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四章 2

『悪魔討伐?』

『ああ。悪魔の仕業と思われる事件が隣国サマサマーナにて確認された。辺境の街々が徹底的に破壊されているそうだ。目撃者はゼロで、偶然通りがかった旅人が壊された街の跡を発見し、今に至るとのこと。

 実際に悪魔の仕業なのか、また、まだサマサマーナに潜んでいるのかは謎だが、魔道騎士団を動かしての調査となる。上からは調査に専念し、悪魔と出会っても敵対してはならないと指示を受けている。悪魔と事を構えるには数カ国の全軍が必要だからな。ここで間違っても神子を死なせる訳にはいかないんだ。だから、もしお前が悪魔と出会ったなら全力で逃げろ』

 そんなことを言ったのが十日前。出発したのが六日前。

 今は魔道騎士団半数と、そしてシャルフとヴァインを連れて馬で南下。サマサマーナへの国境へとたどり着こうとしていた。

 魔道騎士団は遊撃部隊という側面も持つゆえ、騎乗は必須スキルだ。神子氷水は、剣技と共に真っ先に覚えさせられている。

 対する天使ヴァインは……

「ようやく野郎の背中から解放か。待ち詫びたぜ」

「まだその後も続くのが不満だがな」

 シャルフの馬の後ろに乗り、揺られているだけだった。

 出発時に氷水が問いただしたところ、「初挑戦でなんでもできるほど万能じゃねぇ」と答えが返ってきていた。

 後でシャルフに訊いたところ、出発までの五日間で練習したところ、乗れはするが扱えないとの答えが返ってきた。要は落馬するほど軟じゃないが、馬を歩かせたり止まらせたりできずに馬を潰してしまうのだそうだ。

 その後氷水がヴァインに茶々を入れ、大人気ないと一蹴されたことを付け加えておこう。

 そうこうして国境に作られた関所が見えてきた。関所は平地の真ん中に立てられ、そこから東西に城壁が伸びている。関所では通行許可証の確認と荷の検査を行ったあと通される。

彼らは今回の検査時間を利用し、体を休めてから南へと抜けるつもりだった。

 しかし――

「……なんだあいつら」

 先頭を走るアリルとシャルフ、そしてその後ろに乗るヴァインがそれを発見した。

 間近に見える関所。そこから逃げ出すように幾多の人々が現れた。見れば多くの者は何も持っておらず、馬で駆ける者もいない。

 遅れて発見した後続は、異常事態にすぐさま気付き、団長の指示を待つ。

「……行こう。馬のことは気にするな。〝何か〟を止めた後は大休止だ」

 全員の乗る馬の速度が上がる。



「これはまずいな」

 魔道騎士団を進ませたアリルは、手始めに氷水を含めた十人を、逃げてきた人間たちからの事情聴取に当てた。残りの四十数名とヴァイン、シャルフは先行させ、各自の判断で動くように指示してある。

 アリルと氷水他八名を残したのは言わば保険だ。今回の任務の第一目標は神子の生還。道中起こったいざこざに神子を巻き込み、死なせましたじゃ済まないのだ。氷水へのリスクは最低限に、だが危険を与えて成長を促す。アリルに求められているのは運の絡む繊細な作業だった。

「早く助けにいかないと!」

 氷水も逃げ出してきた人から話を聞き、関所の惨状を知ったようだ。

『今、関所は魔物に襲われている』

『詰めていた衛兵や商人の護衛なんかが立ち向かったが歯が立たない』

『怖くて逃げだした。大扉が開かないから荷や馬は連れだせなかった』

 要約すればこんなところだ。

 逃げ出してきた人たちの中に衛兵や雇われ護衛などは交じっていなかったため、魔物の種類や数、実際的な強さは聞くことができなかった。しかし話を聞く限りかなりの数、獣型の魔物がいるようだ。神子へのリスクを考えるなら、ここで交戦すべきではなかった。

