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一章 1

 ――それは、真っ白な光だった。


 白き清浄に身を包み、生まれ落ちたのは赤髪の男。

 服は祭祀服に似たもの。しかし細かなデザインは違い、通気性と動きやすさを上げるためか、各関節部は太い糸が交差するような形で先の袖をつけてある。色は紅蓮。布で覆わぬ顔、手の甲や関節部は、健康的な褐色肌を見せていた。左の頬には炎を模したるタトゥーが入れてあり、彼の印象は非常に赤々しい。

 彼が降り立ったのは、ある街の中心だった。

 突如現れた男に、人々は驚き、遠巻きに眺めるばかり。降り立った男も同じく、その場を動こうとしない。ただ冷静に周りを眺めるだけ。

 しばらくして、沢山の兵士たちがやってきた。

 彼はそれを見ると、静かに横へと手を伸ばす。

 頬が僅かに釣り上がり、炎のタトゥーが歪む。それはあたかも炎が揺らいでいるかのように。

 彼の腕の先、悪趣味ともいえる金の像があった。その像、体はどこかふくよかだが、頭は痩せの美形。像の元となった者を見ずとも、無理に変更したことがありありと分かる。

 彼はそれを掴んで力を込める。

 刹那――彼の腕から溢れ出た火炎が、黄金の像をゆっくりと炙る。像は溶けはしないが、炎が全体に纏わりつくよう蠢いた。

 燃え盛る像の横、彼はその火力を弱めぬまま高々と声を張り上げた。

「ハハハハハ! 来いよてめぇら! 俺を楽しませて見せろ!!」

 像を炙る炎が、彼の右腕に収束する。形作るは龍が如き雄々しさ。紅蓮の炎が、彼の腕へととぐろを巻く。

 ――型式壱、灼龍の孤影。

 それは、彼の一族が築き上げた技だった。

 紅蓮の一族。

 炎の力を持つ者同士をまぐわせ、純潔なる純血を作り出す血統操作。それを自ら行い続けた、炎の申し子たち。

 その一族、最後の一人が彼、ヴァイン=ハイゼルト。

 戦いを求める、焔の戦士。

 そうして彼は――


 ――丁重に迎え入れられた。

「アァ? それで俺を『お持て成し』したってかァ? ざけんな。それなら強い奴を呼んで来い」

 苛立ち紛れ、憤怒の形相で対面に座る、中年の士官を睨む。

 彼が広場で暴れてから、二時間が経過しようとしていた。

 兵たちは彼の生み出す炎で熱波を送ると、それだけでたじろぎ戦おうとしない。これじゃあ仕方ないからと、一度炎を止めて殴りかかっていけば、剣や槍の穂先は向けどもかかってくる様子はない。

 我々は対話しに来たのですと言う、彼らの言葉に耳を傾けるまで一時間。その言葉を信じ、従うまでが一時間。それまで彼は、近くの物を手当たり次第燃やしていた。

 そんな天使に必死で弁明する士官は、蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、平謝りせんとする勢いだ。

 彼はそんな士官を見ることなく、豪勢なソファに背をもたれさせて天井を仰ぐ。

 ガラスのシャンデリアに、金の紋様の施された天井。壁にも金糸で編まれたレースが掛けられており、部屋全体の印象を明るく豪勢に仕立て上げる。

 壁に飾られた額縁の中には、耽美な風景画に交え、あの黄金像の男がいた。何故か絵の中にあっても偽りの凛々しさしか感じない、下卑た男の肖像画。描き手は非常に上手いのだろう。その男の頬の釣り上がり方は情欲を満たそうとするかのように卑しく、目の輝きは深い所になるほど濁っている。表面的には凛々しさが見られるというのだから大したものだ。

 彼の座っているソファは赤い革張りで、人が五人座ってもスペースのある大きなものだ。座り心地も快適の一言。しかし対面に座る男は、そのソファの座り心地を堪能するでもなく、小さく縮こまっている。二人の間にあるテーブルは天板も脚も全てガラスでできており、それなりに豪華な物のはずだが、彼は知らず拳をそれに叩きつけた。

「もういい! とっとと国王サマとやらに会わせろ。俺は戦いがしたいんだ」

 血気逸る青年はすぐさま席を立ち、扉へと向かう。慌てたのは、対面に縮こまっていた士官だ。

「な、なりません! 国王様の命令は絶対であります! いかに天使様と言えど、無事でお済みにはなりません!」

 士官の脳裏を掠めるのは保身だ。国王の命で彼を部屋にとどめるよう言いつけられた士官は、命令の失敗による罰を極端に恐れている。それは目の前で乱暴な物言いで行動する、力の化身であるはずの〝天使〟より優先順位の高い――否、天使より恐ろしい者への忌避からくる行動であった。

