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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第三部【南の慈愛】
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58. リユニオン

 赤レンガによって建築された風情のある外装の屋敷。

 二階建てとはいえ、横に広い空間なために正面から見ると威圧感を覚える。

 頑固さを思わせる外観からも予測できるように、室内もまた広大だ。


 特に、客人を出迎えるために使用される応接間など最たる例だ。

 ファルガー特産の毛皮で作られた絨毯、一目で高級品だと分かる革張りのソファ、傷一つないローテーブル。

 壁に飾られた絵には作成者の芸術家としての魂が見受けられる。

 真夜中であるにも関わらず、室内を支配する明るさは訪問者を不快にさせない工夫の一つ。

 効率的な場所に燭台を配置し、余すことなく光を届けている。


 しかし、有数の権力者が繰り返し訪問するだろう一室は、今や影も形もない。


「久しいな。調子はどうだ?」


「順調かなぁ~。ホロウちゃんはどぉ~う?」


「それらしい尻尾は掴んだ。あとは、あいつに聞くといい」


「へぇ~。ロムルスくんも真面目に頑張るんだねぇ~」


「心外な評価じゃないか、テリア。ボクも全霊で尽力してきただろう」


「どうだろうねぇ~」


「貴様はペテンばかりを使う。気づいた時には訳も分からぬままに収束していて気味が悪い」


「ど、どうかん、です…………」


「アヤメもボクを見捨てるのかい? うぅ……心がいたいな」


「あ……! ごめ、ごめんなさい!」


「よせアヤメ。これを喜ばせるだけだぞ」


「そ。黙殺がいちばんよぉ」


 談笑の皮を被った批判が飛び交っていると思えば。


「そう。そちらは上手くいったのね」


「でも、わたしたちも負けてないと思うよ? 明日は詳細を詰めにいくんだから」


「それって……もしかして?」


「聞いて驚いてね、ヨーク。なんと、アナスタシアさんが商談を成功させたんだっ!」


「……っ! すごい……!」


「こんなこと序の口よ。それに、勝負は明日の会談なのだから、ぬか喜びは禁物。まだ気は抜けないわ」


「んふふ……アナスタシアさん、照れてる?」


「顔まっか。かわいい」


「……、! なにかしら、何を考えているのかしら……!?」


 リンゴのように深紅に染まった頬を隠す美女をからかう姿があったり。


 お屋敷のリビングに相当する一室で繰り広げられている光景は、頭を捻るには十分すぎる。

 つい()()()に突然連れてこられたかと思えば、事情も知らないままに騒がしい部屋に通されたのだから。


「ねえ、ラミ。ここって、マルド・プール領……だよね?」


「たぶんな。目的も手段も、なにもわかんねえけどな」


 こしょこしょと耳元で囁かれると思わず距離を取ってしまいそうになる。

 ふわっと彼女(カレン)から香る匂いはあたしも使ってるシャンプーのはずだが、どうしてかずっといい香りに感じる。

 加えて、ほんの少し身を寄せているだけにも関わらず、胸が高鳴ってしまう。

 普段のメイド服ではなく、膝丈の水色のワンピースに、黒い長髪をサイドにまとめた格好とまったく違う印象を抱く。

 だからだろうか、どうしても……変な意識が向いてしまう。


 そんな自分を誤魔化すように、ただ一言「確認してくる」といって強引に離れる。


 目指すは膝をついて肩を震わせている彼の元。


「あの、ロムルスさん。これって……何が?」


「ああ。済まない。詳しく説明していなかったね」


 おいおいと泣いていたロムルスさんは赤く腫れた目元を抑えて……いや、大して赤くもなければ泣いてすらいない。

 本当にホロウさんたちと戯れるためだけに道化を演じているのか。

