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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第三部【南の慈愛】
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56. 余暇、つかの間の休日

 温暖なそよ風が気持ちいい。

 風に攫われて漂う空腹を刺激する香りには思わずピクピクと耳が反応してしまう。

 商店街からは距離のある高台から眺める景色は、今まで一度も見たことのない絶景だった。

 太陽を反射して輝く青や、整頓された市街地の姿。

 安らぎというものがあるのなら、きっと今のような感覚なのだろう。


 考えることが山積みで、右往左往していたのが嘘みたいだ。


「…………でも、何したらいいかわからないなぁ」


 つい先日の会合。

 アナスタシアさんとマルタさんが頑張って、ロナルドさんからは快諾の返事をもらった。

 改めて、詳しい話を聞きたいと二日後に会う約束だけしてあの日は終わった。

 ぽこんと空白になった一日を、此方は何をして過ごせばいいのか分からない。


 アナスタシアさんとマルタさんの二人は作戦会議を継続するといって、テリアさんは懐かしい気配がするからといってふらりとどこかへ行ってしまった。


 一人ぽつりと残された此方は行く当てもなく、然したる目的も持たずにふらふらと彷徨って。

 やっぱり慣れない喧噪から逃げるようにこの高台まで落ち延びてきた。

 花壇を仕切る柵から身を乗り出すと、坂道に小ぶりな家々が点在している光景が目に入る。

 冒険者として様々なところへ赴いてきたけど、どこまで行ってもリヴァチェスターからは出なかった。

 だから、ファルガー領とマルド・プール領と続いて風土の異なる土地に踏み入れるのは変な心地だ。


 特にマルド・プール領はとっても穏やかで、吹き付ける風も冷たくなくていい。

 どこまでも澄み渡る青空は曇天に隠れていたエディンの空とは大違いで。

 カンッカンッと規則正しく響き渡る槌のオトのない代わりに、潮の満ち引きが奏でる自然の波音が安らぎを与えてくれる。


「……一人になるのは久しぶり、だな」


 冒険者だった頃からは考えられない独り言だ。

 此方の周りは敵だらけ。

 そんな常識が崩されて、いつだって隣には頼れる人がいてくれた。

 時には不愛想だけど実はとっても可愛らしくて優しい人だったり、時にはふんわりと此方の全部を包んでくれるみたいな人だったり。

 胸を張って此方の仲間だと言える人たちだけど。


 リヴァチェスターの一件が終わってから、ロムルスさんとは滅多に話さなかった。

 彼は誰かと一緒にいる印象が強いけど、誰といるのかまで鮮明にイメージできない。

 例えば、アナスタシアさんなら、マルタさんとお話してる。

 テリアさんは、ホロウさんと此方といっしょにいる。

 でも、ロムルスさんは。


「此方に、何かできることが…………あったら」


 独白は熱した鉄板に滴る雫のように、溶けて消えた。

 どれだけ考えても、此方の頭じゃあ何もできないし、そもそも…………ロムルスさんが何を望んでいるのか分からない。

 こういう時は、一度頭を空っぽにするのが一番だ。

 怖くても、痛くても、泣きそうでも、死にたくなっても。

 何時であれ、世界に耳を傾けると悩んでいるのが馬鹿らしくなる。


 カチャカチャと食器のぶつかるオト。

 不規則に地を踏みしめるローファーのオト。

 じゃれる小動物の無邪気なオト。

 必死に値切りを乞うオト。

 光の届かない水底で無心に泳ぐ魚のオト。

 ぶっ殺してやるなんて物騒に叫ぶオト。

 木々がざわめき会話をしているようなオト。

 小鳥が羽ばたき抜けた羽が降り立つオト。

 拳が肉にめり込むオト。

 夕飯が何かと期待を込めて問い質すオト。

 ワインボトルのコルクを景気よく開けるオト。

 ジャラジャラと金貨を数えるオト。

 剣と剣がぶつかり合う乱闘のオト。


 ……? けんか?


