2.犯罪
アリタリア帝国。
昔、統一戦争で勝利したアリタリア王国王家が皇帝となっておさめている国家。
ところで、この異世界の科学がどんなレベルかというと、地球での1900年代初頭といったところである。
火薬を用いた様々な武器、最近開発が進んでいる戦車、飛行機。
そうした様々な兵器が開発されてきている。
そして、帝国はそうして兵器の開発にいち早く転換しそれが大成功したことで、軍事国家として大陸に名をはせ強い影響力を持つようになった。
では、そうした近代兵器が影響を強めている今魔術はどんな立場なのか。
まず、魔力はこの世界ならば誰でも持っている者であり魔術を使えない人間は存在しない。
しかし、もちろん魔術をどれぐらい使えるのかは個人差がある。
そして、近代兵器よりも大きな結果を安定してもたらすことが出来るのは千人に一人程度といわれている。
それ以外の人間は火をおこしたり、水を出したり、塹壕を掘ったりすることもできるが、戦闘中は銃を撃っていたほうが強い。
大半の人間は魔力が少なく、一日数リットルの水を出しただけで魔力が尽きてしまう人も多い。
そして、帝国は火薬を使った重火器などの近代兵器を持たせた戦闘用魔法が使えない兵士を国境にまんべんなく配置し、近代兵器以上の戦果を独りで上げることが出来るが人数が少ない戦闘魔術師部隊には重要なところに配置して、昨今の戦争に打ち勝ってきた。
もちろん、こうした改革をするにおいて帝国では様々な反論、例えば剣や弓で戦わないのは騎士の風上にも置けないだとかの反論が出てきたが、帝国政府はこれをすべて弾圧し軍事力でいえば大陸最強ともいえる国家を作り出した。
そんな帝国政府の虎の子ともいえるのが、帝国軍統合作戦本部直属魔術特務隊。
以下、特務隊と記述するが、この特務隊はこの隊だけで他国と戦争ができるといわれている。
その理由は、全員が卓越した魔術技能を持っていることもあるが、もっとも恐れられているのは特務隊に属している三人の魔術師である。
帝国軍統合作戦本部直属魔術特務隊所属の帝国軍戦略作戦魔術師。
一人で、戦略級の戦果を出すことが可能な魔術師、それが三人。
しかし、悲劇が起こる。
現皇帝の私生児であるカミーユを脅威に思った帝国政府が特務隊をカミーユに派遣し、これを抹殺しようとした。
そしてその派遣された者たちの中には、三人の帝国軍戦略作戦魔術師も含まれていた。
彼らはカミーユ暗殺の際に戦略魔術を使うわけではないが、戦略魔術を抜きにしても特務隊の中でも魔術がトップクラスであり、また、帝国の誇る特務隊がたとえ皇帝の血を引いているといっても高々一人に遅れはとるまいという帝国政府の甘い想定があった。
そして、結果カミーユの暗殺は成功したが、特務隊の被害は甚大。
特務隊は全滅まではいかないまでも、ほぼ壊滅し、三人の帝国軍戦略作戦魔術師のうち二名が死亡、一名が重傷を負った。
そして、圧倒的な力を誇った特務隊はこの被害により作戦の遂行能力を失ったと判断せざるを得ず、一時特務隊は凍結。
それを見た隣国三国、ウリエ王国、フラッツ王国、ドルツクネ連合国が三国同盟を結成し宣戦布告、その後ミルツ共和国が突如参戦し、帝国が劣勢に立たされたことで帝国政府は禁術の異世界召喚魔術を用いて、戦争に勝とうと決断した。
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俺は、城から城下町の治安の悪そうなほうへと屋根をつたいながら逃げ、路地裏で俺が連れ出した二人の男女と話していた。
男のほうは、俺にカミーユの魂がのっとってきて体調不良に襲われていた時に声をかけてくれた特に仲がいい友達の基面幸喜、女のほうは仲の良い女友達の小鳥遊愛璃だった。美しい漆黒の黒髪と、整ったモデルのようなプロポーション。小鳥遊は高校でもその美貌で有名で、彼女と仲が良い小見川絵美とセットで二大美人とも称されていた。
そして、俺の姿はカミーユに乗っ取られた時のままで、神は美しいきらめくような金髪を腰ほどまで伸ばし、顔は眉目秀麗で、身長も十センチほど高くなっている。