 彼はそんなことを察しているのかしないのか。平然と士官の腕を払いのけ、扉のノブを回す。外には二人の兵士が立っており、出ようとする彼を留めようとする。苛立った彼は、力を使って威嚇した。

 手から伸びた炎が扉を燃やす。

 豪勢な作りに合った派手な扉は、彼の魔手によって容易に炭化し、崩れ落ちる。

「お前らもこうなりたいかよ?」

 驚き二の足を踏む兵を横目に、彼は廊下を駆けだした。

 彼の応対をしていた士官は、扉の消失にヴァインを止めることさえ忘れ青褪めていた。

 そして数分。走り回り、兵士を撒いた後。

「本当に……を生かし……………か!?」

 扉越しに、声が聞こえた。彼は足音を立てぬよう、そっと近づき、耳を当てる。

「ああ。これは決定だ。今の戦力でこの『百年戦争』を乗り切ることは至難。これは貴君の見解でもあったはずだ」

「ですが、降り立つと同時に暴れまわった荒くれ者ですよ! 王の像は燃やすわ、呼び出した兵を問答無用で殴りつけるわ無茶苦茶です! しかも前線を希望しているそうじゃないですか。軍列を乱され、行軍が遅れるのが目に見えています! 他国に利用される前に殺すのが一番――」

「これは決まったことだ。それに百年戦争を英雄なくして勝てるはずもない。いかに我々の足をひっぱろうと、護神に選ばれし英雄なのだ。他の英雄とも戦ってもらわねばならん。話は以上だ。私は軍の編成に取り掛かる。イラレージュ副団長。王にこちらの見解を」

「……分かりました」

 渋々と言うように動く足音。

 彼は命令がかかったときにはすでに、軽やかな動きで足音させずに廊下を走り、身を潜めていた。そして出てきた副団長とやらの後ろをつける

 いずれ追手が増え見つかることは確実と、彼は〝おもしろそうな〟方向へと動いたのだ。

そして何の偶然か、後を追っていけば誰とも会わずに王がいるであろう玉座へとたどり着いた。今は直前の曲がり角で様子を窺っている。

 ――……わざとやってんのか?

 道中そんな考えが頭をよぎったが、彼に確かめる(すべ)はない。何が来ようとやってやる、そんな意気込みで辿り着き、もう乗り込むことを決めた。

「いようようよう、国王サマ。ご機嫌麗しゅう」

 扉の横に詰めていた衛兵の警告を無視し、実力行使も華麗にかわして扉を蹴り開く。そして開口一番それ。

 報告が終わると同時、だったのだろう。王の下、絨毯へと頭を下げていた兵が立ちあがるところだった。

 そこへ嬉々とした面持ちで悠然と入る。後ろから追うように入ってきた衛兵二人が剣を突きだすが止まらない。捕まえようとしても振り払われてしまう。

 玉座に座っていたのは、これまで幾度か見た下卑た男。やはり像や絵画は補正がかけられており、男はふくよかという言葉では収まりきらないほど贅肉だらけ。顎は二重三重と肉が重なり、首が肉に覆われる。それだけでも見目悪いが、顔の美醜(びしゅう)も針は断然後ろに振れる。パーツを見ても綺麗には思えず、だからといって配置が美しいかと言えば中央に寄りすぎて滑稽だ。頬は僅かに釣り上がっており、素でそれなのか。印象としては卑しい笑みに尽きる。また、玉座という場所に似合わぬ色気を持つ美女たちを、周りに何人も侍らしていた。女性たちの顔は綺麗だが、その顔に満足げな表情はない。

 なんだ、と王のそばに控えていた、貴族だろう取り巻きが吠えた。皆王に負けず劣らず卑しく醜い。

「なんだ貴様、無礼な!」

「控えろ! お前はまだお呼びじゃない!」

「天使風情が! ここは王の御前であるぞ!」

 彼はそんな陳腐な暴言も突きつけられた剣も意に介さず、一笑に付すと前へ進む。

 扉の内に控えていた兵士も、彼を押さえようと進み出る。構えた剣を彼の喉元へ、威嚇する意味も兼ね交差するように突きつけたのだが、彼はなおも不敵に笑うだけだった。

「ふん、刃を向けるのか」

 そして彼は、一歩、踏み出した。

 ジリ、と、反射的に兵たちが下がる。

 彼らの心中にあったのは先ほどの報告と、その劣勢を覆しうる戦力を、自らの手で無為にしていいのかという不安。そして神遣わす者、天使という存在への畏敬。

 この国は今、危うい。

 降ってきた、まだ信用できぬ天使に頼るほどには。

 ヴァインとてそこまで読んでいたわけではない。

 ただ、なんとなく。

 扉の外に詰めていた者と、内に詰めていた者の目線や態度など、ちょっとした違いから。

 勘、だ。

 彼の動向を見守っていた王は、ようやくはっきりとした意志で下卑た笑いを浮かべた。それを隠そうとする気もないようで、含み笑いと共に言葉を発した。

「イラレージュ。その兵四人の首を刎ねよ」

 その男、腐っても王か。

 下卑た顔、他を顧みぬ凶行、慕われぬ性格。

 それであってなお衰えぬ、(めい)の威圧。

 支配者だけが持つ言葉の魔力。

 場の空気は静まり返る。指し示された四人の兵だけならず、他の兵や王の傍に侍る美女たちも顔を恐怖に染める。顔を変えないのは、その命が下されないと信じ切っている貴族と、そして執行者である緑髪の男、イラレージュ。

