表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臆病な恋  作者: 榎木ユウ
4/34

4 7月11日★

 酒田桃と蕎麦酒屋で鉢合わせしたのは、去年の暮れも暮れ。12月31日の昼過ぎのことだった。 


 たまに独りで飲みに行く海にとって、そこは会社を忘れて飲める息抜きの場所で、そんなところに会社の、しかも同じ職場で仕事も重なる奴と会うなんて、想定外だった。

 しかも、酒田桃も自分と同じ独りでカウンターに座って飲んでいる。

 こんな日に限ってカウンターの席は連れ合い同士で埋まっており、残された席は桃の隣だ。

 海は一瞬戸惑ったが、桃が横の席を引いて座るように促してきたので、観念してそこに座る。

「何してんだ、お前?」

「年越し蕎麦食べに来たんですよ。うち、ここの蕎麦屋からタクシーでワンメータなんで」

そう言えば、会社から桃の実家が近いようなことを聞いたことを思い出した。海は会社から二駅離れたここが距離的に気に入ってアパートを借りているが、実家暮らしでこんなに近いなんて、なんとも羨ましい話だと思った。

「よく来るのか?」

「そうですね。割と頻繁に。

 あ、おとーさん、お猪口、もう一つ」

店主とも気安い仲らしく、愛想良くお猪口を受け取ると、それを海に渡した。

「日本酒、いけますよね?」

飲み会での飲み方を知っているせいか、自分で飲んでいた徳利から海にもついでくる。


---というか、若い女が大晦日の昼間から、独りで日本酒かよ。


お酌してもらった手前、言わなかったが、色々と突っ込みどころが多すぎる。

「せっかくの大晦日ですからね」

上機嫌な桃はくいっと自分の酒を飲み干すと、手酌しそうになったので、慌てて海がそれを制した。

「俺がする」

と言えば、

「あれ? いいんですか。すいませんね」

と桃が返す。

 とくとくとく、と淡い音をたてて注がれる酒を、桃は目を細めながら見ていた。


 会社の女の子と、こうして二人で飲むときは、大抵付き合った時だったり、狙ってデートした時ぐらいだったので、偶然鉢合わせしてというシチュエーションは、なんだかこそばゆい。

 しかも相手はよく知る人物だ。

どうにも具合の悪さを流し込もうと、お酌してもらった酒を、くいっと煽った。


---お。


 煽った瞬間、口内、舌、喉元を通り過ぎる酒の、スッキリとした飲み口に思わず、口を開く。

「旨い酒だな」


 桃の目の前に置いてある一升瓶がそうなのだろう。

「山形の方のお酒らしいですよ。スッキリしてて、飲み口いいですよね」

自分と同じ感想なことに、思わず口元を弛めると、それを見計らったかのように、桃が「もう一杯どうぞ」と注いできた。


 その日は結構楽しく酒を飲んで、夕方にはお互い結構酔った状態で別れていた。以来、何の気なしに誘い合う飲み仲間になってしまったのは、今思い返してもどうしてなのか分からない。



☆☆☆



「何、真剣に選んでんのさ」


 コンビニのガム売り場で立ち尽くしていた海の肩に、無遠慮に置かれたのは無精ひげを生やした侍の生首、もとい同期の白土健輔の頭だった。

 男の癖に、肩まで伸びた髪は伸ばしたわけではない。仕事が忙しくて、のびきったものだ。その髪を男ながらに、一つに束ねているので、世が世なら落ち武者にしか見えない。

 彼をかろうじで現代人にしているのは、そのワイシャツとチノパンだけだろう。

 

