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臆病な恋  作者: 榎木ユウ
14/34

14 8月12日★(2)

 先輩責任というものがあるなら、間違いなくこの現状は自分の責任だった、と深く海は内省していた。

 目前には泥酔状態の桃。

「大島さん、桃のこと任せて大丈夫ですかね?」

と尋ねてきたのは、花川だ。

 その後ろには白土、先輩の浅間、西脇がいる。

 有志一堂で飲んだ二次会はつつがなく終了した。始終穏やかなムードで終わったのだが、1人、気がつけばベロベロどころか、でろんでろんに出来上がった桃がいた。

 気をつけろと言ったのに、気がついたら、ほろ酔いもなく、その状態だ。

 時刻は既に10時を回っていたが、やっとエンジンのかかってきた連中は...というより、白土と西脇がハイテンションで、三次会に繰り出す話になっていた。

 流石に明日の朝が早い海はもう帰ることにしたはいいが、桃はこのままにしておくわけにはいかない。


「わらしも、さんじかい、いくぅー!!!」


 ふらふらと歩くのも覚束ない桃の腕を掴んで、海は花川たちに

「大丈夫だ。きちんと家まで送り届ける」

と宣言した。

「お持ち帰りしないでくださいよ?」

 花川がニヤニヤしつつそう言った。

「するか、馬鹿」


(そんなことしてもしょうもないだろうが)


 記憶もはっきりしない泥酔女をどうにかしたいなんて、思いもしない。


「じゃあ、盆明けな」

「はい、大島さん、お疲れさまでした」

「大島、またな」


 適当に挨拶を交わして、桃の腕を引っ張りながら、駅まで向かう。

 駅までの距離は10分。15分後に電車が来るので、丁度いいだろう。


「大島さん、大島さん。

 わらし、のみたりましぇん」


 ヘラヘラと笑う桃の目は焦点も怪しい。

 海はため息をつきつつ、

「向こうについたら、蕎麦屋行こうな」

と言った。

「本当? えへへ。うれしいー!」

 はしゃぐ桃に罪悪感を覚える。

 当然ながら嘘だからだ。


「大島さん、地震。地震。地面ぐらぐら!」

「揺れてるのはお前だけだ」

「しょうなんでしゅか?! 

 はふぅー!!」


 とてとて、と小走りになる桃の腕を決して離さず、海は駅に誘導する。

 何とか駅にたどり着くと、丁度ホームに電車が入るというアナウンスが流れてくる。


「あー、のりおくれましー!」

(何だ、その日本語!)


 色々突っ込みたいことはあるのだが、今の桃に何を言っても仕方ないことも分かっていたので、兎に角、電車に乗り遅れないことだけに専念する。

 階段の上り下りにはヒヤヒヤしたが、なんとか下り電車のホームにたどり着き、無事電車に乗りこんだ。


「がたん、ごとんー。がたん、ごとんー」

「酒田、静かに乗れ」

「あいー」


 幸い、人はそれ程多くは乗っていなかったが、それでも泥酔でご機嫌な桃は悪目立ちする。


「お嬢ちゃん、ご機嫌だね!」

と、ほろ酔いの中年男性に話しかけられて、

「はいー!」

と嬉しそうに手を上げたときは、その頭を思いっきり小突いていた。


「痛い! 大島さん、いたいー!」

「静かに乗れ!」

「大島さん、だめれすよ、そこは!