そんな俺は幸喜と小鳥遊にカミーユから聞いた話や、カミーユからもらった知識を交え現状の情報の共有をしていた。
「とりあえず、今の状況はこんな感じだ。」
「なるほど、しかし、異世界転移かよ...こんなアニメみたいなことがあるなんてな。」
こういったのは幸喜だった。彼はサブカルチャーにもある程度通じており、最近はやっている異世界ものに対する知識もあった。
一方で小鳥遊は、まだ情報を処理しきれていないのか、茫然自失になっている。
そんな小鳥遊をみながら、俺は二人に話しかける。
「とにかく今すべきなのは今後の指針を決めることだろうな。あいつらは俺たちを奴隷にして戦争に利用するために地球から召喚した。だからあいつらは逃げ出した俺たちを許さないだろう。まあ指名手配はされるだろうな。」
「同感だ。そして、助けてもらった俺が言うことではないだろうが、今俺たちの中でまともにこの世界でやっていけるのは愛式しかいない。今の段階では、これ以上の生徒を助けるのは不可能だと思う。」
「ま、まって!愛式君!絵美は助けられないの!?」
小鳥遊は、俺たちの『これ以上生徒は今の段階では助けることはできない』という言葉に反応したのか、急に硬直から回復し、俺にそう言ってきた。
俺はその言葉に対して、なるべく冷たく聞こえないように冷静に答えた。
「ああ、今は無理だ。俺は二人を抱えるだけで精一杯だ。すまない、小鳥遊。」
「あ...いや、ごめん、私も冷静じゃなかったわ。」
愛璃は決して頭が悪いほうではなく、むしろ成績は上位で普段は冷静なので、俺が冷静に答えたことで、今の現状や助けてもらったことなどを思い出して冷静になったようだ。
「さて、おそらく明日には俺たちのことがこの帝都に広まっていると考えていいと思う。だから、本来今夜中にこの帝都を出たほうがいいんだが、実はカミーユの知識で、頼りになりそうな人物がこの帝都に居そうなことが分かった。だから、明日は夜が明けたらその人物を探しつつ、市街で俺たちに関する情報を収集しようと思う。」
おれがそう言うと、二人は首肯した。
「そして、明日市街に出るにあたって一つ問題がある。それは服装だ。俺たちの化学繊維で作られた学生服じゃあ間違いなく目立つと思う。だから服装の問題を解決する必要があるが、もうこの時間じゃ服屋は空いてないだろうし、それに服屋で俺たちの正体がばれる可能性もある。そうなったら本末転倒だ。だから、俺たちは覚悟を決めるべきだと思う。犯罪に手を染める覚悟を。」
俺の言葉に二人は驚いたようだった。
俺はカミーユの知識をもらったことで日本にいた時よりも犯罪に対する忌避感が薄れている。
ちなみにカミーユに知識をもらった結果人格が変わったというわけではなく、カミーユからの知識でこの世界の常識に染まったというのが近いだろう。
だが、二人は地球で指折りの平和な国、日本の一般人だ。
犯罪に対する忌避感は決してぬぐえないものだろう。
もちろん、俺も犯罪を是とするつもりはない。
だがしかし、俺たちはそんなことを言っていられる状況でないことも事実だ。
敵の陣地の中で味方は俺たちだけ。
汚いことにも手を染める必要があると俺は思う。
それに、なるべく心が痛まないような考えも用意してある。
「もちろん、そこらへんの一般人を狙うってわけじゃない。狙うのは犯罪者かその予備軍だ。俺の今の顔ならおそらくごろつきが寄ってくるだろう?そういうやつをのして服を奪えばいい。それに実際にやるのは俺だ。二人が罪悪感を持つ必要はない。まぁごろつきの服を着てもらうことにはなるだろうけどな。」
「けど...」
俺の言葉に対して、小鳥遊はまだ決断ができない様子だ。
しかし、幸喜はもう決めたようだ。勢い良く立ち上がると、
「愛式、確かに今は常識がどうとかそういうことを言っている状態じゃないな。うん、わかった。お前の案に乗ろう。だけど、その強盗の責任はお前だけもののじゃない。奪った服を着るんだから、責任はもちろん俺も負う。」
