63. かねてからの悲願
澄み渡るような青空。
透き通るような大海。
頬を撫でるそよ風には微かに潮の香りが含まれ、踏みしめる大地は確固たるものではなく柔らかな砂地。
一時的に通行規制を敷いたために周囲に人影はない。
一面真っ青な海を前に海岸沿いのビーチを独占しているのはボクたちだけ。
予想通りにテリアやカレンは期待と感動に目を輝かせている。
様子を窺っていたホロウやアヤメ、ラミを波打ち際まで引っ張っていき、初めての感覚に恐れおののいているようだ。
マルド・プール領元カンザス家所有地であり、現ラヴェンナ商会の財産となった土地にボクたちは赴いている。
生憎と遊びに来た訳ではない……いや、まあ厳密には遊びにも来たのだが。
それは本題ではない。
「ロムルスくん、準備できたみたいだよ」
マルタの声に振り返ると、広々としたビーチには似つかわしくない物々しい様相の鉄塊が鎮座していた。
漆黒の外装に五十メートルはあるであろう全長に、七メートル程の縦尺、頑強で城壁を彷彿とさせる物体の末尾にはプロペラが付いている。
これは何だと疑問を呈する必要すらない。
海を生きる“魔獣”の攻撃にも耐えうる外郭に、鈍重な専用機関を搭載した船体、商用を想定している広い船倉。
そう、蒸気船だ。
あまりの巨大さに船頭など既に着水している。
「貴方がオリバー=ロムルス殿でいらっしゃるか。初めまして、私はニコラウス=ニューコメンです」
「よろしく、ニコラウス。話はかねがねマルタから聞いているよ。優秀な設計技師なんだって?」
「ははは……光栄の至りですな」
作業服に無精ひげ、筋骨隆々な肉体。
成程、工場主でありながらも工業へと従事している面構えだ。
それにしても蒸気機関を推進しそうな名前だな。これは期待できるかもしれない。
「首尾はどうだい?」
「順調すぎて怖いくらいですな。ロムルス殿に頂いた設計図を基に改良した蒸気機関を積んでおります。理論通りなら一度の補給で凡そ三週間は運航が可能ですな」
「十分とはいえないね」
「……? マルメア地方からこの海岸までは片道二週間と二日のはずでは?」
「ならば二倍の運行時間を考えるべきだ。不足の事態は常に起こりうる。途中で孤立してしまえば損害は恐ろしい桁に上る。ニコラウス、これは商売なんだよ」
「…………理解しました」
苦々しく頷くニコラウスには悪いことをしたのかもしれない。
数か月の成果を門外漢から貶されたのだから。
しかし、彼も職人だ。
依頼人はボク、延いてはラヴェンナ商会代表のアナスタシア。
報酬だって払うし、設備や素材だって提供した。
意見を口にするだけの権利はある。
「要改良だけれど、短時間でよくここまで仕上げたね」
「それは……皆、熱気に包まれておりましたからな。ロムルス殿の改良案はどれも画期的で革新的。誰もが脱帽しました」
「そうか。気に入ってもらえてよかったよ」
エディンにて彼らに渡した蒸気機関の改良案。汚いことこの上ないが、とある世界の歴史から拝借した知識を基に改造を施してもらった。
加減を知らずアナスタシアに怒られたのはいい思い出だ。
「ロムルスは蒸気機関にも詳しいの?」
「【運命識士】がね。ボクはあくまで原案を書き出したに過ぎない」
「だとしても、だよ。蒸気機関に造詣が深くないときっちりとした設計図は作れない。ロムルスくんは世界一の蒸気機関マスターだ」
「よしてくれ。形にできたのはニコラウスたちの助力あってのことだ。ボクの寄与度なんてたかが知れているよ」
まるで自分のことのようにボクを褒めてくれるマルタとヨーク。
何がそこまで嬉しいのか、喜ばしいことなのか。
生憎、ボクには判断しかねる。
それに、ボクが別の世界から召喚された存在であることは口外できない。
露ほども悟られる訳にもいかない。
まだ。素性を明かすことは、不可能なんだ。
「さあ、試運転といこう。ボクをおだててもなにもでないよ」
「その通りよ。つけあがらせるだけ……ついでに調子にも乗るわね」
「ほら相変わらず辛辣なアナスタシアを見習いたまえ」
「え、えぇ……?」
「ロムルスってよくわからない」
「それでいいのよ。無理に理解しようとしなくて結構。ほら、配置につきなさい」
いつにも増してアナスタシアの言葉が強い。
もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないかな……? マルド・プール領における作戦から既に二週間。
以来、彼女の対応は刺々しい。
あのホロウですら疑問顔をしていたのだ。
つっけんどんな態度は八つ当たりをされているような感覚だ。
彼女を怒らせるようなことをしでかした覚えもない。
エディンにおける収支報告の欠缺を指摘されて、マルド・プール領攻略の計画は完全無欠なものに修正した。
仏頂面で受理してもらえた時は、問題はなかったのだと胸をなでおろしたものだ。
「まあ、いずれわかる」
「……? ロムルス?」
「いや独り言さ」
怪訝そうなヨークに断りを入れて、ボクは蒸気船を見上げる。
最終調整が終われば【楽園の道標】をもって水上へと移動させる手筈になっている。
そも、今回の蒸気船計画はボクの【楽園】ありきの話だ。
リヴァチェスター領工業区マルメア地方から、元カンザス家所有地まで一体どうやって巨大な鉄塊を運搬したと思う? 陸路と使うにしては目立ちすぎるし、空路は論外。海路にしても運送できるなら蒸気船など必要ないだろう。
つまり、土台無理な話を、ボクが強引に推し進めただけ。
【楽園の道標】は【楽園】と【楽園】を繋ぎ、如何なる阻害も受けることなく通行を可能とする。
それも瞬間的な移動──点と点を入れ替えるように、瞬きの間に遷移を完了させられる。
隠匿に関してはアヤメの魔法を使ったため、誰にも見咎められることなく大移動を果たしたのだ。
「ねえ、ロムルスくん。ありがとうね」
「……? 何がだい?」
「蒸気船のこと。私たちは感謝してる」
藪から棒に何を言い出すかと思えば。
蒸気船の運用計画はマルタとヨークの二人に知り合う前から決めていたことだ。
現状、西側領土の海産資源の交易ルートはファルガー領とマルド・プール領の二領土のみ。
それぞれ“ボルアーの大海”と“オディアの魔海”の浅瀬で水揚げされる魚を切り売りしている。
ここで問題なのは何故沖合まで出ないか、だ。
加えて、ウェスタ=エール帝国を囲む三つの海の先に、何があるのか。この世界の民は誰一人として知らない。
追放された『女神』が築いた“楽園”があるとか、“果ての海”が広がっているとか。眉唾の御伽噺なら流布されているが。
誰も正解を知らない。
理由はとても簡単。
危険すぎるため、海域から出られないのだ。
“クァラクの天海”は年中海氷に阻まれて漁業どころではなく、“ボルアーの大海”は海底火山の影響で遠くまで船は出せず、“オディアの魔海”では魔海の名前通りに沖合では魔獣がうようよしている。
それらの問題を、蒸気船は解決できる。
砕氷船にするだけの推進力があり、頑強な船底に、魔獣の牙や爪を通さない船体。
オスマンとビザンツに手伝ってもらった結果、強度については心配には及ばない程度には頑丈だと実証済み。
ラヴェンナ商会が西側領土を掌握するためには蒸気船の活用が必要不可欠。
故に、ボクが真っ先に着手したプロジェクトだ。
どこまでも利益の追求を念頭に置いた計画であるがために、二人に感謝される謂れはない。
「事情は色々と割愛するけれど、キミの思うような理由ではないよ」
「だと思った。けど、結果は変わらない」
「要領を得ないね」
「…………蒸気機関を利用した巨大商船。レイラ母様と──」
「ブルースお父さんが、計画してた」
「成程、それでありがとうなのか」
淡々と語る二人の口調から、何を考えているのか、どこに思いを馳せているのかボクにはわからない。
レイラ=ノヴゴロドとブルース=コンコートの最期は決して大往生とはいかなかった。
道半ばで頓挫した事業も、領地運営もあっただろう。
それを引き継いだ二人の娘は領主として、数万の民を統治する重責と日夜戦っている。
どうすれば最善なのか、領民を幸福にするには何が必要なのかと。
暗中模索の中、それでも決断を下している。
だからこそ、排他的で閉塞的な西側領土の門戸を叩き、共同して利益を上げる計画は薄氷を踏む緻密さを要すると痛感したのだろう。
今でこそマルタとヨークは友人として、親和的な外交を可能としている。
しかし、前代領主は異なる。