「…………もしかして、女のひと?」


 声色と、とっても恐ろしい言葉を叫んでいたから勘違いしたけど、()()()()は女の人のオトだ。

 ちょっと遠いけど、市街地ほどじゃない。

 入り組んだ裏路地の三叉路で……女の人が五人の男の人に囲まれてる。


「助けなきゃ…………!」


 グッと踏ん張って、目の前の柵を。段々畑のように建物が眺められるベンチから。


 思いっきり、飛び降りる。


 バサバサと重力に従って落ちていく浮遊感と共に、地面が視界一杯に迫りくる。

 帽子が飛ばされないように左手で押さえながら、右手に握った杖を振りかざす。


 何度だって練習した。

 何度だって夢想した。

 何度だって失敗した。


 けれど、最後には。


 必ず成功した。


「【愚鈍なる鈍(スチューピッド)】」


 ガクンッ! と、加速が止まる。

 目と鼻の先には砂地の地面で、ゆっくり右腕を着いて立ち上がる。


「もうちょっと考えてからがいいかな…………」


 怖かった。

 ほんとに怖かった。

 不発だったら、想像通りに機能しなかったら、作用がまともに変化しなかったら。

 ぐるぐると嫌な想像ばかりが巡っていたけど。

 此方は無事だ。


「えと……こっちっ!」


 駆け足でオトを頼りに曲がりくねった路地を進むと、徐々に鉄と血の臭いが強くなる。

 女の人は強いのか、既に三人が倒れている。

 けど、さっきから同じ場所に留まって動いていない。

 怪我をしたようなオトは聴こえない……なら、【権能】だ。

 もしかしたら、女の人は触っちゃいけない人たちと関わっているのかもしれない。


 ホロウさんから聞いたことがある。

【権能】を使いこなしている破落戸は冒険者や傭兵が落ちぶれた連中だと。

 往々にして、闇組織の支援を受けている可能性があると。


 どうしよう。

 今はフードじゃないから顔が割れてしまう。

 けど、彼女を放ってもおけない。

 衛兵さんも遠すぎる。


 仕方ない。勝手に名前を借りるみたいで申し訳ないけど……背に腹は代えられない。

 きっと、ロムルスさんならそう言って、自信満々に微笑むんだ。

 此方にはまねっこできないけど、ほんの欠片だけなら。


 虚勢とはったりだけなら。


 今までもやってきたんだ。





 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐






 下手打った。

 ほんの少しだけ尾行するつもりだったんだ。

 右手首に(こんちゅう)の刺青を入れた連中──西側領土、特にマルド・プール領を拠点にする──大奴隷売買組織の構成員の証を見かけてしまったら無視できない。

 オレたちは奴らの拠点を叩くためにマルド・プール領まで足を運んだのだから。


 だけど、まさか嗅覚を強化する【権能】持ちがいるとは思わなかった。

 まんまと人気のないところまで誘い込まれて逆襲されるなんて。

 辛うじて奇襲だけは避けられたが、劣勢に変わりはなく。

 オレの気配を感知した奴と、調子に乗って間合いに入ってきた奴、そして、状況についていけなくて棒立ちだった奴。

 奇襲に対応したという不意打ちで三人までは仕留められた。


 問題は、そこからだった。


 石か物体を操作する【権能】持ち。

 下卑た笑みを浮かべて舌なめずりをしているあのくそ野郎。

 かんっぜんに油断していた。

 どれだけ力を込めて足を動かそうにも、膨れ上がった石ががっしりとオレの両足を覆って壊れない。

配界動観力(エグザリィ・ネメシス)】を使ってもびくともしないということは、あいつに“霊力”で負けているのか。

 オレの剣の間合いには入らず、どう甚振ろうか敢えて口に出して手をこまねいている風を装って。

 まったく最悪な奴に負けた。

 オレにできるのは最後の抵抗だけ。

 残る二人が接近するのに合わせて【配界動観力(エグザリィ・ネメシス)】を使って吹き飛ばす。


 だが、オレは今まで一度も【配界動観力(エグザリィ・ネメシス)】で人を動かしたことがない。

 強力な念動力であることは確かだが、無機物にしか働かない。

 てっきり、ずっと生物には通じないと思い込んでいたが…………()()()が【権能】を一段階上へとのし上げていた。

 だから、オレにできない訳がない。