幸喜はそう言った。幸喜のその言葉を聞いて小鳥遊も覚悟を決めたようで、こちらに顔を向けると、
「うん、愛式君。私も責任を負う。今の私たちには必要なことだと思う。だから、私にも協力させて。」
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アリタリア帝国帝都の治安の悪い地区を酔っぱらいの男四人組が歩いていた。
その四人組の一人が目の前の美しい女を見つけた。
その女はアリタリア帝国では珍しい黒髪で、体型も整っていた。
そして、四人組は鼻息を荒くしながら、女に近づいていき、話しかける。
「なぁ、お嬢ちゃん、俺たちと遊ばない?」
そして、女のしりを触ろうとしたが、その手は女の手にはたかれる。
それに対して、男は「はぁ?」とうなり、後ろについてきていた三人に声をかけて、女を取り囲んだ。
そして、女に「反抗しなかったら優しくしてやるぜぇ?」と声をかけた瞬間、男は頭に強い衝撃を受けて意識を飛ばした。
それを見た三人の男が身構えるが、しょせん酔っ払い、一瞬のうちに金髪の美しい男に制圧される。
金髪の美しい男ー愛式に、黒髪の美しい女ー小鳥遊が声をかける。
「ありがとう、愛式君。」
「いや、こっちこそ損な役回りをさせて申し訳ない。あと、こいつらはちゃんと気絶で留めてるはずだ。」
倒れている男たちをあきれた目で見ている幸喜に愛式はそう言った。
「いや、すげぇな、お前。」
「すごいのはカミーユさんだろう。カミーユさんがくれた知識と力のおかげでどうやって戦えばいいかわかるんだ。」
その愛式の言葉に幸喜は「ふぅん。」とつぶやいて、男たちの服をはぐ作業に入った。
この前に相談して、小鳥遊が誘いだし、愛式が制圧し、幸喜が服を剝ぐという役割分担に決まっていた、
小鳥遊が誘い出しに立候補し、愛式と幸喜は最初心配して反対していたのだが、小鳥遊の熱意におされて許可することにしたのだ。
幸喜が下着を除いて服を剥ぎ終わると(下着を剥いでいないのは、全裸で道路に放置するということに良心が痛んだのと、酔っぱらいの下着を着たくないという理由によるものだった。)、愛式が男たちを路地のわきに寄せて、幸喜と小鳥遊の二人をわきに抱えて屋根伝いに現場から離れた。
現場から離れた、愛式が比較的きれいだと判断した路地裏で三人は明日に向けて睡眠をとっていた。
彼がカミーユの知識から引っ張り出した魔法により、何者かが近づいてきたらわかるため、三人で安心して眠れるのだ。
彼らはいまだに学生服を着ているが、それは剝いだ服を毛布代わりにして、明日の朝に着替えようという話になっているからだ。
幸喜はすでに寝入っているが、小鳥遊は眠れないようで、愛式のそばに寄ってきて「ここ、いい?」と愛式の隣を指さした。
愛式はそれに首肯し、それを見た小鳥遊が愛式のそばに座る。
小鳥遊は数分経った後、愛式の方に首を預けて寝入った。
「かぁさん、とぉさん。えみぃ。」
小鳥遊から寝言が聞こえた。城から連れ出した時から何とか気丈にふるまっていたようだが、緊張が解けたのだろう。
愛式はそんな小鳥遊の頭をなでながら、ゆっくりと寝入った。
夜は更けていく。
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翌日 明朝
帝国軍統合作戦本部、通信指令室を帝国現皇帝が訪れていた。
そして、通信指令室より帝国軍全体にウリエ王国への大規模侵攻作戦の決行とそれに対する皇帝じきじきの激励が伝えられた。
この大規模侵攻作戦は作戦の存在自体はウリエ王国の諜報員がつかんでいたものの、帝国がわざと漏らした異世界召喚魔術に諜報員の注意が向かっていたことにより、その規模はウリエ王国の予想をはるかに超えるものであり、ウリエ王国は帝国の突然の大規模攻勢に上から下まで大騒ぎになった。
この作戦により、帝国と四国同盟(ウリエ王国、フラッツ王国、ドルツクネ連合国の三国同盟に、ミルツ共和国を加えたもの)の戦争はまた新たな展開を見せていくことになる。