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臆病な恋  作者: 榎木ユウ
12/34

12 8月8日★

「お前、帰郷、いつから?」

 白土にそう問われ、海は苦笑しながら、顔を上げた。


「あと1週間あるのに、もう夏休みかよ」

 月曜の朝から、週末の夏休みに関しての予定を聞いてくるなんて、夏休み気分に浸るには早すぎるんじゃないか。

 そう咎めるように海が白土を見上げると、海の席の横に立っている白土は、ニヤニヤしながら小声で言う。

「違う違う。12日、暑気祓いの後に有志で飲もうって話が出てんの」

「はあ?」

 何故、わざわざ暑気祓いの後に飲みに行かなくてはならないのか分からずに眉を顰める。長期連休の前日でもあるその日は、通常ならば翌日からの帰省組のことを考えて、二次会はない。

 帰省組でなければ飲みに行く輩もいるが、海も翌日早朝の電車で帰省の予定だったので、それを知っていながらわざわざの飲み会の誘いに戸惑いを覚えた。


「その翌日早朝帰省なんだが」

「あ、ヤッパリ。じゃ、違う奴にしようかなあ」

 あっさりと白土が引いたので、訝しげに彼を見れば、白土は

「言ったじゃん、有志一同って」

と言った。


「有志って誰だ?」

「俺と浅間さん」

「浅間さん?」


 チラリと浅間の席を確認するが、彼はまだ出社してないようだった。車通勤なので、電車通勤の海や白土と違って、会社につく時間も丁度よく調整しているらしく、浅間の出社時間はいつも仕事開始15分前だ。

 低血圧なのか、朝は酷く眠そうな顔で現れる浅間と、この目前に立つ白土は、何故か相性が良かった。


「だったら、二人で飲---」

「女の子も三人。

 西脇、花川、あと一人、だぁれだ?」


 ニヤニヤしながら海に聞いてくるその態度が腹正しい。

 西脇、花川とつるんでいる女子とくれば直ぐに検討はつく。


(そんな話、言ってなかったな)


 桃から飲み会の話は全く聞いていなかった。いつもならそう言うことは隠し事なく言ってくる質なのだが。

 そこまで考えて、先週の金曜日に桃たちが飲み会だと言っていたのを思い出す。


「白土、その飲み会、女側の発起人って、西脇?」


 花川はまず自分から提案しない。桃は半々だが、海を誘うつもりなら、桃本人から聞いてくるだろう。

 消去法で行き着いた答に、白土は面白くなさそうな顔になる。


「ちっ。無駄に勘がいいでやんの」

 それは西脇が発起人だと暗に言っているも同然で、海はジロリと白土を睨みあげると、手帳を取り出し12日に印をつける。


「あれー?」

「俺も参加だ」

「ぐふ。可愛いね?」


(そんな合コンみたいな飲み会に、他の奴、誘われてたまるか!)


 桃は、海の所有物ではない。

 だけど、誰かのものになることを、わざわざ黙って見送るつもりもなかった。

 うぷぷぷ、と不気味な笑いをあげる白土にムカついて、海は白土の向こう脛を遠慮なく蹴飛ばした。



☆☆☆



「あ、大島さん!」

 トイレに行った帰り道、廊下で桃とバッタリ会った。

 桃は海の顔を見るなり、駆けてくる。

「どうした?」

「あの、週末の二次会、大島さんも参加なんですよね?」

 少しだけ不安そうな桃の顔。

 海はニヤリとしつつ、「俺じゃない方が良かったか?」と尋ねる。


「え!? それは嫌ですよ! だって気疲れしちゃう!!」


 ぶんぶんと首を横に振る理由の色気のなさに少しだけガッカリしたが、桃らしいと言えば桃らしいので、冗談だ、と笑ってみせた。


「しかし、そんな形で飲み会なんて珍しいな」

「そ、そうですか? たまにはいいとおもいますよ! みんなで飲むのも楽しいし!」

 それならわざわざ二次会をする必要性はない気がした。なんとなく、桃の発言に含みを感じたが、あまりつつくのも自分の性分ではないので、「そうだな」と相槌だけを返す。


「その後、三次会も出来ればいいんだけど、無理だろうなぁ」

「え?」

「いつもの蕎麦屋」


 そう告げると、一瞬、桃がポカンとした顔になり、直ぐに「うわ、そっちの方が良かった!」なんて嬉しいことを言ってくれる。

 本当なら、暑気祓いの後、二人で飲み直しがてら、蕎麦屋に誘うつもりだったのだ。

 しかし、流石に二次会の後では海も難しく、それだけは少しばかり残念ではあった。


(休みの前ぐらい、二人でゆっくり飲めれば良かったんだが)


 10日も連休中は顔を見られない。あわよくば連休後半に、蕎麦屋で飲む約束でも取り付けたかったのだが、果たして二次会で誘えるか怪しい。


「あ、あの!」

「ん?」

「れ、連休中にもし空いてる日があったら、蕎麦屋行きません?」


 少しだけ不安そうに桃が尋ねてきた。


「去年の暮れみたいに昼間っから飲むのか?」

 嬉しいくせに意地悪くそう問えば、「夜です!」と桃が慌てて言った。


(別に昼間っからでもいいんだけどな)


 それはデートみたいで、なんだかとても楽しそうだった。

 思わずにやけそうになりつつ、海は桃の肩をポンと叩くと、

「まぁ、それは週末決めるか」

と言って、桃と離れる。

 あまり廊下で、男女二人というのはよくも悪くも目立つ。

 桃も時間だと気づいたのだろう。

「あ、それじゃ、また後で!」

と言って、トイレに向かって小走りに去っていった。


「.....」


 部屋に戻りながら、思いがけず結べた約束に心弾みそうになった瞬間、ズボンのポケットに突っ込んでいた携帯が震える。


 取り出すと一通のメールが入っていた。

 差出人を見て、思わず眉をしかめる。


(何で今更)


 メールの差出人は千夏からだった。結婚前は頻繁にメールを交わしていたが、今はメールなど全くしていなかった。

 この前の、二人での飲みが、余程千夏にとって懐かしかったのかもしれない。

 何故なら開いたメール文の軽さは、以前の見知った彼女からの雰囲気そのままだったからだ。


《ヤッホー。今週で終わりだね! 

 やっと夏休みだよ!! お互いお疲れ様!

 せっかくだから、明日あたり、暑気祓いしない?(^_-)》


 結婚前なら、そのメールの内容は、『二人で』という意味だった。

 だけど、今は二人で飲むことは、海の倫理観からは外れている。

 白土辺りなら気軽に飲みに行くのだろうが、二人で飲んでいるところを見られて、変に噂をたてられたらたまったものではない。

 

 だから、牽制の意味も込めて、返信する。


《何人で行く? 白土とかなら直ぐ誘えるぞ》


 その日、千夏から返信は来なかった。翌日、昨日とは打って変わって素っ気ないメールだけが海に届く。


《ごめん、用事入った》


 それが本当か嘘かなんて、海には分かるわけもなかったが、なんとなく胸がざわついて、そのメールは読んだら直ぐに捨てた。



★★★


 

 私の大好きな彼。


 私の、私だけの彼。


 彼も私が好きだって、私、知ってるの。


 これから、どうしよう?


 やっぱり初めは外で会う?


 それとも...


 直接、会いにいこうかな?

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