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突然の訪問者(後編)

 ガラス工房虹(にじ)の欠片(かけら)では、ロットの仏頂面が待っていた。


「なんだよ、そいつは」


 もちろんそいつとはレイのことだ。

 レイがにこやかに挨拶しようとするのを制して、ティアは口を開いた。


「なんでもないわ、気にしないで。それより、完成したの?」

「ああ。見てみろよ」


 ロットはレイを気にしつつもそう言うと、奥からひとつの包みを持ってきた。

 彼がていねいな手つきで包みをそっと外すと、中からは透明感あふれる妖精像のガラス細工が顔を出した。


「うわぁぁ……!」


 目を輝かせてココが身をのりだす。


 ガラス細工は、一輪の花の上で妖精が目を閉じている姿だった。右手をくるりと花に沿わせていて、そこに頭を預けている。

 左手は指先で花弁(かべん)をつつくようにしており、きらきらと透きとおるガラスは、まさに光の加減で七色を反射しているようにも見える――ティアも言葉を失うくらいに美しかった。


「……すごいわ」

「これはな、ただの飾りじゃねえんだ」


 ロットはそう言うと、ガラス像の土台に手を伸ばした。何かをひねっている。

 彼が手を離すと、鈴をはじくような音が鳴りはじめた。「りん」という最初の音を追いかけるように、あとからいくつもの軽やかな音が重なっていく。同時に、妖精がゆっくりとまわりはじめた。


「ティア、アタシが歌ってる!」

「オルゴールなの?」


 ティアの言葉に、ロットは満足げな表情でうなずいた。


 オルゴールの上の妖精は、回転にあわせてガラスの羽や花びらが光を受け、きらめいている。まるで音に合わせて踊っているようだった。


「これ、君が作ったんだ? へぇ、すごいね。きれいじゃん」


 レイは妖精像とロットを見比べながら、感心したように言う。いつもどおりの軽い調子だが、彼なりに褒めているのだろう。


 ロットはレイをちらりと見て無視すると、回転をやめたオルゴールの妖精をぐいとティアに向けて押し出した。


「ほらよ」

「え?」

「これはてめえのだ。持って帰れよ」


 ティアがぽかんとしていると、ロットは顔をそむけてがさがさと包みを片づけ始める。


「報酬をやるって言っただろ? それにそいつは試作品だからな。これから同じのをいくつかこしらえて、ババアの店に持ってくんだよ。忙しいんだ、わかったらとっとと帰れ」

「きゃーっ、やったー! ティア、よかったね!」


 ココは大喜びで、輝きながらくるくるとオルゴールの真似をして回転している。

 驚きで言葉の出ないティアの横で、レイが前のめりに乗り出した。


「いいなぁ、俺もほしい!」

「はぁ?」


 ロットが唖然としてレイを振り返る。


「まさかこんな汚い町に、ここまで繊細(せんさい)な工芸品をつくれる職人がいるなんてさ、びっくりしたよ。俺にもくれない? ロストデールに持って帰るおみやげにちょうど良いよね。それに、ゲイリンも喜ぶかもしれないしさ」


 レイはいけしゃあしゃあとそう言ってのける。

 あのゲイリンがガラスのオルゴールで喜ぶとは思えないが、レイを黙らせようとティアが口を開く前に、ロットの怒声が飛んできた。


「なんだ、このくそ図々(ずうずう)しいエルフは! だいたい最初(はな)っから気に入らねえんだよ、呼んでもねーのに勝手に人の工房に入ってきやがって。おい、こいつを連れてとっとと失せろ!」


 ロットの剣幕に、レイはきょとんとしている。


「だって、たくさん作るんじゃないの? 俺にもひとつくらいくれたっていいじゃん」

「ぶっ飛ばされてえのか? こいつは俺の作品で、商品だ。このエルフにはな、妖精のモデルの報酬として渡したんだよ。なんでてめえにやらなきゃならねえんだ!」

「あー、そうだったんだ。じゃあ売ってくれる?」


 レイはそう言って長い袖の中をごそごそとかきまわすと、ロットに向かっててのひらを差し出した。かもめ荘の前で車夫(しゃふ)に渡そうとしたのと同じ、アストリア金貨が1枚のっている。


