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第二話

(良かった、昇降口が閉まってなくて)


忘れ物を取りに行く、と言い雪乃と別れてから早5分。

校門を抜け、昇降口で上履きに履き替えた俺はひたすら階段を上っていた。


(と、遠い・・・)


2年の時は教室は2階にあったのだが、新学年になったら4階に移ってしまったのだ。

おまけに、葵たちの新クラス・3年5組は階段から一番遠い場所にある。

倍以上になった道のりを早足で歩き、ようやく教室にたどり着いた。


「お、あったあった」


机の中を覗き込み、葵はほぅ、と軽く息をついた。

そこには『進路希望調査書』と書かれたプリントが無造作につっこんであった。

葵はそれを急いでカバンに押し込み、教室を後にする。


(それにしても・・・進路、ねぇ)


今日から高校3年生。

自分の進路について考えはじめるには遅すぎる気がするが、葵は将来については全く考えていなかった。

まあ、大学に進学することになるんだろうな、というのは予想がついた。

しかし、それは親の考えに『就職』なんて文字はなかったからだし、

友達が次々と志望の大学を決めていくのを横目で見ていたからかもしれなかった。

葵自体は志望する大学も学科もなかったし、そもそも自分は将来何がやりたいか、なんてわからなかったし、考えたこともなかった。


(なんか俺・・・将来絶対後悔しそうだよな)


あまりにも将来性・計画性のない自分が情けなくなるが、慌てて気をとりなおす。


(いけね、こんな事考えてないで、さっさと雪乃に追いつかなきゃ)


葵はしんとした教室を出て、階段を駆け下り昇降口を後にする。

まだ雪乃と別れてから10分くらいしか立っていないから、全力疾走すれば間に合うだろう。

中途半端にかかとを踏んでいたスニーカーを履きなおし、トントンとつま先で地面を叩く。

一息つくと、葵は走り出した。


(今日は折角一緒に帰るハズだったのに、何か悪いことしちゃったしな)


高校に入ってから雪乃と一緒に帰るのは、久しぶりだった。

入学したての頃はまだ友達もいなくてよく登下校を共にしたものだが、

季節が変わるにつれ、段々その回数も減っていった。


(あの頃はクラスの男子に変な事聞かれたりしたしなー・・・)


葵と雪乃が一緒に登下校する様子を見ていたクラスの連中は、

当然2人が付き合ってると思い込み、変な質問をしたり、ひやかしたりしたものだ。


(やっぱ雪乃も嫌だったんだろーな、そういうの。その頃から学校じゃあんまり口利いてくれなくなったし・・・)



4月とは思えぬ気温の高さに、葵は一旦学ランを脱ぎ、また走り出す。


(そ、そろそろ息が切れてきたっ・・・)


5分も走っただろうか、そろそろ先ほど雪乃と別れた場所だ。

もしかしたら何処かで俺を待っているかもしれない。

端から見たら自惚れだと思われるだろうが、雪乃の性格は十数年の付き合いでわかっている(つもり)だ。

葵はスピードを落とし、キョロキョロと辺りを見渡す。

すると、この先の交差点のあたりで、人だかりが出来ているのを発見した。


どくん。


葵の心臓が高鳴る。

運動した後の動悸とはまた別の高鳴り。何か言い知れぬ不安。


(・・・何かあったのかな)


葵は、恐る恐るざわめく人だかりへと近づく。

それは心臓の鼓動を落ち着かせるためか、

無意識のうちにこの先の人だかりを『見てはいけない』という本能に駆られてのことか。

次第に野次馬のおばちゃん達の会話が聞こえてきた。


「・・・事故ですって」


どくん。


「・・・なんでも、運転手が居眠りしてたらしいわよ」

「可哀想に、女の子が・・・」


どくん。


全身から、冷や汗とも脂汗ともわからないものが噴き出す。


まさか。考えすぎだ。


葵は近所に住む顔見知りのおばさんを見かけたので、ためらいがちに声をかけてみる。


「あ、あのっ・・・何があったんですか?」

「あら、葵くん。いやね、アタシも今さっき来たばっかでよくわかんないんだけどね、


ここで事故があったらしいのよ。何でも制服着た女の子がトラックにはねられて、

病院に運ばれたらしいのよ」


「そ、それってまさか・・・」


その時、葵はポケットで振動する携帯に気づいた。

学校にいる間はずっとマナーモードにしているのだが、外にいた為気づかなかったらしい。

発信者を見ると、『水城 恵子』――葵の母だ。

急いで通話ボタンを押し、電話を耳にあてると、悲鳴に近い母の声が飛び込んできた。


「葵!何やってたのよ、何回かけても繋がらないし・・・そんな事より、大変なの!

