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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第三部【南の慈愛】
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断章. 光の勇者

 荘厳さと厳俊さに支配された息の詰まる空間ってなァんだ? 答えは簡単。ミンスターの王城でしたァ。

 何が楽しくて皇帝陛下の前で傅く必要がある? いや、必要はあるのか。

 一応、帝都守護だし。

 だとしてもだ。何にも変わらねェ報告のために集められちャたまったもんじゃねェ。


 靴底から感じる無機質さ、歩けば誰も目を合わせようともしねェ。

 それは王城のみならず、帝都に降りた時もそうだ。

 誰もがオレを敬う。

 悪い気はしねェ。だが、どこかよそよそしく、寂しく感じてしまう。

 それがいいと、当然だと供述する奴もいるがァ。

 オレにはわかる気がしねェ。


「そぞろなようですね、シロイ」


「チッ。面倒なのに絡まれたなァ」


 日がな一日座って書類仕事でもしてそうななりの男。中肉中背に片淵眼鏡、何を企んでやがるのか検討もつかねェ不気味の塊。

 黒いスーツに身を包んだオレの同僚、“帝都守護”『権将』ミッドアイ=トラウザーラ。

 先の謁見でも進んでへリウスのジジィ……間違えた。皇帝陛下に箴言する公務バカ。

 オレの嫌いな部類の人間だ。

 こいつじゃなくてオロライアに話しかけられてェもんだ。

 いい感じに因縁でも吹っ掛けて手合わせ願えるだろうになァ。


「ふらっとどこかへ行ったと思えば、いつのまにやら帰ってきている。自由人極まれりですね」


「悪いかァ? オレはオレの行動原理で動く。てめえにとやかく言われる筋合いはねェ」


「ええ、そうでしょうとも。貴方はそういう人だ」


「分かってるなら小言はやめとけェ。てめえをは好きじゃねェ」


「だから?」


「だからなァ。反射的に殴っちまいそうだァ」


 嘘は言わねェ。

 ミッドアイ相手に虚偽は通用しない。

 そういう男だ。

 ただの役所務めが都市代表を飛ばして帝都守護に就けるはずもねェ。

 言葉を選ばなきゃならねェところが、またうざったくてたまらねェよなァ。


「ならば簡潔に伝えましょう。もう少し真面目に任に就きなさい」


「またそれかァ。温厚なオレも我慢の限界だぜェ?」


「またこれです。寛容な皇帝陛下も我慢の限界でしょう」


「…………当てつけかァ? えェ?」


 無意識に殺気を放ってしまったようだ。

 通り過ぎようとしていたメイドがぶっ倒れたのが横目に見える。

 とはいえ、緩める気はねェ。

 眼前の堅物が前言を撤回するまで、睨み合いを続ける。

 こと戦闘においてミッドアイはオレの足元にも及ばねェ。

 先に根負けするのはこいつだ。


「……成長しましたね、シロイ」


「あァ?」


「今までの貴方なら一発でも打ち込んでいたでしょう?」


「………………それもそうかァ」


 心当たりならある。

 白髪の怪物と、アリー。

 オレに敗北を突き付けた男と、初めての友人。

 ほんの数日の出来事だのにオレの常識を、本能を根底からひっくり返しやがったァ。


 だからこそ、この男に悟られる訳にはいかねェ。

 オリバー=ロムルスと交わした契約は生涯生き続ける。

 オレがシロイである限り、決して背くことの許されない戒律だ。

 あいつの全力に負けた時点で決まりきった話だからなァ。


 だが、アリーの件は内密にする義務はない。

 …………進んで話したくはねェけどなァ。

 ディナムでの会話は、関係は、余人においそれと喋っていいものじゃねェ。

 親友や伴侶でもいれば違うのだろうがァ。オレにそういった相手はいない。

 寂しい奴だと思うかァ? オレはそうは思わねェ。

 どうしたって、『武将』シロイは孤独になるもんだからなァ。


「そろそろですね。では、シロイ。次の謁見でお会いしましょう」


「黙れ。とっとと失せろ」


 最後まで気に食わない野郎だ。

 とはいえ、まだオリバー=ロムルスの方が気に入らねェ。

