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四章 3

 巨狼の横振りの一撃を特注の大剣で受け止める。

 ズシャァァァと地面を滑りながらもダメージはない。完全に受け切った。

「テメェはいいよなぁ。受け止める、なんて選択が取れて」

 シャルフが横滑りする中、後方へ紙一重で跳んだヴァインがそんな言葉を口にする。

「今俺がこれを受け止めなければ、お前はそのままミンチになっていたのだが?」

 左にシャルフ、右にヴァインがいた。巨狼の一撃は左から右への一振り。シャルフにヒットして幾分勢いが弱まったこと、その上でヴァインの回避がギリギリだったことを考えると、シャルフの言葉は紛れもない事実。

「ああ。だからこーやって感謝の意を表明してるんだろうがよォ!」

 ヴァインは手にある大剣に力を込め、重力を生成。叩き潰しの為に持ち上がった前脚を、地面に引き寄せることで地団太に変える。しかし長くは続かず、再び持ち上げられてしまう。

「さっさと逃げろよっ!」

 ヴァインはそう言う間に巨狼から距離を取る。

 しかしシャルフは大剣を下に構えた。

 巨狼の前脚が振り下ろされる――!

「余計な……お世話だっ!」

 振り上げられた大剣は、振り下ろされる巨狼の足裏にぶつかる。巨狼も魔獣の一種なのか、本来肉球であるそこは、金属同士をぶつけたような甲高い音を辺りに鳴らせて剣とぶつかり合う。大剣が抉りこむことはなく、圧し掛かりと斬り上げによる力比べとなった。

 巨狼の前脚から体重を受け、僅かに苦しげな表情を見せるシャルフ。しかしすぐにも潰れるような様子はなく、数分は持ちこたえそうだ。

 ――これがなければと思うとぞっとするな。

 対悪魔用にヒュネーに準備してもらった、三メートル級の幅広肉厚な大剣だ。大人二人がかりで運んでもらった常人では持てども振るうことはできない大剣だが、シャルフはそれを振り回すことを苦にしない。

大剣はその厚さ重さに足るだけの頑丈さを発揮し、巨狼の攻撃を受け止め続ける。腰に提げたの長剣ではこうはいかなかっただろう。

「足止め御苦労!」

 下がっていたヴァインが一転、シャルフの頭上で力比べする前脚に飛び乗り、重力剣に自らの炎を纏わせ横に振り抜く。

 ガァァグォォォォォ!

 大剣はその重量で肉を抉り、炎が剥き出しの血と肉を焼く。

 反射的に上がる前足。シャルフは開放され、ヴァインは足の上で肉から剣を抜く。

 痛みに怒りを覚えた巨狼が、その巨大な牙を足の上に立つ小さき者へと向けて進ませる。

 喰われる――瞬時に察知したヴァインは、すぐさま飛び降り、迫る牙を回避。足での追撃はシャルフを壁にして逃げる。

 先ほどからこのようなじゃれあいばかりだ。

 こちらは体格差を前に攻めきれず、あちらは目標の不相応な力故に攻めきれない。

 まともな有効打は今のが初めて。

 だがしかし、向こうもそれは学習しただろう。

 相手は獣。本来の武器は長い爪と鋭い牙。

 体格差を利用した圧殺攻撃など、獣の動きではないのだ。

 それでも今まで使わなかったのは、こちらが小さすぎた故。爪は急所を抉るためにあり、牙は喰らうためにある。小さい目標に対して爪を使うことはできない。また、その大きさ故に口の中は人一人どころか数人が丸呑みできる。それは圧倒的優位だが、脆い口内を晒すのは危険だと結論付けたのだろう。

 だから今まで使わなかった。

 だが巨狼は、牙を見せた。獣の武器を用いた。

 ここからはシャルフにとっても一撃が必死。だが同時に相手を倒すための選択肢が増えることでもあった。リスクとリターンが跳ね上がる。

 口腔を晒す巨狼。顎は開かれ、斜め上方から牙が迫る――

「う――おっ……!」

 ヴァインは牽制のためか、体を炎に包みながら後ろに跳んでいく。巨狼はそちらへ首を伸ばし、喰らわんと足を進ませる。

 しかしそれにはシャルフが動く。

獣へ横から近づき、その有り余る筋力で跳躍。ヴァインを喰らうために屈んだ巨狼の首の高さ半分まで飛び上がり、大上段に構えた大剣を振り下ろした。

大剣が皮を裂き、肉へ突き刺さる。だがやはりというべきか、この大剣もまた無骨な剣。斬ではなく打、だ。皮は破れども、その強靭な魔獣の肉を裂きはできない。先端が肉にうずまり、シャルフの動きは止められる――が、

