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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第三部【南の慈愛】
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53. “カインの傲慢を暴こう”作戦

 豪奢な応接間だ。

 交渉事は全てアナスタシアに一任していたため比較材料はないが、それでもレキシントン家の応接間は領主や都市代表に匹敵するだろうと思える。

 ふかふかのソファに規律正しいメイドさん、湯気を残す紅茶、心落ち着くルームフレグランス。

 どれをとっても一級品だ。

 マルド・プール領が東側領土に近しい貴族性であろうと、領主でもない家系が応接間を含む広大な邸宅を保有している現状には戦慄する。

運命識士(リード・スペクター)】曰く、マルド・プール領の財政を担っている最たる例が、他の領土との貿易仲介手数料によって多額の資本を得ているとのこと。

 正しく、アナスタシアがモデルとした組織運営だ。

 しかし、彼女は一歩引くのではなくて領主という権力者すらも巻き込む点で拡大規模が異なる。


 思い返すとアナスタシアは途轍もない事業をしでかそうとしているな。

 東側領土を掌握するスウィツァー商会及びグラード商会に対抗するため、西側領土全てを統括する一大商会を立ち上げる。

 既にフォルド領、リヴァチェスター領と手中に収めている前例が、如何に彼女の手腕が常軌を逸しているのか証明している。


「それにしてもヨーク。本当に良かったのかい? 他に手段がなかった訳ではないけど」


「ん……」


 事の真意を問うのは、ボクの右隣、ホロウに挟まれるように中央に座ったヨークだ。

 茜色の長髪をリボンのように束ね、濃い緋色のワンピースドレスを着た彼女は変わらずの無表情で頷いた。

 機微が少ないとはいえ、豪胆な彼女であろうと緊張はしているようだ。

 だが、一度向き合うと決めたヨークの覚悟は固い。


 どうやら、今一度背中を押す必要はないようだ。


「……来るな」


 ぽつりと呟いたホロウは、普段の装束姿だ。

 しかし、滑らかな銀髪や薄く施された化粧など、公的な場に相応しい恰好に変わっている。


「…………本当だ。気配察知じゃあキミには敵わないね」


「ふん。これは吾の領分だ」


 不機嫌そうにそっぽを向いたホロウだが、赤くなった耳は隠せていなかった。

 まさか、照れているのか? 褒められて、にやけた頬を見せたくないから視線を外したのか?