 この土壇場で覚醒するなんて奇跡に縋るなんて、惨め過ぎるけどな。


「おい、女。聞いてやがるのか?」


「あァ? なんだって?」


「どこの差し金だ? てめえみたいな刺客を送るんだ。よっぽど名の知れた奴らなんだろうな」


 こいつの世界は狭いな。

 オレ程度で強者判定かよ。

 神様が逆立ちしても勝てるか分からない怪物もこの世界にはいる。


 言ってしまえば、こいつらは小物だ。


 まあ、そんな連中に嵌められたオレはもっと小せぇけどな。


「はッ。知ったことかよ」


「威勢がいいな。てめえには剣を振り回すしかねえが……それも、もうできなくなる」


「……ッ! くそッ」


 こいつは石を動かす。

 物体ならば剣そのものを操作した方が早いからな。

 わざわざ背後の石壁を利用して剣を叩き落とす必要はない。

 それにしても、厄介だぞ。

 こんな木端に情報をくれてやる気はないが、ある程度巨大な組織には強制的に情報を抜き取る【権能】か、自白させる【権能】持ちが常駐している。


 どうにか救援を呼びたいが、誰にも知らせずに出てきたせいでそれも叶わない。


「いい顔してんだ。絞った後は、商品として売ってやるよ」


 言ってろ。

 抵抗手段はまだ残ってるんだ。

 あと一歩、あと半歩。

 心臓の鼓動がうるさい。生死の瀬戸際。ここで失敗すればオレに逆転の芽はない。


【権能】を使おうと“霊力”を循環させようとした刹那だった。


「そ……そこで、何をしている……っ?」


「……ッ! 新手かッ!」


 静寂に支配された裏路地に響き渡ったソプラノの声色。


 そこには、確かに誰かいる。

 真っ白な外套を羽織り、胸にはサラシ、すらりと伸びた健康的な脚を惜しみなく見せて。

 不気味にも思える笑顔を貼り付けた白い仮面を被った少女が。

 その姿にはどこか見覚えがあって、けれども同一人物とは到底思い難い。


「こな……わたしは、ま……まほ…………魔法少女、ダークプリズムだ……っ!」


「……な、んだ。お前。ふざけてるのか?」


「ゃ、ふざけては…………ないです…………」


 当惑した男の返答を受けて、尻すぼみになる仮称ダークプリズム。

 オレは知っている。

 魔法少女ダークプリズムを。

 ほんの数日の間共同戦線を張った人でなしの作り上げた虚構の救世主。

 記憶が正しければ、ホロウとか言った生意気なクソガキが変装していたはずだが。

 嫌々ながらもダークプリズムを演じていた奴とは違って、目の前のダークプリズムはおどおどと臆病な内面が隠しきれていない。

 …………というか、脚震えてるな。

 若干涙声だったし、余程怖いんだな。


「もういい。お前、始末しとけ。俺はこっちのメスを攫う。後で落ち合おう」


「チッ……」


 どうする? オレは動けないし、ダークプリズムの偽物は戦力になりそうもない。

 司令塔の男は【権能】のみならず剣術もできるはずだ。

 腰に佩いた剣と立ち居振る舞いで分かる。

 及び腰のダークプリズムにどうこうできる相手じゃない。


 くそッ、どうすればいい。

 脚ごと【権能】で石を壊すか? いや、二の太刀が間に合わない。

【権能】で吹き飛ばそうにも、既にもう一人は間合いを外れたダークプリズムへ向かっている。


「叫ぶなよ? 俺は苦痛よりも快楽に泣くほうが……ぃん?」


 倒れた。

 脈絡なく、白目を剥いて。


「へ?」


 まってくれ。

 何が起こった? まだ【権能】は使っていないし、そもそもオレの【権能】じゃあ気絶はさせられない。

 こんな摩訶不思議なこと、一体誰が──


「よ、よかったぁ。成功したみたいですね」


 鈴の音がころころと転がるような声と共に、しゃりんしゃりんと本物の鈴が鳴る音が反響する。

 ぐにゃりと溶けるように消え失せた拘束は男の【権能】が解除されたことを示している。

 この空間にはオレと、ダークプリズムの偽物だけ。

 オレが何もできないとすれば。


 こいつを殺ったのは。


「あ、あぁ……っ! 怪我してるじゃないですか…………!」


 鈴の音と共に駆け寄ってきたのは少女だ。

 臙脂色のベレー帽に、二枚の白い布を側面から赤い縄紐でくっつけただけの──やけに特徴的な装束に、スリットの入った真っ赤なロングスカートを着て、鈴の付いた下駄を履いている。

