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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第三部【南の慈愛】
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61. ヴンダーカンマー

 煌びやかな大ホール。

 集う人々の瞳は新たなる統治者の即位を今か今かと待ち望み、期待に満ち溢れている。

 そう思うのは事情を知らない一部の使用人や民衆だろう。

 立食形式の領主就任記念パーティーに出席するは、マルド・プール領で強権を振る貴族の当主たち。

 基本的に日和見主義を標榜する彼ら彼女らは今夜行われる出来レースと、最高級の料理の飽食している。

 既に前代領主ブルースの一人娘であるヨークの生死は不明とされ、ゲティアのラクノア=コンコートが次期領主となるだろうと。

 皆、誰もが早合点している。


 そう、ヨーク=コンコートを擁立せんと暗躍する者以外は。


「ごきげんよう、オリバー=ロムルス殿」


「言われた通り、工作はしておいた」


 深紅の全身鎧に身を包んだ女性と、立派なタキシードを己の魅力を補助するために利用している好青年。

 マルド・プール領の軍備を管理しているボスラ家の次期当主であるネリーアルス=ボスラ。

 正装というドレスコードが支配する中、一振りの大剣を佩いて許されるのは“ボスラ”の名があるからだろう。

 数日前の会合で出会った時に直感した彼女の怜悧さは、ボスラの正装を身にまとって初めて完成したように感じる。


 そして、黒のタキシードを我が物として誇示している嫌味な……いや、爽やかな青年はゼータ=レキシントン。

 財政を司る一家だけあって下品にならない程度の装飾を着飾って緊張すらしていない。

 このような大舞台にあっても場慣れしているようだ。


「ありがとう。キミたちの助力はとても大きい」


「といっても、使わないに越したことはないがね」


「ゼータの言う通りです、ロムルス殿。些か強引な気がします」


「ああ。効果的な一手だろうけど、その分不信感も大きい。つまるところ、最終手段だね」


 ゼータとネリーアルスに昨日頼んだ裏工作。

 それは、ボクにとっても切りたくない手札だった。

運命識士(リード・スペクター)】によって掲示された最悪な“未来”を回避するための一手。


 ボクたちにとっての敗北はラクノアが領主となること。

 それを防ぐにはヨークが領主となる他にない。

 けれど、彼女を追い落とすための作戦は水疱に帰した。

 ブルース暗殺容疑と汚職の証明は不可能となり、打つ手なしの万事休す。

 加えて、本来ならば猶予されていたはずの時間も潰されてしまえば、打開策を講じる暇すらない。


 敗北が決定打とされた状況で、ようやく、()()()()()が作動できる。


 同時並行で行われた作戦はアナスタシアとマルタ、ヨークの三人が考案したもの。

 着眼点や論理構築自体にさしたる問題はなかった。

 王道で典型的(オーソドックス)

 基本に忠実な失脚劇だ。

 けれど、良い意味で面白みに欠ける。

 相手がボクのような性根の捻じ曲がった相手であれば、簡単に瓦解させられる。

 今回のように、証人を見つけ出させて暗殺したり、合法的な手段を用いて証拠を闇に葬り効力を抹消したり。

 首謀者はロナルド=リッチモンド。

 当の本人はステージに限りなく近しい場所で我らがアナスタシアによって足止めをされている。

 おや、マルタの様子がおかしい。

 あれは……緊張しているようだ。

 やはり経験値とは目に見えて差異を強調するようだ。

 話が逸れた。


「キミたちはそれぞれの役目を果たしたまえ。これからはボクたちの出番だ」


「信じていますよ、ロムルス殿。我らの命運は全て貴方にかかっているのですから」


「理解しているさ。信じてくれとは言わないけれど……任せてくれとは言おう。安心したまえ。ボクは仲間を見捨てる気はない」


「そうか…………なら、任せよう。ヨークを領主にしてくれ」


 まるで捨て台詞のように一方的に言葉を切ったゼータは足早に去り、ネリーアルスも会釈だけして人混みに消えた。

 先も言ったが、安心してほしいものだ。

 ヨークは既にアナスタシアにとって有用な存在になっている上に、彼女の人柄は皆にとって良い影響を与えている。

 今更、見捨てるはずもない。

 まあ、ヨークは仲間であるけど、彼女の味方であるキミたちは残念ながら仲間とは言えない。

 状況によっては、いいように使わせてもらおう。


「さて、アヤメ。どうだい? 想定通りかな?」


 第三者が見ていると、独りでに話し出した異常者に映ることだろう。

 しかし、実情は異なる。


 ──【月明かりの精霊(クリア・バウマン)