 しかし肝心の氷水は助けに行く気満々。剣を出しそれを二刀短剣へと変化させていた。

「止めるのは無理、か」

「アリル、行くよ!」

 アリルの呟きは聞こえず、氷水の声にかき消される。他の団員も氷水同様――いや、氷水に釣られるようにして関所を見た。

「五人は馬を見るために残れ。先行部隊の馬も回収するように。残りの四人は私に続け」

 具体的に名前を上げるまでもなく、メンバーはそれぞれ動く。

「行くぞ」

 アリルを先頭に、氷水と三人が続く。

 関所は対称な作りになっており、中央に馬車も通る大扉、左右に人の通る扉が設置されている。本来なら扉を見張る兵がいるのだが、緊急事態故に兵はおらず、そのため大扉を開くことができないのだ。

 氷水たちは横の扉が入り、油断なく剣を構える。

 内部は天井が高く幅も奥行きもかなりある。馬車が二列に五台ずつ、計十台は収まる大きさだ。しかしその空間は崩れた荷や喉笛を掻っ切られて死んだ馬、魔獣、他何人もの人間の死体が転がり、死臭に溢れていた。

 生存者はいない。戦える者は獣たちを追い払い南側へと出たのだろう。戦えない者たちは先ほど逃げてきた者が全てのようで、急所を喰らわれて死んでいるのが散見された。

「うっ……」

 氷水がそれらを見て口を押さえ目を背けた。

「……そうか、ヒトの死体は一度も見ていなかったな」

 氷水の初陣が魔道騎士団を上げてのヴァル=ルージェ防衛線。次が先日の魔物の襲撃事件。共に死体と触れあうことはなく、それ以前は都市の中で訓練にいそしんでいたため立ちあう機会はなかった。

 氷水とて曾祖父や曾祖母、そして親友の死体を見ているが、老衰という穏やかな死と、車のプレスで上半身無傷の出血死。下半身は車に隠れて見えなかったし目もそむけた。結果肉抉れ、骨見える、そんな死を見ていない。

「ヒミナ、後ろの五人の許へ行け。残りは我々で行う」

 すると氷水は、口許に当てた手を戻し、一度唾を呑みこみせり上がってくるそれを胃に戻す。一度深く息を吸い、

「行く。いつまでもこのままじゃいられないから」

 僅かに悪くなった顔色で、しかししっかりとアリルを見て言った。

「……分かった。無理はするな」

 いずれは通らねばならぬ道だ。アリルは警戒を怠らぬまま向かいの南の扉へと向かう。

 その時。

「後ろッ!」

 アリルの声に、氷水以外の三人が瞬時に振り向く。

 後方馬車の影から魔物が八匹現れた。いずれも犬型の魔獣で、牙や爪を光らせていた。

 ――どこから現れた?

 アリルは常にあたりを警戒――気配や魔力を探っていた。馬車の影にいなかったことは確実だ。どこからか現れ、警戒の薄い後方から現れたはず。

 目に着いたのは、壁から伸びる階段。

 しまったと思うがもう遅い。この魔獣たちは城壁の上の見張り台から侵入してきたのだろう。どうやって昇ったのかは謎だが、実際ここにいる以上そうとしか考えられない。

 三人が獣たちの迎撃に当たり、行き場のない氷水がアリルの横へと下がる。魔道騎士団の基本隊形だ。前衛三、後衛二の布陣で相手を迎え撃つ。しかしこの場合は不適切。氷水は遠距離攻撃を持っていない。必然後方からの援護はアリルだけとなる。

「ヒミナは後方警戒。私が援護を行う」

 アリルが言葉にすることで、氷水が自身の役割を見つける。悪かった顔色は、目の前の敵――恐怖によって払拭されていた。

 前衛三人が各々の武器で闘いながら魔術を唱える。アリルも遅れて詠唱。

 三人の魔術が完成。それぞれ炎弾、雷撃、風刃だ。波状攻撃を仕掛けてくる複数の魔獣たちに炸裂。一匹を燃やし、一匹を焦がし、一匹を切り裂いた。そしてそこにできた魔獣の攻撃の隙へ剣や槍を向けてまた別の魔獣に傷をつける。

 そして再び魔獣の攻撃が始まると三人は守りながら詠唱開始。数撃受け止めた後、アリルの魔術が完成。

「アイスウォール」

 迸る氷が地面を這って三人の合間を行く。氷は床を割るように生まれ直進。氷塊が獣たちを下から押し上げ、また動きを阻害し、前衛の攻撃の的にする。

 これが魔道騎士団の戦術。前衛が時間稼ぎ、魔術で迎撃。そこで生まれた相手の隙をついて追撃し、後衛の魔術完成までの時間を稼ぐ。そしてそれによって生じた相手の隙をさらに追撃する。嵌まればかなりの人数を落とせる戦術だ。

 しかしこれは対人戦には使いづらい。相手に優秀な指揮官がいれば、瞬く間に隙を埋められ攻撃の手がなくなる。また、こちらが魔と武を修練しているのに対し、相手は武を専門にしている。前衛が防御に専念するとはいえ、破られる可能性もあるのだ。

 だからこそ魔道騎士団は遊撃隊として運用されていて、またそれなりの成果しか挙げられていない。

 ワォォォォオオン!