 だとすれば、なんと健気で可愛らしいことか。

 もしかすると、心底ボクを嫌悪していて、ただ見られたくなかっただけかもしれないけど。


「失礼。遅れてしまいましたね」


 ボクが悶々と悩んでいる間に、分厚い扉を開けて十代に見える若い二人の男女が入室してきた。

 厳格で冗談の通じない風貌をした軍服の女性と、すらりとした長身に金髪の長髪を束ねた貴族然とした男。

 まるで対角に位置するような二人組だが、なぜだか違和感を感じない並び。

 恐らく、幾度となく二人で行動を共にするにつれて、互いに息を合わせるようになったのだろう。


 だが、一糸乱れぬ歩調はとある人物を視界に収めた途端に破綻してしまった。


「……! ヨークッ! よくぞ無事でッ!」


「ネリア、暑苦しい…………」


 音を置き去りに、飛びついた女性は迷惑そうなヨークなどお構いなしに頬ずりを続けている。

 にへらっと緩んだ表情は女性として……いや人間として見せてはいけないものだ。

 つい先までは毅然とした態度で、堂々と歩いていたために落差に風邪をひきそうになる。

 本気で嫌がっているヨークを顧みない強引さは、印象通りだが。


「ネリア、そろそろ」


「な……ッ! 待たれよ。まだ堪能していないッ!」


「終わってから幾らでもできるだろう?」


「ぐッ……わかった。いまは止めよう。()()はな」


 やけに語気を強調して渋々といった体でヨークから身を剝がす女性。

 流れるような茶髪に、キビキビとした発話、堅実な口調。名残惜しそうに離れる彼女とは打って変わって、ヨークは安心したように息を吐いている。

 片思いも甚だしいが、あれもコミュニケーションの一種なのだろうな。


 問題は人目を惹く彼女ではない。

 先の奇行に動じることなく、自然な所作で座った男。

 柔和で人懐っこい笑みを浮かべてはいるが、油断ならない眼光をしている。

 ボクはキミのような手合いを知悉しているよ。主導権の握りたくてたまらない、商人や狼が如き獰猛性を隠し持つ相手だ。


「改めて、ヨーク。久しぶりだね。どこかで生きていると僕たちは信じていたよ」


「ああ、戻ってきてくれてよかった。ずっと気が気でなかったんだ」


「…………ごめん。色々あったから」


 色々か。

 その言葉の含む意図を理解したのだろう、二人は瞳を伏せて瞠目するように俯く。

 前代領主ブルースの死去、それに伴う次期領主候補ラクノアの登用、寄る辺を失った彼女の悲哀。

 そして、喧伝されるヨークの行方不明。


 スヴァルグを支えてきた二人には生きた心地のしなかったひと時だったろう。


 だが、どうにも造られた関係ではないように見える。

 三人の間には親愛があって、切っては切れない信頼関係が垣間見えるようで。


「詳しい話は、昔みたいにご飯を食べながら話す」


「それがいいね。とても懐かしいよ、ヨーク。ネリア」


「三人で食卓を囲うのも六年振りか……」


 余人の立ち入れない完成された関係。

 ボクとホロウは無聊として事の成り行きを見守るしかない。

 けれど、様子見に徹していられる時間はそう長くはなく、すぐに話題はすげ変わっていた。


「それで、ヨーク。協力してほしいと言われたけれど、僕たちは何をすればいいのかな?」


「我々にできることなら幾らでも手を貸そう! 何でも言ってくれ!」


「ありがとう、二人とも。そんなに難しくない。私が領主になるために力を貸してほしい」


「な……っ!?」


「ふむ……そんなところだろうと思ったけれど」


 やはり反応の正反対だな。

 納得している男に、愕然としている女性。

 特に過保護そうな女性は今にも思い直すように飛び出そうだ。

 だが、感情の爆発は未然に防がれた。

 男の一声によって。


「君たちがヨークを唆したのかい?」


 射殺すような眼光は常人であればたじろがせるだけの力があった。

 人障りの良い仮面の裏には冷徹な側面を隠し持つとは。警戒して損はないようだ。

 この男は簡単に情には流されることがない。

 いざとなれば、切り捨てる必要すらあるだろうな。


「唆すとは人聞きが悪い。事情は後回しとはいえ、聞き及んでいるだろう?」


「だから、疑問に思うんじゃないかい?」


「至極当然だ。けれど、疑念が敵意と表裏一体な訳ではない。キミは些か履き違えているよ」


「煙に巻くのはやめたまえ。ヨークを助けてくれたとこには感謝しよう。だが、彼女を再び政争の場に連れ出すのは止めてもらおう」


「ボクがヨークの意志を捻じ曲げたとでも? 憶測に基づいた発言は控えたまえよ。それに、ここは仲良しこよしの座談会じゃない。本来ならば真っ先にキミは名乗るべきじゃないのかい?」


