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序章 望

 ――それは、渇望だった。


「力、だ」

 紅蓮の髪の男はそう呟いた。

 ――足りない、足りない、足りない。

 彼は怒りを昂らせ、右の拳を強く握る。

 すると――ぼうっと、彼の右腕から炎が吹き荒れた。

 炎は彼の肌を嘗めるように這い上がるが、その熱気は彼の肌を焦がさない。

 そうして立ち昇る紅蓮の炎は、あたかも龍のように空へと飛翔する。

 だが、

 じゅわ

 炎は幻だったかのように消え去り、僅かな熱気ばかりが後に残った。

 ――足りない。力を試す場が、足りない!

 世界は平和だった。

 魔物という存在は遥か昔に殲滅され、戦争というものもありはしない。この世界には、戦争をするほど人が残っていないのだ。今では村が世界各地に点在するだけ。住人たちもその殆んどが仲良く平和に暮らしている。

 青年には、力があった。

 炎を繰る力が。

 しかし、その力を使う場所はない。

 この世界の全ての者がそうだった。

 地、水、火、風、もろもろ、数多の力あり、数多の者が操れど、その力は使われることなく消え去っていくのみであった。

 青年が望むのは、力を使う場所。

 自身の存在証明。その為の舞台。

 しかし――男は、神の声を聞いた。護神(もりがみ)の声を。

『秩序を。護れ、彼の者らより――!』

 彼は白き光に包まれる。

 なんなんだろうねぇと、どこか平然と周囲の景色を眺めながら。

 そして――



 ――それは、絶望だった。


 長い黒髪の女性がいた。

 彼女は地べたに座り、放心している。

 ぴちゃと、液体の滴る音。

 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。

 ぴちゃぴちゃと液体はなおも滴り落ちる。

 紅い紅い血。

 日常。見るはずもない、大量の血液。

 出所は、彼女の隣で電柱につりさげられるように浮く女性。

 いつも隣にいた、大親友。

 それが今、死を前にして助けてと、何かに切に願い、また、何もないことに対して怨嗟の声をぶつけていた。

 それは、滅多にないが、稀にはあること。

 天候は晴れ。視界は良好。人通りは少ないが、視界は普通に開けている道の一角。

 そこで後ろから高速で突進してきた車に気付かず気付けず、道路側に面していた少女が撥ね飛ばされた。

 言ってしまえばただの交通事故。

 嘆き悲しむべきではあるが、ただの。

 それがどうしてだろう。

 何が良かったのか――あるいは悪かったのか。

 車は斜め後ろから突っ込んできて少女を撥ね飛ばす。少女はすぐ先の電柱に衝突。

 その後車にサンドイッチされる。

 電柱への衝突時に頭がそれ、即死、あるいは気絶できなかったのは不幸かもしれない。

 電柱と車に下半身を潰され、血を流しつつも生き残ると言う惨事。

 しかし長くはもたない。

 潰れた少女の体は、あまりの出来事に痛みを返さない。下半身が丸ごと潰れているのだ。それも仕方ない。

 残された少女も救急車は呼んだが、間に合わないことは百も承知。気休めだった。

 そう、問題だったのは、死を前にして意識があるというその一点。

 達観した者、生きる意味の見出せない者、その死が意味あるものだった者。

 そんな人間ならば、ことこういう状況でも安らかに――看取る者へ感謝の言葉をかけるか、黙って眠るだろう。

 それをまだ、十八の少女に期待すると言うのは酷なものだ。

 死に逝く少女は嘆く。この不運を。

 死に逝く少女は求める。自らを救いうる何かを。

 しかし何も起こらない。

 奇跡は降りず、不運は覆らない。

 そして死ぬ。

 残された少女は、絶望に浸る。

 ――私のせいだ。私が何もできなかったから。私が何かできればユキは……!

 耳に残るは怨嗟(えんさ)の声。

『なんで私がこんな目に! なんで私が死ぬの! なんで!? なんで!? なんで!?』

 人一倍責任感の強い少女は、死んだ少女の言葉を、額面以上に受け取ってしまう。

 ――何もできなかった私を責めてるんだ。何もしなかった私のせいで死んだから。今までずっと一緒にいたのに。こんなときだけ私だけ助かって。一人だけ生きる私を恨んで。私が、何もできなかったか。何もしてくれなかった私を、恨んでるんだ……

 その悲痛な叫びを、不幸を呪う嘆きを、自らへ向けたものだと思ってしまう。

 事実はどうあれ、思ってしまえばそれは彼女の中で事実となり――

 絶望する。

 忌むべき対象の違う呪いを、か弱き心が受け取ってしまう。

 彼女を無自覚に襲うは死の恐怖、理不尽な暴力、ハードラック。

 それらが彼女の根幹を揺らし。

 ガタガタに崩れた精神は、呪いを正面から受け止める。

 そこへ囁く女神の声。

『平和を。訴えて、彼の者らへと――!』

 彼女は薄紅き、桜色の光に包まれた。

 彼女は何も聞いてはいなかった。血溜まりの中で、彼女への懺悔(ざんげ)を口にしていたから……

 そして。



 ――それは、欲望だった。


 喰らう、喰らう、まだ喰らう。

 その獣暴れるところ、命の気配、断つ。

 その獣鎮まるところ、命の気配、無く。

 その獣動かぬ世界、生命、存在せず。

 獣神。

 魔獣の王。

 死の門番。

 気高き黒い、魔の主。

 魔神。

 そこは無人。

 あるのはただ、散らばる肉と、壁を彩る赤の血と。

 アカい川、アカい大地、アカい壁。

 赤。

 (あか)(あか)(あか)

 あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋あかアカ赤紅朱緋。

 獣神は――その十メートルを超える体躯を萎ませて、一人の人間を形作る。

 男のようで――女のようで。

 若いようで――老いたようで。

 強そうで――弱そうで。

 そんな、細いようで――太いような、低いような――高いような、中肉中背、中性的な顔立ち、肉付きのヒトとなる。全てを混ぜ合わせたかのように、平均的に――普遍的に。

 そんな獣が従うのは、自らの欲望だけだった。

 それを止めることは、ナニモノにも敵わない。

 そんな欲望の塊へ。死神は語りかける。

『混沌を。殺せ、彼の者らを――!』

 それは黒き闇に覆われた。

 ヒトの姿をしたそれは、どこか楽しげに、どこか愉快げに、肯定せず否定せず、笑みを静かに浮かべていた。

 そして……



『『『そして世界は救われる』』』

 彼らはそれぞれの世界から、姿を消した……

 ……まさかの序章入れ忘れ。

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