「ハァッ!」

 ――重力生成、ポイント、大剣先端。

 与えられた神の力により、大剣は惑星の重力との相乗効果で下へ下へと引き寄せられる。

 開放された僕の潜在能力は、僕自体も操作可能。シャルフの大剣は傷をつけた位置から下へ下へ、筋肉を歪ませ千切るように降りていく。これには巨狼もたまらず呻いた。

「はんっ! それでもダメージは薄いだろうよ」

 あくまで表面を削っているだけだ。痛みは強いが、倒すだけのダメージにはならない。

「分かっている」

 まだこれは様子見。武器の、そして神の力の威力を知るための試し切りなのだ。この程度で死んでもらっては困る。

 シャルフは暴れる巨狼から大剣を引き抜き、地へ降り立つ。再び戦線を維持するよう、関所の門を遠く背にして魔獣と向かい合った時。

「――総員、円を組め!」

 周囲のざわつきは気にならなかったが、不思議とアリルの言葉は耳に入ってきた。

 足音やざわつく声、そして気配を追っていくと、今まで戦線を作っていた人間が二人の後方に集まっている。

「おい、後ろは今どうなっている!?」

 シャルフは一歩踏み出し、ヴァインの前に出る。獣を前に、背後を確認する気にはなれなかった。ヴァインはシャルフの意を汲み、一歩下がって背後を確認する。

「げっ、俺たち置いて円を組みやがった!」

 すぐさまシャルフの隣へ並ぶヴァイン。

「なんだ? また何かあったのか?」

 先程は増援だとか言っていた。しかし魔獣が近づく気配はなく、二人は変わらず巨狼の相手をしていたためそちらがどうなっているのかも気にすることができなかったし必要もなかった。てっきり巨狼の攻撃に味方を巻き込まないよう、獣たちは左右に向かっているとばかり思っていたが。

「後ろの関所ぶち破って、火を吹く三つ首の犬を代表に十数匹。足止めに失敗して仕方なく隊形を変えたようだ。後ろから攻められりゃ俺たちも死ぬからな。団長サンの判断は正しいんじゃねーの」

 二人は会話しながらも油断なく前を見る。巨狼は二人の後ろにある円陣を見て、一歩下がり、姿勢を前に倒した。

「だが、これは……」

「ああ、こいつを止めるのは俺たちの役目みたいだぜ」

 巨狼がその足を前に駆けだした。

 あの大きさで後ろの陣につっこめば被害は甚大。大きさは力だ。防御魔術も前衛の盾も役に立たず、全軍総崩れとなるのは必定。

「重力操作、引力増加――」

 ヴァインが言葉に出す。それ受けてシャルフが合わせるように返す。

「――目標、巨狼、大顎」

 二人が大剣を駆けてくる巨狼の顎へと向ける。

 直後巨狼の顎が地に沈む。

 二人分の神の力を受け、一気に首が下がった。だが巨狼も顎を削りながら、突進してくる。これがチャンスだと分かっているのだろう。

「任せたぞ」

「ああ!」

 シャルフは後ろをヴァインに任せ、前に出る。

サイズの違う魔物と戦う時のセオリーは、足止めと大規模魔術だ。数十、数百人で敵の動きを止め、その間に三十人以上からなる魔術小隊で大規模魔術をぶつけて倒す。

 普通ならば。

 しかし足止め役、魔術師、共に普通を越える。

 神の力を宿す者を前に、巨獣一匹、下せぬ訳がない!

 迫る巨狼。向かうシャルフを見て上顎を上げ、下顎を引く。歯を見せた、噛み砕かんとする姿勢。二人の重力操作は続いているが、それを受けてもとった攻めの姿勢だ。

 シャルフは大剣を腰だめに構え、振り抜く準備。巨狼へと走りながら、一振りのために力を溜める。

 衝突はすぐに来た。

 振り抜かれる剣にぶつかる下歯。土を抉りながら後ろに下がるシャルフ。巨狼の突進する勢いは僅かに弱まってきていた。

 しかし上顎がシャルフに迫る――!