 いたいならそこにいろ!っていわないとぉー!!」


 どこの親父だそれは!と頭を抱えたくなった。そんな海の代わりに、先程話しかけてきた中年男性が笑っていたが、それは無視する。

 下手に絡まれるのも困るからだ。

 幸い、それ以上中年男性は絡んでくることもなく、下車駅に到着した。


「おじさんバイバーイー!」

 ブンブン、と手を振る桃を引っ張ってホームに降りる。


 今まで、何度も桃と飲んだが、こんな桃は初めてだ。

 そう言えば、今日は朝から様子がおかしかった。顔色もあまり良くなく、ミスも多かった。


「体調悪かったのか?」

 そう問うと、桃はへらっと笑ってから、

「ぜんぜん!」

と否定する。


「だけど、こんなに酔うことなんて、今までなかっただろう」

「そんなことないですよ。結構ありましたよー?」

 笑いながら桃は言う。

「あー、でも大島さんとは初めてかも?」


「誰と飲んだらそうなるんだよ」


 毎回、こんな泥酔女、介抱するのは大変だろう。

 花川か若しくは女友達あたりだろうと思ってそう問い掛けたが、それは余りにも油断した考えだった。


「もとかれー」


「...」


 一瞬、カレーかと思ったが、そんな訳ではないことはすぐ分かる。


 元彼。


 桃からその言葉を聞いたのは、今年になって初めてだった。

 去年までは、彼氏がいると公言していた桃だったが、今年になって、そう言わなくなった。

 白土に一度、「最近彼氏とどうよ?」なんて下品に聴かれた折、笑いながら、「もう存在しません」と笑いながらキッパリ言い張ったのは、春の飲み会の時だ。

 だから桃が今、フリーなことは知っていたし、そのせいか、飲みに誘うことも気安くなった。

 別に下心があったわけではない、と言っても惚れてしまった今では何とも嘘くさいが、当時は本当に、飲みに行くのが気楽で、楽しかったのだ。

 まぁ、当時なんて言ってもつい3、4カ月前のことで、好きだの何だのと言うには、時間も何もかも足りない気がした。


 だから、お互いの今はよく知っていても、過去は何も知らない、と言うことを、桃のその発言は今更ながらに海に叩きつけた。


(元彼ねぇ...)


 普段の桃なら絶対そんなこと言わなかった筈だ。桃はどこかふわふわした足取りで定期を改札でタッチすると、ふふふ、と笑った。


「ご機嫌な私が可愛いから、いつも酔えって...」


 まだ元彼の話なのか。


 いい加減、聞きたくなくて眉間に皺を寄せてしまう。何が悲しくて、好きな女の元彼の話なんか聞かなくてはならないのか。


「こうして手を繋いで、頬擦りする私が可愛い、って」

「酒田、いい加減にしろ」

 海の手を握って自分の方に持って行こうとしたその手を乱暴に振り払う。


「俺はお前の元彼じゃない」


 キッパリそう告げる。


 泣くだろうか? と思ったが、桃の顔は思いもよらない表情を形づくる。


 ニッコリ、と華やかに笑ったのだ。


「酒田....?」


「あぁ、はじゅかしい」

「は?」

「はじゅかしい」


(恥ずかしい?)


 訳も分からず戸惑えば、桃はニヤニヤと笑う。何が楽しいのか。

 否、どう見ても楽しい笑いではなかった。

 どこか卑屈で、誰かをあざ笑うかのような、品のない笑みは、桃に酷く不似合いで、海は戸惑う。


「ごめんなさい...」


 突然、桃が自分の目元を隠すかのように、自分の腕を押し付けた。

 そして口元しか見えないその顔で、再度言う。


「ごめんなさい」


「お前、酔ってるんだったな」

 それで海は桃が泥酔状態だったことを、改めて実感した。


 酔った桃は感情のふれ幅が極端なのだろう。

 その証拠に、先程まで笑っていたのに、今、ごめんなさいと謝る桃は、どうやら泣いている様にも思えた。


「酒田?」

「....ごめんなさい。

 こんな私でごめんなさい....」


「おい、酒田!」


「酔ってるのが可愛いなんて嘘信じて、馬鹿馬鹿しい。恥ずかしい。嫌になる」


 ゴシゴシと目元を乱暴に擦る桃の腕を海が掴む。

 桃は掴まれた腕を顔から外され、その潤んだ瞳で海を見ていた。

 目から涙がポロリとこぼれる。


「....っ」

 好きな女がそんな風に泣く姿を初めて見て、海は息を飲む。

 桃は口元をぐっとへの字に結ぶと、涙をこらえて、海を見つめた。


「酒田、大丈夫、か?」

 戸惑いつつもそう問い掛けた瞬間、桃が海の胸に飛び込んできた。


「酒田!?」


 心臓が一気に跳ね上がった。思考回路が一瞬、断線した。何も考えられなくなる。


 しかし、それは一瞬のことで、次の瞬間、海は言葉にならない声をあげた。


「う。吐きそう....」

と桃が呟いたのは、吐く前ではなく、吐いた後だった。


 どこに?


 言うまでもなく、海の胸に満遍なく。

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