28 9月20日☆
「え? 何? その面白展開!」
ですよねぇー!
人に話したらそう言われることは分かってましたよ、私だって!
ガヤガヤと人の声が煩い居酒屋で、私はサチとちとせちゃんの前で、ビール片手にテーブルに突っ伏す。
「大島さんを見る目、なんか変わりそぉ~」
そう言ったのはちとせちゃん。
「何? これは私、ノロケを聞かされたってこと?!」
サチは目を白黒させて、展開についてくるのがやっとのようだった。
先週一週間、傍観に徹していた二人は、何となく私の様子から何かがあったと分かっていたらしい。
それでも私から話すのを待っていてくれた二人に、今朝、「相談があるんだけど、今週、暇な日ある?」と聞いた私は、まさに飛んで火にいる夏の虫だったらしく、そのタイミングで、速攻、夕方の飲み会が決定した。
で、これまでの事のあらましを説明した次第。
「喧嘩したとは思っていたけれど、まさかそんなことになってるとは...」
サチは半分呆れている。
「別に他の女と付き合ってたわけでもないだろうし、アンタも強情だね」
と呆れ顔で言われて、反論の余地もない。
それでもあの日の私はもう一杯一杯で、今だってそれにあまり変化はない。
「だって、嘘かもしれないし」
そう、あの優しい言葉だって嘘かもしれない。
だって、間違い無くあの日、私を殴った女は確かにいたのだ。
「でもそのストーカーさん、恐いですねぇ」
ちとせがブルブルと僅かに震えた。
「あれから何もされてないんでしょ?」
「うん、されてない」
「大島さんが全く知らない相手だった場合が一番恐いね」
サチに断言されて私は首を傾げた。
「何で?」
「だって、かなり長い間、自分は恋人だと思ってるんでしょ? だけど本人は全く知らないって、かなり怖いよね」
「.......」
確かにそう考えると恐いとも言える。
「今回の件で桃にきたわけだけど、本人に更に行く可能性って、ないわけじゃないよね?」
「......!」
それは考えてなかった。
だって、大島さんのことが好きな女性なら、本人に危害を与えるなんて本末転倒すぎる。
「で、でも大島さんも知ってる人かもしれないし!」
「大島さん、他に女いないのは本当だと思うけど?」
「..........」
私だってそれ位分かっている。
だけど、どこまでも意固地になった私は、言葉だけじゃ信用出来ない。
どんなに優しく好きだと言われたって、それが真実でない時もあることを痛いほど実体験しているから。
サチは伺うように私を見てから、溜め息を逃すと、
「どちらにせよ、このまま放置するのはマズいだろうし、私達でも出来ることは協力するから」
と言ってくれた。
「私も出来る限りします!
私、空手習ってますから結構武力になりますよ!」
「そうなの?!」「空手?!」
私とサチがギョッとしてちとせちゃんを見れば、ちとせちゃんは満面の笑みで、
「任せてください!」
と自分の胸を叩いた。
その見た目と違う逞しさは、あの草食系浅間さんには本当、ピッタリの気がする。
(さ、流石、肉食系女子代表だなあ)
「ということで、今日から出来ることはじめましょう!」
「はい?」
ちとせちゃんはニコニコとしながら携帯を取り出すと、電話かけますね、と言いながら、電話をかけはじめる。
「あ、隼生さん。今、大丈夫ですか?
今日、帰り何時ですか? もうすぐ? じゃあ、大島さんも帰れそうなら二人で駅前の居酒屋『円』に来て貰えます? ええ。お願いします!」
(え?)
思わずサチを見る。サチはちとせちゃんを見ながら、
「本当、アンタ、一番若いくせに、一番曲者よね」
と言った。
(え? 今、大島さんて......)
「ちとせちゃん?」
恐る恐るちとせちゃんに確認すると、ちとせちゃんは悪びれもせずに、寧ろ漢前に宣言する。
「邪魔な虫はあぶり出して退治するのが一番です」
可愛らしい顔でも言うことはえげつない。
「あ、あぶり出す........」
「この前、襲われたってことは、どこかで見ていたってことですよね? だったらもっと見て貰いましょうよ。煽って煽って、火の中に飛び込んできてもらいましょう」
「そ、それは危険じゃないかなあ?」
(だって、返せって言われてるんだよ?)
「でもこのままいても危険なことには変わりないんじゃない?」
そう応援に入ったのはサチで、気がつけば私は壁際に追い込まれていた。
「で、でも、私、信じられるまでは......」
「大丈夫ですよぉ。本番じゃないんですから」
本番って何?!
ちとせちゃんが理解できない。
叫びたい私の口は、言葉を紡ぐことも出来ずに、ただ、パクパクと動くばかりで、ちとせちゃんはニコニコとしたまま、
「頑張りましょうね、桃さん」
と言った。
私への了承確認は当然、ない。
☆☆☆
「ちとせ」
いつの間にか二人は名前呼びになっていたらしい。
浅間さんが大島さんと白土さんを引き連れて居酒屋に来たのは、電話してから40分後だった。
それでもこの三人が八時前に会社を出てきたのだから早い方だ。
大島さんが私を見て、優しく微笑んでくる。
(あなた、絶対、頭のネジ、どっかに落としてきましたよね?!)