「(ロムルスさん……! 急に話しかけないでください……っ!)」


「それは……済まない」


 そこにいないはずなのに、いる。

 透明化の“魔法”をもって透明人間とかしたアヤメに怒られてしまった。

楽園(エデン)】にて修行を積んだアヤメは既に魔族の使用した“魔法”、その八割を使えるようになった。

 この世界に実在したであろう“魔族”を投影して、模倣するなんていう不器用な鍛錬で。

 とはいえ、これは致し方のないことだ。

 ボクが全てを教示してもよい。

運命識士(リード・スペクター)】ならばあらゆる時間軸から古今東西の“魔法”を知れるだろうから。

 けれど、それは良しとしない。そう、彼女が断言したのだ。


 独学で伝承の途絶えた技術をマスターする。

 途方もない時間と労力が必要とされる。

 そのはずだったのだが…………なんとも、アヤメは天才だったらしい。

 ほんの短期間の鍛錬で一つ使えれば超抜級とされる──『轟魔』エドアの手記より──上級魔法を存在する十三全てを使用できるようになった。

 直接的な攻撃能力を持たない“魔法”であるが、引き換えに間接的なデバフや世界そのものを下方修正する方向に長けている。

 一度披露してもらったが、正直に敵に回したくないと思えた。

 ヨークの【権能】による支援、テリアの“龍気”付与に匹敵するマイナスのオンパレード。

 簡潔に表すなら“白金”級冒険者を“銅”級冒険者と同等まで引き下げるときたものだ。

 ただ扱うだけではない。使いこなしているのだ。

 これで、未だ習得していない“魔法”があるというのだから…………まったく末恐ろしい。


「それで、アヤメ。経過はどんな感じだい?」


「(順調ですよ? ホロウさんの誘導と、アナスタシアさんの干渉は成功しました。今は記録中です)」


「いい感じだね。下手人は同一人物かい?」


「(【権能】で歪んでますけど………………同一人物で間違いないと思います)」


千を越する単眼(サイクロプス・レイ)】──視点を任意の場所に飛ばす“魔法”