 けど、騙されていたことが分かったのだろう、抗議をするようにぷくりと頬を膨らませるアヤメさんはとても可愛い。

 あの表情をみるためなら、多少手段を厭わない気持ちも…………ほんのちょっぴり理解できる。


「二人はボクの【権能】を覚えているかい?」


「はいっ! 金色の本ですよね?」


「あ、あと金色のはこ……」


「正解。花丸をあげよう」


「ちょっ……!? そんな子どもじゃ、ねえ…………!」


 唐突にロムルスさんがあたしたちの頭上へ手をかざした。

 優しさに満ちた感触で、わしゃわしゃと頭を撫でられると途端に気恥ずかしく感じる。

 カレンは満更でもなさそうに堪能しているが。


「さて、【権能】の話だね。まあ、そんなに難しくはない。【楽園(エデン)】を利用した超長距離簡易移動さ」


 あたしとカレンはここ──マルド・プール領リヴァチェスター大使館へ三秒少しで到着した。

 その方法こそ、ロムルスさんが悪びれることなく開示した【権能】によるものだ。

 金色の箱、毎晩アヤメさんがこの世の終わりのような表情で足を運ぶあれ。

 最近だと、何を思ってるのか全然判断できないヨークさんも参加しているけど、金色の壁を前にした時の感情はとても分かり易い。

 純粋な恐怖。

 詳しく聞くと、生命の尊厳を片っ端から唾棄した忌み嫌われる性能をしていたのだから当然の反応だ。

 さしものロムルスさん至上主義者たるカレンも唯々諾々と従わず、たじろいだ程だ。


 そんな禁忌領域(ホラーボックス)に包まれたらと思ったら。

 眼を開けると、この部屋に辿り着いていたのだ。


 疑問も、疑念も、疑惑も生まれるってものだ。


「手段は分かりました。けど、どうしてあたしたちを呼んだんだ?」


「ずっと二人で留守番なんて寂しいでしょう?」


 あたしの質問に答えてくれたのは、アナスタシアさんだった。

 純白のドレスに、スリットの間から垣間見える美脚を惜しみなく晒し、陶器のように美しく細く白い腕を伸ばして。

 あたしとカレンの手をとった。


「突然すぎるけど、休暇だと思ってくれればいい。毎日頑張る二人への報酬だ」


「で、でも……!」


「異論も反論も受け付けないわ。わたくしが構わないといったのよ。大人しく受け入れなさい」


 なんて傲然とした宣言だろうか。

 ロムルスさんもほとほと強情で強引な人だけど、アナスタシアさんは比にならない。

 世界広しといえど、使用人へ、一介のメイド風情へこんなにも高圧的に休みを言い渡す主人はいない。


 だから、あたしにはつくづく理解できない。


 どうして、アナスタシアさんは。彼女は代表の座を追われたのか。

 稀代の戦略家であり根っからの商人だけど、合理に囚われず情愛を忘れない。

 万人を魅了するカリスマ性を誇りながら、決して驕慢放縦には振舞わない。

 この人のためなら命を賭すことができると心の底から思わせてくれる。

 あたしにはアナスタシアさん以上の理想的な上司という人を知らない。


 きっと、あたしじゃ何の力にもなれない。


 ホロウさんみたいな圧倒的な力も、テリアさんみたいな底なしの闊達さもない。

 ただ炊事や家事ができるだけのメイド見習いだ。

 けど、もし。

 何か助力ができるのであれば。


 その時は、あらん限りの力で手助けしようと。

 人知れず、あたしは決意した。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐








 八人分の視線を一挙に引き受けると、双肩にのしかかるプレッシャーの重さを身に染みて理解できる。

 皆一様にわたくしの言葉を待っている。

 真夜中の跫音が近づく中、みんなはわたくしの決断に期待している。


「今日は時間をくれてありがとう。早速だけれど、始めたいと思うわ」


 反響するわたくしの声は常と変わらず平坦だ。

 マルド・プール領における活動は、予想に反して刹那的に大詰めを迎えていると言える。

 物事が円滑に進めば進むほど、見過ごしてしまう軋轢は拡大してしまう。

