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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第三部【南の慈愛】
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50. もう一つの戦闘

 微睡を誘うクッション性を誇るソファタイプの椅子へと座る。

 正面には同じような椅子が二つ並び、間にはガラス製のローテーブルが鎮座している。

 ボクの隣には所在なさげにヨークがちょこんと座り、ボクの眼前には泣き腫らした瞳を伏せたアナスタシアが頬を朱色に染めている。

 彼女の隣にはマルタがにこやかに座し、緊張に固まるヨークへと茶菓子を進めている。

 ホロウとテリア、アヤメの三人はもう一セットの方で、ボクたちの様子を伺っているようだ。


 ふらりと入った店で衝撃的な再会を果たしたボクたちは、互いに頭を冷やす時間が必要だろうということで拠点となるリヴァチェスター領領領主別宅──所謂、大使館だ──まで一言も言葉を交わさず戻ってきた。

 愕然としたアナスタシアが取り乱したように、ホロウたちもまた表には出さずとも思うところはあるだろう。


「さってと、ロムルスくん。みんなも落ち着いた頃合いだし、ちょっとずつ話していこうか」


 穏やかな口調のまま、マルタが沈黙を破ってくれた。

 年長者の所以だろうか、落ち着き払った所作で自然と口火を切れる姿は尊敬できる。

 視線を巡らせて、反対の声が挙がらないのを確認してから言葉を紡ぐのだから、気遣いというのが板に染みているのだろう。

 ボクには到底真似できない芸当だ。


「ならば、ボクから話そう。先ずは彼女の紹介だね」


「……! 私、ヨーク。ヨーク=スヴァルグ=コンコート。えと、よろしくお願いします……?」


「コンコートですって? まさか、貴女……」


 弾かれたように聞き返すアナスタシアの瞳は、言葉とは裏腹に確信に満ちている。

 西側領土でコンコートと言えば一つしかなく、スヴァルグなんてミドルネームがあれば疑う余地はない。


「ん。そのまさか。お父さんはブルース=コンコート」


「わぁ……ほんとにあのヨーク=コンコートなんだ……」


「……? あのって……?」


「ブルースさんに娘さんがいるって、むかし母様が話してたんだ。あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。わたし、マルタ=ノヴゴロドだよ」