 “三命の戦い”では諜報魔法の一つとして猛威を振るったとされる。

移ろいゆく景色(バッカス・バロン)】──情報を物体として構築する“魔法”。

 漆黒の球体として変化する情報は“魔力”を流すだけで再生が可能。

垣根を問わ(ノーティア・)ぬ記憶(トランスファー)】──他者の記憶を読み取ることのできる“魔法”。

 欠点としては相手の感情すらも読み込んでしまう点だろう。


 三つの魔法に加えて、【月明かりの精霊(クリア・バウマン)】も並行して発動しているアヤメ。

 魔法の並列処理は“三魔軍頭”ですら三つが限界であったという。

 かの『魔帝将軍』ラトリア=グラーリヒは十五の魔法を並行して使用したと言われるが、やもするとアヤメは彼を超越できるかもしれない。

 “魔法”を学んで数週間でこの境地。

 末恐ろしいことこの上ない。


「そうか……うん。次に動かそう」


「(では、“情報源”を渡しますね)」


 そういって、アヤメはボクの右手を取った。

 彼女の小さくも頼りがいのある右手と、血にまみれたボクの右手。

 不釣り合いではあるけれど、この瞬間ばかりは同じ目的を果たしている。

移ろいゆく景色(バッカス・バロン)】の真骨頂。


 暖かい“魔力”が流れたかと思えば、黒を煮詰めたような球体が生成される。

 言葉の通りの“情報源”。

 アヤメが得たヨークとラクノアの対話を記録した情報の塊だ。


「助かるよ、アヤメ。キミのおかげで起死回生の一手が打てる」


「(いえ……此方はまだまだです。もっと、沢山の情報を詰められればよかったんですけど…………)」


「いや、十分だよ。キミは自戒が強すぎる。時には自分を甘やかしたまえよ」


 返答はなかった。

 黙殺ではない。

 静かに瞠目して、ボクの言葉を吟味している。

 彼女の自己肯定感の低さは成長の過程で虐げられ、ただ絶望の日々を過ごすうちに実った腫瘍のようなものだ。

 そう簡単に己に飴を与えてやれることはない。

 とはいえ、アヤメもアナスタシアたちと過ごすうちに些かの変化は生じている。


 今は、待つしかない。


 彼女が心の底から己に「よく頑張った」と褒め称えられる日を。


「さあ、最後の仕掛けだね」


 透過しているアヤメの傍から離れ、ボクはステージへと進む。

 既に“情報源”は手に入った。

 ()()()()ことに観客は掃いて捨てる程うごめいている。

 ヨークは作戦通りにラクノアと対話を重ねた。

 無論、彼女の意向を尊重して互いに本音で語り合えるように介入もした。

 まあボクたちにとっても都合がよかったしね。


 アナスタシアの【悪因叛逆(マリス・リフレクター)】による遠隔精神介入によって、ラクノアは虚偽を無意識に避けるようになっている。

 良くも悪くも正直者にさせる【権能】は商人にとっては最強の武器になるだろう。

 とはいえ、アナスタシアは交渉のテーブルで【権能】を使おうとはしない。

 イレギュラーの力で手に入れたピースは、同じくイレギュラーによって砂塵の如く脆く崩れ去ると言って。

 理屈はわかる。

 けれど、その信条を貫くには相応の覚悟がいる。

 人間楽な道があれば皆縋りつきたくなるもの。

 それを屈強な意思で押しとどめているのだから、彼女の決意が如何に頑強なのかを物語っている。


 幸い決行まで時間が残っている。

 最後に一声かけて行こうかと歩を進めると、見るからに不安そうな表情を貼り付けたメイド服の女性を見かけた。

 無視してもいい。

 彼女の、いや、彼女たちの援護は確かに必要だが不可欠という訳もない。


 だが、確実性を担保するには捨て置けないな。


「やあ、エンリ。顔色が優れないようだけれど」


「……っ!? ろ、ロムルスさん…………!?」


 おっかなびっくりといった風に応仰な反応を見せてくれるエンリ。

 就任パーティーを取り仕切るディリンの指揮下で働く彼女は、今にも手に持った盆をひっくり返してしまいそうだ。

 因みに、ボクとホロウは昨日辞表を提出してある。

 無論、郵送で。

 抗議の視線を送るエンリの本心には、不義理に対する憤りも含んでいることだろう。


「あの……ロムルスさん。本当に実行するんですか?」


「するさ。キミたちの助力には感謝しているよ」


「それは…………私たちもラクノア様の横暴には耐えかねていますし。ブルース様の無念も晴らしたいので…………」


「ならば何が不満かな? キミたちの出番はボクの作戦が不発に終われば始まらない」


「そうですけど……」


 エンリを筆頭として、領主邸宅で働くメイドたちにはラクノアと彼女の手足となってブルース暗殺に手を貸したディリンを糾弾する役を頼んだ。

 生憎と、証拠はない。

 けれど、使用人という立場にある者が立ち上がることに意味がある。


 荒唐無稽な部外者の言葉に真実味を帯びさせることができるから。


「引き返すなら今のうちだけれど。どうする?」


「…………やります。やってやりますよ……っ!」


「うん。いい心意気だ。じゃあ、合図を待っていてね」


 多量の言葉はかけない。

 激励はしない。

 既に、エンリは後戻りできない場所にいる。

 ラクノアを蹴落とすことでブルースの仇討ちができると、そう信じこませたから。

 最悪の場合、彼女たちは職を追われる。

 最善の場合、メイドとして現状維持。

 ボクたちに手を貸すことには不利益の方が強い。

 けれど、甘言に惑わされたエンリに従うメイドたちに本質は見えていない。

 何とも悪辣であろうか。


「今に始まった訳でもない。開き直らせてもらおうかな」


 エンリと別れたボクの目指す場所は明白。

 数多の宝石や衣装で着飾った貴族たちの荒波をかき分けて、忙しなく働く給仕たちを避けて。

 商人の仮面を被ったアナスタシアを横目に見て。

 あちらではテリアがマルド・プール領の料理に舌鼓を打っている……作戦のこと忘れてるんじゃ?

 ま、まあ、彼女の役目は下手人が現れてからだから問題はないが。

 だとしても吞気なものだ。

 あ、アヤメが気付いた。どうして物欲しそうな顔をしているんだ?