如何に優秀で、手腕に優れていようと他人であり、方やレイラに至っては領主補佐という立場の違いもあった。
その上で、後世へ引継ぎが可能な状態まで交渉を前に進めていたレイラとブルースは破格の卓越した能力の持ち主だったのだろう。
「期せずして、キミたちは悲願を叶えた訳だ」
「違うよ、ロムルスくん。実現できたのは君のおかげ」
「私たちは指を加えて見てただけ。だから、感謝してもしきれない」
「…………ならば、素直に受け取っておくとしよう」
「うん。それがいいと思うよ」
過度な謙遜は無礼にあたる。
本心から不要な称賛だとしても、的外れで見当違いの賛辞だとしても。
「ロムルス。準備ができましたよ」
「じゃあ、始めるとしようか」
閑散としたビーチに響くソプラノの声色が始まりの合図。
ボクは息をするように発動できるようになった【楽園】をもって、蒸気船を黄金の匣で包む。
対となる座標を漣を描く海面へと固定する。
「【楽園の道標】」
ピカッ! と一際金色が強調された後、最初から停泊していたように。
蒸気船は計算通りに安定している。
船体の傾きも、浸水も、蒸気機関の不具合も見受けられない。
ああ、“未来”が確定した。
「そうだね……レイルース号なんてどうだろう」
「時期尚早なんじゃない?」
「いや、拙速ではないよ」
「“未来”のはなし?」
「ああ、“未来”の話さ。二人の偉大なる先達に因んで、時代の革新を祝そう」
プロペラが水中で可動する音が聞こえる。
水を切るように、ゆっくりと船体の動く蒸気船レイルース号は真っ青な海にとても似合っている。
まるで水上が独壇場であるかのように、我が物顔で進む船をボクたちはただ眺めていた。
既に世を去った英傑へ、黙禱を捧げるように。
誰一人として口を開かなかった。
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正午を些か過ぎた頃合い。
まだまだ世界を照らすのだとやる気に満ち溢れた太陽の姿を拝められる時間。
ボクは青々と環境の良さを教えてくれる“オディアの魔海”を風景画の一種として、パラソルの下、ビーチチェアに腰掛けながら珈琲片手に記憶野へと刻み付けている。
レイルース号の試運転は成功。
折角、海岸一帯を貸し切ったのだから、成功祝いに余暇を楽しもうと画策していたのだ。
少し視界を右端へと逸らすと、キャッキャッと賑やかな一団が映る。
「ほんとうにしょっぱいのねぇ~。変なかんじぃ~」
「テリア、害はないんだろうな……?」
「しらなぁ~い」
「得体の知れないものを舐めていたのか…………」
潮風に揺れる薄桃色の髪を抑えて、心底不思議そうに顔を歪めるテリア。
桃色のビキニを着た彼女は健康的なくびれを見せつけるようなスタイルで、とても十四歳には思えない程に女性らしい曲線を惜しみなく晒している。
そんな彼女を呆れたように眺めるホロウは、白のビキニにデニムのショートパンツを履いている。
普段は漆黒の装束に隠れている太股や二の腕は日に焼けておらず、褐色の肌とのコントラストが背徳感を加速させている。
陽光を反射して煌めく銀髪は幼い彼女から大人びた印象を受ける一因だろう。
「ひゃっ! つめたい……! けど、しんせんだぁ!」
「ちょ……っ!? 暴れるなっ! つめてえっ!?」
フリルのついたワンピースタイプの水着を選んだカレンは思いっきり海へとダイブし、追従していたラミへと水を飛ばしている。
想像よりも冷たかったのだろう、砂浜へと戻ったラミはおっかなびっくり水中で遊ぶカレンを眺めて微笑みを浮かべている。
彼女もテリア程ではないが随分と大胆な水着を選んだものだ。
確かバンドゥビキニというのだろうか、慎ましやかな胸元を確実に隠している。
「おやぁ? ロムルスくん、そんなにじろじろ見て興奮しているのかな?」
「え゛……?」
「ロムルス欲情してる?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれよ、マルタ。アヤメが怖がっているじゃないか」
波打ち際から海の家まで、その中間地点に位置するビーチチェア群で寛ぐボクの姿は彼女の言う通り年端もいかない少女たちを観察する変質者に相応しい。
もし第三者、例えば憲兵なんかに聞かれていたら途端に拘留場行きだろう。