「え……? じ、じゃあ……」


「うん。わたしとヨークちゃんは一緒ってこと」


 そう言って微笑み、小さく握られていたヨークの手を取る。

 まるで芽吹かぬ蕾を愛でるように、マルタは優しく言葉をかける。

 彼女は一人場違いじゃないかと不安に怯えていたヨークの心中を見抜いていたのだろう。

 ふてぶてしい雰囲気に加えて、表情の機微に乏しい彼女の本心を察せられるとは。

 流石はマルタだ。よく相手を視ている。


「ヨークちゃん、何があったかは聞かないよ。言いたくなったら、いつでも聞くから。ゆっくりでいいんだよ」


 先んじて気配りにも似た安心材料を提供する。

 違うな。そんな利己的な話じゃない。

 マルタはただ味方でありたいだけだ。ドミア山脈に次期領主の娘が一人で彷徨っていたなど、何があったかのか想像に難くない。

 同じく領主の娘という立場にあったマルタであるからこそ、共有できるものがある。

 この場の誰よりも、ヨークの心理へと共鳴できる。


「マルタの言う通りよ。貴女のペースでいいわ。ここには貴女を害しようなんて思う人はいないのだから」


「…………ありがとう、ございます」


 僅かに頬を赤らめたヨーク。

 慈愛に満ちたアナスタシアの柔和な笑みに、思わず頬擦りしてしまいそうな穏やかな声音は同性すら魅了してしまうのだ。


「どういたしまして。わたくしの名前はアナスタシア=メアリ。改めて、よろしくね」


「はいはぁ~いっ! あたし、テリアっ! テリアちゃんって呼んでぇ~!」


「ホロウ。ホロウ=クルヌだ」


「あの……アヤメです。よろしくお願いします、ヨークさん」


 突如として包囲されてしまったヨークは目を白黒させながら、必死に顔と名前を覚えている。

 事前に多少の情報を仕入れていたとはいえ、いざ目の前にしてみると動転してしまうのだろう。

 ヨークは同年代の子と触れ合う機会に恵まれなかった。

 そればかりはブルースの失敗といえる。

 彼女の優しさがあれば、友人など幾人でもできただろうに。

 無論、領主の一人娘であり、立場上対等な相手もいないのだから仕方がない。

 故に、これからは。

 思う存分、友情を育んでも罰はあたるまい。


「それでぇ~? ロムルスくん。ドミア山脈で何があったのかなぁ?」


 わしゃわしゃとヨークを抱きしめ終えたテリアが疑問を突き付ける。

 至極当然の疑念だ。

 何がどうしてマルド・プール領の一人娘と懇意になって帰還したのか。


「少しだけ長くなる。要点だけ話そう」


 言葉を切ったボクは、ドミア山脈に飛ばされてからの数日を簡潔に説明した。

 ヨークに拾われて治療してもらったこと、“羲戎(ぎじゅう)”種に奇襲を受けて辛勝したこと、合流を図ったところ偶然にも再会できたこと。

 特に“羲戎(ぎじゅう)”種との戦闘は曖昧に濁しておいた。

 詳細な情報は却って皆を不安にするだけだ。

護国神卿(ロード・プロテクター)】の件は追って紹介すればいい。


「貴様はいつでも突拍子もない事件に巻き込まれるな」


「ホロウちゃんの言う通りだよ。なんで君はそんなに忙しいの?」


「ロムルスさんって……不吉の象徴みたいですね」


「それは褒めているのかい?」


 まるでサタンのようじゃないか。

 アヤメはそんな悪いお守りみたいなのと一緒にいるのだが。


「貶しているに決まっているでしょう。けれど、大筋はわかりました。ヨーク、大変でしたね。トラブルメーカーに同行するのは骨が折れたでしょう」


「ちょっとまってくれ。今回ばかりはボクは何もしていないよ」


「今回()()()は……?」


「藪蛇だった。忘れてくれ」


 やれやれと言わんばかりにホロウが肩をすくめている。

 彼女にはボクの失態が目に見えていたらしい。

 アナスタシアの鋭い眼光に気圧されるボクを見下す半眼は、秘めたる扉が開きそうで性癖に悪い。

 十四歳の少女に蔑まれて興奮するなど正真正銘の変態じゃないか。


「それで、アナスタシア。君たちは何があったんだい? 自棄になるなんて、君らしくないが」


「ええ……わたくしも妙に自制が利かなくて困惑していたところよ」


「まあ、人間だからな。そう気落ちすることはない」


「ありがとう、ホロウ。今度も貴女には助けられてばっかりね」


 自嘲するアナスタシアの様子を見て、ホロウのみならずテリアやアヤメもまた卑下するように俯く。

 余程のことがあったのだろう。

 詳細を聞くには尻込みしてしまうけれど、認識は同じくしておくべきだろう。


「わたくしたちがフォルド領領主と面会したのは貴方を分断されて五日後でした」


 変わらず表情の優れないアナスタシアは酷く憂鬱な様子のまま話し始めた。

 恐らく、気持ちのいい話ではないのだろう。

 彼女たちの気がここまで滅入るのだ。

 当事者となれなかったボクが今更何を言えようか。

 だが、せめて、情報共有の末に重荷を分散できればと。

 微かな願いを抱きながら。

 ボクはアナスタシアの声に身を委ねるのであった。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







 豪奢な一室は一領主邸宅の応接間として相応しかった。

 城塞都市ドルに続き、フォルド領、リヴァチェスター領と名だたる応接間で接見してきた実績は伊達じゃない。

 なんとちっぽけな戦績だと思うけれど、一概に無碍にもできない。

 商人にとって数多の応接間を経験した功績は偏に、その者が如何なる手腕を誇るのかを示す尺度になる。

 立場が上位であればあるほど、商会の影響力を示しているのだから。


 そう、今、わたくしたちはファルガー領領主邸宅の応接間にいる。


 部外者を歓迎するために誂えられた正門を潜って既に五日が経過した。

 余裕をもって出立したために予定通り到着したわたくしたちは情報収集を兼ねて短い休暇を楽しんだ。

 生き生きとした露店の迫力は即ちフォルド領の領民性を反映しているように感じる。

 五感が敏感なテリアは聴覚の優れたアヤメ共々“龍気”を用いて余剰な雑音を阻害しているようで、朝から商店街へ繰り出して行くこともしばしば。

 けれど、二人とてただ遊んでいる訳ではない。

 きたる婚約破棄の会合までに事前調査を行っているのだ。

 アヤメに付き添う形でテリアが、ホロウは単独で。

 マルタはわたくしの補佐をしてくれている。

悪因叛逆(マリス・リフレクター)】を用いた無差別広範囲情報蒐集は過度な負担がかかるものの、毎晩の地獄の特訓で初めて使った時よりもは遥かに楽に使用できるようになった。

