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臆病な恋  作者: 榎木ユウ
13/34

13 8月12日☆(1)

「あれ? 酒田、内藤と江口がつき合ってるって知らなかったの?」


 社会人になってから、何度目かの飲み会だった。

 大学のサークル仲間の有志一堂で集う飲み会。

 私はいつもの通り新年会に参加して、そして唖然とする。


 目の前で、自分の彼氏だと思っていた男が、別の女を彼女として紹介していたからだ。

 否、紹介していたわけではない。

 周知の事実だったのだ。

 皆の間では。


「内藤と江口、同高からだから、もう7年になるんだと。ああいうの、純愛っていうんだろうな」

 ニヤニヤと話すサークル仲間は、きっと、私と内藤がかなり仲が良かったことを知っていたのだろう。


 私達が、というより、私が付き合いだしたのは、就職してすぐのことだ。

 二人で何度か酒を飲むうちに、気がついたら、彼の部屋で、彼の布団で、裸になっていた。


 好きだ、なんてことを言われたかなんて覚えてなく。

 デートはいつも二人で飲んでばかりで、休日昼間に出かけることなんてなかった。

 それでも、馬鹿みたいに私は、その男を自分の男だと思っていたのだ。


「酒田さぁん」


 何杯飲んだか分からず、しこたま不味い酒を干してトイレに行ったとき、内藤の彼女だと言われていた江口に呼びかけられた。

 彼女は内藤と立っていた。

 内藤はバツの悪そうな顔で私を見て、江口は長い茶色の髪を耳にかけながら、私に言う。


「私達、ずっと付き合ってたんだぁ」


「そう」


「酒田さんは知らなかったみたいだけど」


 ニコリと笑われて、そう言われて、全身の血が沸き立った。

 そう、私は知らなかった。

 だから、みんなの前で「桃は可愛いなあ」なんて言われたことも、冗談に受け取れなくて、卒業後、飲みに誘われたらホイホイとついて行ってしまった。

 卒業後も何度か続いたサークルの飲み会。

 親密さは見せなかったけれど、内藤に対して笑いかけてばかりいた私を、みんなはどう思ったのだろう。


(あぁ...)


 いろんなものが足元から崩れていく。


「この人、からかうの好きなひとだから、ちょっと遊びが過ぎたみたい」

 そう言いながら牽制され、内藤の苦笑いも見ないで席に戻ると、シンっといきなり静まり返った。


 皆が私を見ていた。


 何ともいえない目で。


(あぁ、なんて恥ずかしい....)


 自惚れてしまった自分が耐え難く恥ずかしかった。

 あの人のただ1人が自分だなんて、馬鹿なことを思い、そして、付き合っていたなんて、幻想に溺れていたのだ、と思い知る。



 憐れみでも蔑みでもない。

 何とも言えない目をしたサークル仲間は、既に私の友達などではなく、ただの外野であり、無関係な隣人だった。

 いや、最初からそうだったのだ。

 誰も彼も、私にとっては赤の他人で、ただのサークル仲間よりも縁のない存在だったから、私だけ、皆の周知の事実を知らなかったのだろう。


 内藤と江口が入学当初から交際していたなんて。


 後から人伝に聞いた話では、内藤は江口と付き合っていることを、大っぴらに公言することをあまりしていなかったらしく、あの日、正月明けの新年会で、二人の付き合いを知った人間もいたらしい。


 では、何故二人がそんなことを、わざわざあの場で公言したのか?  


 それは私がいたからだ。


 内藤の彼女面して浮かれていた私を、完膚無きまでに打ちのめしたかった。

 それ故、だ。


(あぁ、なんて...)


 皆の視線が痛い。

 いたたまれない。

 顔が恥ずかしさのあまり赤くなっていく。


 私は道化。

 セフレにもならない、愚かな勘違い女。



 私は、

 私は、


 恥ずかしい.....!