 アリルを除く四人が一斉に硬直する。

 階段側から巨大な遠吠えが聞こえたのだ。同時、波状攻撃を崩され隙だらけだった魔獣たちが一斉に立て直す。

「何だっ!?」

 さらに階段側から魔獣がドッと溢れだす。戦っている最中も数匹ずつ出てきて波状攻撃を成立させていたのだが、ここにきて突如その数を三十まで増やし、関所内を埋め尽くした。

「まずい、下がれッ! 囲まれるぞ!」

 三人は馬車と壁の間で横になり防波堤となっていた。魔獣に馬車を迂回して攻撃すると言う発想がないからだ。しかし今魔獣の数が急増し、馬車の反対側まで溢れていた。間もなく魔獣たちは横側から襲ってくるだろう。

 アリルは氷水を先に空いた扉へ向かわせる。南側は既に先行した魔道騎士団の面々と、元々関所に詰めていた兵士たちで攻勢に出ているだろうからこちらに何人か当てられるはずだから。

 だが、扉を抜けた先で見たのは巨大な獣。全長十メートルはある巨大な狼。

「何……アレ……」

 氷水の呟きが、五人の気持ちを物語っていた。国の魔物の文献を一通り漁ったことのあるアリルでさえ知らない魔獣だった。

 その巨狼と相対しているのはヴァインとシャルフだ。ヴァインは二メートル近い見たこともない大剣で戦っていた。二人に致命傷はないようで、だが巨狼にダメージを与えてもいないようで、長期戦を否応なく予想させる。

 二人と巨狼の周囲には魔獣も人間もおらず、そこから距離を取るように左右に分かれて戦っていた。魔獣たちの総数は多く見積もっても五十相当。こちらに送っていた魔道騎士団の人数が四十三で、見慣れない、衛兵や傭兵であろう人の姿が十数見えることから、残りは「あの巨狼さえなんとかなれば」という思いで戦っていただろう。

 ここにきて、後ろから敵の増援が来るなど思ってもみなかったに違いない。

 ――士気の低下は免れないが……

「後ろから魔物が来るぞ! 数は三十!」

 一瞬で戦況把握を済ませ、アリルはそこにいる全員に呼び掛ける。

 ぎょっとしたように動きを止める衛兵をカバーする魔道騎士団員の姿が見えた。

 騎士団員はそれぞれ後衛が戦場を俯瞰し、後衛の指示に従って人をさらなる後方、アリルの下へと集める。ここまでの動きは迅速だ。これができないようなら、それなりの戦果さえ挙げられていない。

 一方アリルたち五人は配置換えを行っていた。

 関所から出るには中央の大扉か、両脇の扉しかない。だが大扉は耐久性が両脇のより高く、また中にあった馬車に邪魔されるためにそう簡単には壊せない。となると魔獣が出てくるのは両脇の扉しかない。

 アリルは扉前で魔獣を押さえていた三人に逆へ向かえと指示を出す。逆側は彼女たちが誘導したわけではないので数が少なく、また扉も閉まったまま。突破までに時間がかかる。ならば戦力である自分はこちらにあてるべき。神子は自らの傍から離せない。そこまで考えての配置だった。

 三人は一斉に扉から離れ、代わりにアリルと氷水がそこへ入った。前線からの応援がそれぞれの後衛として入るはずのため、前衛として行く。

 攻撃を仕掛けてくる魔獣を素早い剣戟で行動不能に陥らせ、詠唱した魔術は氷水が相手する魔獣にぶつけて援護する。扉前で張っているため、敵は同時に二匹以上出てこれない。今は後衛が来るまでの防御に専念し、傷を負わないことを念頭に動く。