まったく、洒落になっていない。
「それで? おねえさんに何かいうことはないのかな?」
思わせぶりな発言と共に、マルタはボクの前に躍り出た。
胸元は淡い水色のビキニに、同じく水色のパレオ姿の彼女はおねえさんを自称するには十分なプロポーションを誇っている。
わざわざ見せつけるくらいだ。何を待っているのかなんて【運命識士】に教えてもらわずともわかる。
「そうだね…………とても似合っているよ、マルタ」
「うんうん。おめかしした甲斐があったよ。じゃあさ、二人はどうかな?」
「ひゃっ!? ま、マルタさん………っ!?」
「……っ、まって。こころの準備が……」
悪戯心全開のマルタはずいっと、アヤメとヨークの二人を一歩前へ押し出した。
真っ赤なワンピースタイプの水着に、白のカーディガンを羽織ってはいるアヤメ。
肌の露出を抑えている普段着とは打って変わって、白い美脚を強調しておりスタイルの良さが窺い知れる。
羞恥からかオオカミ耳がぴょこぴょことせわしなく動いている様子は見ていて癒される。
そして、二回りも大きいであろう白のティーシャツを着ているヨークは、中に何かしらの水着をきているのだろうが……それが却って背徳感を加速させている。
僅かに朱色に染めた頬から、人前で肌を見せるのはあまり得意でないのだろう。
二人とも臆病な、引っ込み思案な側面がある。
あまり矢面に立たせるのは悪い。
「二人ともよく似合っているよ。とても可愛らしい」
「ふぅ~ん。ロムルスくんは誰にでもそんなこと言うんだぁ」
「事実じゃないか。噓偽りを騙る必要がどこにある?」
「……もっ、もういい……! いこ。マルタ、アヤメ」
「あっ……! まってください…………!」
ふむ。
何か間違えたかな。
やはり、まじまじと見たのは悪かったか。
あのヨークが慌てて去っていったのだ。余程、気に入らなかったのだろう。
「あとは、アナスタシアだけか……」
「わたくしを呼びましたか?」
「ああ。まだ来ていなかったと思って……ね…………」
目を、奪われた。
意識を脳髄ごと引き寄せられた。
様々な美術品を、名画を見てきたけれど、心臓が鼓動を止める程の美しさを前にしたことはない。
煌めく金髪に、神が手づから造詣したであろう黄金比たるスタイル、触れ難い美というものを克明に表してくれる。
白のビキニに、スリットの入った漆黒のロングスカート型パレオ。
一歩を踏み出す度にちらりと覗く白く完璧な美脚、ふくらはぎから膝、太股までもが人智を逸した完全無欠の部位だと証明している。
まるで宝石のような尊さを額面へと出した腰のくびれやへそ、正しく正確なバランスで成り立つ人類の理想。
「……? 何かついているかしら?」
ほんの僅かに首を傾げて疑問を浮かべるアナスタシア。
ごく小さな仕草だというのに蠱惑的な魅力が内包される彼女の優美さには恐怖すら抱く。
「……いや、なに。ボクは初めて言葉を失うという経験をしたと、驚いていただけさ」
「意味が分からないわね」
「それでいい……それと。とても、いや、それ以外に答えがないんじゃないかと思う程に美しいよ、アナスタシア」
「そう。お褒めに与り光栄ですわ。それにしても、貴方は水着にならないの?」
「誰が見たいんだい?」
「それも……そうだわ」
納得したようにボクの隣のチェアへ腰を下ろすアナスタシアは、そっと息を吐いた。
鼻孔をくすぐるのは爽やかな柑橘系の香り。
恐らく、ボクが試作した日焼け止めだろう。
皆の柔肌を傷つける訳にはいかないと必死に制作した急造品だが、うまく機能しているようだ。
当人の“霊力”に充てられることで効力を持続させる渾身の作。
柑橘系、フローラル、シトラスと多様な香りの配合にも成功したため、頑張れば商品化できる。
「長閑なものね」
「そうだね。幾許かの余暇だ。楽しもう」
「ええ、そうね。明日から忙しくなるものね」
「……急がずともいいんじゃないか?」
「ご配慮ありがとう。けれど、十分すぎるほど休んだわ。マルド・プール領も安定してきたところだし……ゼータに任せても問題ないでしょう」
「そうか。キミの判断なら正しいのだろう」
「…………思考放棄かしら?」
「キミに全幅の信頼をおいているんだよ」
「その割には最善策を隠し持っていたけれど?」
