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臆病な恋  作者: 榎木ユウ
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2 7月7日★

「いやー、今から食べると太りますからー!」


屈託なくそう言われてしまえば、その後は何も言えない。

海は自分より少しだけ小さい桃を見下ろして、「じゃあ、また明日」とだけ言った。



☆☆☆



「願い事、書かれます?」

馴染みの蕎麦酒屋で、店主にそう言われて指さされたのは、笹と短冊だ。


「今月いっぱい飾って、そのあと、神社で炊き上げしてもらいます」

人の良さそうな笑顔に、海ははにかみながら、

「いや、大丈夫です」

とだけ言って断った。

それに対して店主がニコニコとしながら、

「この前、よくご一緒に来られるお嬢さんは書いていかれましたよ」

と付け足す。


馴染みのこの蕎麦酒屋に連れてくるのは、最近では桃ばかりだ。


海と同じく日本酒好きで、蕎麦好きらしく、誘えば犬のように尻尾をふってついてくる。

但し、自分の規律というか、考えと合わないときは、きっぱりすっぱり断ってくれるので、逆に気を遣わず誘える数少ない後輩だ。


ただ、今日はほんの少しだけ下心があったから、断られたのには少し応えたが。


「あいつも書いたんですか?」

「ええ、しかもご自分のことではなかったですよ」

意味深に店主にそう言われ、海はわずかにドキリとする。

店主には同僚の間柄としか伝えていないし、店主もそれ以上は詮索してこない。

だが、海が桃を憎からず思っていることは、薄々分かっているだろうとは思う。


そして、それを分かっていながら、そんな話題をふってくるのだから、店主も人が悪い。


海は先程まで全く気にしていなかった笹に飾られた短冊の願い事が気になってくる。


人の願い事を勝手に見るのは悪趣味だ。

それは分かっている。

分かっている。


「.............」


探すつもりはなく、うっかり見つけてしまった。


いや、あれはどう考えてもわざとだろう。


「店主」

「はい」


「俺も書きますんで、短冊ください」


「はいはい」


店主がニコニコとしながら、短冊を渡してくれた。



☆☆☆



「おとーさん、こんばんは!」


「はい、いらっしゃい」


蕎麦酒屋の店主はいつもの二人が顔を出したので、ニコリと微笑む。


「大島さん、今日は何からにします?」

「言っとくが、今日は驕りじゃないからな」

「えぇっ?! 意味分からないですよ!」

「意味分からないのは俺の方だ。何でせっかくの定時退勤日にお前と飯食わなならん!」


ポンポンと会話をしながら、二人は

特等席のようにカウンターに座る。


今日は短冊のついた笹の真横だ。

桃は、「願い事いっぱい書いてますねー!」なんて言いながら、笹を眺める。


そして、


叫んだ。



「な、な、なんじゃ、こりゃあああぁぁぁ!!」


その目線の先には一枚の短冊。

そこにはこう書かれていた。



<酒田桃の乳がでかくなりますように>



「私、こんなこと書いてないし!! 誰? 誰がやった!?」

喚く桃の横で、海がクククと笑ったので、桃は犯人が分かったらしい。


「大島さん有り得ない!! セクハラ! どん引き!」

「俺こそ、どん引き、だ!」


そう言い放ち、海はそのセクハラ短冊の横の短冊を指差した。

そこにはこう書いてある。



<大島さんの背が160センチを越えますように!!>



桃がハッとした顔をした後に、片言の日本語で、

「ソンナコト、カイテマセーン」

と言い放つ。


「この店にくる輩で、あんな不躾な願い事書くのはお前ぐらいだろうがっ!! 第一、俺は160センチジャストだ!」

力説する海に、桃が肩を竦めた。


「またまたぁ、サバ読んじゃダメですよ。大島さん。

 この前、サチと並んだとき、サチより低かったじゃないですかぁ!」

「ぐっ。

 .....お前こそ、この前飲み会で、Cカップですなんて酔っ払って暴露してたが、あれ、誰も信じてなかったぞ。2カップは、サバ読みすぎだろう」

「っな!! 誰も信じてくれなかったんですか?! というか、Bカップはありますから! サバ読み1カップだけですから!!」


海がチラリと目線を桃の胸元に移すと、目をそらし、無言で首を横にふった。


「何ですか、その目線! マジでムカつく!! 今日は大島さんの驕りー。はい、決定ー!!」

「元からたかる気だったくせによく言うよ」


そんな二人の会話のタイミングを見計らって、店主が注文をききに前に立つ。


「何にします?」

と店主が問うと、二人揃って、

「「冷やで!」」

と言った。

なんだかんだ言っても、息はピッタリな二人を見て、店主はニコニコしながら返す。


「はい、わかりました。

 お二人とも、願い事、叶うといいですねぇ」


「!!!!!!」

二人ともサァッと顔を赤くしたが、それは別にこの願い事の為じゃないのは、店主しか知らない。


「もう1枚、書いていいですか?」

と言ったのは桃。

「もう1枚、書きますか?」と店主の促した短冊を受け取ったのは海。


目立つように飾られたセクハラ短冊とは逆の、見えづらい場所に、名前もなく願い事だけ書かれた短冊が二つ。


互いが互いの短冊と思いもしないだろう短冊の願い事は奇しくも同じ内容だった。




<これからも、ここに一緒に飲みにこれますように>




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