私、殿下が婚約破棄したお相手から殿下を奪った女らしいです。お会いしたこともありませんけれど
「あなたが、セーラ・ルドルフね!」
突然、入り口からそんな怒声が聞こえてきた。
「なんですか?」
「お邪魔いたします!」
「ちょっと! なんですか、いきなり入ってきて!」
制止するよう促すセーラだったが、ここでふと気が付く。
どこか見覚えのある顔だと。
けれど、直接話した記憶はない。
「メリル様?」
そう。突然ルドルフ家に怒鳴り込んできたのは、従者を引き連れたメリル・ガーネット公爵令嬢だった。
メリルはガーネット公爵家の一人娘であり、つい三ヶ月ほど前、ディアモ第一王子殿下から選ばれた未来の王太子妃、その婚約者だ。
そんなメリルが突然上がり込んできたのだから、セーラの目も丸くなって当然だった。
「どうかされましたか? メリル様」
「よくも……っ! よくも、ディアモ様の心を弄んでくれたわね!」
「……どういうことでしょう?」
意味のわからないセーラだった。
「セーラ!」
そこへ、王宮に呼び出されていた父が帰宅した。
父は屋敷の扉を開けるなり、佇むメリルなど気にも留めずに口を開く。
「大変だセーラ! ディアモ殿下が、お前を新たなる婚約者にすると宣言なされた!」
「え、え? 私を?」
「……そうよ!」
驚きがやや勝ったが、ここでようやく理解した。第一王子の婚約者が、いきなり血相を変えて上がり込んできた理由。
"元"になったのだから無理もない。
それに加えて、この怒りの矛先。
間違いない。
「メリル様。誤解です」
「なにが誤解なものですか! 人の婚約者を奪っておいて! 許さないから! お陰でわたくしは……わたくしは……!!」
婚約破棄されたのだという。
しかしながら、すでにセーラには婚約者がいた。そして何より、ディアモ殿下が自分を婚約者に選ぶはずがないのだ。
「だって私、殿下と直接お会いしたことも話したこともありませんもの」
「嘘よ!」
「本当です。それに、私にはすでに婚約者がいますから」
「セ、セーラ、そのことなのだが……!」
申し訳なさそうに父が口を挟む。
どうやら、その婚約は解消になりそうだと。
無理やりセーラの婚約を解消させ、ディアモ殿下は自身の新たな婚約者になるよう企てたそうだ。
「そんなの、勝手です!」
「……ディアモ様ならやりかねないわね」
その身勝手さとセーラの反応から、メリルはセーラの主張が本当であり、今回の婚約破棄はディアモ殿下の一存によるものだと悟った。
「娘には婚約者がおりますと何度も言ったのだが、まったく聞く耳を持ってくれなかった」
「構いません。今度は私が、直接ディアモ殿下に説明しにまいります」
「いや、その必要はない」
父は首を振る。
「どうしてですか?」
まもなくやってくるからだ。
ディアモ殿下が、ここに。
本人に直接、婚約を宣言する気らしい。
「こんな所で出くわしたら不味いわね。ひとまず、一旦失礼いたします」
「帰しません」
「……なんですって?」
「帰しませんと申したのです。ディアモ殿下がくるまで、2階手前の部屋に隠れていてください。何が本当でこれからどうするべきか、ご自身の耳で話を聞き、ご自身でご判断ください」
「ちょっと。あなた、どういうつもり?」
「どうもこうもありません。いきなり上がり込んできて、人を悪者扱いしておいて、一方的に失礼されても困ります」
「だ、だから、それは!」
「メリル様。あなたには聞く義務があり、判断する権利があります。さぁ、2階へ」
促されるまま、渋々メリルは2階へ向かった。
そしてほどなくして、王家紋章を掲げた馬車がルドルフ家の前で停車した。
ディアモ・メリザレム第一王子殿下だ。
「失礼する。……うむ、やはり美しい。セーラ嬢」
「ようこそおいでくださいました。お初にお目にかかります、ディアモ殿下。ルドルフ伯爵令嬢のセーラ・ルドルフです」
「お初ではない。君のことは前回の王家主催の夜会で見かけ、あの日から、ずっと気にかけていた」
「……光栄です」
「うむ、物わかりが良くて助かる。セーラ嬢、喜べ。このたび、君を僕の婚約者として正式に認めることにした」
「ご遠慮させていただきます」
「……なに? おい、ルドルフ伯爵。先に帰っておいて娘に何も伝えていないのか?」