 ミッドアイの奴は逆立ちしたってオレには敵わねェ。わかりきった、星を見るより明らかな隔絶とした差があるから。

 あの白髪の怪物との間にも差はある。

 オレが一方的に歯牙にもかけられねェっていうつまらねェ差が。


「気分悪ィなァ」


 どろどろと渦巻く不快感は考えてたって拭い去れるものじゃねェ。

 こういう時は身体を動かすに限る。

 自然と肉体が収斂される感覚、精神と魂が合致して呼吸が整っていく肉感。


 太っ腹なことに、“帝都守護”は騎士の使う修練場をいつでも使い放題。


 目指すは中庭。

 昼頃から日暮れにかけて騎士たちは帝都の巡回に出ているため、今なら合法的に独占できる。

 オレが使いたいって言うとあいつら一斉に明け渡すんだよなァ。

 悪い気がして後ろめたかったところだったから丁度いい。


「…………その前に、医務室だなァ」


 歩調を変えたオレの視界には先の殺気で失神したメイドが倒れていた。


 ほんと、悪いことをしたなァ。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







 王城は広大だ。

 ウェスタ=エール帝国の象徴であると同時に、皇帝の居住地でありその他使用人の職場でもある。

 守衛代わりの騎士が闊歩し、千を超えるメイドや執事、以下使用人が日々を労働に費やす。

 ただでさえ有象無象の溢れんばかりな箱だが、つい最近になってまたも面倒臭い連中を匿っている。


 二十数人の団体は思い思いに一日を過ごし、王城をちょろちょろと動き回る。

 おかげで視界の隅に映って苛立ちが募ってしまう。

 あまりに鬱陶しかったので一度本気で怒鳴ると、腰が抜けて委縮するようなひ弱な連中だとわかった。

 一部は。

 後日、正式な書簡で謝罪と、逆ギレ文書が送られてきた。

 諸注意にミッドアイがきたせいで余計に印象が悪い。

 強かで、陰湿、文句があるならてめえで言いに来いと何度思ったことか。

 さしものミッドアイだって、小言は足を運んでわざわざ言いに来やがる。


「……っ! お久しぶりです! シロイさん」


 流れるような黒髪、端正な顔立ち、人懐っこい笑みを浮かべて近づいてくる様子は小動物を彷彿とさせる。

 右手に握った大剣さえなければ。

 金色に輝く全身鎧に、一目で名剣だとわかる業物、一歩一歩の所作。

 恐ろしい手練れだと、オレの本能は警鐘を鳴らす。


「鍛錬ですか?」


「あァ。ヘドロを呑み込んだ気分だったからなァ」


「へ、へどろ……?」


「こっちの話だァ」


 首を傾げて疑問符を浮かべる少女。

 歳の程は十六か十八か……二十にも満たねェガキだってのに、頑強な鎧に隠されても女性的な曲線が強調されている。

 名をセイユウ・コウゼン。

 皇帝の虎の子。

 どこからともなく別世界から拉致してきたガキの集団。

 勇者一行を率いる『光の勇者』。

 辛うじて言語が通じるだけのガキ共を纏める役割を担っている。

 ただカリスマがあるだけじゃねェ。

 こちらが辟易するくらいの正義感と善性を誇る、正しく『勇者』に相応しいガキ。

 だから、連中も従わざるを得ない。


 それに──


「シロイさん、もしよろしければ……手合わせ願えませんか?」


 こいつは召喚された連中の中でも頭一つ……いや、頭千個分抜きん出て強い。

 あと数年鍛錬すればミッドアイ程度なら片手で捻れるくらいには、化け物染みている。

 圧倒的な武力に、それを振るうに値する倫理観。

 人が服従を誓うのに疑問の余地もねェ実力だよなァ。


「オレは構わねェよ。互いに利のある試合なんざァ、随分経験してねェしなァ。だが、あいつらはいいのかァ?」


「そうですね……事情を話してきます。ちょっとだけ待っていてもらっていいですか?」


「あァ。急かしはしねェよ」


「ありがとうございますっ!」


 たたたっ! と駆ける後ろ姿に隙はない。

 会わねェ数か月で格段に強くなってやがる。

 実直で、素直。純粋で、生真面目。堅物だが、頑固って程でもねェ。

 オレの好きな奴だァ。

 常識も、価値観も異なる連中でまともに話の通じる奴はセイユウだけだァ。


