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五章 3

「来たか」

 ヴァインの声。そこはアリルの家。

「遅かったなシャルフ」

 そこにはこけた頬を晒すシャルフの姿。

 彼は無言で部屋へ入れるよう促した。

灯り漏れる小さな家屋。今は夜だった。

 ヴァインが扉を開けると、ミリルと氷水がいた。

「お兄ちゃん……」

 ミリルが心配そうに声をかける。

 隣に座る氷水も同じような視線を向けるが、彼女自身も頬はこけて、どちらを心配すべきなのか咄嗟には判断できないだろう。

「とりあえず座れ。飯はミリルが作ってくれている」

 彼に促されるまま進むシャルフ。アリルのベッドだったところに幽鬼のように気配を見せず、うっすらと座りこむ。

 ミリルがすっと机の上の皿をシャルフへと勧めた。

「……」

 それを受け取り食すシャルフ。しかしその動きは決められた動作を淡々としているだけであり、食事というより栄養補給と言った方がしっくりとくる。

 彼が食べ終わるまで、皆静かに待った。

 食器を脇に置く。それをミリルが回収し、ヴァインが話を始めた。

「さてシャルフよ。一応聞くが……魔神は見つかったか?」

 焦点の合わない視線。無言。

「だろうな。見つかってりゃてめぇは死んでるもんなァ」

 ヴァインの挑発にも一切の動きを見せない。

「……、分かったよ、本題だ。

 三人で魔神を殺すぞ」

 シャルフの眼が、刃のようにギラつく。

「……本当に、できるの?」

 不安の声を上げる氷水。ヴァインは慎重に言葉を続ける。

「……賭けだ。勝率は三分と踏んでいる。乗るも自由だし、乗らないのも自由だ」

 高いとはいえない。だが、相手を考えると低い訳でもない。

 三割の勝率。あらゆる力を持つであろう相手に三割。

 シャルフはスッと眼を閉じた。

「話を聞こう」

 始めて言葉を発す。

「いいねぇ、乗り気だねぇ。ヒミナ、お前は?」

 ヒミナ――と、名前で呼ぶ。

「私はやる。止めないと、皆死んでしまうから……」

 決意に満ちた眼。

「いいだろう。作戦は簡単だ。俺が足止めで、お前らが止めを差す。以上だ」

「具体的な作戦は?」

「俺がお(シャルフ)の力を受けて《重力》を発生。全力で奴にぶつける。そうすれば奴は、あのバカでかい獣の姿は取れないはずだ。自重で潰れる。恐らくヒトか、それくらいの大きさに収まる。そうすればお前らの剣術も意味があるだろうし、戦いやすいだろう。俺は重力の制御に全力をかけて、奴の化け物染みた――いや、化け物だったな。その行動力を押さえこむ。そこをお前らが叩く。シンプルだろ?」

 一見通用しそうな策ではあるが……

「ダメだな」

 一言、シャルフが斬って捨てた。

「神子の力ではどうやっても傷を与えられん。俺の力でもダメージがあったのかあやしいんだ。どうにもならんぞ」

 思い出すのは必殺の一撃。振り下ろした巨剣が折れた感触。

 閉じたシャルフの目の中で、未だ瞳はギラギラに光っていた。

「だろうな。だからこそお前らは全力であれを殺しにかかれ。時間を稼げ。俺がトドメを刺す準備ができるまで」

「何かあるの……?」

 不安そうな声をあげる氷水。もちろん、と言う顔でヴァインは語る。

「だが内容は伏せさせてもらう。アイツには心を読む能力がある。対峙する以上、相手も殺し殺されに来ているってことだ。トドメの一撃の存在を知ろうとも、逃げて帰ることはないだろう。問題は、心を読む能力というのがどこまで使えるのか――」

 ヴァインは僅かに空を仰ぐ。

「今考えていることを読むってのなら俺がその存在を伏せれるかどうかに勝機がかかっている。そしてそもそも中身全てを見れるのなら、俺たちに勝機はハナっからない。この場合どうしようもないことだ。諦めてくれ。だが、その道を潜り抜けられたのなら――俺が殺す。一瞬で。再生だとか、盾だとか、そんな異能を遣わせる前に」

