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二章 3

 結局――氷水はヴァインを案内することとなった。

 先のやり取りから見ても分かる通り、ヴァインはそれなりに弁の立つ方である。論理と感情が入り混じった拙い言葉は、正面切って論破される。

 やや苛立ち混じりに外へ出た氷水は、まずどこへ連れて行こうかと考える。

 ――どうせならさっきの仕返しにおもしろくないところに……

「まともな案内しろよ?」

 読んだかのように言葉をかけるヴァインに、氷水は動転しつつ答える。

「あ、当たり前でしょ! 公私はきっちり分けますとも!」

 言ったなと、彼は不敵に微笑む。

 もしかして図られた? などと邪推する彼女に、彼は黙ってついていく。

 これは思いっきりプライベートな内容だと気付きながら。

「さぁまずは――ってあんた、その服で?」

 彼が着ているのは、相も変わらず紅蓮の祭祀服。通気性はいいのだろうが、かなり目立つ。

「この服しか持ってないからな」

 苦笑交じりに言うヴァインに、氷水は「決めた」と声に出す。

「まずは服ね」

 スタスタ先を歩く氷水に、ヴァインは注文をつける。

「他の奴らに紛れるってぇ意味じゃ服に問題はないが、この素材、あると思うか?」

 彼は自身の服を指して言う。

「ない……でしょうね」

 氷水は冷静に判断する。

「燃えない布――アスベストでできてるんでしょ? 材料とか私知らないけど、そーゆーの消防士の服とかにも使われてるって聞いたことあるから、その分有用だと思うわ。それなら高値で取引されてもおかしくないけど、都合よくここに流れてくるとは……あ」

「何を言っているのかはさっぱりだが、それなりに価値があるなら、逆に集まるぜ。ここは流通の要所だからな」

「……そうね。でもこの世界でもそうとは限らないから。ひょっとしたらそっちの世界よりもさらに希少かもしれないわよ」

それなら普通のでいいよと、諦め交じりに漏らすヴァイン。

もうそこには、古着屋があった。

「まずはあそこでいいでしょ?」

「まぁ文句言える立場じゃねぇしな」

 二人は衝突なく古着屋へと入った。

「いらっしゃい」

 どこか無愛想な爺さんが出迎える。

「なにかお探しかい?」

「えーとこっちの男の服、何着か見繕ってほしいんだけど」

「その前に。爺さん、この服と同じ物でできたのねぇか?」

 ヴァインが長い袖を爺さんに見せるが、爺さんは「お生憎と」と首を振った。

 それじゃさっきの注文通り、と言葉をかけてから傍にあった椅子に座ってくつろぎ始める。

「……あんた、本当に堂々としてるわね」

「それほどでも」

 そんな風に嘯いて、隣に座らないかと椅子を示す。

 分かりましたよと素直に座る氷水。

「ここが終わったら次は?」

「そっちに任せる」

 消極的なヴァインに、氷水は不思議に思って言葉をかける。

「あんたどうかした?」

 彼は少し返答に躊躇うが、まあいいかと答える。

「こんなに人がいるとは思わなくてな……」

 疑問符を頭に浮かべる氷水に、ヴァインは自分の世界のことを話し始めた。

「俺の世界はもう、滅亡寸前なんだよ。大昔の魔獣大戦争とやらで魔物の撲滅を成功させるとともに、人類の大半が死んだそうだ。生き残りは各地で細々と暮らし、隣の村に行くまで歩いて二十日は当たりまえ。力があったって戦う相手もいねぇからやることはない。ただ動物を狩り、作物を育て、日々の生活に満足するだけだ。だからこうも人が多いのは気が滅入る。俺は静かな方が好きみたいだ」

 弱音を吐くヴァインに目を丸くする氷水。

「なんだ?」

「ん、ううん、なんでも」

 氷水の見たヴァインという男は、いつも自信満々、傲岸不遜としているような奴だと思っていたが、それが早くも崩れ去った形である。それに親近感を覚えながら、古着屋の主人を待つ。