 右手には背丈ほどもある杖を持ち、出で立ちから全てが別格だと物語ってくれる。


 けれど、今にも泣きそうな表情だけが彼女の素性を訴えているようで。


「もう……何がなんだか。わっかんねえよ…………」


 オレの心からの呟きは、誰にも聞き咎められることなく。


 人っ子一人いない路地にじわりと溶けて消えていった。






 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







 小さな公園。円形花壇に囲まれた芝生に、ベンチが点在しているだけのありふれた庭園だ。

 腰を下ろせる場所を探していると、すれ違った猫にこの場所を教えてもらった。

 道中、露店でホットココアを二人分購入して、此方は金髪の女の人の応急処置を始めた。

 手当といってもかすり傷とか切り傷を治療するだけだけど。


 女の人は最初の方こそぶつくさと文句を口にしていたけど、今はちびちびとココアに口をつけている。

 警戒するみたいに横目で此方を眺める様子は失礼だけど、ちょっとかわいい。


「落ち着きましたか……?」


「…………ああ。その、ぁ……ぁりがとよ」


 とても言いづらそうに、俯きながら感謝を口にする女の人。

 くすんだ金髪に、立派な剣をもって、女騎士を思わせる鎧を着こなしている人。


「大きい怪我がなくてよかったです」


「……そんだけか?」


「……? 他に何かありますか?」


「いや、普通はあんなところで何してたんだとか、何で殺したのかって疑問に思うもんだろ」


 普通か。もしかしたら不審に思われたかもしれない。

 冒険者をやっていると、別に街中で殺し合いをするくらい何の問題もないように感じてしまう。

 それに、オトを聴いている限り男の人たちは本気で殺す気だったみたいだし、彼女が殺し返してもおかしくはない。

 だから、此方は疑問にも思わなかったけど。


「はぁ……やっぱりあいつらの一味だな…………や、いいよ。恩人を悩ませるつもりはなかったんだ」


 そう言って笑った彼女はすっきりしたように憑き物が落ちていた。

 表情に伴って魂のオトも軽やかに変化する。

 どうやら、こっちの方が彼女本来のオトみたいだ。


「名乗り忘れてたな。オレはラクシュミー=トラウザーラ。改めて、さっきはありがとう」


「よろしくお願いします、ラクシュミーさん。此方は、アヤメといいます」


 差し出された右手を握ると、岩肌かと思う程にデコボコしていた。

 この感触には覚えがある。

 沢山鍛錬した後の、マルタさんの掌、小さいけど逞しいホロウさんの手。

 そうだ、剣を握る人の手だ。

 自分の命を自分だけのものにしている人の証。


「なあ、答えずらかったらいいんだけどさ」


 程なく生まれた沈黙を破ったのはラクシュミーさんの声だった。

 とくんとくんと早鐘を打ち始める心臓、血流が徐々に早く変化している。

 もしかして、緊張している?