「いいえ、父からは伺っております。ですが、私にはすでに婚約者がいますので」
「フレーデルか。あんな伯爵家の令息、取るに足らん」
「お言葉ですが、それは殿下がお決めになることではないかと」
「僕は次期王太子、ディアモ第一王子だ。僕の婚約者は僕が決める。陛下も承諾済みだ」
「私も、殿下の婚約者は殿下がお決めになられたら良いと思います」
「わかったならいい。早速ーー」
「ですが、私の婚約者は私が決めます。私は、殿下の婚約者にはなりません」
「なんだと? 言わせておけば貴様……」
「それに、殿下は何か誤解しております。確かにフレーデルは昔からの幼なじみで、仲の良い間柄ではありますが、私の婚約者ではありません」
「馬鹿を言うな。調べはついている。そのような容易い嘘でこの僕をーー」
「殿下こそ、父から何も聞いておりませんか?」
「なに?」
「お父様は申し上げたはずです。私にはすでに婚約者がいて、ディアモ殿下の婚約者にはなれないと」
「覚えているよ。なあ、ルドルフ伯爵。しかし僕はこう言ったはずだ。その婚約は解消だと!」
ディアモの威圧的な視線に、父は小さく丸くなる。
「確かに。仰られていましたが……」
「そうだろう! どうだ、セーラ嬢! 僕は確かに君の父君にそう宣言してーー」
「人の大事な婚約を、そんな自分勝手な理由で解消にはさせません。セーラの父君には、帰り際に私からそう伝えました」
屋敷の入り口から、青年の声がした。
「見損なったぞ。ディアモよ」
そして二つ目の声も。
ディアモからすれば、どちらも聞き慣れた声だった。
「父上!? ハンスも!! な、なぜここに!?」
国王と、第二王子のハンスだった。
「お忙しい中、ご無理を言って着いてきてもらったのです。兄上が私の婚約者を奪おうとしていることを伝えて」
「自身の婚約者との婚約を一方的に解消し、その上、人の婚約者を無理やり奪おうとは」
ディアモは焦った。
まさか突然、父親であるライザル陛下と弟のハンスがやってくるなんて。
それだけではない。
聞き間違いでなければ、今、ハンスの口から婚約者と聞こえた。
「婚約者!? ば、馬鹿な! セーラ嬢はお前の婚約者なのか!?」
「はい」
「ち、違う! そんなはずはない!」
「ディアモ殿下、間違いではありません」
セーラはすっとハンスの横に付き、口を開いた。
「そんな、いつから……!」
「殿下が、私を目にかけてくださったと仰った前回の夜会。その後です」
「ディアモ」
「ち、違うのです、父上! ハンスの婚約者だとは知らなかったのです! 本当です!」
「ハンスの婚約者でなかったから良かったと言うのか?」
「いや……その……」
ディアモは黙るしかなかった。
その時、2階から駆けてくる足音がした。
メリルだ。
「メリル!? ど、どうして君がここに!? くそ、何がどうなっている!」
「ディアモ様には関係ありません。時に陛下、ディアモ様との婚約解消についてですが、正式にお受け致します!」
「メリル! ちょっと待ってくれ!」
「離してください! あなたから言い出した婚約破棄です! こんな御方だとは思わなかった!」
メリルは縋るディアモの腕を振り払い、セーラに向き直った。
「ごめんなさい、セーラ。わたくし、確認もしないであなたを悪者扱いしてしまって……」
「いいえ、勘違いは誰にだってありますもの。どうかお気になさらず」
「ディアモ。お前の立太子について、今夜話がある」
「父上! お待ちを!!」
国王陛下のあとを泣きっ面で追いかけるディアモ。メリルも、セーラとセーラの父親にしっかりと詫びて一礼し、屋敷はすっかり静かになった。
「ところでお父様、ディアモ殿下に言わなかったのですか? 私の婚約者がハンス殿下であること」
「伝えようとしたさ。何度も。そんなもの解消だ!の一点張りで、これ以上ゴタゴタ言うと不敬罪だ!と、もうどうしようもなかった……」
肩を落とす父に同情するも、セーラはひとまずハンスに一礼をした。
「ハンス殿下。お手間をお掛けして申し訳ありませんでした」
「自分の婚約者が取られそうになって、手間もなにもないだろう。君は私の愛する人だよ?」
セーラはハンスの腕の中に収まった。
頬を赤く染めながら微笑む。
「嬉しいです」