一応、先週の金曜日の段階で、私たちの関係は保留になったはずだ。
はずなのに、大島さんは箍が外れたらしく、ダダ漏れで私に何か送ってくる。所謂、秋波ってやつ。
(そんなに露骨に見つめないでよ!)
そんな私の心の代弁者は、呼んでもないのについてきた白土さんだ。
「大島、鼻の下、のびてる」
「のびてねぇよ」
肘鉄を食らわされた白土さんは、私を見て、
「とりあえず、こいつの言い分は聞いたから。何だか災難だったね」
と言ってくれた。
言い分ってどこまで聞いたんだろうと思っていたら、大島さんが、
「あらかた、二人には話している」
と説明してくれた。
「恥ずかしいとか言ってられないしな」
「協力者は多い方がいいでしょ?」
と言ったのは白土さんで、浅間さんは流石に年長者らしく、
「しかし、こういうことは警察にいうべきじゃないのか?」
と言った。
(そうか、警察......)
それもそうだと思ったところを、サチが冷静に助言してくる。
「警察の介入は難しいんじゃない?
確かに被害ではあるけど、すでに一週間以上経っているし、しかも怪我もない。証拠もないときたら、動いてくれないでしょ」
確かに私は殴られたけど、それは凄い怪我を負ったわけでもなく、ただ、八つ当たりされたようなもので、今はそれ以外被害も受けていない。
大島さん自身も直接被害を受けていないのだから、警察にいっても何の捜査もして貰えない可能性がかなり高い。
「現行犯で捕まえて警察に突き出すのが一番だと思いますよ?」
力業一番のちとせちゃんがはっきりと断言すると、浅間さんと私以外はその意見に概ね賛成のようだった。
「俺としても出来るだけ早く、誰がそんなことをしたか知りたい。
これ以上、酒田を傷つけたくない」
大島さんはそう言うと、テーブルから少し離れると、
「すまないが、協力を頼む」
と頭を下げた。
「大島さん!」
そんな大島さんの姿は皆も初めてだったのだろう。
だってテーブルが無ければ土下座に近い。
男の人がそんな風に真摯に物を頼む姿を初めて見た。
そして、それが須く私の為だと思うと、胸にくるものがある。
(何でそんなに私のために...)
信じられないのだって、結局は私が上手く自分の過去を精算できていないからだ。
それなのに、そこまでしてもらうことに、胸が熱くなる。
「くれぐれも危険なことはするなよ」
結局、折れてくれたのは浅間さんの方で、全員の合意がとれたことに、大島さんは安堵の表情を浮かべた。
しかし、大島さんもそこから先はまだ考えていなかったらしく、そこから先を見据えていたちとせちゃんの発言に驚くのだ。
それは無論、私も含むが。
「じゃあ、今日からできうる限り大島さんは桃さんと帰ってくださいね。あ、送れないときは私かサチさんが一緒に帰りましょう。大島さんが無理な日の桃さんの安全は私たちが守ります。
で、虫を炙り出すためにも、ちょうどいいんで、今週の金曜日、休みですから二人はデートしてください。で、夜は大島さん家でお泊まりですかね?」
(.........?)
「は?」
大島さんも言われたことの意味が分からず、ちとせちゃんを呆然と見ている。
私も一度に言われたので理解するまで、少し時間がかかった。
「あのぉ、ちとせちゃん、今、外泊って...?」
「相手はどこから見てるか分かりませんが、大島さんの部屋に外泊なんて、一番ショッキングだと思うんですよね? あ、その日は大島さんちの近くの駐車場で私と浅間さんが外から張ってますね! 大丈夫、ストーカーは必ず仕留めて見せますから!」
「い、いや....、が、外泊ってのは」
「そうですよね。一回じゃ、ストーカーも引っかからないかもしれませんから、毎週、休み前の日、お泊まりしましょ!」
「いやいやいや! ちとせちゃん、そんな!」
私が腰をあげてその作戦に異議を申し立てようとすると、ちとせちゃんはニッコリとしながら、
「大丈夫ですよ、大島さんはその気のない桃さんをどうこうする様な鬼畜じゃないですから。
信頼回復しなきゃならないのに、自分の下半身一つ抑えられなきゃ、土下座の意味もないでしょう」
と言い切った。
「...........」
終始無言の大島さん。
何も言えない私。
つまり、大島さんの家に泊まらせるけど、指一本、私に触れるんじゃねぇ、と言外にこめているのは、そこにいる全員が分かった。
「ちとせは、桃の事、大好きなのよね」
サチがポツリと大島さんにそう説明した。
(いや、好きなのは嬉しいけれど...)
大島さんの横では白土さんが、ニヤニヤしながら、
「な☆ま☆ご☆ろ☆し☆」
なんて呟いている。
浅間さんはちとせちゃんを一度見たけど、すぐに遠くを見てしまった。
この場でちとせちゃんに適う人はいなかった。ちとせちゃんは大島さんの了解も得ずに、ニコリと微笑むと、断言する。
「ということで、皆さん、頑張りましょう!」