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第六話

唖然としている葵を尻目に、眼鏡の少女は乱暴に革靴を脱ぎ休憩室に上がりこんだ。


「この方が成仏したら困るんでしょう?」

「え?じょう・・・あぁ、うん」


いまいち事態が飲み込めない葵。

しかし少女はそんな葵を気にする事もなく、葵の隣に座ると、制服のポケットから長い数珠を取り出し、それを手にかける。

そして目を瞑り、何やら唱え始めた。


(こ、これは・・・)


葵には何を唱えているのかは聞こえないが、少女がそれを始めた途端に部屋全体がぴんと張り詰めた雰囲気になったのが分かった。

やがて建物の外の雑踏が聞こえなくなり、部屋を静寂が支配する。

葵は何か言おうとしたが、口が動かなかった。

いや、口だけではない。座った体勢のまま、指1本たりとも動かすことができない。

これは幼い頃によく体験した金縛りさながらだ。

しかし、少女が口の動きを止めると、葵は唐突に身体の自由を取り戻した。

そして窓の外からは車が砂利を踏む音が、扉の外からは人々のざわめきが聞こえる。

『元に戻った』のだと、葵は感じた。


〈あおい、ちゃん・・・〉


はっとして雪乃の顔を覗き込む。

そこには、元の半透明に戻った雪乃がいた。もう顔色も悪くないし、消えかけてもいない。

元気とまではいかないが、大丈夫そうだ。


「雪乃・・・良かった」

「全く、どういう理由かは知りませんが、葬儀場に霊を連れてくるなんて言語道断ですよ」

「ご、ごめん・・・なさい」


見ず知らずの少女に説教されて謝ってしまう。それが葵である。


「えっと・・・色々聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「・・・! それは明日にしましょう」


