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三章 4

 何か嫌な予感があった訳じゃない。

 ただキリがよかったから動いただけ。

 だから今回のはただの運。運が、良かっただけ――

 ヴァインは目の前の民家に入っていく男の姿を認め、自分の行動を振り返る。

 ――サイども。相性は悪かった。だが、それ以上にできていたこともあったはずだ。

 ――最初の接敵時、あのサイどもがこっちを狙ってこなけりゃ街がやられてた。仲間が燃やされて逆上したんだろうが、んなのは結果論だ。次からはアリルのように目を狙って仕留める。

 足音を立てないよう、民家へ近づく。その間も今日の反省は続く。

 ――カラスども。こちらは上々。ただし刀の性能に頼りすぎか。もう少し応用の利く仕留め方を検証すべき。

 ヴァインも先の男と同じよう、民家の中へと入っていく。音は必要最小限。中の人間に気付かれないように。

 室内を確認。誰もいないことを確認すると、上階へと続く階段へ進む。

 階段を上がりきる直前、上方から剣が振り下ろされた。

 ヴァインは予想していたのか、それを朽ちたままの剣で受け流す。やはりと言うべきか、朽ちた様相で在りながら、剣は折れることがない。

 彼は自身の力で手許に炎を作る。月明かり差し込まない屋内の一角が、この時だけ炎に照らされた。

「……貴様か」

 剣を振り下ろした男が、舌打ちするように言って剣を引いた。

 対してヴァインは肩を竦める。

「人に剣を向けといてそれはないんじゃないかな、シャルフクン」

 ヴァインは炎を消し、剣を引いたシャルフを追って窓の一つへ付く。そして窓から窺うように、少し離れた位置にある小さな民家を監視する。

「お前が出てから何分くらいだ?」

「四分」

 ならそろそろかと、脈絡も確信もなくヴァインは思う。

 そしてそれが当たる。

 闇を駆ける人の姿。魔物の襲撃で出歩くものがいない今この時に、だ。

「魔法使いは入り用かい?」

「いらん。貴様はそこで見ていろ」

 ヴァインの言葉を切って捨てるシャルフ。剣を抜き、いつでも飛びだせる状態だった。

 闇を走る影が、民家へと到達。こちら側からは見えないが、扉から侵入するつもりだろう。あの家は小さすぎる上に窓もない。侵入経路は入り口しかないからだ。

「そろそろいかなくて大丈夫か?」

「大丈夫だ。手は打ってある。今は他のやつらをおびき出すのが先決だ」

 シャルフが目を閉じ、集中する。ヴァインはシャルフの周りに、魔力が蠢くのを感じた。しかし彼の知らない感覚。彼の使う炎の魔法でも、この世界で使われる魔術でもない。また別の力。この世界にはない、確立された魔の気配。

「――捉えた」

 シャルフが目を開き、壁の向こうを見据え、また別の方を見遣る。

「二人か……。一人はお前に任せる」

「あいよ。だが、万全を期そうか」

 ヴァインは右手を出し、剣を握るシャルフの右拳を掴んだ。

「神の力の解放だ」

 シャルフの力を引き出したヴァインが、それをそのまま剣へと込める。

 そして護神の剣、コールブランドが再び姿を変える。

 コールブランドが模すのはシャルフの力。内から溢れだす存在感。剛腕が振るうべき無骨な武器。

 ヴァインの力を受けて生まれた変則的な姿とは違い、叩き斬るという機能を追求した、無骨な大剣が姿を現した。

「手にくるものがあるねぇ。片手じゃ持ち上げられねーな」

 幅五十センチ、長さ一メートル八十の大きすぎる大剣。彼はそれを両手で持ち上げ力を込める。

「どうするつもりだ」

「どうするも何も、お前の力で敵をぶちのめすだけだ」

 ヴァインはニヤリ笑みを浮かべる。

「なるほど、神の力ってのはやはり嘘じゃないみたいだ。この力がどういうものなのか、求めれば答えが返ってくる」

 従者、シャルフ=ルージェ。

 種類(カテゴライズ)、法則――重力。

 それは物を地面に縛るもの。

 それは物を引き寄せるもの。

「英雄が力を解放すれば、僕もこの力が使えるんだったか?」

 英雄を立て、僕の反逆を防ぐため――であろうルール。ヴァインは「分かるだろ?」とシャルフへ言う。

「どの敵が近い?」

「そこから出て左。すぐだ」

「わかった。そっちは俺がもらう。力試しといこうじゃないか」

 大剣を担ぎあげ、窓枠に足をかけるヴァイン。すぐに彼は飛び降りた。

 ――重力操作。引力低下。

 剣の力――ひいては神の力を使い、自身へかかる重力を軽減。

 受け身を取る必要もなく、すぐに駆けだした。

 ヴァインの目の前、影に潜むようにする男を発見。剣を振りかぶると、相手は慌てたように暗器に手を伸ばした。

「チッ、ハズレ」

 小物だ、と彼は吐き捨てる。

 彼は振り上げた大剣を降ろすことなく足を止め、その剣へと魔力を込めた。

 ――さァ、重力ってやつの力を見せてもらおうか!