「これで足りる?」

「…………」


 ロットは目をむいて金貨をまじまじと見つめると、レイの顔を見て、もう一度金貨を見た。

 しばらく無言ののち、さっと素早く手を伸ばして金貨を奪い取る。


「……前払いだ。出来たらひとつ届けてやるから、その帳面に住所を書いてけよ」


 とたんに大人しくなってそう言うと、金貨を懐の大きなポケットにしまいこみ、ロットはそそくさと工房の奥へと引っ込んでいった。


「やった! 妖精を模した工芸品なんて、ロストデールじゃ絶対手に入らないしね。ありがとうティア、いいおみやげが買えたよ」


 そう言って満足げに笑みを浮かべるレイに、ティアは無言で考えた。

 この疲れるレイの相手をしているのだから、自分も紹介料くらい貰っても良いのではないだろうか……。




 その後は商業区へと向かい、ティアはいくつか買い物をした。


 まずは張り替え用の弓の弦。前回変えてからかなり経っているので、セレスト港についたら張り替えたいと思っていた。

 そして、油を二種類。装備の手入れに使う革用油とランタン用の油が残り少ないので、その補充だ。


 最後に雑貨店青い鳥へと顔を出し、店主の老婆にかもめ荘で世話になっていることを報告した。

 そのついでに、髪用の香油(こうゆ)も買うことにした。小瓶の首には淡い紫色の飾り紐が結ばれている。蓋を開けると、優しいスミレの香りがふわりと漂って、心地いい。


「ふーん、なんか実用的なものばっかり買うんだなと思ったら、そういうのもちゃんと好きなんだね」


 香油を革鞄にしまっていると、横からレイが口をはさんできた。


「これも実用的よ。旅路でなかなか湯浴(ゆあ)みができなくても、ちゃんと香油をつけて櫛(くし)でとかせば、髪は絡まないわ」

「ティアってさ、なんで旅をしてるの?」


 突然レイが聞くので、ティアは言葉につまった。


「特に、これといった目的は……」


 適当にあしらおうとして、言葉を止めた。天井からぶら下がった風鈴をつついているココの姿を見る。

 ロストデールはすでに妖精との縁が切れているようだが、もとは始祖(しそ)を同じくするエルフだ。もしかして、手がかりになる情報はないだろうか。


「妖精の記憶喪失について聞いたことはない?」

「記憶喪失?」

「ええ……記憶喪失と、その記憶が戻る方法の手がかりを求めてる」


 ティアの言葉に、レイは神妙(しんみょう)な顔をした。


「君の契約妖精が記憶喪失ってこと?」


 ココを見ながらそう言う。ティアが小さくうなずくと、彼は考え込むように首を傾げた。


「妖精について俺は詳しくないし、そんな話ゲイリンから聞いたこともないけど……でも、なんで? 記憶喪失になったきっかけは?」

「……知らないならいいの。忘れて」


 ティアは言葉を切って顔をそむけた。老婆にお礼を言ってココに声をかけ、青い鳥を出る。


「ティア、ちょっと待ってよ。君の話も、それにリスフェリアの話もさ、いろいろと聞きたいんだ」

「もう知ってるでしょ? リスフェリアは今も森を捨てずに守ってる、あなたが言うところの田舎臭い国よ。それ以外になにもないわ」

「君、リュシール家の娘なんだろ?」


 その言葉に、ティアはびくりとして足を止めた。一瞬頭が真っ白になる。

 なぜ、その名を……そこまで考えて思い至った。そうだ、星の宣託(せんたく)でタラサにフルネームを答えていたのだった。


「ゲイリンから聞いたんだよね。リュシール家はリスフェリアの森の守護を担(にな)う五大家系のうちのひとつだってさ。その家の年若い娘が森で教育も受けず、なんでふらふらと一人旅をしてるのかって不思議そうにしてたよ。そこの契約妖精の記憶喪失と関係があるの?」


 そ(・)こ(・)の(・)契(・)約(・)妖(・)精(・)。ココを指さしながら言うその言葉に、苛立ちがつのった。


「一人旅じゃないわ、わたしはココとふたりで旅をしてるの。それに、妖精をものみたいに言うのはやめて」

「えっ、あ、ごめん。そんなつもりじゃ……」


 レイが困ったような顔で手を伸ばしてくる。


「触らないで!」


 その右(・)手(・)を警戒するように振り払うと、ティアはきびすを返した。はげしく脈打つ心音が苦しい。

 ココがびっくりしたような顔でこちらを見ている。その姿を見て少し胸が痛んだ。


「悪いけど……港まではひとりで帰って。ココ、行こう」


 レイに背中を向けたままそう言うと、ティアは路地を曲がった。そのまま商店街を進みつづける。

 背後からココが慌てるようについてくるのを、気配で感じた。


「ティア、どうしたの?」


 ココはそう言って、羽ばたきながらティアの視界にまわりこんでくる。戸惑った表情だ。


 ティアはレイの姿を思い出していた。最後の彼の表情を……悪気がないのはわかっている。しかし、リュシールの名を出されて動揺してしまった。詮索(せんさく)されたくない。


「ごめん。なんでもないの……かもめ荘へ帰ろう」


 そう言ってココに微笑みかけ、大通りを横切ろうとしたとき、背後から突然大きな声が飛んできた。


「ちょっと待って! そこのエルフ!」


 ティアが驚いて振り返ると、遠くから小柄な人物が勢いよく走ってくるのが見えた。

 よくよく見てみれば人間ではない……その姿には見覚えがあった。


 はあはあと息を荒げて膝に手をついているのは、兎のような長い耳につやつやの濃い毛並み……いつぞやの魔法店でトラブルを起こし、怪しげなビラを配っていたラビット族だった。


「ねえ、さっきもうひとりエルフが一緒にいたよね。地下水路を調査してるエルフって、君たち!?」


 顔をあげてそう問うラビット族に、ティアは圧倒されてしまった。すごい剣幕だ。


「そ、そうだけど……」


 ティアが答えると、彼は目をかっと見開いて身を乗り出してきた。


「頼みがある。ボクも地下水路につれて行ってほしいんだ!」


 ラビット族はそう叫ぶように言うと、赤い瞳をらんらんとさせながらティアににじり寄った。

 彼が肩から掛けている大きな鞄からは、魔法水のビラがちらりと顔をのぞかせていた。


第二幕はここまで。次回から第三幕です。いよいよ地下水路の謎へせまります!

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