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終章 果

「本当に行くの?」

 問いかける氷水に、ヴァインは「ああ」と頷いた。

「んじゃ、例の通りに頼むぜ」

「分かった」

 頷いたのはシャルフ。二人は一人で旅に出るヴァインを見送りに来ていた。



『なんであなたが出ていく必要があるの?』

 問うた氷水に、ヴァインはやれやれと言わんばかりに肩を竦ませる。

『神子サマ、折角〝悪魔〟とされる奴がいなくなったのに、天使と神子、仲違いする可能性を残してどうすんだ? この国だけじゃなく他からも分裂を狙われるぞ? それならいっそ死んだことにして消えた方がいいだろ。証と力を伏せれば、知ってるやつにしか見分けはつかねぇんだからよぉ』

 そう言って彼は錆びた剣と、そして彼がいつも着ていた服を渡した。

 目で問う彼女に、彼は言う。

『証だよ、証。「神子と天使は悪魔に対抗すべく共同戦線を張った。その過程で天使と悪魔は死に、神子が生き残った」それに信憑性を持たせるためのな。これを使って「国はその功績を称え天使の遺品を国宝とした」なんて話がありゃぁそれっぽく見えるだろ。まぁそれこそが情報工作だ、なんて見方もできるがな』

 クククとおもしろそうに彼は笑う。

『でもそれじゃあなた、武器はどうするの?』

『コイツがある』

 彼が持ち出したのは、一振りの短剣。白金の短剣。

『まぁ、魔法は使えなくとも魔術を使えばなんの問題もいらない。そこらの雑兵より俺の方が遥かに強い。これは厳然たる事実だ。心配するな、雑兵代表神子サマよ』



 そして旅に出るヴァイン。二人はそれを静かに見送るが――

 来るはずのない人物の登場に、二人が声をあげ、ヴァインも同じく驚きに声を発した。

「ミリル!」

 そこにいたのは魔道騎士団長アリル=クウェートの妹。ミリル=クウェート。彼女がひ弱な身体で大量の荷物を背負っていた。

「私も行きます。連れて行って下さい、ヴァインさん」

 彼女の声は姉を彷彿させる凛とした声音。しかし彼女の矮躯は病弱で、旅をするにも向きはしない。

「おまえは身体が弱いだろう。……悪いことは言わん。止めとけ」

「そうよミリル。ここを出たら薬も……」

「やめろガキ! 足手まといだ!」

 止める三人。二人は心配しての声を上げ、ヴァインは何かにとり憑かれたように叫び、同行を拒否する。

 しかし意志は揺るがない。

「どうせ同じだわ。薬もあまり効かなくなっているもの。お姉ちゃんもいなくなったし、私はこのまま死ぬくらいなら、外の世界を見て死にたい」

 言葉少なに、少女は自分の思いを伝えた。

 しかし少女の言葉に違和感を覚えた人間が二人。

「死ぬ……だと?」

 ヴァインとシャルフ。それぞれミリルを見、そして動じない氷水へと目を向けた。

「どういうことだ?」

 彼女も観念した様子で、話し始めた。

「元の病弱な身体が原因で、あまり長くはないそうよ。三年持てばいい方って。二人の都合で今まで黙っていたわ。……ごめん」

 二人。その二人とは言うまでもなくこの場にいないもう一人と本人だろう。

「だから、大丈夫。いまさら死なんて怖くないわ。おねぇちゃんと同じところにいけるなら嬉しいくらいだもの」

 淡々と言う彼女は、年齢を越えた恐ろしさを滲ませていた。

「ならなおさらダメだ! お前はここに……」

 否定の言葉を放つヴァインが、急に言葉を区切り苦虫を噛んだかのように口許を結んだ。

「……分かった、来い」

 シャルフの反論を黙殺し、歩き出すヴァイン。ついてくるミリル。氷水はミリルの判断に任せることにしたのか、何も言わない。

 ただ、一言だけ。

「いってらっしゃい」

 その言葉を背に、二人は旅に出た。




 そして――

「いやぁ、大変おもしろいお嬢さんですね」

 魔神が現れた。


 町を離れてしばらくのところだった。彼はその場で、頭を地につけ少女に謝った。

「すまん」

 彼の持つ短剣。それは瞬く間に姿を変え、女の姿に。目の前の少女を成長させたような姿形を取ったのだ。

「おねぇ……ちゃん……?」

 少女の呟き。アリルの姿を取る魔神は鷹揚と頷いた。

「えぇ。あなたの姉。私の中でちゃんと息づいていますよ?」

 そうやって自分を示す魔神。幼き少女は、気丈にもそれに相対し問うた。

「あなたが魔神?」

「そうです。あなたの姉を喰らった魔神です」

 どうして――と、掠れた声にならない声が少女の口から漏れた。

「私が生きていることがですか? 彼女が私の中で生きていることですか?」

 ニタァと、その身体の主が絶対に行わないであろう残虐な笑みを浮かべると、魔神は傍らに跪くヴァインへ声を発した。

「ではヴァイン。あなたも言い訳をしたいでしょうから、どうぞ今のうちに」

 そう言って魔神は姿を消す。後には静寂が残された。

 ミリルは何も問わない。ただ、頭を下げ続ける彼を見下ろすだけだった。

 ヴァインがおずおずと話を始める。

「……アイツは魔神。お前の姉を喰った存在で、そして誰にも殺すことのできない、永劫の存在だ。そして災いを齎す『悪魔』。この世界における英雄の悪魔などとは比べ物にならない。あれは〝例外〟だ。

 アレは殺せない。俺たちはただアレの気の向くままに殺され喰われるだけの存在だ。だが、アレを楽しませることができれば時間稼ぎにはなる。だから俺は、アレの道化になった。二人を騙し、殺したという嘘の情報で世界に偽りの平穏を齎す。

 だから――すまない」

 巻き込んでしまって。

 お前を二人とともに、知らないままにしてやりたかった。

 ヴァインはその言葉を口には出さない。もしバレても、言い訳はしないと決めていた。

 自分だけが責め苦を受ければいいと。



 全ては今のため。

 あらゆる異能を持つという魔神。

 呼んだら出る。

 その通り。

 だから彼は、魔神を呼び、取引を持ちかけた。


『俺が犠牲になるから、他の奴らには手を出すな』


 代償は、絶えまない苦痛。発狂しない程度に、常時鈍い痛みが彼を襲う。

 そして八百長を持ちかけた。

 俺がお前を殺したように見せるから、お前は消えた振りをしてくれ――と

 それが魔神との取引だった。

 そして魔神はそれを履行した。

 残ったのは、痛みと偽りの平和。



「それでも、私と対話するという発想に辿り着いた時点で、あなたは異常なのですよ」

 隣に現れた魔神が、そのヴァインの葛藤を全てミリルに捻じ込んだ。

「あっ――!」

 全てを理解したミリルは涙を流し、跪くヴァインに寄り添った。

 ミリルは彼の思いを受け取り、自身も同じく語らずただ泣く。

 自分の所為で一層辛い思いをさせて、ごめん。

 皆のために一人で背負いこまないで、私も一緒に背負うから。

 今まで気にかけてくれて、ありがとう。




 そして彼らは、世界のいずこかへ消えた。


 えーと、バッドエンドです。

 こうするつもりで書いてました。

 文章のアレさ加減上とても残念な話でしたが、お付き合い下さった方本当にありがとうございました。



 電撃文庫換算で、270Pほどの作品です。

 つまるところちょっと薄めのラノベ一冊程度。

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