 しばらくして、主人が十着ほど服を持ってきた。

「お好きなのをお選びくださいませ」

 そしてヴァインは、悩む様子もなく幾つかの服を選ぶ。

 ほとんどが赤々しい、派手な色だった。

「……少しは地味なの買いなさいよ」

「分かってるよ」

 そうして手に取ったのは、白いのが一着だけ。

 ため息が出そうになるのを我慢して、氷水は「いくら?」とおじいさんに尋ねる。

「銀一枚と銅二十枚です」

 氷水が財布を取り出そうとするのを、ヴァインが止める。

「金なら持ってる」

 その手にはいつの間にか、高そうな財布が握られていた。

「……どこから出したの?」

「袖」

 ――袖の下って……

 今度こそため息をつきながら、ヴァインに払うよう眼を向ける。

「こいつでいいか?」

 銀貨を二枚出すヴァイン。

「ありがとうございます」

 言葉だけは丁寧に、お爺さんはお釣りだと言って銅貨を八十枚渡す。

 それを財布に入れると、袋を持って外へ出る。

「で、次は?」

 ヴァインの問いに、ちょっと悩んでから、

「ぐるっと一周しましょうか」

 簡単な提案をした。


 ミーレルハイト首都ミーティアは、中心に城を構える城下町として栄えていた。

 家々は城を中心に据えるよう円環型に立ち並び、大きく東西南北四つのブロックに分かれる。

 北と南は人の出入りが激しい為、必然露店が並び、市場もそこを中心に並べられる。

 居住区は主に東西の内側だが、西は富裕層、東は中流層と分かれ、貧民層は食べ物を求め南北に住まう。そのため南北は治安が悪く、対照的に西地区は良い。また住人の差から、西地区には高級レストランや仕立屋などが、東地区には古着屋や雑貨店が、南北には宿屋や酒場などの働き口や人の集まる場所か多く存在する。


「なるほど町の仕組みは分かった。で、アリル団長の家は?」

「どうしてそうなるのよ」

 町をぐるりと一周し、東地区へと戻ってきた二人。ただ歩くのもおもしろくないと食べ歩きをしていたのだが、それも遂には飽きたか、ヴァインが突然そんなことを言った。

「えーとなんだ? そう、シャルフだシャルフ。あいつが団長さんの妹とちゃーんとやってるか、冷やかしに行こうぜ」

 突然の提案に、氷水は額に指を当て、頭痛そうに答える。

「あんたって……なんで『そう』なのかしら?」

「好奇心には素直に従うが吉だぜ」

「こっちには『好奇心は猫をも殺す』ってことわざがあるんですけどね!」

 カカッ、と乾いた笑いを放ちながら、ヴァインは氷水の肩に馴れ馴れしく手を回した。二人の顔が近づく。

「まぁまぁ、そう言うなよ。お前だってあのお堅そうな団長さんのオトモダチだろ? 二人がどうなるのか気になるだろうよ?」

 こういう馴れ馴れしい男に幾度か捕まったこともある氷水である。顔が近づこうが動じず、肩に乗った手を払いのけた。

「確かに気になるけど、私はあんたみたいに干渉しないの。

町の案内は終わったでしょ? そろそろ帰るわよ」

 城へと歩を向ける氷水に、ヴァインはやれやれと首を振る。

「甘いな、神子サマ」

「? 何がよ?」

 不審げにヴァインを見る氷水。それを受け、勿体つけるように間をあける。

「早く言いなさいよ」

「考えても見ろよ。突然現れたどこの馬の骨ともしれない奴が、曲がりなりにもこの神子有するミーレルハイトの国の魔道騎士団長の家へと行ったんだぜ。他国の間諜にしてみれば、これは付け込める弱みだと思うだろう。シャルフの強さは知らないだろうからな。逆にその強さを知っているヴァル=ルージェの間諜にしてみれば、これは逆にアリルとその妹のことを知らない。人質にできるかもと襲う可能性がある。だから下手に二人を自由にするのは危険だ。あの二人だけなら問題はないが、団長の妹とやらもいるんだろう? それにもし二人が揃って部屋を出てしまったら? 妹さんは狙われるぜ。そうなる前に俺らでどうにかする必要がある」