☆☆☆



 携帯のアラームで目覚めて、あまりの目覚めの悪さに、私は枕に顔をうずめた。


「なんで今更...」


 夢の中身は、今年の年始に実際にあったことだ。

 恥ずかしくも、痛い出来事。

 半年以上過ぎた今でも、こんなに鮮明に私を苛む。


「あー。くそ」


 重い身体に鞭打つ様に起きると、時間を確認する。


 6時30分ジャスト。

 今日頑張れば、あとはお盆休みだっていうのに、幸先悪い夢見に苛立ちながら、私はベッドから身体を起こした。



☆☆☆



 8月12日、金曜日。

 その日は朝からついてなかった。


 上長に昨日の図面の入力ミスを叱られた。


 飲みたいと思っていた飲み物が売り切れだった。


 掃除の時間に紙で指を切った。


 いつもなら笑い飛ばせるのに、些細なことも重なれば身体には応える。

 定時間際にはぐったりしていると、パコンと頭を誰かに叩かれた。


 見上げると、図面を丸めて棒状にして持つ大島さんがいた。


「いいご身分だな、もう夏休み気分か?」

「そんなことないです!」

「このデータ、全部数字がずれてたから打ち直して」

「えっ?」


 時計を見るとあと10分で定時だ。到底、終わる量じゃなくて大島さんを見上げると、

「今日中」

と遠慮ない声。


「はい…」

 辛うじてうなだれずに図面を受け取る。

 そして作業前に、サチを見て、

「こういうことだから、ごめん、先行ってて」

と言った。

 サチはニコリと笑って、「了解」と返してくれた。

 今日は皆飲み会だから定時速攻だろう。

 せめて1時間遅れで済むように、急いで図面作成ソフトを起動した。



☆☆☆



「よし。帰るか」

 修正を終えた図面を大島さんに確認してもらったのは、既に7時近くなった時間。

 いつもなら当たり前に社員がいるのだが、流石にお盆休み前のせいか、殆どいなかった。

 我がグループなんて、飲み会だから、私と大島さんしか残っていない。


「まだ間に合うだろう」

 時間を確認しながら大島さんがそう言った。後片付けをしつつ、

「ロッカー戻って、帰る用意してこい」と指示してくれるので、このまま一緒に遅れて飲み会参加という流れらしい。

「すいません、私のミスのせいで」

「まったくだ」

 そう言いつつも大島さんの目は笑っていてくれたので、ホッとした。

 片付けてロッカーに戻り、準備をして廊下で待っていると、大島さんも帰り支度を整えて部屋から出てくる。

 会社内でこうして帰り支度をして一緒に帰るのは初めての経験だったので、不覚にも少しだけときめいた。


「今日、ミス、多かったな」

 飲み会場所への行き道で、大島さんがそんなことを言った。

 私は下を俯いて、「すいません」とだけ返す。

「調子悪いなら、このまま、飲み会行かないで帰ったらどうだ?」

「それはイヤです」

 せっかく会費も払っている。

 料理はもうないだろうが、せめて酒ぐらい飲まないと、今日みたいな日はやってられない。


「二次会も行く気なのか?」

「行って何が悪いんですか?」


(私と飲むの嫌なんですか?!)


 せっかく少人数で飲めるのだ。

 二人で飲むのも好きだが、少人数で、気心知れた相手と飲むのも、私にとっては楽しみの一つであり、ストレス解消法でもある。

 いくら大島さんだからって、それを私から引き離そうとされたら、断固抵抗したい。

 大島さんは強張る私の顔を見て、少しだけ溜め息を逃すと、ポンポンと私の背中を叩いた。


「あんまり飲み過ぎるなよ」


 いたわりの言葉に、安堵する。


「顔色、そんなにいいようには、見えないんだから」

 注意した大島さんの、その最後のぼやきを、私はうっかり聞き逃した。


 確かに今日は夢見が悪かった。

 もしかしたら、あまりしっかり寝ていなかったのかもしれない。

 ミスも普段より多かったのは、しっかり大島さんに確認されている。

 つまり、いつもの私の体調ではなかったのだ。


 それを自覚しても良かったのに、私は自覚出来なかった。

もしかすると、久しぶりに見た悪夢を忘れたくて、自棄酒したかったのかもしれない。


 兎に角。

 この日の酒は、私の体調にバッチリ合わなかったことだけは、確かだ。

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