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二章 2

 そこにあるのは血肉の香り。

 悪魔はそこに、堂々存在した。


 ミーレルハイトの南、宗教国家サマサマーナ。

 今この国は、滅亡の危機に瀕していた。

 始まりは小さな村の消滅だった。

 他国にて英雄の光が望まれるのとほぼ同時、国の最南端に存在する村が消えたのだ。

 旅人からもたらされた情報に、国は半信半疑で使いを出した。

 使いの者とて信じていない。一夜にして村が消えるなど、有りえるはずがない。大方地方の為政者(いせいしゃ)の重税に耐えきれなくなった村が、丸ごと姿を消したのだろう。それを比喩として跡形もなく、と。そうでなければ、旅人の勘 違いだ。

 そんなことを思って、村へと赴いた。

 ――否。

 そこは村ではない。

 跡地だ。

 村があった場所。そこは文字通り、なんの比喩もなく消えていた。

 村があったのは、交通の便が悪く、人の出入りも少ない街道沿い。小さな街道を下っていけば、その村には辿り着く。

 だが待ち受けていたのは、残骸散らばる地平。

 人どころか建物すらなく、あるのは家が建ってあっただろう、その建材と大地にしみ込む血の香り。

 そして数メートルの体躯はあろう、巨大な獣の足跡。

 これはもう、明らかだ。

 死神の英雄、悪魔。

 それがこの国にいる。

 大山脈に住まう魔物は、こんなところに突然現れはしない。

 この世界に転移を可能にする魔術はない。

 ならばこの世界外。異界より呼び寄せられた者であるが必定。

 使いの者はすぐさま馬の向きを返し、王都へと報告に戻る。

 神に祈りを捧げながら。

 その先に何が待っているのか知る由もなく。


 数日後、使いの者は大変疲弊していた。

 王都へと戻ろうと馬を走らせた使いの者だが、次の町でも異変が確認される。

 血のしみつく平野と、獣の足跡。

 ここもやられたかと、恐怖に慄きながらも自らの使命を全うしようと走らせる。

 が、

 行く先々、村が、町が、消えている。

 建物ごとかじられたかのように、残骸が散らばる。残るは妙に広い土地と血肉の香り。獣の足跡ある場所ない場所様々で、果敢にも足跡を追うが不自然にも途切れている個所が多く見られる。

 それでももう、使いの者には分かっていた。

 悪魔はこの国を北上している。

 それも途轍(とてつ)もないスピードで。

 使いの者は、行きにこの町々を通っているのだ。それとどこかで行き違ったとはいえ、馬に追いつかない速度で進み、町を全壊させ、更に進む。

 それは文字通り悪魔の所業で。

 しかしそれも、王都直前でピタと止まった。直前の町は半壊しており、生き残った者が言うには、襲ってきた魔物は何十人も喰らったところで満足したように姿を消したのだという。

 彼はそれに僅かな安堵を覚えながら王都に戻り、報告に戻る。

 これは大変危険だと。

 近隣に助けを求めるべきだと。

 南の町から既に報告があったため、権力者たちもその案はすでに動いていた。

 北にはミーレルハイト。そこには神子が存在する。

 彼ら宗教国サマサマーナの人間にとって、崇拝すべき対象――女神、その使者が。

 そして権力者たちにとって、利用すべき愚者が。

 存在するミーレルハイトへ、既に報は向かっている。

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