 なまじ大規模な計画を同時並行で起こしていると、その差異は不可逆的な致命打に変貌する。


 大惨事を避けるための防衛策は可能な限り張り巡らせておくべきだ。


「“カインの傲慢を暴け”作戦と“アテナイの暗黒を白日の下にさらせ”作戦は想定の三倍速く完成を見出したわ」


 カレンとラミの二人を誘うに際して、ついでとばかりに馴染みの黒板も持ち出しておいた。

 前提条件や勝利条件、必要過程までびっしりと書き出した情報があると説明もしやすい。


「まずは情報共有といきましょう。そうね、ホロウ。話してくれるかしら?」


「ああ。領主邸宅へ潜入した結果だが……容疑者を見つけだすことには成功した。だが──」


 言葉を濁すためか、ホロウは一度口を閉ざした。

 彼女の懸念はヨークだろう。

 誰に対しても刺々しい物言いが目立つホロウだが、その実、とても思いやりがあって人一倍優しい子だ。

 強気な態度は相手のためを思って無理に語気を強めているだけ。

 不器用で、けれど慈愛に満ちた健気な気質だ。


「──その者は死んだ。いや、殺された」


「口封じってことぉ?」


「ああ、そうだろうな。ついでにこちらの情報もある程度渡ったと思っていい。協力者を得られなければ大失態だ」


「協力者? 領主邸宅の?」


「エンリとかいったか。偽善者の皮を被った傍観者だ」


 苦虫を嚙み潰したような表情で悔悟を口にするホロウ。

 ギュッと握り締めた小さな拳が物語るのは、任務に対する負い目。

 完璧主義のきらいがある彼女のことだ。容疑者を生かして、協力者も得て、刺客すら制圧して情報を引き出す程度こなさなくてはならないと自戒しているのかもしれない。

 だが、それは余りにも酷というもの。

 一人でどうにかできる範疇を超えている。


 幾ら彼女が優秀であろうと腕は二本しかないし、身体は一つだけだ。


「認めたくはないが、作戦自体は破綻した。ラクノアを罪に問う材料が消えたんだ。身動きを取ろうにも露骨に警戒されている」


「けれど、撤退するには早いわ。ホロウ、もう少し時機を待ってくれないかしら」


「それはアナスタシアたちの作戦次第という訳か」


「ええ、その通りよ。明日、確実に盟約を結べるか決まる」


 リッチモンド家の反応は好感触だった。

 少なくとも、門前払いはされていない。

 領主選出の時期であるため多少警戒はされるだろうが、それでも琴線を刺激する利益があれば別だ。

 誰であろうと垂涎の代物があれば判断力も眩む。

 所詮はマルド・プール領の有力貴族止まりであり、停滞を望まない野心家にとってわたくしの吊るした餌に飛びつかないはずもない。


「全ては明日の決定次第。これでいいかしら、ロムルス」


 わたくしは作戦会議中だというのに、何やらカレンと談笑していたロムルスへと言葉をかける。

 悪戯半分、苛立ち半分。

 真面目にやれとは言わないけれど、まともにはやってほしい。


 結論は下された。

 潜入組の行動は、外堀を埋めるわたくしたちの行動如何で左右される。

 ホロウが目を光らせているうちは問題ないだろうが、それでも突飛な手を打たれても困る。

 まさか彼が背任行為に奔るとは思えないけれど、釘をさす意味もある。


「うん、小馬鹿にしたような作戦名を除けば問題はないよ」


「…………おい、貴様が名付けたんだろうが」


「え、そうだったかい?」


 そうだ。

 貴方が場の空気を和ませようとして失敗した結果、わたくしがやけくそにつけた名前だ。

 自分でもおかしいってわかってるじゃないか。

 なのにどうして口走ったのか、甚だ疑問でしかない。彼は脊椎反射で生きているのかとすら思ってしまう。


「……………………こい」


「断る」


「さっさとこい。その捻じ曲がった性根を叩きなおしてやる」


「断る」


 …………一時でも彼に畏敬の念を抱いていた自分がバカみたいだ。

 沸々と苛立ちを募らせるホロウを見ていると、こちらにまで伝播する気がする。