 すぐさま背後に仲間の気配。足りない前衛の三人目がアリルの隣に入り、獣たちを裂く速度が上がる。

 三匹、四匹、五匹と獣を裂きながら、氷水へと届く攻撃を紡いだ氷の防壁で防いでいく。

 捌き切れる。

 頭を過ぎった瞬間、関所内の奥に四メートル近い大きさの――階段をぎりぎり下れるくらいの大きさを持つ――三つ首犬(ケルベロス)が見えた。

「逃げろッ!」

 訓練された正魔道騎士団員は、すぐさまその場から左右に分かれる。団長が言うからには何かある。何かあるとすれば上からか扉の奥からか。なら扉の直線上はまずい。左右に逃げよう。彼らにとって、ここまでの思考サイクルは当然だった。

 ただ一人、見習いである氷水だけが動けず、アリルの体当たりをくらって手前の魔物の攻撃と、遅れて放たれた炎を避けた。

 炎は進路上にいた魔獣を燃やし、すぐに収まる。一拍遅れて魔獣たちが扉を抜け出てきた。出口を防いでいた五人が退いたことで、二匹ならず五匹、六匹と外まで侵入を許したのだ。

 こうなっては基本隊形を破棄して、後ろへ逃さないよう戦うしかない。囲むように四人が動くが、唯一氷水が対応できない。

 ワォォォン!

 再び遠吠えが聞こえると、魔獣たちの動きが突如代わり、アリルの方へ――いや、アリルの背後で立ち上がろうとする氷水の方へと殺到した。

「なんだこいつら……!」

 突然の動きの変調、団員の呟きはアリルに引き継がれる。

「知性があるのか……?」

 五匹を一度に相手取るアリル。といっても同時にしかけられるのは三匹が精々。剣と腕と足で往なし、たまにある不意打ちを魔術で防ぎ、一撃も受けずに捌ききる。

 しかし攻撃に移れない。他の団員も同様で、囲いを破棄するわけにはいかないし、アリルに攻撃できない獣が状況に応じてそちらに仕掛けなおす。しかしそれも一定以上は踏み込まず、守に徹している。魔術の援護も、アリルに当てないよう足元に向かってしか放てず、そうなるとアリルに喰ってかかる三匹を狙えない。

 もし後ろに氷水がいなければ、躱したところで止めという手段が使えるのだが、相手が氷水を狙っている以上横に立たせるのは今以上に危険。一言下がれというのにも細心の注意を払った。

 幸い時間を稼げば稼ぐほど、前線で戦っている人間に余裕が出る。そうすれば囲いを維持する必要もなく、遠慮なく戦える。

 アリルはこの状況を維持することを決めながら、かかってくる獣たちを払う。

 だがそれも打ち砕かれる。

 壊されないと思っていた大扉。それは、冷静に考えれば分厚い木でできた板だ。

 ゴォォォォォォォォ!!

 そんな音と共に、扉が炎に燃やされる。

 現れたのはケルベロス。扉を全て焼くと同時、魔獣が溢れだす。

「――総員、円を組め!」

 アリルはそう叫ぶと同時、動きが分からない氷水を攫い、この場の全員から等しい距離に投げた。

 アリルの叫びに一瞬の間を空け、騎士団員が一斉に持ち場を放棄して投げられた氷水の周囲――前方に巨狼、後方にケルベロスを迎える位置で二重円を組んだ。中心を神子、内が後衛、外が前衛の形。

 動きに付いていけなかった衛兵や傭兵が何人か魔獣の攻撃にあって死んだが仕方ない。これは下策だ。敵に囲まれてしまった時という、非常事態にのみ使う最後の手段、背水の陣なのだから本来使ってはいけないもの。

 こうして出来上がった円環は、同サイズの近接型の敵に対して無類の防御を発揮する。

 つまりこの場に於いて防げないのは炎を吐くケルベロスと、あまりに巨大な狼の二匹。

 円の外に残されたのは、アリル、ヴァイン、シャルフ。

「フフ、こんな状況久しぶりだ」

 アリルは冷や汗をかきながら不敵に笑った。円の外は無法地帯。後ろと左右を魔獣に囲まれ、正面のケルベロスを相手取らなければならない。

 孤立無援の状況。停滞は敗北と思え。

 ――魔道騎士団を任される者の実力、甘く見るなよ!


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