 海は大きくため息をつくと、肩をずらして白土の顎をよけた。

「朝っぱらからお前の顔か」

「珍しいね。食堂派のお前が朝からコンビニなんて」

興味津々で白土が聞いてきたが、海はその言葉を軽くシカトする。

いちいち付き合っていたら、埒があかない輩だからだ。

 白戸もシカトには慣れているらしく勝手に話しかけてくる。

「ガムボトル? そんなの休みの日にホームセンタで買った方が安くね?」

 そんなことは海だって分かっている。

 ただ、シトラスミント味のこのガムボトルは、海の行動範囲ではコンビニでしか手に入らない。

 だから会社に行く前に買おうとしていたのに、寄りによって白土に会うとは、と思わず嘆息した。

 そのまま、ガムボトルだけ持ってレジに並んで会計を待つと、待たなくてもいいのに、外で一服しながら白土が待っていた。


「ガムだけ買ったんだ」

「あぁ」

そのまま、二人で会社に向かって歩き出す。 


「で?」

「......」

「誰かにあげんの? それ?」


「はぁ?」

思わず問い返せば、白土はニヤリと笑って、

「簡単なことさ、ワトソンくん」

と言ってくる。


「お前、ガムはいつもボトルじゃなくて、100円の買うじゃん。しかも売店で。なのに、わざわざ、朝、コンビニで、ガムボトル! どう考えても自分のじゃないよな?!」


 ウザイ上にしつこい。そして鋭い。

 同期でなければ、友人にもしたくない輩だと思いつつも、観念して海は言う。

「酒田が、昨日が誕生日だって喚いてたから、買ってやったんだ」

ガムボトル位なら、同僚の域は越えてないだろう。下手に隠し立てして邪推されても適わないからそう言えば、白土はニンヤァと品のない笑みを浮かべた。


「ふぅん。そう。誕生日ねぇ」

「アイツが自分で言ってたんだ」


 尤もそれは去年のことで、「納豆の日が私の誕生日なんですよー!」と

喚いていたから、覚えていたに過ぎない。

 今年もそう喚いてくれたらいいのに、金曜日は何も言わずに帰ってしまった。休み前に言ってくれた方が余程用意した理由にもなるというのに。

 人にたかる癖に変なところで遠慮しいなのは、桃の良いところであったし、悪いところでもある。


「もう誕生日過ぎたのに、わざわざ、コンビニで、朝に、買っていってあげるんだ?」

 痛いところをピンポイントでついてくるんだから、いやらしいことこの上ない。


「悪いか。いつも世話になってるしな」と開き直ったら、「御馳走様です」と合掌されたので、遠慮なくその後頭部を叩いた。


「付き合うようになったら、教えてね」

白土が叩かれた頭をさすりながら、そう言った。海は苦笑しながら、首を軽く横に振る。


「それはないな」

「何で? 好きじゃないの?」

「そういう関係じゃない」


 好きじゃないわけではない。

飲み仲間としても、とても飲みやすい気の置けない相手だし、早いうちから、好感が好意に変わったことも自覚している。

 だけど、そこから先を考えることが出来ない。


 一緒に飲むのが楽しいから、その関係が崩れるのが怖いのかもしれない。

 それに桃だって、自分を異性として見ているか怪しい。

 昔からこの身長のせいで、異性からは[友達]扱いされることが多かった。それで勘違いして、玉砕した恥ずかしくも苦い思い出も、実は、ある。


 だから、この関係をワザワザ自分から壊したくはないのだ。



「もっと分かりやすいもの、買って送ればいいのに」

 白土がそう言ったが、それこそ余計なお世話だ。


---分かられちゃ、困るんだよ


分かるか分からないか、ギリギリの線でいい。


「相変わらず、大島はマゾだなぁ」

なんて白土のぼやきを聞きながら、海たちは会社に入った。



☆☆☆



「へへへ。ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げて自分の席に戻る桃の背中を、チラリと海は横目で見た。

 いつもと変わらない背中。

 だが、そこはかとなく嬉しそうなのが、海にも嬉しい。


 本当は誕生日だった昨日に渡したかった。だけど、それは二人の関係からは出来ないことで、仕方ないと諦めるしかない。

 それでも今日、図らずも自分からねだってきてくれたから、誕生日プレゼントとして渡せた。

本人としては、飴玉1個とか、そんなものだけでよいと思っていただろうから、ガムボトルは破格の待遇だろう。

 もし桃から何もリアクションがなかったら、午後の仕事のご褒美という大義名分で渡すつもりだった。

 しかし、それでは誕生日プレゼントとはならない。

 だから、誕生日プレゼントとして渡せたことが、何よりも嬉しかった。


---やべ。ニヤけそう。


 海は顎を乗せていた手を少しずらして、口元を隠そうとしたが、沸き立つ心はなかなか元には戻らない。


 観念したように席を立ち、横目で仕事に集中している桃の席を通りながら確認しつつ、部屋の外にでた。

 桃の机に、自分の渡したガムボトルがあることを、しっかり確認して。




 誕生日、おめでとう。



☆☆☆



 誰にも見られないように向かったトイレに白土がついてきて、しつこく海をいじったのは、また別の話だ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