「………………口の減らない救世主だね」


「減らずして結構。キミのような半端な賢者のメッキを、剝せるのだからね」


 選んだのは沈黙か。

 悪くない手だ。実に胡散臭い男だが、弁は経つようだ。

 ボクたちを疑うのは真っ当な帰結だろうが、事前に書状を送った際にある程度の情報も入れ込んでおいた。

 ここで不毛な議論を繰り広げられるよりは、開示した方が都合がいいからね。

 合理と情を履き違えて、向けるべき敵意を安易な方向へと流しているに過ぎない。

 なんとも未熟で、滑稽なことか。


「書状と合わせて二度目の自己紹介だ。ボクはオリバー=ロムルス。気軽にロムルスと呼んでくれたまえ。そして、彼女はホロウ。護衛と思ってくれていい」


「……ッ、済まない、ロムルス殿。失念していた。私はネリーアルス=ボスラ。ボスラ家当主より、この場を預かった者だ」


「………………同じく、レキシントン家当主より拝命預かった。ゼータ=レキシントンだ」


 慌てるネリーアルスに不貞腐れたように話すゼータ。

 ほんの僅かな接触だが、収穫はある。

 先ず、三人はただ家の繋がりだけに終始しない幼馴染といえる関係にある。

 そして、軍人の娘として教育されたのだろうネリーアルスは礼節を弁えるタイプ。口八丁では動かないものの、そこに道理があれば一も二もなく飛び出す性分だ。

 翻って、ゼータはまだ青いな。額面は賢者を気取ってはいるが、その実内面、脆弱な部位を刺激されると瓦解する。

 利用はそう難しくない。

 両者の性格や信条は須らく過去を紐解けば理解できる。

 後は、相応の言葉をかけてやるだけ。


 欲しがっている優しさを、見せかけの偶像であれど与えてやればいい。


 ボクの手足として扱うのであれば──


「──おい、ロムルス。貴様、また碌でもないことを考えてはいないよな」


「……ッ!? な、んだ……ッ! この殺気は…………ッ!?」


「な……っ!? ホロウ……?」


 チクリと、喉元から小さな痛みを感じる。

 視線を下げると一切の予備動作を気取られることなくダガーが添えられていた。

 幾度か戦場で見せた底冷えするような強者の殺意と圧力。応接間を一瞬にして支配したホロウは、【権能】すら発動させて室内を影で満たしている。

 つい数日前まではこの応接間の半分すら支配できなかったというのに……なんて成長速度なんだ。


 このまま褒めちぎると嫌味だと受け取られかねないが。

 極僅かな身動ぎすら生死に直結する空間なのだ。

 下手に刺激すると殺意の渦が膨れ上がってしまう。

 ボクやヨークはいいが、ネリーアルスなど今にも卒倒しそうだ。


「ネリーアルス、キミは忠義に厚い。人情と義理を見せびらかせば安易に従えると()()()よ。ゼータ。キミは脆すぎる。牙城を崩した後に虚ろとなった空っぽのキミを傀儡にできると画策……()()さ」


「つまり──」


「選択肢の列挙に過ぎないよ。ホロウ、キミはボクを見くびり過ぎだ。なにも全てを思い通りに操れるとは思っていないし…………そもそも、それは彼女(アナスタシア)の理想とはかけ離れているだろう?」


「ふん。わかっているならいい」


 ふっ──と肩が軽くなった。

 思いの外、重圧を受けていたらしい。

 心配するホロウの気持ちもわからなくはないが……うん。もう少し信用してほしいものだ。

 以前のボクなら迷いなく二人をリサイクル可能な駒に仕立て上げていただろう。

 依存させるだけの飴を与えて、適度に過剰な鞭を浴びせる。

 よく一度きりで使い捨てる者もいるが、ボクと彼らの明確な違いは“未来”を見据えられるか否か。

 折角従僕させた駒をそう簡単に手放してなるものか。

 ……なんて具合に。


「安心したまえ。ボクに二人をどうこうする気はない。あくまで、()()はヨークの戦いなのだから」


 ホロウの殺意から解放されたからか、それとも、一応の信頼を示してくれたのか。

 判断はつかないけれど、二人は一様に安堵しているようで。

 ボクの言葉に頷く必要はない。

 ただ、敵対者だと捉えられなければ、それでいい。

 領主邸宅への潜入任務はレキシントン家との連携が必須となる。


 故に、不信感を払拭した関係性を築くことが急務だった。


 具体的な手段を講じる前にホロウが行動を起こしたが、得てして信頼を勝ち取る結果になったようだな。


「さて、ゼータ。ネリーアルス。キミたちの返答を聞こう。ボクたちはヨークを次の領主とするために、とある作戦を成功させる必要がある。キミたちの助力如何では成功確率が大きく左右される。良ければ、手を貸してほしい」


 卑怯な言い方だ。

 ここまで来て、ボクは万一を捨てきれない。

 是非を問われる二人は気付かないが、ホロウには半眼で咎められた。

 責任を課すかのような、人の心理を逆手に取った構築。


 けれど、許してくれたまえ。


 キミたちには存分に力を振るってもらわねばならない。

 奮起するために人はエネルギーが必要だ。

 目に見えて、明らかな。

 丸っきり信用はできないが、少しだけなら手を貸していいかもしれないと。

 そう思わせられたら。

 自ずと答えはでる。


 ネリーアルスとゼータの二人が、首肯するのに大した時間はかからなかった。

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