31 9月30日★(1)
まるで西脇が考えたみたいに物事は順調に進んでいった。
会ったことも見たこともないストーカーを意識しながら、一週間はあっという間に過ぎ、そして金曜日、いよいよ一回目の『隙』を見せる機会になった。
「こんなんで上手く行くのか?」
時刻はこの前よりやや遅い午後6時20分。既に暗くなった時間帯。
浅間の仕事が終わらないということで、参加しているは、白土、花川、西脇、の3名。それぞれが各自、路地裏で待機している。
海は桃と一緒に一度、駅前まで歩き、桃が忘れ物をしたので、近道を通って会社に戻るという設定だ。
西脇のその筋書きは、沢山穴がありそうなのだが、それでいて上手くいきそうなのだから、不思議だ。否、穴があるからこそ誘いやすいのかもしれない。
桃は更衣室で防刃ベストを着てきたらしく、それに伴いどことなく緊張した面持ちだ。
海は少しだけ桃の手に触れて、
「大丈夫か?」
と問う。
自分は見張り役ではないので、ストーカーが見つかるまで、若しくは桃が帰ってくるまで、駅で待機しなければならない。
「大丈夫ですよ」
桃が心配をかけまいと笑うが、それが返って痛々しい。
海は一緒に会社まで戻りたい衝動に駆られたが、それでは計画通り進まない。
「駅前に入る直前の道で、待ってる」
それでもギリギリまで側にいたくてそう言えば、桃はコクリと小さく頷いた。
「もし.......」
「はい?」
「もし、襲われそうになったら大声で叫べよ。俺も必ず駆けつけるから」
桃の声がどこまで聞こえるかは分からない。それでも、何かあった時は、なるべく早く駆けつけてやりたかった。
桃は海の顔を見ると、嬉しそうに微笑む。気休めとしかとってはくれなかっただろうが、それでも海の言葉は嬉しかったのだろう。
「はい、きちんと呼びます」
そう言われて、それだけで胸が熱くなった。
前回は何も出来なかった。何が起こったのかさえ、知ったのは随分後で、そのせいで桃を傷つけた。
だから、もし、今度何かあったら、その時は誰よりも早く駆けつけたかった。
例えそれが理屈上は無理であったとしても、だ。
そっと桃が海の指に自分の指を絡ませてきたので、海もその指を優しく握りしめて、脇道の入口になる側道へと向かって歩く。
直前の道に差し掛かろうとした時、タイミングよく海と桃、二人の携帯が同時に鳴った。
二人とも確認してみると、それは西脇からのメールだった。
『浅間さん、合流しました。公園近くにて待機です』
確かその場所は西脇の場所だったはずた。工場側から、花川→白土→西脇となっていたので、恐らく白土と西脇がズレて駅側寄りになったのだろう。
「じゃぁ、行ってきます」
桃がそう言った。
「あぁ、気をつけて」
海は心配そうに桃を見ながら送り出す。
ゆっくりと工場に戻り始めた桃の背中は、やはりとても小さくて、何か起こらなくてはいけないのに、何も起こらなければいい、と心の底から願った。
★★★
あの日、浅間さんと話した女は、わざわざ人気のない道を選んで帰った。
きっとあの辺りが家か、若しくは車の駐車場があるはずだ。
そうでなければ、わざわざ駅までの道を別れる必要性がない。
今日は車にしなかった。軽自動車は音がうるさいし、道をうろつくには不便だ。
(家か車だけでも見つければいい)
本当は定時から会社前で張りたかったのだが、出遅れてしまった。
だから、あの女の家、若しくは車を停めている駐車場位見つけられたら、と思ったのだ。
隣の部屋の声からでは、あの女が同じ会社ということしか分からなかった。その情報だけではどうしようもない。できれば確実に女が一人の時を狙いたかった。
定時には遅いが、暗い道をウロウロと歩くと、
「隼生さんはここにいてくださいね!」
と、女の声がした。
隼生という名前にドキリとする。
僅かに身体を固くしながら、一本隣の細い道を歩く。
ここは住宅街のせいか道が入り組んでいる。
そのお陰で一つ道を挟んでしまえば、あまり周りが分かりにくい。
音を立てずに声の方へ近づくと、案の定、憎い女が私の大切な人といた。
「結構暗いな」
「キスしてもわかりませんよ。しますか?」
「...ばぁか」
他愛ない恋人たちの話に、嫉妬でどうにかなりそうになる。
私の浅間さんなのに!!
女は何故か浅間さんを公園近くの道に残すと、そのまま別の道を歩いていく。
一度家まで帰るのだろうか?
でも、それなら丁度いい。家を確認したら、別の日に襲ったっていいからだ。
私はポケットに隠していた狂気をグッと握りしめた。
女は暗い道を歩きながら、携帯をいじっていた。後ろから、少し離れているが後をつけている私にちっとも気づかない。
私はゆっくり女の後を追う。
焦らない。
じっくりと、ゆっくりと、女に近付いていく。
女が携帯を閉じた。
そして何もない道の角に佇む。
少し様子を見ていたが、女は道の方を見ていて、脇道になるこちら側を意識していなかった。
(?)
何がしたいのかは分からない。
だけど、チャンスなのは分かった。
(あぁ、やっぱり神様も私の味方なんだ)
今、この瞬間、人気のないこの場所に、あの女と私だけしかいない。
私はゆっくりポケットから凶器を取り出す。
いつあの女を仕留められるか分からなかったから、持ち歩いていたものだ。
大丈夫、うまくいく。
後ろから、その首筋でも狙ってしまえば........
女がどこかに意識を集中している。私は全神経を尖らせて、女に近づく。
そして、ナイフをふりあげたーーー。