 間抜けな顔で突拍子もない発言を繰り出すのが彼の長所であり、多大なる短所だ。

 いつも、途轍もない重大事項を、まるで夕食の内容を問うようにサラッと問答する。


「ああ、それと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」


 そう、こんな風に。

 貴族位がなくなれば、貴族として行った全ての所業が無に帰すことになる。

 だから、納税義務を果たさないからと処罰をしたくとも、既に貴族でないカンザス家を糾弾することはできない。

 無視できない大切なことを…………ことを…………ことを?


「ろむ、ロむルス…………? いま、何と?」


「リッチモンドの差し金だね。脱税を見逃す代わりにリッチモンドへ賄賂を送っていた。そして、ラクノアもまたそれを看過する代わりに相応の報酬を受け取っていた」


「ロムルスくん、ちょっとよくわかんないなぁ?」


「なに、難しい話じゃない。アナスタシアとマルタの行動と、ボクたちの秘密工作が露見したからね。身辺整理でもしたのだろう。処分できるものは片っ端から。カンザス家の処遇もうちの一つだろう」


 何を当然のように言っているんだ? だって、それだと──


「ああ、そうだね。汚職の証拠は須らく闇に葬られた。証人もいない上に、露骨に警戒されては無暗に勘繰りもいれられない」


 誰も、一言たりとも発しなかった。

 作戦をわたくしに一任してくれているホロウたちも、事の深刻さに開いた口が塞がっていない。

 ほんの概要しか聞いていなかったカレンとラミすら、作戦失敗の衝撃に身を固めている。


「蛇足だけれど、ラクノアがしびれを切らしたらしい。領主選定のパーティーが早まった」


 もう聞きたくないと、みんなの顔に書いてある。

 渋面を作るホロウ、笑みの消えたテリア。

 わたわたと焦るアヤメに、普段の余裕が消え去ったマルタ。

 きっとわたくしも酷い表情をしていたことだろう。


 正直、もう十分な情報量だけど、聞かざるを得ない。


「そ、それは……いつかしら……?」


「二日後」


 絶句どころの騒ぎじゃない。

 タイムリミットはすぐそこまで迫っている。

 けれど、わたくしたちの弄した策は悉く失敗に終わって。

 チェックメイトをかけられた盤面は壊滅的。

 如何なる奇策を用いようとも、覆すことのできない現実ばかりが横たわっている。


 ただ、一人。

 まるで喜劇を鑑賞するかの如く無邪気に微笑を浮かべているロムルスを除いて。


 誰もが、諦めかけていた。


「これで、()()()()が始められる」


 彼の言葉が無機質な鈍器となって襲い来る。

 わたくしと、ロムルスの。視界に映っている世界は、一体何が違うというのだろうか。

【権能】の有無は大した理由にはならない。

 彼の【運命識士(リード・スペクター)】はあくまでも“未来”を記載し、“可能性”を提示するだけに過ぎない。

 ただ情報を閲覧できるだけで、それを基盤として筋道をたてるのは彼だ。


 いま、ロムルスは情報を伝えただけ。

運命識士(リード・スペクター)】によって手にしたであろう情報を、開示したにとどまっている。

 八方塞がりの絶望的な状況であると突き付けられて、それでも、彼は折れないばかりか遥か果てを見据えているときた。

 わたくしには打開策は見いだせない。

 きっと明示していない情報だってあるのだろう。

 きっと、彼にしか視えていない景色があるのだろう。


 思い返してみれば、ずっとそうだった。

 ラインを説得したのも、マルタを助け出す作戦を打ち出したのも。

 ロムルスは一手二手なんて足元は眼中にない。五手も十手も、途方もない布石と策謀を思索している。

 だから、動じない。

 だから、狼狽など欠片も見せない。


 ほんの半歩先に見えた彼の背中は。


 手を伸ばせば届く距離に座るロムルスが。


 とても、遠くに感じた。

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