるのを見て、私の他にも霊の見える人がいるのかと思っていたので印象に残ってたんですよ」


単純明快な回答をする可奈子に、葵は好感を持った。

何より、こんな身近に霊感を持った人がいるのが意外でもあり、嬉しかったのだ。


「・・・と、聞きたいことはこれぐらいですか?」

「そうだな。わざわざありがとう」

「いいえ。そろそろ戻りましょうか」


丁度いいタイミングで予鈴が聞こえてきたので、3人は屋上を後にした。


***


「あ、来た来た。遅いぞあおいーっ」


3年5組の教室に戻った葵の耳に、聞きなれた声が飛び込んできた。

声のした方向を見ると、親友・片桐 和輝が葵の席に座って、ひらひらと手を振っていた。


「和輝、何でお前が俺のクラスにいるんだ?っていうかそこは俺の席なんだけど」

「やだなぁ、堅いコト言うなって。俺5組よ?葵と一緒」

「・・・だってお前、始業式の日はいなかったじゃんか」

「葵ちゃーん、俺がそんなダルいイベントに出ると思ってるわけじゃないでしょー?」

「・・・またお前はサボったのか」


悪びれた様子もなく、爽やかに親指を立てた和輝に対し、軽くため息をつく葵。

すっかり忘れていたが、和輝は先生たちの中でも有名な『サボり魔』だった。

始業式を始め、文化祭や体育祭などのイベントは絶対に休むうえ、平日でも遅刻・早退・欠席が多い、皆勤賞などという言葉とは無縁の生徒なのだ。


「ま、元気そうで良かったよ。昨日は急に会場を飛び出して行ったから何があったのかと思ったけどな」

「あ、ああ。ちょっと体調悪くなっちゃってさ」

〈ん?〉


葵は苦笑いしながら、両親についたのと同じ嘘を親友についた。

わずかに、心にちくりとトゲの刺さったような痛みが走る。


「ま、あんま一人で抱え込むなよ」


担任の野川が入って来たので、和輝はそれだけ言い残して自分の席に戻ってしまった。


〈・・・ねえ、葵ちゃん〉


カバンの中の教科書やノートを机に移していると、雪乃が話しかけてきた。

しかしクラスメートがいるので、口頭で返事をすることは出来ない。

どうにかして意思を伝える方法はないか、と辺りを見回すと、教科書やノートが目に入った。

葵はふと閃いて、英語と書かれたノートを広げ、そこに『どうした?』と書いた。

これなら声に出さないで雪乃と会話ができるし、携帯に打つとのは違って授業中もカモフラージュになる。我ながらいい考えだと思った。

雪乃もノートを見て理解したらしく、そのまま話を続けた。


〈あのキンパツ君には、霊感のこと話してないの?〉

(うっ)


思いがけない質問に一瞬ひるんだものの、葵はシャーペンを握り直して返事を書いた。


『そうだよ』

〈なんで?〉


即座に帰ってきたストレートな質問の答えを、少しためらった後ノートに記した。


『・・・小学生の時みたいになりたくないし』


葵が小学校5年の時、クラス替えがあって新しい友達ができた。

勿論霊感の事は秘密にしていたが、当時最も仲が良かった友達を信用し話した事があった。

この友達なら、自分の事をわかってくれるかもしれない。

しかし、そんな葵の期待は儚い幻に終わった。

秘密だよ、と誓った話は翌日にはクラス全体に広まり、その日を境に葵には『嘘つき』、『気味が悪い』と言った目で見られ、根拠のない悪質な噂を流されたりもした。

当然、雪乃も同じ小学校であったのでその事は知っている。それどころか、雪乃は葵の一番身近にいた人物でもあった。

これで納得するかな、とも思ったが、返ってきた答えは葵の想像とは違うものだった。


〈うーん・・・、キンパツ君はそんなことしないと思うけどなぁ〉


葵のシャーペンを持つ手がはたと止まった。

正直な話、葵の霊感を知ったからといって、和輝がそれだけで葵を避けたりしないだろう、というのは何となくわかっていた。

5年に渡る付き合いで和輝の性格は大分把握していたし、信用もしていた。


(でも・・・)


