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臆病な恋  作者: 榎木ユウ
19/34

19 8月24日☆

「えー、只今からぁー、第1回盆連休前、何があったか報告する会を始めまーす」


 パフパフ!って鳴ってもないのに、ラッパの幻聴が聞こえる。

 私は乾杯の合図で生ビールをカチンと合わせて、ゴクゴクと飲み込んだ。


「何、その報告会って?」

 そう私が訪ねた相手はちとせちゃんだ。

 今日は週の半ば、水曜日。

 定時退勤推進日でもある今日、ちとせちゃんに招集されたのは、私とサチ。場所は会社近くの大衆居酒屋。

 そろそろ蕎麦酒屋のおとーさんの味が恋しくなってきたなと思いながら、私はお通しのゴマ和えに箸をつける。


「あのー、報告しなくても、大体分かるんだけど」

 手を挙げてサチがそう言った。


 はい、私もそう思います。


 だって目の前のちとせちゃんは、とってもご機嫌だ。

 週初めからご機嫌のちとせちゃんを見て、私やサチが思ったことは、下品で申し訳ないが、


あぁ、喰ったな。


ってことだった。

 何というか、毒婦的要素、全く皆無のちとせちゃんなのだが、そのちとせちゃんに対する浅間さんの態度が、見てるこちらが恥ずかしくなるくらい初々しいのだ。


 ちとせちゃんの声が聞こえると、浅間さんの肩がピクリと動く。

 ちとせちゃんに話しかけると、ほんのり目尻を赤らめる。

 ちとせちゃんが横を通り過ぎると、チラリとそちらの方を見る。


 あれで気づかない方が無理だろう。

 というか、浅間さん、三十路過ぎてその純情さ、どうなのかと思う。


「え? 報告させてくださいよ! 

 お二人には色々お世話になったんですから!」


 ちとせちゃんとしては、きちんとお礼をしたいらしい。 

 こう言うところ、凄く律儀なのに、何故に実力行使?と思わずにはいられない。


「私にはお礼言って貰いたいけど、もう一人は棚ぼたしたから、お礼いらないわよー」


 ごふっ。

 サチの言葉に思わず私が吹き出す。


「え! 桃さん、やっぱりあの日、食べられちゃったんですか!?」

「食べられてませんっ!!」


 ちとせちゃんが顔を赤らめて私を見てくるが、私は首をブンブンと横に振る。


「私じゃなくて、食べたのはちとせちゃんでしょ!」

 やり返すつもりで言ったのに、ちとせちゃんはニッコリ微笑んで、

「はい、美味しくいただきました」

と言った。


 この子、怖い!!!


 思わずサチにすがりついたが、サチは我関せずだ。


「あからさまに分かる二人は別にいいのよ。もう大人なんだし、やることやってるし」

「ちょ! サチさん、少しは私と隼生さんの愛のラプソティーを聞いてください!」

「いらん。聞きたくない!」

「今週の土曜日もデートなんです。

 夜は隼生さんの部屋にお泊まりで...」

「あーあー。きーこーえなーいー」

 サチが耳を押さえてちとせちゃんの言葉を聞かないようにする。ちとせちゃんは頬を膨らませて、「じゃあ、いいですぅ!」と拗ねた。


 こんなに素直で可愛いのに、どうしてあんな実力行使が出来たのか不思議でならない。

 それとも、素直だから、か?


「ちとせちゃん...。その、さ」

「はい、なんですか?」

 聞いてよいのか不安だったが、敢えて尋ねてみる。


「体から始まっても、平気なの?」


 それは捉え方次第では失礼極まりない問いかけだったけれど、どうしても聞きたかった。


 ちとせちゃんは、お盆前、私たちを呼び出して私たちに頼み込んだあの時と変わらない素直さで、サラリと言う。


「そこまでして欲しい人だったから、後悔ありません」


(凄いなぁ)


 素直に感心してしまう。

 私なんて過去の失敗を引きずって、今回だって、酔っぱらわなければきっと想いを伝えることも、通じ合うこともなかっただろう。

 だけど、ちとせちゃんは違うんだと思った。


 ちとせちゃんはニコニコしながら、その後、ぼそりと呟く。

「まぁ、一度失敗しても、隼生さんに殺されるまで、リベンジしたと思いますけど」


 怖っ。だから、怖いって!


 私の心の声はサチが拾ってくれる。


「あんた、絶対ストーカーになるよ、それ」

「もう付き合ってるから大丈夫です!」


 ニッコリ笑うちとせちゃんは、本当に嬉しそうで、あぁ、幸せなんだな、と思った。

 この際、肉欲だろうが、恋だろうが、浅間さんにはどっぷりちとせちゃんにハマって貰おう。


「で、もう一人の幸せ者は? どうなの?」


「ぐっ」

 猛追は逃れたつもりでいたのだが、サチは逃してくれなかった。

 

 私は興味津々な二人の視線に俯いて、ビールをちびりと呑んで、舌の乾きを潤してから言う。


「に、日曜日から付き合うことになりまして....」


「はあ?! あんなに休みあったのに、この前の日曜からなの?」

 呆れたサチに返す言葉もございません。


「え? じゃあ、まだ寝てないんですか?」

 ちとせちゃんに至っては、もう、何て言うか次元が違う。

 私は頬が熱くなるのを感じながら、首を横に振った。


「ちとせ、あんたもこういう初さを見習え」

「サチさん、私、それは母のお腹の中に忘れてきたんです」

 二人が何だかんだ言っているのを聞き流しながら、私がビールに再び口を付けた瞬間、携帯から軽やかな着信音。


 確認すると大島さんからだった。


 というか、どうして二人も確認する?


「早くでなよ」

「ここで出ていいですよ」


 二人は私をトイレに行かせてくれるという選択肢はないらしい。


 私が渋々、通話ボタンを押すと、

『酒田?』

と大島さんの優しい声が聞こえた。


『あ、今、飲み屋か?』

 周りのざわめきが聞こえたらしい。

「はい。サチとちとせちゃんと呑んでます」

と返すと、大島さんが『出遅れたか』とぼやいた。


『いつもの店、誘おうかと思ったんだが』

「あ? えっ!」


 いつもの店というのは蕎麦酒屋だろう。行きたい!と思ったが、既に呑んでいる状態だ。

 戸惑う私に大島さんは早口で言う。


『今日はいいよ。

 その代わり、土曜日、空いてるか?』

「あ、大丈夫です」

『じゃあ、空けといて。

 また電話する』

 それだけ言うと、電話は切れてしまう。


(土曜日かぁ...)


 二回目のデート、ということになる。


(うわ、どうしよう)


 何だか、凄く、嬉しい。

 思わずにやつく頬を抑えた瞬間、我に返った。


 サチとちとせちゃんの目がこちらをじーっと見ていたからだ。



「サチさん、わたし、お母さんのお腹にもどって、ちょっと、とってこようかと思います!」

「いや、ちとせ。あんたの血筋にこのピュアピュアさはないだろう」


 しみじみと語り合う二人に、私は顔を赤くしながら、

「人を肴にするな!」

と叫んだ。

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