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臆病な恋  作者: 榎木ユウ
26/34

26 十五夜

 その人とは、隣の部屋だった。


 何度か挨拶する内に、互いの顔が分かる位になった。


 たまたま、仕事を終え、駐車場に車を停めたとき、彼が帰ってきた。


「こんばんは」

「あ、こんばんは」

 彼はペコリと私に頭を下げてくれる。

 その礼儀正しさが好ましいと思う。

 

 二人してアパートの階段を登る。


 行き先は隣なのに、まるで同じ部屋に行くかのような錯覚を覚え、私の胸はドキドキと早鳴る。


「あ」

 彼がいきなり声をあげた。

 ビックリして、私は彼を見上げる。


 階段の上、ポッカリと満月。


 綺麗な、綺麗な、月。



「....ですね」

「え?」


 いきなり話しかけられて、私は戸惑う。聞き直すと、彼はぼんやりと月を眺めながら、

「月、綺麗ですね」

と言った。


 そう言えば、今日は十五夜。


 あぁ、だからあんなにも白く、

 気高く、

 綺麗に月が輝くのか。


 彼は照れくさくなったのか、そのまま、部屋に行ってしまう。


 私は顔を抑える。間違いなく、真っ赤に染まっているだろう。



 月が綺麗ですね



 彼はその意味を知っているのだろうか?

 かの文豪が、“ I love you ” を訳した時に使った言葉。


 きっと、知っているだろう。


 いや、知っているから、私に言ってくれたに違いない。



☆☆☆



 バタンと車の扉をあける。


 先週の金曜日、あの忌々しい女には釘をさした。

 自分が悪いことを分かっていたのだろう。抵抗もなく私に殴られていた。


 車にいた私に気づくこともなく、タン、タン、タンと、階段をあがる彼の後ろを私はついていく。


 7年前、彼は今日と同じ十五夜の日に、私に告白してくれた。私は恥ずかしくて自分から彼に思いを告げたことはないけれど、彼は私を愛している。


 私も階段を登ると、彼は私に気づいて後ろを振り向く。


 私はニッコリと笑う。


「こんばんは」

「あ、こんばんは」


 邪魔者はいない。

 私は勇気を振り絞って、彼に告げる。



「こんばんは、浅間さん。

 月が綺麗ですね」



 浅間さん、貴方を愛しています。

 

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