やはり、怖かった。

もし、今までの関係が崩れてしまったら。

もし、小学校の時のように自分の居場所が失われたら。

何度か打ち明けようかとも思ったが、その度にそんな不安が脈絡なく頭の中に流れ込んでくるのだ。


〈何かキッカケがあればいいのにね〉


葵の気持ちを察したのか、雪乃がぽつりと呟く。

返事をノートに書くこともなく、葵も小さく頷いた。


***


昼休みを告げるチャイムが教室に鳴り響くと、数学の教師は挨拶もせずにさっさと教室を出て行った。

それまではつまらなさそうに数式や計算をノートに書き写していた生徒達が急に活気付き、新しく出来た友達と一緒に弁当やらパンやらを机に広げ始める。

学校に来る目的は、勉強ではなく友人と過ごす時間というのは一種の摂理になっているのかもしれない。


「葵、飯行こーぜー・・・って、大丈夫か?」

「・・・」

〈葵ちゃん、大丈夫?〉


一方、クラスメートの明るい雰囲気とは裏腹に、一人力なく机に突っ伏す生徒がいた。葵である。


(う、腕が動かない・・・)


1時間目からずっと雪乃との筆談をしながらノートをとっていた葵の腕には相当な負荷がかかり、4時間目が終わった今ではほとんど感覚を失い、動かなくなっていた。

別に何もそこまでして筆談しなくても、という話なのだが、お人好しの葵にはそれが出来ないのだった。


「・・・大丈夫、裏庭行こう」


痛む右手をかばいつつ、カバンからコンビニの袋を取り出すと、葵たちは『裏庭』に向かった。

この裏庭というのはその名の通り校舎裏にあるちょっとしたスペースのことで、葵と和輝はいつもここで昼食をとっている。

校舎の外に出ると4月とは思えないような暑さだったが、裏庭に入ると途端に涼しくなる。

ここは風通しも良く、木陰も多いので暑い日には最適なのだ。

木製のベンチに適当に腰かけ、昼食をとっていると、ふと和輝が思い出したように言った。


「そういやさー、最近ずっと寒気がするんだよな。風邪かなぁ」

「最近暑かったり寒かったりだからな」


言葉ではそう言いつつも、少し気になった葵は、目を凝らした。

すると和輝の肩にぼんやりとしたものが浮かび上がる。


〈葵ちゃん、この人・・・!〉


無言で頷き、そのまま見据える。すると、そのぼんやりしたものが段々形を成していった。


(子ども、か)


和輝の肩にしがみつくようにして立っていたのは、5、6才くらいの幼い男の子だった。勿論、生きている子ではないが。

男の子は怯えた様子で葵のことをじっと見ている。


〈葵ちゃん、このキンパツ君、とり憑かれてるみたいだけど大丈夫かな?〉


葵は和輝に聞こえないように、小声でぼそぼそと答えた。


「悪いものは感じないし、きっとよくいる浮幽霊だと思う。しばらくすれば離れてくよ」

〈そっか、良かった〉


霊感体質の経験上、こういう事は大体霊を見ただけで判別がつくようになってしまった。

良いような悪いような、なんとも複雑な気分である。

雪乃は微笑んで、女の子に手を振った。するとその少年の表情も明るくなり、照れたように手を振り替えした。


(すげえ、幽霊同士のコミュニケーションなんて始めてみた)

「葵、目の焦点があってないぞ」

「あ」


和輝に指摘され、葵は我に帰ったかのように慌てて瞬きをした。

どうやら和輝にはぼんやりしているように見えたらしい。葵は誤魔化すかのように、慌てて食べかけのパンをかじった。

その瞬間、葵の背筋にぞくりと寒気が走った。何者かの、射るような鋭い視線を感じたのだ。

反射的に後ろを振り向くと、いた。


「・・・!」


数本先の木の陰から、紺色のセーラー服を身に着けた少女がじっとこちらを見ている。

後ろにある鉄製の柵が透けて見えることから、霊だっていうのがわかった。

人が沢山集まる場所に惹かれるのか、学校で霊を見るのはそれほど珍しくはなかったが、霊の方がこちらの存在に気付いている、というのは初めてだった。

今まで葵の見た霊は、どれも自分の世界に入りきっていたり、当ても無く彷徨っているような人だけだったからだ。


「んー?何か後ろにいるのか?」


振り向いた体勢のまま微動だにしない葵が気になったのか、和輝も後ろを向いた。その瞬間――


(消えた!?)


まるで空気に溶け込んでしまったかのように、少女の身体は一瞬にして掻き消えてしまったのだ。


「何もいないじゃん、ホント大丈夫か?」

「え・・・あ、うん」


曖昧に頷きながらも、葵は少女のいた場所から目を離す事ができなかった。

風が吹き、ざわざわと木の葉が揺れる。

葵の心には、漠然とした不安だけが残っていたが、勿論今の段階ではその正体を知る由もなかった。

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