 ミシと音が出るほどに、拳をきつくきつく握りしめるヴァイン。

 彼の覚悟は伝わった。

 目を開くシャルフ。目には深い憎悪と理性の光が宿っていた。

「いいだろう。だが、あれをどうやって探し出す?」

「……推測だが、アレは呼べば出てくる」

 片眉を吊り上げるシャルフ。

「それで出るならとっくに――」

「いや、正しくは〝俺〟が呼べば」

「お前が?」

 訝るシャルフと氷水。

「どういうこと、ヴァイン?」

「アイツは俺を認めた。俺を奇異な人間だと。あれはあらゆる異能を持っているという超常の存在だ。俺みたいなやつに何か仕掛けをしてもおかしくない。あいつに言わせれば『それがおもしろそうだから』になるのだろう。普通とは違う俺が、普通ではないアイツを呼ぶ。それをアイツはおもしろい何かの前触れだとは考えないだろうか?」

 おもしろさを求めるという魔神。

 魔神が認めた、ただの人間とは違うヴァイン。

 ありえるのかもしれない。

「まぁモノは試しだ。やってダメなら、俺がバカでしたで済む。

 二日後、南門に集合。そっから一時間ほど下って、そこでやるだけやるってのでどうだ?」

 二人は頷いた。



 翌日。シャルフはヒュネーの所へと向かっていた。

 自分がいない間の情勢と新たな剣の注文、そして――どうやって自分を見つけ、手紙を運んだのか。

 シャルフは体に鞭打ち、修羅のごとく山野を駆けていた。食べるものは最小限、魔獣の肉を喰らい身体に取り込みただがむしゃらに走りまわっていた。自分にも行き先が分からないのに、他人が――それも都合よく使者が見つけられるとは思わない。

 ヒュネーの邸宅をそういった用向きで尋ねたのだが、既に先客がいた。

「間に合ったようだな、最後の一枚が」

「だがそれが何の役に立つ? 話を聞く限り魔神には……」

「いいんだ、これで。運が良ければ役に立つかもしれない程度だから」

 紛れもなくヴァインとヒュネーの会話だった。

「ヒュネー、邪魔するぞ」

 メイドなどは顔パスで、ここまで一人で辿り着いた。ヴァインが既にいるというのも入り口で聞いていたが……

「何の話だ?」

 シャルフが問うと、ヴァインは手に持った白い短剣をくるくると宙に放り投げてキャッチする。

「超高温で溶けない短剣。彼の望んだ品だ。私が準備できる最高の物――プラチナでできている。無論、形成に火を使っていることからも絶対に溶けない訳じゃないが……」

 ヒュネーが苦そうに答える。

「分かっている。俺の瞬間火力より低いかは謎だが、それでいいんだよ。出来る限りでな」

 ヴァインはそれで「じゃあな」といいながら去って行き――立ち止まった。

「どうした?」

「いや、シャルフに一つ言い忘れたことがあってな」

 そしてシャルフとヒュネーは、ヴァインの言葉に目を見開く。

「それは……本当なのか?」

「推測だよ、推測。使えるかもしれねぇから今伝えたんだろうが。後でヒミナにも言って試しとけ。使えるなら……それで魔神を殺せ」

 そして今度こそ彼はその場を去って行った。

 驚きに静寂が広がるが、いち早くヒュネーが言葉を発した。

「……さて、シャルフ。お前は何の用だ?」

 シャルフも彼の問いかけに、心を落ち着かせ答える。

「剣だ。折れず曲がらず、出来る限り頑丈なのをくれ。サイズは通常でいい」

 シャルフが言うと、ふっとヒュネーが笑った。

「どうした?」

「いや、あの男の言うとおりだと思ってな」

 そう言うと彼は、机の脇から一振りの長剣を持ちだした。

「ヴァインから話があった。お前がそういう剣を頼むだろうから、先に準備していろと」

 そう言って渡された長剣は、要望に沿いそうな、装飾のない無骨な剣だった。

「やつはどこまで先を見ているのやら」

 ヒュネーは遠い顔をする。シャルフは移りそうになる感傷を、(かぶり)を振って振りはらう。

「知らん。それよりヒュネー。どうやって森にいた俺へ手紙を?」

 ヒュネーは現実に戻り、変わった様子なく答える。

「同じ手紙を持たせた人間を各所へ放った。これもヴァインからの要望だ。ミリルと会うよう仕向ければお前は帰ってくる、とな」

 確かに届けられた手紙はミリルのことが書いてあった。アリルがいなくなって様子がおかしいとか、そちらへ向かえ、とか。

 そんなもんかとシャルフは息を吐き、最近の話を聞き始めた。



 そして、並ぶ彼らの前には魔神の姿。

「皆さん、私を楽しませる準備はしてきましたか?」

 魔神の声に彼らは。

「もちろん」

 ヴァインの憎らしい笑みで答えたのだった。


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