 シャルフは踏ん張りを止め、前から崩れるように口の中へ飛び込む。間一髪、牙で裂かれる前に中へと入る。

 口腔では、落ちたシャルフを呑みこむため、その巨大な舌が踊っていた。入り込んだ異物を嚥下せんと、シャルフへ迫る舌。

 ――これを、待っていた!

 ――重力操作、解除。

 ――重力増加、目標大剣。

 その長い長い刃を下に向け、大剣へあらん限りの重力を込める。

 大剣はその重みを何倍にも増し、刃先を舌に埋ませ地へ沈む。それを掴むシャルフも必死。大剣は舌を貫通し、下顎へ到達。それすら裂く感触を得てシャルフは思惑通りと唾液でべたついた頬をつり上げた。

 数瞬で大剣は大地へ届き、巨狼の動きから、大剣とシャルフは下顎を切り裂きながら咽喉へと吸い寄せられていく。

 反響する悲鳴。巨狼の動きは止まり、しかしその大音声は止むことなく彼に衝撃波をぶつける。

 持てる力を最大に使っての足止め。しかしそれは成功したのだろうか? 巨狼との力比べではかなり引きずられたように感じるし、舌と下顎を貫通するにもいくらかかかったような気もする。そこから巨狼が足を止めるまで、というと、後ろにいたヴァインは確実に巻き込まれているだろう。何もできずに終わったとは考えにくいが。

 ギャァァォォォォォォォォォン!!!

 反響する悲鳴をさらに上書きする、断末魔と呼ぶにふさわしい一声が鳴った。

 直後頭上から、上顎を破って一振りの刃が。

「考えることは同じか」

 振ってきた剣は異常な速度で落ち、見事に下顎に刺さる。だがシャルフと違うのが、その剣は炎を纏っていたことだ。炎が周囲を焼きながら落ち、肉を軟らかくする。ヴァインは自身の持つ力と神の剣の特性を有効に利用している。

 それだけだと思ったのだが、落ちてきた剣が先ほどまで見ていた無骨で巨大な剣でないことに気がついた。

 その剣は最初ヴァインが使っていた柳葉刀に近く、意匠の複雑さは変わっていない。しかし大きさと形状が違う。あれが一メートル弱だったのに対し、こちらは二メートルは下らず幅も広い。そして直刀。柄も長く、斬馬刀と呼ばれる刀であることが伺い知れる。大きさに合わせて拡大された穴は、もはやソードブレイカーの役割を果たせないほどに大きくなっていた。むしろその幅広さと合わせて考えると、穴空き包丁のような斬りやすくするため、斬ったものからはがれやすくするためのものと思われる。直刀が突に特化しているため、斬の特性を補っているのだろう。

「なんだこれは?」

 頭上の穴に声をかける。くぐもった音で返事が来た。

「『剣は英雄、あるいは僕の力を受けて変化する』んだろう? 二人の力を込めたらどうなるかって実験だ。その答えがこれだよ」

 炎の力、柳葉刀を基本に、重力の力、大剣の大きさを受けて成ったのがそれ。

「纏わせた炎と重力は、一発でこいつの頭蓋をぶち割ってくれたぜ」

 せせら笑うヴァインの声が届く。

「ならさっさと次に行くぞ。三つ首犬がいるのだろう。さぼってないで貴様も働け」

 閉じた巨狼の上顎を、牙を持って持ち上げる。さすがに片手では開けず、両手で思い切り引き上げる。巨狼の顎が開いたことで、僅かに風が入ってきた。唾液に塗れたシャルフはほんの少し顔をしかめる。

「いや、急がなくても大丈夫みたいだぜ」

 巨狼の上からヴァインが飛び降りてきた。無言で中の剣を回収して来いと催促すると、「唾液臭ぇ」と不満の声を上げる。しかし回収しない訳にもいかず、渋々口内へ入っていった。

そう言えばどうやって巨狼の上に登ったのだろうか。上まで飛び乗る筋力がヴァインにあるとは思えない。

「……みたいだな」

 だがひとまず置いておき、歯を担いだ状態で、円陣のさらに奥を見て言った。

 そこではアリルと氷水が、二人でケルベロスに挑む姿が見えた。


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