雪乃ちゃんが・・・さっき事故に遭って病院に運ばれたって、雪乃ちゃんのお母さんから連絡があって、重態なんだって!」

「重態!?」

「筑摩総合病院、あんたもよく行くからわかるわよね?母さん先に行ってるから、葵も急いで来なさい、いいわね!?」


葵の返事を待たず、恵子は電話を切った。

後には、ツー、ツーという無機質な機械音だけが残る。


「・・・くそっ!」


誰に向けるわけでもない悪態をつき、葵は筑摩総合病院に向かい走り出した。


***


ノンストップで走り続け、息も絶え絶えになった葵は筑摩総合病院へと辿り着いた。

病院の入り口で恵子を見つけ、ナースステーションで雪乃の事を聞く。

そして看護師に案内されたのは、患者が入院している病棟の一室だった。

どうぞ、と促され、葵は恐る恐る病室に足を踏み入れた。

病室には、葵もよく知っている雪乃のお母さんとお父さんがいた。

二人とも、部屋の中央に設置してあるベッドの側におり、すすり泣いている。


「ゆき、の・・・?」


清潔感漂う真っ白なベッドに、雪乃は寝かされていた。

周りには、よく病院のドラマで見るような『生命維持装置』みたいなのとか、

何やらよくわからない機械が多数あるが、それらから伸びたコードは

いかにも『今さっき取り外された』といった感じで、簡単にまとめられていた。


「・・・・・・」


葵は雪乃の顔を覗き込む。

彼女の顔は、多少の擦り傷はあるものの、それ以外は全く普段と変わりがない。

まるで、眠っているかのようだった。


「・・・雪乃は、10分程前に・・・」


雪乃のお母さんが、すすり泣きを押さえながら伝えようとするが、後は声にならない。

それを聞いた恵子は泣き崩れたが、葵は涙一つ流さなかった。

目頭は火事が起きたのかと思うほど熱く、鼻の奥は辛いものを食べたみたいに

ツーンとしていたが、ここで泣いたらきっと止まらなくなる。

いつもは頼れる母の恵子がこの有り様なんだから、自分がしっかりしなくてはならない。

葵は唇をキツく噛み締め、両の手は僅かに血が滲むほど強く握り締めていた。


***


「・・・ふぅっ」


自室に入るなり、明かりも点けずに葵はドサリとベッドに倒れこんだ。

その後の事はよく覚えていないが、しばらく呆然とした後、

葵の父・健司と妹・麻耶に連絡し、泣き崩れた恵子をなだめるために受付のソファにいて、

家族が全員揃ってもう一度雪乃のいる病室に顔を出した後、

タクシーを呼び家族揃って帰宅した、といった感じである。


「雪乃・・・」


ほんの3時間前まで一緒に下校していた幼馴染みの名を呼んでみるが、

それは、いとも簡単に夜に満ちた暗い室内に吸い込まれて消えた。



――あたし達、今日から高3だね、葵ちゃん。


――葵ちゃんはどこの大学行くかまだ決めてないんだ?



雪乃の笑顔と共に、彼女の最後ともいえる言葉の一つ一つがゆっくりと脳裏によぎる。



――あのプリントって、明日までに提出だよ。今から取りに行く?


「・・・くそっ」


葵は枕に顔を埋め、きつく握り締める。

(どうしてあの時、俺だけ学校に戻ったりしたんだ!雪乃と一緒に学校に行っても良かったし、プリントなんて放っといて一緒に帰れば良かった・・・そうすれば)

そうすれば、雪乃は死なずにすんだかもしれないのに。

思わず、病室ではずっと堪えていたものが溢れそうになる。


――葵ちゃん。


ふと、笑顔で自分の名を呼ぶ雪乃の声が聞こえた気がした。


(雪乃・・・)


――葵ちゃん。


(雪乃の声が聞こえるなんて・・・おかしくなっちまったのかな)


〈葵ちゃんってば!〉


電気ショックを受けたみたいに、全身が強張った。ハッキリと聞こえた。幻聴なんかじゃない。

あれは、雪乃の声だ。

ハッとして顔を上げると、そこには、窓の外からじっとこっちを覗き込む雪乃がいた。

葵の部屋は二階。もちろん、人が外に立てるハズがない。


「うっ・・・」


沈んだ雰囲気の水城家に、葵の絶叫がこだました。




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