第一話
この小説は、私が以前別名を使いこちらで掲載させていただいていた小説のリメイク版です。
続きを楽しみにしていて下さった皆様、申し訳ありませんでした。
どうぞこちらでお楽しみ下さい。
うららかな春の昼下がり。ゆるやかな坂道を、制服姿の男女二人が並んで歩いている。
歩道の両側に植えられた桜は満開で、制服姿の二人によく映えている。
それぞれ、手には通学カバンを持っており、どうやら学校帰りのようだ。
「あたし達、今日から高3だね、葵ちゃん」
「なんか変な感じだな」
楽しそうに話す少女は松下 雪乃。茶色の髪を背まで伸ばした、色白の小柄な少女だ。
パッとした華やかさはなかったが、大きな目を持つ可愛い顔立ちをしており、同じクラスの男子生徒からは密かに人気がある。
対して、眠そうな表情で雪乃と並んで歩く少年の名は水城 葵。彼を一言で表すと、『地味』であった。
身長・体重共に平均的。成績も中の下。交友関係も狭く、目立つ事が嫌い。
顔は悪くないのに、何故かモテない男子。その見本のような存在であった。
まあ、そんな彼には他の人にはあまり見られない特別な『力』があったのだが・・・。
「あーあ、そろそろ進路決めなきゃなぁ」
「葵ちゃんはどこの大学行くかまだ決めてないんだ?」
傾斜のついた道は平坦にかわり、二人の歩みも自然と遅くなる。
よく、友人達から『あんたら、付き合ってるの?』と言われる。しかし、それを聞かれる度、二人は首を振った。
そう、別に付き合っているワケではない。幼稚園からの幼馴染み、というだけだ。そう、ただの幼馴染み。
「・・・」
ふと葵が歩みを止めた。少し遅れて雪乃も立ち止まる。
「ん、どうしたの葵ちゃん?・・・もしかして、『いる』の?」
電信柱を凝視する葵に、雪乃は恐る恐る訪ねた。
「・・・ああ」
雪乃も目を凝らすが、特に何もない。ただあるのは、電信柱の下に供えられた花束と、多数の菓子やおもちゃ。
「駄目だぁ、やっぱりあたしには見えないや、オバケ」
そう。大抵の人にはない、葵の持つ特別な力。それは『霊感』であった。
葵には、物心ついた時からこの力があった。小さい時は生きてるモノと死んでるモノの区別がつかなかったくらいだ。
ちなみに葵の目には、花束とお供え物をじっと見つめる小さい子供の姿が映っていた。
「・・・行こう」
「う、うん」
霊感の事は、雪乃しか知らない。
その雪乃だって、霊感の事を話した・・というか、知られてしまったのは中学に入ってからだ。
家族に何回言っても信じては貰えず、友人に言っても気味悪がられ、下手をしたらいじめられる。
最初は分かってもらおうとした葵だったが、その様な事が続き、やがて力の事は誰にも言わなくなった。
でも、たった一人。雪乃だけは信じてくれた。
霊感がある、という事を打ち明けた時、笑って『すごいじゃん!羨ましいよ』と言ってくれた事を、葵は今でも覚えている。
「あ」
ふと、何かを思い出したかのように葵は立ち止まった。
「え、今度は何?・・・もしかして、またいるの?」
おそるおそるたずねる雪乃。しかし、その返答は彼女の予期したものではなかった。
「・・・今日配られたプリント、全部机の中に忘れてきた」
「な、なんだ。びっくりした・・・。あのプリントって、明日までに提出だよ。今から取りに行く?」
葵は少し考えると、
「ごめん雪乃、先帰ってて!」
言うが早いか今来た道を走り出す。
「あ、ちょっと葵ちゃん!」
雪乃が慌てて振り返った時には、既に葵の背中は小さくなっていた。
ぽつんと取り残された雪乃は、ふぅ、とため息をついた。
(せっかく久しぶりに葵ちゃんと帰れると思ったのに・・・)
葵と雪乃の家は、近所だった。なので中学くらいまでは登下校を共にしていたのだが、高校に入ってからはそれが次第に減っていった。
友人に何回も付き合っているのだと勘違いされ、お互いに照れくさくなってしまったのだ。
今日一緒に帰る事になったのは、たまたま二人ともクラスの用事をまかされてしまい、帰る時間が遅くなってしまったからだ。
(別に付き合ってるわけじゃないのにね)
くすくすと笑いながら、雪乃はゆっくりと歩く。
そうすれば、葵が自分に追いついてくれるかもしれないと思ったからだ。
そのまま彼女は交差点に差し掛かる。住宅街で、更にお昼時な為、人も車も全く通っていない。
この時点では、雪乃はまだ自分がどうなるか、なんて思ってもいなかった。
(それにしても、今日はいい天気だな。雲が一つもないや)
何だか今日は、全ての物事がゆっくり流れている気がする。
全てが平穏で、静かだ。自然と心が穏やかになる。
その時だった。
轟音と共に、一台のトラックが暴走してきた。
雪乃は、それを見た途端、足がすくんで動けなくなる。
あ、あれ。全然停まってくれないや。運転手さん、寝てるのかな。
つい、そんな場違いな事を考えてしまう。
視界がトラックでいっぱいになり、次の瞬間、雪乃の意識は闇へと引きずり込まれた。