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臆病な恋  作者: 榎木ユウ
7/34

7 7月28日★

「今日は菜っ葉の日らしいんで、菜っ葉が食べたいですね、大島さん!」


 お昼前、午後作業分のトレース図面を桃に渡そうとしたら、いきなりそう言われた。

「は?」

 海が不機嫌そうに顔をあげると、桃はニコニコしながら、

「今日は菜っ葉の日なんですよ」

ともう一度繰り返した。

(馬鹿馬鹿しい)

 今は気がたっているので、桃とそんな無駄話をする気にもなれない。

 だから適当に流すと、桃は空気を読まずに言葉を続ける。

「何で菜っ葉かなあって思ったんですけど、7月28日で、728でしょ? それで7(な)2(つ)8(ぱ)なんですよ! 私、感動しました!!」

 相変わらずコイツの感動閾値は低すぎる。そう思いながらも、ここまで無神経に無邪気にこられると、八つ当たりするのも馬鹿馬鹿しくて、

「そうか。分かった」

と相槌で返した。

 桃はニコッと笑うと、

「今日のお昼は食堂で菜っ葉あるといいですねー!」

なんて言い残して満足したように戻っていった。

 海はそんな後ろ姿をチラリと横目に見ると、軽く溜め息を逃して、先程、主任に怒鳴られた案件の見直しを始めた。



☆☆☆



 昼休み、食堂派の海はいつも白土と食べに行く。友達にはしたくないが、仕事仲間としては嫌いではないので、食事は専ら白土と食べに行くのが定番だった。

 いつも通り、天ぷらそばを選んで、いつもは選ばないのにほうれん草のゴマ和えの小鉢を追加すると、白土が目ざとく尋ねてくる。

「珍しいな、小鉢つけるなんて」

「今日は菜っ葉の日だって、酒田が言ってたからなんとなく、だ」

 言った瞬間、ぶふっと不気味に白土が吹き出した。

「何だよ」

「お前のそう言う素直なところ、俺スゲエ好き!」

 眉間に皺を寄せ、露骨に白土から離れると、白土はポンポンと海の肩を叩きながら言う。

「ほんと、酒田ってお前の扱いうまいわー」

「はあ?!」

 訳の分からないことを言われて海が顔をしかめると、白土はニヤニヤしながら、海を見下ろした。

「昼前の佐藤主任との言い争い。殆ど言いがかりだったじゃん。あの人も引くに引けない人だからなあ。

 お前もマジで切れそうだったから、今日の昼は俺、八つ当たられ担当だと思ったのに、小鉢一つで機嫌直すんだもんな、大したもんだよ」

「っな....!」


 昼休み前、桃に仕事を渡す直前まで、確かに海は主任と口論になりかけていた。

 たまたま主任の虫の居所が悪かったらしく、そこに海が、ミスとは言えないが、つつかれやすい案件をうっかりもっていってしまい、大人気なく理不尽に叱られたので、かなり苛ついた。

 そして図面トレースを終えた桃がノコノコやってきて、どうでもいい菜っ葉の話をしていった。

 聞いた当初はイライラしていたが、案件の見直しをしていくうちに、

(728で菜っ葉かよ。なんかうまいんだか、下手なんだか分からないゴロ合わせだな)

なんてどうでもいいツッコミが頭の中で浮かんで、気がついたらお昼になっていて、気がついたらほうれん草の小鉢をトレーにのせていた。

「偶々あいつがそんな話もってきただけだろ」


 桃は偶に無駄話をする。その内容は天気のことから、最近好きなものまで様々だ。長時間話すわけではなく、ちょこっと話していくので、海としても特に気にしてはいないし、それが桃だと思っていた。


 だから、次の白土の言葉に目を見開いてしまう。

「偶然じゃないでしょ? 大島がイライラしてたから、空気抜きしてくれたんじゃん」


「アイツがそこまで考えてるか?」

 確かに気配り上手とまではいかないか、ある程度気配りは出来ているとは思う。

 だが、菜っ葉程度の話題で、しかもあんな能天気に話しかけたことが、海の機嫌を直そうとしたとは到底思えなかった。

 白土はニンヤァと、また猫みたいに笑って、海を見る。

「だってお前機嫌直ってるじゃん」

「ぐ」

 確かにそう言われたら言い返せないが、それは海が桃に好感を抱いているから、話したことで息抜きできたとも言えなくもない。

 菜っ葉の話題だから、という訳でもないだろう。

 言い返しはしなかったが、思ったことを見透かしたみたいに、白土は「まあ、菜っ葉なんてどうでも良かったんだと思うけど」と言った。


「ただ、タイミングは狙ったろうね。あんなギスギスした大島の所に、ノホホンと仕事貰いにいくんだもんな。ある意味、凄いよね、彼女」

 白土がしみじみ感心するので、海は七味を蕎麦にかけながら、「考えすぎだろう」と切って捨てた。


「せっかくお前が当たられ役に立候補してくれたんだから、当たってやろう」

「へ? うわっ! 俺、七味苦手なのに!!!」


 涙を浮かべてヒーヒー言いながらも、それでも白土はうどんを完食した。



☆☆☆



 午後一に午前中の案件を主任に見せにいくと、主任は午前中の不機嫌が嘘のように

「そのまま、相手方にメールで連絡してくれ」

と了承してくれた。

 だったら午前中にグチグチ絡むなよ、と内心思ったが、上手くいけばそれでいい。

 海が席に戻ると、桃がトレースした図面をもって席にくる。

「大島さん、2件、質問してもいいですか?」

「あぁ、なんだ?」

 桃がもってきた質問に答えると、桃は青ペンで訂正個所を書き留めて、「ありがとうございます」と席に戻ろうとした。


「あ、酒田」

「はい?」

「菜っ葉、食べてきたぞ」

 そう言うと、桃はニコッと笑った。


「それは良かったですね」


 もっと何か言ってくるのかなとも思ったが、拍子抜けするくらいアッサリそう言うと、桃は席に戻っていく。


(やっぱり、白土の思い過ごしだろうが)


 自分はそんなに単純じゃない。

菜っ葉程度で気晴らしになる訳じゃない。軽口程度で気晴らしになるわけでもない。


(まぁ、それでも.....

 あの時、酒田がどうでもいいこと言ってくれたのは良かったんだろうな)

 下手に同調されたりしたら、更にイラついて、主任に午後一で案件をもっていけたか怪しい。


(今度、飲みにでも誘うか)


 暑気払いでも兼ねて声をかけようと思いながら、海は仕事に集中した。 

菜っ葉の日を教えてくださったエニシダさん、ありがとうございました。

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