 そんなに食べたいなら透明なのだからこっそり拝借すればいいのに。

 違う。キミは大事な役割があるだろう?


「本当に愉快な仲間じゃないか。皆がキミのために全力を尽くしている。恵まれたね、ヨーク」


 ほんの短い期間ではあったが、彼女と皆の交流は確かにあった。

 ヨークの善性が、人柄が、皆を前向きに変えたのだろう。

 作戦に従事するのみならず、その先にある誰かを慮れる皆を。


「ボクにはボクの仕事がある。表舞台に立つのはあまり好きじゃないけれど……今宵限りだね」


 烏合の衆を睥睨するのは存外、気分がいい。

 困惑に塗り固められた貴族の面々、止めようと焦る使用人たちは顔見知りのメイドによって抑えられている様子、雷に打たれたように急行する衛兵。

 喧噪に包まれていた会場は、まるで神の御前で御言葉を待つ信徒のようだ。

 これは為政者の感想だな。


 うんうんと頷くボクは、ステージに立ち合図を待つ。


 アヤメのゴーサインが出た瞬間が、常識を打ち破るために最後の一手を打つ時だ。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







 空気が変わった。

 職業柄、空間を支配する空気や雰囲気とやらに敏感な商人でなくともわかる。

 如実な変化。

 たった一人の男がステージに立つだけで、会場全体が当惑と期待に溢れる。

 叩かれたように駆けた使用人や衛兵はメイドたちの静止によって動きを止めた。

 それでも蛮行を止めようと動く正義の心を持った者はより強大な権力をもつ者に留められる。

 ボスラとレキシントン両家が「問題ない」と口をそろえてしまえば、否を唱えられる訳もない。

 本来ならば注意するべき者が口を噤んでしまったのだ。

 現状、彼を咎められる存在はいない。


「お集まりの皆々様。本日はマルド・プール領領主就任パーティーにご足労いただき誠にありがたく存じます」


 慇懃無礼な一礼は誰であろうと感謝を告げているとは思えない程に礼儀を欠いていた。

 人を喰ったような微笑みに、場違いな軍服、やんごとなき領主のみが存在を許されたステージに不遜にも土足で踏み入ったのだ。


「長々とボクの話をしてもつまらないだけだろう。わかる。わかるとも。あと数分で新しい領主が登場する。ヨーク=スヴァルグ=コンコートがね」


 にたりと頬まで裂けたような笑みを深める彼の発言に、あらゆる人間がどよめく。

 それもそのはず。

 一部の人間を除いて、ヨークは生死不明だと喧伝されていたのだから。

 突然舞台に上がった白髪の男が、生死すら不明瞭であった前代領主の娘の名を口にしたのだ。

 けれど、あくまでもただ驚愕の方が大きいだけ。


 趨勢は決まっている。


 ラクノアの地盤は確実で、今更横槍が入ろうとも次期当主の座は揺るがないだろうと。


「確証もない虚言は止めてもらおうかな」


 だからこそ、穴だらけの理論武装など簡単に剥せると、意気揚々と反発する者が現れる。


「おや、キミは」


「失礼、名乗りが必要だったようだね。ロナルド=リッチモンドだ」


 失笑がまばらに起こった。

 ついさっきまでわたくしの対面で散々勝ち誇ってくれたロナルドは、一歩ステージに近づき、ロムルスを睨め上げている。

 この場における勝者は自分だと示すように。


「目立ちたがりが災いしたようだな、反乱分子君。根拠のない戯言でラクノア様を批判するのは止めてくれないかな?」


「根拠のない戯言だって?」


「そうだろう? ヨーク様が存命なのは喜ぶべきことだ。だが、あの方の姿も形も見えない状態で、君の言葉に信用はあるのかね?」


 劣勢。

 喜び勇んで会場を支配した奇抜な男のショーはあっさりと幕が引かれた。

 ロナルドという領主に継ぐ権力をもつ者の手によって。

 ゲティア肝入りのリッチモンド家の当主である彼の実権は、ラクノアが領主になることでより一層力を増す。

 目に見えている結果だからだろう、他の貴族も同調するように壇上の男を嘲っている。


 それで、その程度で降りる彼ではないと、知らないから。


「いいだろう。キミが望むのであれば。確たる証拠というものを見せてあげようじゃないか」


 ああ、全てが作戦通りだ。

 一言一句、ロナルドの反抗も、貴族の罵声も。

 彼が晒した隙。敢えて悪罵の的となった理由──ロナルド一派に昵懇の貴族を炙りだすために。

 既に“龍気”によって会場全体を掌握したテリアが一人残らず記憶していることだろう。


「さあ、ここにあるはラヴェンナ商会の新商品! “霊力”を流すだけで情景を投影できる便利グッズ。例えば……このように、映像記録媒体を準備して~? ほんの少し“霊力”を流すと~?」