「さっきの、あいつらを倒した時。あれは、どうやったんだ?」


 ……、此方も明確な意思があった訳じゃない。

 飛び出した手前、考えなしだと誹られるかもしれない。

 けれど、ああするしかなかった。


 人間は【権能】を最大の攻撃手段に利用する。

 けど、此方は“魔族”との混血。【権能】は使えない。

 もちろん、耳は帽子で隠しているから露見する心配はない。


 それでも、ラクシュミーさんは【権能】だと断定しなかった。


「このこと、口外しないって約束してくれますか?」


 何も馬鹿正直に打ち明ける必要はないんだ。

 ほんの出来心。今の此方になら助けられるかもしれないと、変な自信から行動に移した。

 結果として、ラクシュミーさんは無事で、怖い人たちは倒せた。

 けど、彼女と必要以上に馴れ合う理由にはなり得ない。


 きっと、今までの此方は口を噤む方の選択肢を選んだだろう。


 降りかかる火の粉から身をよじるように、危険から逃れるように。


 だけど、今の此方は違うのだと。


「【無色なる屍(ナイン・カラー)】と【幾百なる死霊猟師(ワイルド・ハント)】という…………“魔法”です」


 それぞれ、他者の認識を書き換える“魔法”と、精神汚染を極限まで増幅させて魂をすりつぶす“魔法”。

 此方が身の毛がよだつ【楽園(エデン)鍛錬(トレーニング)で生き残るために導き出した、此方だけの武器。


「…………そうか。やっぱり」


 予想していた反応とは大きく違う。

 この世界で“魔法”を使えるのは“魔族”だけ。

 幾ら血の薄い此方の血族でも血眼になって殲滅される種別のはずだ。


 だけど、真実を告げた時のラクシュミーさんのオトは、大きく揺らぐことなく静かに漂っていた。


「もしかして、わかってましたか?」


「わかってるっていうか……まあ、やりかねないとは思ったよ」


 納得と、安堵。

 この人は一体何に対して諦観を抱いているのだろうか。

 ラクシュミーさんと出会ったのは今日が初めてなはずなのに。

 まるで、ずっと前から此方のことを知っている風に見える。


「その【幾百なる死霊猟師(ワイルド・ハント)】ってのはあれか? 即死させるのか?」


「は、はい。“魔力”……じゃなかった、“霊力”が強過ぎたら殺せませんけど行動不能にはできますよ」


 実際、マルタさん相手じゃあ、ほんの少しだけ気持ち悪くさせるだけだ。

 ホロウさんやテリアさんにはそもそも“魔法”が機能しない。

 それだけで隔絶した差を感じてしまって。自分の無力が嫌になる。

 だから、もっともっと頑張るけど。

 でも、届かない。


「はは……可愛い顔しておっかないこと言うんだな」


「ラクシュミーさんの方が可愛いらしいですよ?」


「ばっ……! ばっかなこというんじゃねえ……! オレなんか男みてえだし…………」


「そうですか? 此方よりもずっと可愛いと思いますよ」


 何だか不思議な気持ちだ。

 誰かと言葉を交わすことが。

 こんなにも心を揺らすものなのかと、些かの驚愕すらある。


 照れたり、怒ったり、不貞腐れたり、笑ったり、ちょっと悲しそうに息を吐いたり。

 いつまでも見ていたい、聞いていたい。

 思えば、ラクシュミーさんを助けようと身体が動いた時も此方らしくない方法を取った。

 初めて生き物を、此方の手で殺した。

楽園(エデン)】で倒す相手は過去の遺物だからなおのこと。


「ずっと喋ってたいけど、悪いな。そろそろ戻らなくちゃならねえ」


「……っ、ごめんなさい。引き留めてしまいましたね」


「いや、いいんだ。オレも久しぶりに力が抜けた。変な出会いだったけど、あんたとはいい関係が築けると思うよ」


 そう言ってラクシュミーさんは快活に笑った。

 とても清々とした、まるで高台から眺めた海のように透き通って見える。


「きっと、また会えると思う。だから、さよならは言わねえよ」


「はい、()()()()()によろしくと伝えてください」


「……、ああ。アヤメも、()()()()()()()によろしく言っておいてくれ」


 やっぱりそうだった。

 名前を聞いたときに、思い出した。

 まだリヴァチェスター領にたどり着く前に、ロムルスさんたちが共闘したっていう人たち。

 一度会ってみたいと思っていたけど、まさか、こんなところで会えるなんて思わなかった。


 彼女は頼もしい背中を見せて既に歩き出していた。


 些細なきっかけだったけど。

 なんだか元気をもらった気がする。

 此方にもできることがあった。

 こんな此方でも、誰かの手を取って進めるのだと。


 帰ったら沢山お話ししよう。


 今日のことだけじゃない。

 他愛ないことでも、何でも。

 今の此方は無性に言葉を交わしたい気分だから。

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