 彼は進み出ると、怯え後ずさる兵へと肉薄。

 彼は腰に下げている長剣を抜き放つと、目にも止まらぬ速度で一閃。ふわりと立ち位置を変え、ヴァインの後ろに周ると更にもう一閃。

 斬――

 瞬く間に四つの首が、宙を舞った。

 普通「剣」と称される武器は、その「斬る」というイメージからはかけ離れ、「叩く」という行為を主眼に作られる物が多い。戦場において鎧を着ずに戦うものいなければ、鎧ごと切断できる刃もありはしない。それならいっそ、と、刃こぼれしやすい斬撃の刃より、刃こぼれなども関係ない、打撃の刃を作り上げるが当然。斬ることが全くできないというわけではないが、切れ味は想像するよりはるかに鈍い。

 イラレージュと呼ばれた青年が使った長剣も、その例に漏れてはいなかった。王に目されるほどの兵。副団長の位。さすがに剣は一般のそれとは作りも輝きも違ったが、やはりそれも斬撃よりは打撃としての意味合いの強い、砥がれていない刃のはずだった。

 しかし、彼はやってのけた。

 いかにして為したのか?

 青年はヴァインの後ろで血を浴びた刃を下に一振り。付着した血液を床へと飛ばす。その時べちゃと、血だまりに落ちる物があった。

 肉塊。

 肉塊である。

 彼は打撃を主眼として作られたはずのその長剣で、圧倒的膂力(りょりょく)()って斬撃を為した。それはあくまで打撃の一撃。軽やか細身な外見とは裏腹、豪力が為す、引き千切り。

 ヴァインはそれに薄ら寒いものを感じながらも、静かに笑っていた。

「オーケーオーケー。いいねぇ、お前」

 彼はバカにしたような拍手をしながら、足元に転がる死体から剣を拾い上げて振り返る。

「それじゃ、始めようか」

 彼は剣を左手に掴むと、あたかも格闘技のように空いた右拳を握り、半身に構えた。足は左が前。薙ぐより突くに特化した、フェンシングの構えに酷似している。

 ――まぁ炎を纏ってねぇが……型式参、龍剣の舞い。

「王よ。この不敬者への処罰をお許しください」

 しかし間は僅かに数歩。腕を伸ばせば十分に届く距離。ヴァインは前に出した足を滑らせ、王へと指示を仰ぐ男へ斬りかかる。

「では……」

 緑髪の男は剣も構えず屈んで避けると、数歩の距離を取った。

「そのプライドを折ってやれ。お主に負けるようなら、教育の必要がある」

 王の言葉に、その青年は酷く落胆したような顔をヴァインへと晒すが――すぐに元の無表情へと戻り、腕の力を抜いて剣を下げた。

 ヴァインはこの状況を動かすまいと、また一歩前足を進めて突きにいく。

 対する青年は、不動。

 彼の突きが届く直前まで、目を彼から逸らさなかった。

 ――瞬転し、動く青年。

 首を横へと振り、紙一重の動きで刃を躱す。鋭い突きに、僅かばかりの皮と髪を持って行かれたが。

 それで終わり。

 青年は下げた状態から振り上げた剣で、伸びきった腕の先、剣の腹へと思い切り打ちこむ。

 ヴァインにもその動きは見えていた。しかしそれでも、伸びきった腕は上手く動いてくれない。青年の速度は、そんなのろまな彼をあざ笑うかのように、一撃で、その量産品を折った。

 自身の鼻先さえ掠める至近の斬撃。それを量産品とはいえ一介の武器を破壊する力、速度を込めて振り切ったのだ。まず軌道からしてそんな力を込められるはずもなく、仮にできたとしても、自身の鼻先を掠めるのだ。並みの者ならやろうとは思わない。

 しかし、青年は違った。

 抜きんでた力、剛胆な性根。

 二つを持ち合わせ、それを繰る。

 打ち破られた彼はそれを見て驚愕の表情を露にしたが、すぐに頬を釣り上げると、呵々大笑と口を大きく開き、天に向かって吠えた。

「アハハハハハハハハ! おもしろい、おもしろいよお前!」

 ハハハハハハハ……


 そして、一月が経った。


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