 無性に腹が立ってしまう。

 くねくねと意味のない動きをしながら、カチャカチャと白い物体を弄るロムルス。

 何をするのか興味津々な貴族たちは無意識のうちにステージへ近づいている。

 それが彼の計略とは知らずに。


「≪そうとも限らない。ラクノア。あなたの未来を教えて≫」


「≪簡単よ。こんな僻地はただの踏み台に過ぎない。私は皇帝の庇護下で、誰よりも高見に辿り着くの≫」


 反響する声はヨークとラクノアのもの。

 ついでのばかりに壁面に投影された景色には問答を繰り返す二人の姿があった。


 最初に見せられた時はわたくしも腰を抜かしたものだ。


 彼の発明品、レーゾーコやソージキとかいう生活用品のようなものかと思っていれば。

 アヤメの魔法と組み合わせれば如何なる密談も、暗躍も白日の下に晒されよう。

 偽造の痕跡はない。【権能】で偽装した様子もない。

 後ろ暗い手段ではなく、限りなく反則に近しい正道で。

 たった一手で、彼は証拠を提示して見せた。


「これは霊力式プロジェクターという代物さ。ラヴェンナ商会で製造中の試作機なのだけれど……何分、()()()()()で量産には程遠くてね。この中に、一枚噛んでみたい人はいるかな?」


 …………ついでとばかりに営業を始めた。

 立つ瀬がない。ほんとに。商会代表はわたくしなのに。途轍もないインパクトを与えると同時に開発資金を捻出させる後ろ盾を得るプレゼンテーションを目の前で繰り広げられてしまった。


「アナスタシアさん……気に病む必要はないと思うよ」


「ええ、そうよね…………」


 疲れた表情で恨み節を口にするマルタの気持ちには激しく同意できる。


「ロナルド=リッチモンドだったかな? 忠告感謝するよ。おかげで補強できた」


 なにが「忠告感謝するよ」だ。

 彼の反抗を作戦の基盤にしていただろう。

 何度だって言おう、幾度だって痛感しよう、【運命識士(リード・スペクター)】は破格の【権能】だ。

 わたくしの【悪因叛逆(マリス・リフレクター)】だって第二段階まで昇華させて、ようやく一端の【権能】使いになれたと思っていた。

 けれど、まだ彼の足元にも及ばないことをまざまざと見せつけられる。

 数多の肢に分かれる“未来”を限定させるだけで、ありとあらゆる事象の結果を逆算できる。

 そして、何より。

 届かないと、追いつけないと、わたくしに思わせるのは。


 オリバー=ロムルスの知略、才覚、人智を逸した“未来視”。


 一流のシェフが使う材料だけを提供されても、同じ料理を作れないのと同じで。

 一流の大工の使う図面や資材を用意されても、同じ創造物を設えられないのと同じで。

 ロムルスの視る景色を共有されたところで、わたくしには同じ結果を導き得ない。


 二つの作戦を囮として、ラクノアとロナルドを先入観に溺れさせる。

「これ以上の対抗策は用意していない」と思わせた。

 アウグリュニーでの作戦会議で彼は今の絵図を描いていたことだろう。

 油断させたロナルドたちに墓穴を掘らせるために。

 ロムルスは決着を領主就任パーティーでつけると早々に決め、わたくしたちの作戦を切り捨てた。

 …………違うな。

 わたくしたちが、彼の予測を上回れなかったんだ。

 相手が自分たちの一枚も二枚も上手であると、そうやって向かい合うべきだと。

 わたくしは知っていたはずなのに。

 手痛いしっぺ返しを喰らっただろう? コルバリウスに見透かされただろう? だから、一層の覚悟をもって臨んだはずだろう?