何かに気付いた少女はさっと立ち上がり、急いで革靴を履くと扉に手をかけた。


「あ、ちょっと!」

「それではまた明日――水城 葵さん」


そのままノブをひねり、姿を消した。

次の瞬間、再び扉が開かれる。先ほどの少女が戻ってきたのかと思いきや、

そこに立っていたのは鬼神の形相をした母・恵子だった。


「・・・えーっと、その・・・急に眩暈がして」


必死に弁解をするも、麻耶とは違いそんな生半可な嘘が通用する相手ではなかった。

恵子のこめかみに青筋が浮かぶ。

その後母親と、後からやってきた父親に雷を落とされたのは言うまでもない。


***


「あー・・・疲れた」


家に着くやいなや、葵は自室のベッドに倒れこんだ。雪乃もその隣に腰掛ける。

あれから散々だった。父親からはゲンコツを食らうし、帰りの車の中でも延々とお説教。

ホールを飛び出す際に、雪乃の名を叫んだことも問い詰められたが、それに関して葵は本当の事を言わず、黙秘を続けた。

真実を言おうにも、家族は葵の霊感から否定しているのだし、言い訳をしようにも適当なのが思いつかなかったのだ。


〈・・・ごめんね葵ちゃん、あたしがついていったばっかりに〉

「俺は大丈夫だけど、どうしてあんなに葬儀場についていくってうるさかったんだ?」

〈それは・・・〉

「それは?」

〈・・・約束が・・・〉


聞こえるか聞こえないかのかすかな声だったが、葵は聞き逃さなかった。


「俺、何か雪乃としてた約束あるか?」

〈え、あ・・・ううん、なんでもない〉


急にしゅんとなる雪乃。

滅多にないが、そんな彼女を見ると何かとてつもない罪悪感を感じてしまう。

自分が悪いと悪くないとにかかわらず、だ。


「ご、ごめん雪乃。俺なんか悪いこと言ったかな」

〈・・・ううん、大丈夫〉


そういいつつもまだ雪乃の表情は曇っている。

困った葵は無理やり話題を変えることにした。


「えっと・・・どうして突然具合悪くなったの?」

〈あれは、お経かな〉

「お経?」


葵だってお坊さんの唱えるお経を聞いていたが、なんともなかった。


〈あれが始まった途端に苦しくなって、身体がバラバラになりそうな気がしたの〉

「そっか・・・お経って、やっぱり霊を成仏させたりする効果があるのかな」

〈多分・・・。あの女の子がいなかったら、あたしきっと今頃ここにいなかったよ〉

「そうなんだよな・・・」


それにしても、思い返すと不思議な少女だった。

どうして休憩室にいるのがわかったか、とか雪乃に何をしたんだ、とか聞きたいことは色々あった。

しかしそれよりも、


「何で俺の名前を知ってたんだろ」

〈え・・・知り合いじゃないの?〉


改めて少女の姿を思い出してみるも、今までに喋ったこともなければ会った記憶もなかった。

今日、駐車場前の道路が初対面だったはずである。

だが、その時に向こうが名前を知る機会はなかったように思う。


〈でも、学校の制服着てたってことは同じ学校だよね? なら捜せばすぐ見つかるんじゃない?〉

「それもそうだな・・・今日来てたのは3年生だけだし、明日から捜してみるか・・・」


思いっきり伸びをすると、大きなあくびが出た。

もう今日は疲れたし、夕飯も風呂もまだだがこのまま寝てしまおう。

わざわざ1階に行って気まずい雰囲気になるのも、親にまた小言を言われるのもまっぴらだ。

雪乃が机の横に貼られた時間割を見ているうちにそそくさと寝巻きに着替える。

そして目覚ましをセットすると、ベッド脇の棚に置いた。


〈もう寝るの?まだ9時だよ〉

「ん、疲れたんだ」

〈お父さんにグーでぶたれちゃったしね〉

「頭だけどな」


苦笑いしながら扉の側にあるスイッチを押すと、部屋は一瞬で闇に変わった。

そのままベッドに入り、布団をかぶる。

どうやら雪乃は椅子に腰掛けたようで、机の前にぼんやりとした白い影が見えた。


〈おやすみ葵ちゃん〉

「・・・おやすみ」


言ってから、幽霊って寝るのかな?とか思ったが本人に聞くのも気が引けるので黙っていた。

4月とはいえ、まだ夜は肌寒い。暖かい布団にくるまっていると、今日の疲れも加わって思ったより早く睡魔はやってきた。

ふと、漠然とする意識の中にある疑問が浮かんだ。


(・・・そういえば俺が休憩室で見た夢にも『約束』っていう単語が出てきたな。

ただの夢だと思うけど、雪乃が幽霊になってから俺のところに来た理由と何か関係があるのか?)


雪乃に詳しく聞いてみようかとも思ったが、眠気には抵抗できないし、する気もなかった。

明日でいいか、なんて軽い気持ちで葵は眠りについたのであった。


***


翌朝、いつもより早い時間に目を覚ました葵は、さっとシャワーを浴びると、そのまま1階のリビングにまで降りて行った。

台所に立つ母に「おはよう」と挨拶をするが、母は背中を向けたまま無言だ。


〈おばさん、まだ怒ってるのかなぁ〉


無言で頷く葵。

恵子は、怒るといつもこうやって相手と口を聞かなくなる。

それは相手にとって決して気分の良いものではないが、今回の場合は(葵と雪乃から見れば)少なくとも葵だけに非があるわけではないので、いつもに比べてかなりイライラする。

しかも霊感のことすら信じていないので、弁解も何もあったもんじゃない。

これ以上リビングに居たくなかったので、葵は一旦部屋に戻ってカバンを掴むと、早々に家を出た。


〈朝ごはん、食べなくて良かったの?〉

「コンビニで何か買うからいいよ、あの空間にいたくなかったし」


通勤時間より微妙に早い時間だったらしく、辺りには人気がないので雪乃の質問にも答えることができた。勿論小声で、だが。


〈葵ちゃんの家族の人は、霊感のこと知らないの?〉

「いや、何回も言ったけど信用されなかったよ」

〈そんな・・・〉


遠くを見つめる葵。すると思い出したくもない過去が脳裏によぎった。

幼い頃の自分。

霊感のことを言っても頭から否定する両親。

小学校の頃の、とても子どもとは思えない陰湿な行為。

それらの断片的な記憶がフラッシュバックし、葵はそれらを再び忘れ去ろうと頭を振った。


〈・・・葵ちゃん〉

「行こう、雪乃」

〈あ、ちょっと!〉


雪乃の呼びかけには答えず、葵は歩を速めた。

まるで、自分の過去そのものを振り切るように。


***


葵が学校に到着した時、まだ始業時間まで30分ほど時間があった。

普段の葵なら始業時間ギリギリに、それもチャイムが鳴っている最中に教室に滑り込むのが常であったので、ゆっくりと階段を上るのは何だか変な感じだった。


〈階段辛そうだね、あたしは楽だけど〉

「・・・俺ももう年かな」


浮遊して移動する雪乃は階段も楽々だが、葵はというと上に行くにつれて段々とペースが落ちていた。

こりゃこれから遅刻ギリギリには来れないな、と改めて実感した頃、ようやく教室がある4階にたどり着いた。

100m走をした後のように動悸が激しい。

春休み中に堕落した生活を送り続けた自分を呪いながら、突き当たりにある3年5組の教室に向かった。

こんなに早く来てる奴いるのかな、とも思ったが、教室の中からは物音がした。

どうやらすでに誰かいるようだ。

教室に入ろうと引き戸に手をかけようとした瞬間、いきなり扉が開いた。

びっくりして思わずのけぞる葵。

しかし、教室の中から出てきた人物に、葵はさらに驚愕した。

その人物は葵に・・・いや、葵と雪乃に気付いたようだったが、特に何のリアクションもしない。


「き、君は昨日の・・・!」

〈え? あーっ!〉

「・・・おはようございます」


思わず雪乃が指さした先には、腰までの黒髪を伸ばした、赤い眼鏡の少女が立っていた。

それは紛れもなく、昨日雪乃のことを助けた少女だった。

前回と似たような終わり方ですが、キリのいいところで区切ってますんで気にしないで下さい。

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