「信頼の証さ」
「そう……もう二度と、あんな無様は晒さないわよ」
「無様なんて思っていないさ。先の件だって戦慄したものさ」
アナスタシアは憤懣やるかたないといった風に頬を膨らませて怒りを表現した。
まるで幼子のような仕草に、思わず思考が止まってしまう。
時折、年不相応の幼さを感じる言動をするのだから心臓に悪い。
閑話休題。
ボクが戦々恐々としたのは何も彼女の外見的妖艶さだけではない。
商人としての強かさ、艶やかとも言える手腕についてだ。
レイルース号で得られる利益は莫大。
その還元先は蒸気機関を提供するリヴァチェスター領及び、蒸気船の組立工場を設置するマルド・プール領にある。
技術と労働力。
対等な立場での契約であり、均衡のとれた理想形だろう。
詳しい利益配分は脇に置いておくとして、ラヴェンナ商会が取り得る利益としては改良型蒸気機関を使用した際の使用料のみ。
蒸気船を量産させた上で可動させた予測利益のほんの一部に過ぎない。
──はずだった。
「ラヴェンナ商会は全体利益の三パーセントを得る。なんて悪辣な契約なんだ」
「そうかしら。順当だと思うけれど?」
「どの口が言っているのか……」
ラヴェンナ商会は蒸気機関の特許権と使用権貸与の一存を持っており、ラヴェンナ商会所有の土地をマルド・プール領保有の工場へと貸借する際の地代を請求する権利を持っている。
それらを蒸気船を用いて得られるであろう利益の三パーセントという形で得る。
何が理不尽か。
文言がとっても曖昧。なんだ、蒸気船を用いて得られるであろう利益って。
蒸気船の契約基盤がリヴァチェスター=マルド・プール領間である以上、もし、ファルガー領やロンディーン領が参画してきた場合、当該契約に縛られる。
すると、当然出資者が増えて利益は倍増する。
また、蒸気船の使用方法は別に漁業に限った話じゃない。
西側領土にはエルサ川や、ラエリ川、ドネイエン川、そしてその支流が巡っている。関税の概念はないとはいえ、人々の往来や貨物の運搬など頻繁に行われている。
さて、ここで今一度ラヴェンナ商会の締結した契約を見てみよう。
蒸気船の用いている場合、漁業にとらわれずありとあらゆる使用形態から使用料といった形で利益を分捕れる。
正当化根拠は簡単だ。
ラヴェンナ商会には蒸気機関を発展させる上で必要不可欠な人材がいて、大規模な工場を建設できる土地はラヴェンナ商会所有の土地であると。
もし、契約を呑まず、また履行しない場合……蒸気船の使用は一夜の夢に終わるだろう、と。
「アナスタシアが商人である理由に改めて気づかされたよ」
「わたくしはずっと商人よ。どこかの誰かさんはわたくしを官僚にしたいようだけれど」
「ばれていたか…………」
「当然じゃない。リヴァチェスター領だけではなく、マルド・プール領の事後処理まで押し付けるだなんて」
「ついでに、フォルド領もね。キミのことだ。既に領地運営の基盤程度掴んでいるのだろう?」
「…………今度はわたくしが面喰う番ですか」
「キミとの会話はスリルがあって楽しいよ」
「そう。なら心ゆくまで語り合いましょうか?」
「ははは……それは遠慮しよう。心休まる気がしない」
「うふふふふ……同感ですわ」
「たはははは……やっぱりボクたちは運命共同体のようだね」
「気持ち悪い。二度と口走らないことね」
「はい。肝に銘じます」
どうやら調子にはのらせてくれないらしい。
つんとそっぽを向いたアナスタシアの横顔は、やはりというべきか名画のように抽象的だ。
けれど、そこにある。
アナスタシア=メアリはそこにいる。
万人が呆気にとられる絶佳を誇ると思いきや、無邪気さを感じさせる仕草をする。
未来永劫莫大な利益を獲得できる契約をあっという間に締結する手腕を見せると同時に、政治的な折り合いすらつけられる。
正しく、何人も寄りつけぬ秀才だろう。
そして、恐るべきは彼女が一人ではない点だろう。
アナスタシアには仲間がいる。
絶対的なカリスマが、彼女の布陣をより堅牢なものに仕立て上げているのだ。
ボクにはない、彼女だけの力。
キミは言ったね、畑違いの仕事を押し付けて何のつもりかと。
まだ答えを口にはできない。
けれど、いずれボクが明示した時。
キミはきっと怒るだろう。