 ヴァインの並べ立てる嘘八百に、氷水は青い顔をして脱兎のごとく駆ける。

 驚くほどの速度で町を駆け抜けると、東地区の外れの小さな一軒家に辿り着く。周りに家はなく、少し離れたところに少し大きな建物――孤児院が庭に花を咲かせてあるだけだった。

 氷水が壊すように扉を開く。

「大丈夫!?」

 それを受け、「ん?」と振り向くシャルフ、アリル、ベッドに座る少女の三人。

 呆けたように立つ氷水の背中に、ヴァインは嫌みたらしく一言。

「バーカ」

「だ、騙したわね!」

「てめぇが勝手に勘違いしてつっこんだだけだろうが」

 入り口で始まる口論を止めるべく、アリルが立つ。

「どうしたんだ?」

「こいつがアリルやミリルが襲われるかもって騙して私を――」

「俺は可能性があると言っただけで、今まさに襲われているとは一言も言ってないんだがな?」

 それだけでなんとなくの事情を察したアリルは、フフと笑って「入って」と言った。

 家は六畳一間の小さなもので、二つのベッドとキッチン、衣服を入れた棚、小さな机と椅子二つでもう一杯だ。

 アリルとシャルフは座ってくれと椅子を勧めたのだが、ヴァインも氷水も辞退してベッド脇に立った。その時氷水が驚いていたのは言うまでもない。

「押しかけたこっちが悪いから」

「全くだ。お前が突入しなけりゃ水入らずのところを邪魔せずに済んだのになぁ」

 もしやそれを言うために辞退したのか勘ぐるはめになったのは、氷水としても非常に苦しい。

 そこでベッドの端で上半身を起こしていた少女が、ツンとした眼をヴァインに向けた。

「あなた、誰?」

「ククッ。可愛げのねェガキだ」

 無愛想な問いに、呟き返すヴァイン。氷水が「止めなさいよ」と止める間もなくヴァインは続ける。

「ヴァイン=ハイゼルト。『天使』だ。よろしく頼むぜ」

 と空中に炎が「よろしく」と、この世界の共通言語を躍らせる。

 眼を丸くする氷水を尻目に、少女は先ほどよりも眼を尖らせて訊く。

「ヒミナお姉さまの敵?」

 見上げる眼差しは、子供とは思えないくらい鋭利で怜悧。

「そんな赤い目で見られてもな。泣いてたのがバレちまうぜ?」

 ハッと目を擦る少女。「泣いてないもん!」と強がるが、それを見てヴァインは再び「クカカッ!」と笑う。

「〝お兄さま〟と感動の再会だろ? どこぞのバカに邪魔されたからって、無理して泣き止む必要はねぇよ」

 氷水が「誰がバカよ」という視線を送るが無視。少女が顔を上げると目元が僅かに潤んだ程度で、先のツンとした表情は変わらない。

「いいねぇ気に入った。名前は?」

 躊躇うように眼を伏せ、アリルに眼を送る少女。頷きが帰ってくると、そっと答える。

「ミリル=クウェート。アリルお姉さまの妹よ」

 ヴァインが手を差し出すが、ミリルはプイッとそっぽを向く。

「そうかい」

 あっさり腕を引っ込め、踵を返す。

「ん、もう帰るのか?」

 アリルが問うと、「ああ」と返事が返ってきた。

「おもしろいのが見れた。また今度邪魔するぜ」

 後ろ手に手を振って、外へ行くヴァイン。氷水もハッと、それに続く。

「ごめんね邪魔して。三人ともごゆっくり」

 手を合わせて謝り、二人は城へと向かった。


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