 目標、正面の男。重力操作、引力増加。

 突如男は体を支えられなくなり、手を膝について崩れ落ちるのを防ぐ。

「ふーん。相手が軽装すぎたか。完全には落とせてないな。この力もシンプルなようで奥が深い。いいねぇ、俺好みだ」

 膝から手を放そうとする男だが、彼を襲う重力がそうさせない。息をするのも苦しそうに、ゼェハァと喘いでいる。

「それじゃ、死ね」

 重力生成、中心力場大剣刃先。

 ぐぐぐと、振りかぶった大剣に、重しがついたように力が発生。正面の男は、何がどうなっているのかわからないと、混乱の表情で大剣へ――ヴァインの前へと引きずられていた。

「こりゃ失敗だな。力は振り下ろしのポイントにだけ発生させるべきか」

 大剣は、振り下ろしの速度と通常の重力を加え、男のすぐ横で急激に落下。地面を砕き、土を飛び散らせる。

 ヴァインは生成した重力を止め、再度剣を振りかぶる。

 男は増加した重力に体を押さえつけられ、ヴァインからの死の一撃を回避できない。顔には絶望的な色がにじみ出ている。

 ヴァインは剣を振り下ろす。軌道が男を捉えると、重力力場を大剣に生成。重力の作用を受けて、大剣が地面へ一直線へと向かう。

 彼は鈍い手応えを感じ、剣を元に戻した。足元には頭の潰れた男が転がっていた。



「……最近二人がよく来ていた理由はこれだったのですか」

 ベッドの上に座る少女ミリルが、姿を現したシャルフとヴァインに、確信した口調で訊いた。

「さて、何のことやら」

「……」

 一室しかない家には、不法侵入してきた男――恐らく間諜――一人とミリル、そしてシャルフとヴァイン。そして最後に一人。

「それにしても手を打ってあるってこいつのことかよ」

 間諜を押さえているのは、ヒュネーの邸宅で見た気配のない男だった。

 ……とは言うものの、体つきと身長、そして印象が似ているだけ。顔は覆面で隠しているため、厳密にヴァインが見た者と同じとは限らない。

 彼としてはこんな気配のないそっくりさんが二人もいてたまるかという気持ちなのだが。

 気配のない男はシャルフへ顔を向ける。シャルフが頷くと、彼は間諜を引きずって外へと出て行った。戻ってはこないだろう。

 ヴァインはやれやれと、椅子に座った。

「ミリル、お前の推察通りだ。後はもういいな? 俺はしばらく寝る」

 椅子に腰かけると、前かがみになってヴァインは目を閉じた。

 ここで見た間諜たちは、ミリルを狙ったものだ。理由は氷水に説明したとおり。神子の出入りする民家。一般人の住居。人質。これらが繋がる。

ヴァインが氷水に言った言葉は、嘘ではなかった。

 その危惧はシャルフにもあった。だから二人はそういう輩が現れないよう、アリルの仕事中にこの家に入り浸り、間諜たちに見せつけた。

 俺たちがいるから寄ってくるなという。

 もし彼らのことを調べずに襲うバカな輩が現れれば、それはヴァインあるいはシャルフが撃退すればいいだけの話だから。

 そして今回の魔物の襲撃は、絶好の機会だった。魔物の襲撃下は、人の目に付きにくいため動きやすい。間諜が狙う可能性は高い。そこでいつも張り込んでいる二人がいなくなれば、それは当然チャンスと見る。非常事態故に実力者二人がいなくても不思議ではないからだ。

 そこをシャルフとヴァインは狙った。シャルフは家に気配なき男を配置するよう、ヒュネーへと頼んだのだろう。そしてあえて直前まで家にいることで、退室した姿を間諜たちに見せつけた。

 ヴァインは運がよければ、という程度でふらりとやってきたのだが。


 こうして魔物襲撃の一幕が閉じた。


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