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臆病な恋  作者: 榎木ユウ
3/34

3 7月10日☆

「7月10日は何の日だって知ってます? 大島さん」


 仕上がった図面を渡しがてらそう問うと、大島さんはチラリと卓上カレンダーを見た。

今日は7月11日。昨日は10日。日曜日だ。それだけ確認すると、大島さんは図面に目を戻して、

「納豆の日だろ?」

と言った。

 私の中では想定内。

分かりきっていた回答だから、

「その通りですよぉ」

と口を尖らせる。

 まぁ、去年言ったことを今年も覚えていてくれるなんて、そんな図々しいことは思ってもいませんでしたが。

 ちょっとは期待してしまった自分が恥ずかしい。

「昨日、納豆食ったのか?」 

 ふ、と大島さんが顔を上げると、からかうような色合いを目にのせながら私に問い掛けた。

「納豆は毎朝、食べてます!」

「朝から? お前よく朝からそんなの食えるな」

「そうですか? なんか毎日出されるからあんまり気にしてないんですよね」

大島さんは机の引き出しを徐にあけると、「ほら」と私に差し出してくる。

 迷わず手を出して受け止めてしまうあたり、私の賤しさが出てしまった気がしないでもないが、貰えるものは貰います。


ぼす。


掌に置かれたのはミントガム。しかも一つとかではなくて、ボトルガム。


「でかっ」

「やる」

大島さんはもう図面に目を戻して、チェックを再開し始める。そして、「よし、OK。次はこっちのトレースな」と、ペラリと一枚の図面を寄越してくる。

但し、1枚であっても、精密機械の構造がびっしり細かく書かれた図面は、ちょっとやそっとでは終わらなそうだ。

 まぁ、トレース、嫌いじゃないから全然構わないのだが、問題はこの手に乗っかったガムボトルだ。

 しかも未開封。味は私も好きなシトラスミント味。ガムは甘くない方が長く噛めるよね、と思いつつも、こんなの渡されたら、いくら物怖じしない私だって、邪推してしまう。


「私の口臭、納豆臭いですか?」

心配になってそう問うと、大島さんはキョトンとしてから、苦笑した。

 椅子に座っていると、そんなに背の小さいことも分からない大島さんのそんな表情は、意外に年相応に見える。

「違う。そういう意味じゃない」

「じゃあ、どういう意味ですか?」

大島さんはニヤリと笑うと、片肘を机について、顎を乗せて、私を見上げる。

 そして、チラリとカレンダーを見る。

「昨日、7月10日なんだろ?」

「---!」

「年の数より多めに入ってるやつ買ったんだから、感謝しろよ」


分かってて、ワザとか!


ぐぅっ、と思わず唸れば、大島さんはニヤリと笑って

「ほら、仕事しろ!」

と私を追い立てた。私は兎に角お礼だけはきちんと言って、新しい図面と、ガムボトルを手に入れて、席に戻る。


 別に貰えるとも思ってなかったし、覚えていて何か貰えるとも思わなかった。


去年と同じように、

「私の誕生日なんですよー!」

って、笑いながら白状して、あわよくばおやつでも貰えたら、って思ってたから、ちょっとこれには参った。


「くそ。何か負けたー」

 ヨロヨロしながら席に戻ると、隣の席で同僚の花川祥子が、私の顔を見てぼやく。

「負けた言いながら帰ってきたわりには、あんた、満面の笑みじゃん」

一つ年上だけど、殆ど同時期にこの部署に入ってきたせいか、私とこのサチは、名前呼び捨て、敬語抜きのかなり気の置けない仲だ。

「で、戦利品はあったの?」

サチに促され、私は貰ったガムボトルを自分の机に置く。

「へぇ。知らなかった割には結構いいものくれたね」

「いや、知ってて、これみたい」

サチが「そうなの?」と面白そうに聞いてくる。


「じゃあ、桃の為にワザワザ買っといたんだ」


あう。

やめてー。そんなことをいちいち言わないでくれ。

きっと、机に入っていただけのはず。

変な期待をさせないで。


 頬が自分でも赤くなるのが分かったが、それをごまかすようにパソコンのモニタスイッチをオンにした。


 ガムボトルはそのまま、見える配置にセッティングすると、

「ここに乙女がいます~」

とサチが小声で言ってくる。

「うるさい。黙れ」

「ほんと、あんたたち、何で付き合わないのかしら?」

更に小声でそう溜め息を吐かれたが、それには応えない。


 答えられないから。


 一瞬、今年の年始を思い出して胸がチクリと痛んだが、ガムボトルを見てそれを流し込む。


「どーれ。頑張りますか!」

「はいはい、がんばってー」

気の抜けたサチの声を聞き流しながら、私は午後の作業に集中し始めた。



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