↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/48

約束(前編)

 一瞬のことのようにも感じたし、ずいぶんと長い時間がすぎたような気もする。ティアがまぶたを開けると、薄暗く、穴だらけの石の天井が遠くにうっすらと見えた。

 ゆっくりと体を起こす……そして、目にした光景に言葉を失った。


 強烈な破壊跡だ。石兵《ゴーレム》……いや、さっきまで石兵だった石は、吹き飛んでばらばらに割れていた。その残骸が扇状に散らばり、さらにその先の通路壁は、床も壁も天井も、まるで機嫌をそこねた巨人《トロール》が大暴れしたかのように大きくえぐれ、広範囲にひび割れている。

 破壊跡の起点はティアだった。正確にはティアではなく、その右手のあたり……そこにはココが落ちていた。


「――ココ!」


 拾い上げると、ティアの両手の上でココは力なく横たわる。


「ココ、ココ!」


 呼びかけても揺すってもココは動かない。いつもの四枚羽も、小さな両手も、宝石のような美しい瞳を隠すまぶたも、ぴくりともしない。

 ティアの手はがくがくと震えていた。まさか、そんな。まただ。また同じことが起きた――わたしのせいで!


「いや……ココ、起きて。お願い、起きて!」


 動悸が止まらず、肌は粟立ち、全身から汗がふき出てくる。頭も体も冷水を浴びたように冷たい。

 腕だけでなく体まで震えてきた時、手の中のココは、ほんのわずかに身じろぎをした。


「……ン……」

「ココ!」


 ココはゆっくりとまぶたを開ける。そして眩しそうに眼を細め、ぼんやりと、弛緩した表情でティアを見た。


「ココ、わかる? わたしがわかる?」

「…………」


 すがりつくように言ったティアの言葉に、とろりとした目をしていたココはゆっくりと二度、気だるげに瞬《まばた》きをした。


「……ティア……だいじょうぶ……?」


 ティア――そう名前を呼んだ。ちゃんとわたしを覚えてる。


 その事実にティアはすっと体の力が抜けていくのを感じた。うつむいて、手の中のココに額を寄せる。

 忘れてない……ちゃんと覚えていた……。


「テ、ティア……」


 いつの間にかピーターがすぐ後ろにいたようで、遠慮がちな声が聞こえた。ティアはさっと頬をぬぐうと、ココを手に乗せたまま立ち上がる。


「これはいったい……」


 杖灯りが照らし出す石兵の惨状を見て、ピーターは呆然としていた。


「ティアが魔法陣を撃ったと思ったら、突然ものすごい音がして石兵が吹き飛んだんだ……これ、まさか、ココが?」


 信じられないものでも見たような顔で、ココを見つめる。

 ココはピーターを見上げてまたゆっくりと瞬きをすると、ふわりとティアのてのひらから飛び立った。


「アタシ……よくわかんない。ティアがつぶれちゃうと思ったの」


 ピーターとティアの間でふわふわと羽ばたくココは、いつもより光がずいぶんと弱い。


「ココ、いいのよ、わたしにつかまってて」

「ううん……だいじょうぶ」


 ココはじっとティアの右耳を見た。


「ティアのきらきら、壊れちゃった……」


 そう言われて右耳に触れると、耳飾りの精石《せいせき》がなかった。足元を見ると、そこに割れた精石の欠片が落ちている。


 精石はエルフと妖精をつなぐ石で、その内に精霊を宿している。ココが放とうとした風があまりに強力で、精石に宿った精霊《ちから》も使い果たしてしまったのだろう。

 左耳にも触れてみると、突然思い出したようにじんじんとした痛みが襲ってきたが、こちらにはちゃんと精石がついていた。


「さっき、耳元で割れるような音を聞いたわ。これだったのね」

「ねえ、いったいなにが起きたの? ココは竜巻みたいな強い風は出せないって、ティア、そう言ってたのに……」


 困惑しながら言うピーターに、ティアは石兵の残骸と通路の破壊跡に視線を戻した。


「ごめんなさい。出せないわけじゃないの。出させたくなかっただけ」

「出させたくなかった?」

「ええ」


 ティアはココを指先でそっとなでると、自分の手の甲にやさしく座らせた。


「妖精は精霊エネルギーの塊よ。あなたも魔法使いなら知ってるでしょ? 自然界には精霊が満ちあふれてる……特にリスフェリアの森のような豊かな大自然では、人里の比じゃないわ。その精霊が具現化したのがココのような妖精。だから妖精は、魔力を必要とせず自由に精霊を扱える。でもそれは、妖精自身を構成している精霊を消費するの」


 石造りの地下水路を、ぐるりと見わたす。


「ココは風の妖精だから、こういう風の吹かない場所で精霊を使うには、自分の体を取り崩さなくちゃならないわ。少しなら問題ないの。また風の舞う(精霊がある)場所へ行けば、ゆっくりと満たされていくから。でも、極端に大きく使ってしまうと……」


 そこまで言ってティアは言葉を止めた。手の甲に座るココは、弱々しい光をまとってティアを見ている。この先は口にしたくない。


 ピーターは黙り込んだティアにはなにも告げず、じっとココを見た。そして、ひとりで納得したようにウンウンと首を振る。動きにあわせて長い耳が揺れた。


「そっか。じゃあ町に戻ったら、ココにたっぷりと海風を浴びせなくちゃね。また精霊を補給できれば、もとの元気なココに戻るんでしょ?」

「ええ……時間はかかるけど」


 こくりとうなずく。深追いしないでくれた彼にほっとする。

 ピーターは満足そうに息をつくと、ばらばらに割れて散らばる石兵の残骸に近づき、観察した。


「これ、ひとつひとつの石に小さな魔法陣が刻まれてる。この陣同士が引き合って、大きな石兵になってたんだ。あれだけの重量の石の塊を吹き飛ばすなんて、妖精の力ってすごいんだね。もしココが吹き飛ばしてくれなかったらって思うと……」


 言葉を切って、ピーターはうつむいた。

 ティアの脳裏にもあの瞬間がよみがえる。石兵が石に戻って落ちてくる様を……ココがいなければ、ティアは石に押しつぶされていた。そのあとどうなっていたかは明白だ。


 ティアは床に埋まった白い石板に歩み寄り、石兵の残骸を手ではらった。


「あの石兵は、この石板を守ってた。だから一歩も動かないで、近づいたものをはじき飛ばすことしかしなかったんだわ」

「うん、ボクもそうだと思う」


 石板に刻まれた古代エルフ語をゆっくりと指でなぞる。石兵の胴体にも浮かび上がっていた、その文字を。


「約束を守れ。なれば光は共にある……カリギュラスは、よっぽどこの石板を開けてほしくなかったみたいね」

「彼が伝えようとしてる約束がなんなのか……わからないけど。でも石板の封印はもう解いちゃったし、それにここまでボクら三人で頑張ってきたんだ」


 ピーターはティアとココをじっと見る。決意に満ちたまなざしだ。


「絶対に水の魔力異常とも無関係じゃないと思う。ボク、港湾ギルドを呼ぶ前に、この先を自分の目で見ておきたい」


 彼の赤い瞳を見つめながら、ティアはうなずいた。


「ええ。わたしたち三人で行きましょう」


精霊とは、粒子のようなものです。魔法使いは魔力を媒介にして精霊に干渉し、魔法を使います。妖精は精霊そのものなので、直接精霊を扱うことができます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。