 他の連中、そう、今まさにオレに殺気をぶつけてくる一団。


 オレに不平を突き付けた脆弱者ども。

 どの集団にも相反する集合体がある。

 帝国には帝政に反対するテロリストがいて、一枚岩に見える東側領土には封殺された都市代表がいて。

 勇者一行にも、セイユウが指揮を執ることに反対する奴らがいる。

 隙あらば実権を簒奪しようとハゲタカのように機を狙っている。

 とはいえ、勇者一行がその地位を認められているのはセイユウの底知れぬ実力と、人柄によるものだァ。

 彼女の足元にも及ばねェ雑魚が何を叫ぼうが一顧だにされず、使い勝手のいい傭兵としてこき使われるのがいい方だ。

 皮肉なことに、目の敵にしている奴のおかげで平穏が保たれているといってもいい。


 それに気づけるならァ、反抗なんざしねェだろうがなァ。


「納得してもらえました! 徒手格闘でいいですか?」


 納得かァ。

 こいつの短所は鈍感なところだろうなァ。

 あれが納得してる奴の顔とは到底思えねェ。

 まァ、こいつらの不和をオレが気に掛ける理由もねェ。


「つまらねェこと言うんじゃねェ。木刀もってこい」


「……っ! いいんですかっ!」


「たりめェだろうがァ。それに、てめえに教えられる体術はもうねェ」


「やった! 木刀持ってきますねっ!」


 元気なやつだ。

 機嫌がいいと丸わかりの足取りで倉庫まで駆けている。

 何事にも全力で取り組む姿勢は若さの枯渇した王城では好意的に捉えられる。

 権力闘争に拘泥する貴族連中も、活発な孫娘を愛でるような感覚で頬を緩めていた。

『光の勇者』の名に恥じない勇士だろうなァ。


「ちょっと。あいつをつけあがらせないでくれます?」


「あァ?」


 快調に向かっていた気分が急降下した。


 大半が傍観する中、付き人のように数名を引き連れた女のガキが異を唱えだした。

 名を確か……コトネ・セトだったか。書状を送り付けてきやがったガキだから覚えている。


 幅があるとはいえ手狭な廊下で横一列に並んでたらたら歩いてやがったから、小突く程度の威嚇をしたことがある。

 すると途端に勢いが失速した見せかけの虚勢。醜い仮面が剥げ落ちた。


 皇帝が下手に勇者を強調するせいで連中の常識外れの行動に使用人たちは沈黙するしかない。


 どこぞで仕事が遅れた分の叱責を受けるのはこいつらではなく、メイドや使用人たちだ。

 そいつを許せるほどオレは寛容ではない。

 まァ、あれ以来、こいつには目の敵にされてるがなァ。


「こ、光善って思い込みが激しい性格なんで。あんたみたいな人に認められたって……勘違いしちゃいます」


「履き違えたら何が悪いんだァ?」


「なにがって……!」


「セイユウは強ェよ。“黒鉄”……ハーリヤかレ程度には勝てるだろうなァ」


 どちらも正面戦闘を得意とする奴じゃねェ。

 搦め手や下劣な戦術を武器に悪名を轟かせた“黒鉄”ではあるが、それらを踏破して命を狙える程度には強くなっている。

 ギルヴァやオリガリアを下せるほどじゃねェが。

 とはいえ、早晩追いつけるだろう。


「わかったら失せやがれェ」


 話すことはないと突き放す。

 軽んじられていると分かればこの手の奴は渋々ながら引き下がる。

 てめえじゃァ力不足だと理解しているから、食い下がる手段を持ちえない。

 まったく詰まらねェ連中だ。

 ほんの三秒もあれば縊り殺せるガキどもを招聘して、皇帝は何を考えているのか。


 きな臭い。


 勇者一行の件もそうだが、西側領土で蠢きだした怪物の目的も気になる。

 数千年に渡って権力を維持してきた皇帝の系譜だが、ここにきて厄介事を平定する力を失いつつあるのだろう。

 悪行の限りを尽くす極悪非道な悪辣漢を“黒鉄”として野放しにして、テロリストを放置し、“帝都守護”最強の『超将』を手元に置いて警戒している。

 何を恐れているのか、何を見据えているのか。

 オレには窺い知れないことだが…………備えることはできる。


 差し当たっては、どの権力統制にも屈しない自由な暴力装置──『光の勇者』の育成だなァ。

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