 蓋を開けてみればどうだ。

 また、わたくしはロムルスに救済の手を差し伸べられた。

 何度目の失敗だ。何回同じような敗走を繰り返したら学ぶんだ。


 わたくしは一つの盤しか見えていない。

 狭く、小さな舞台で限られた駒しか打っていない。


 けれど、ロムルスは数え切れない土俵で、同時に高難度の手番をこなしている。


 正直に、同時並行の作戦というだけでわたくしの許容範囲(キャパシティー)を超えていた。


 ダットンを殺させることでわたくしたちの存在を露呈させて、束の間の安堵とありったけの慢心を与えて、事後処理と予防策の協力者(メイドたち)まで得た。

 カンザス家を巡る一連の政策を敢えて見過ごすことでロナルドに過小評価させ、目論見が酷い浅瀬の急ごしらえだと思わせる。おかげで、チェックメイトをかけるための真の作戦への警戒心を大幅に下げる。

 ヨークの存在が、彼女が実在するだけで武器になると誰よりも早くに看破していた。

 レキシントンとボスラ両家の次期当主が、ヨークを幼馴染であると知った彼は効果的に引き合わせた。

 ラクノアの急所となり、目障りな人物であるとわかっていたから、意気軒昂に自白させるために単身送り込んだ。

 最後の最後まで逆転の一手となる新技術を隠蔽して。


 お手上げだ。


 もはやロナルドたちが哀れに思える。


 どれだけ次善策を潰したところで関係ない。

 たった一つで盤面をひっくり返せるだけの最善策を影も形も悟らせず隠匿しきっているのだから。

 滑稽に踊らされていい気になっていた鼻っ柱をものの見事に粉砕される。

 味方でよかったと思う反面、否応なしに突き付けられる己の至らなさを惨めに思わされる。


「…………遠いわね」


「……、うん。少しでも近づけたって。ほんと、馬鹿らしくなっちゃうね」


 自嘲するように笑い飛ばすマルタ。

 その気持ちには激しく同調できる。

 嗤うしかない。自分の力不足を。

 嘲るしかない。自立できたと勘違いした己を。


「今度こそは……次こそ、力は借りない。同じ轍は踏まない」


「…………折れちゃわない?」


「ええ。絶賛挫折中よ」


 今にもヤケ酒して、暴飲暴食して何もかも忘れて眠りこけたい。

 けれど、それは許されていない。


「でも、進むの?」


「当然じゃない。わたくしは彼の操り人形でいてやれるほど、優しくないのよ」


「やっぱり凄いなぁ……ねえ、その茨の道…………同行してもいいかな?」


「ええ、勿論よ。貴女がいると心強いわ」


 憑き物が落ちたようにさっぱりとした表情で微笑むマルタ。

 きっと、わたくしも同じような色を浮かべていることだろう。

 奮起するには折れすぎた。

 再起するには傷つきすぎた。

 だから、仲間がいる。

 志を同じくする友がいる。


「自戒しましょう。これからの光景を。譲られた勝利を、焼き付けましょう」


 矢庭に騒がしくなる会場。

 ガコンと重苦しい音が響いたかと思うと、軽々しくステップを踏んでラクノアが現れる。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべていた彼女であったが、迎える貴族たちの様子から異変に気が付いたようだ。

 ステージの近距離で待ち構えていた貴族、苦々しい表情で俯くロナルド、壇上でにたにたと口角を上げる白髪の男。


「さあ、ここで登場するは次期領主ラクノアーコンコート。前代領主ブルース=コンコート暗殺容疑及び、領庫横領罪の嫌疑がかかった──大罪人だ」


 まるで、観念したように。

 魂が抜けきったでくの坊のように。

 情熱から、夢から、大望から醒めた人間の代わり様を初めて見た。

 自然に肩が下がり、諦観を隠しきれていない。


「裁定は追々するとしよう。言い逃れはできないからね」


 誰が諭した訳でもなく。

 誰が注意した訳もでもなく。

 ラクノアはそっと壇上から降りた。


「改めて、マルド・プール領の新たなる領主。ヨーク=スヴァルグ=コンコートの登場だ」


 割れんばかりの拍手。

 ありあまる喝采。

 下劣な手段で成り上がった偽りの領主ではなく、劣勢に追われても舞い戻った勝利の領主を。

 その背後で交差した見えざる攻防など露知らず。


 まるで暖かな陽光が差し込む様子を体現したかのような、柔らかな美しさを誇るヨークが現れて。


 勝者と敗者を明瞭に分けた戦いは、静かに幕を下ろした。

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