 けれど、無秩序に晒される情報の渦に耐えられる程ではない。

 だから、マルタが傍で支えてくれるととても助かっている。


 全員ができる限りの行動を起こした結果、現状、望み得る手札は揃った。


「ふぅ……ちょっと緊張するね…………」


「肩の力を抜きなさい、マルタ。表情が強張っていると無為な不安を与えるだけよ」


「たはは。手厳しいなぁ……うん。気合入れるね」


 パチンっ! と両頬を叩いたマルタは儚い一輪の花を彷彿とさせる微笑を浮かべた。

 彼女は無能な領主の仕事を肩代わりしていた経験から交渉事には慣れているはずだ。

 問題は、スケールの違いだけ。

 何も変わらないのだと知れば、普段の実力を発揮してくれることだろう。

 人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものね。

 マルタが緊張状態でも緩めた頬を見ると、わたくしも変に力が入っていたのだとわかる。

 過分な適応は油断の温床だけれど、余分に張り詰めるのも悪手。

 丁度いい塩梅……存在するかは分からないけれど。わたくしはわたくしの武器で戦うまで。


 わたくしが今一度覚悟を決めた直後──ガチャリと、扉を開けて二人の男が進み出た。


 一人は四十程の男で、くすんだ金髪を撫で付け、フェイラーとは異なる本物の貴族然とした恰好と仕草で一礼した。

 もう一人はまだ二十代に見える青年で、人懐こい笑みを一つ浮かべただけだった。

 けれど、しみついた礼儀作法から彼もまた相応の人物なのだと理解できる。

 ファルガー領領主コルバリウス=フォン=ランゴバルド、そして、次期領主たるシーバス=フォン=ランゴバルド。

 フォルド領を除いて西側領土唯一の“フォン”を冠する家名。

 換言するのであれば、皇帝にその地位を確認された、由緒正しき貴族ということ。

 ランゴバルド家と事を構えることは、即ち皇帝を相手にすると同義。

 一層慎重を喫さなければならない。


「お初にお目にかかります。ファルガー領領主を拝命しております、コルバリウス=フォン=ランゴバルドです。これは不詳の倅でございます。お邪魔でなければ同席させて頂きます」


「丁重な歓待、痛み入ります。わたしはマルタ=ノヴゴロドと申します。そして、こちらがこの度リヴァチェスターと契約関係を築きましたラヴェンナ商会のアナスタシア様です」


「ご紹介に預かりました、アナスタシア=メアリと申しますわ」


 軽く頭を下げて、わたくしは直感した。

 コルバリウスは一筋縄ではいかないと。

 一見すると慇懃に対応している彼だが、その実、明確にわたくしたちを値踏みしている。


「ほう……貴女はかのメアリ家の直系でありますか」


「ええ。とはいえ、末端でございますわ」


「謙遜なさるな。ラヴェンナ商会の名は聞き及んでいます。フォルド領に続きリヴァチェスター領の門戸まで開くのだから、御慧眼には感服致します」


 情報は瞬く間に拡散される。

 コルバリウスが把握していたとしてもおかしくはないが、それでも二週間余りしか経過していない中でよく調べたものだ。

 一筋縄ではいかない。

 一言一句を無駄にすることのないように、警戒心を引き上げる。

 言質を取られてはならない。失言を口走ってもダメだ。

 目指すのは会話を、交渉を主導する立場。

 いまは、互いに牽制する段階にある。


 だが、後手に回ってばかりは、いられない。


「して、マルタ様。本日のご用件は……」


「はい、コルバリウス様。わたしの兄、バルムスとご息女ナーサリー様の縁談の件で参りました」


「縁談……ああ、愚妹の」


 何やら合点がいったように呟くシーバス。

 これが商談であれば即破局の失態だ。

 如何に次期領主の身分であれ、この場ではコルバリウスとマルタだけが自由な発言を許される。

 言ってしまえば付き添いの身である者の発言は付け入る隙を与えるだけ。

 巧妙に隠してはいるが、コルバリウスもまたシーバスの発言に一瞬だけ眉をひそめた。

 すぐさま取り繕った笑みを浮かべるのだから、その手管は老獪と言える。


「リヴァチェスター領の状況は聞き及んでおります。クーデターを目論んだ不埒者がいたとか」


「ええ、手を焼きました。暴徒は無事鎮圧しましたけど……その余波で、父上と兄上は…………」


 伏し目に小さな雫。

 憂いを帯びた姿は可憐な乙女から一転、悲劇の未亡人のように感じられる。

 見事なまでの感情操作だ。純度百パーセントのはりぼてとはいえ、あんなにも嫌悪していた二人の死を悼む演技をするなんて。


「これは無粋な話題でしたね。ご配慮が行き届かず申し訳ない」


「いえ、これも次代を継いだ宿命です」


 立派だ……とかまたしても呟いたシーバスに、今度こそコルバリウスは物理的に小突いていた。

 対外的には現体制に不満をもつ反社会的勢力の内乱だと説明している。

 けれど、領主と次期領主の二人が死に、本来ならば家督を継ぐべき次男(コルセロ)ではなく表舞台に立つことのない長女(マルタ)が領主に就任した時点で勘のいい者は背景を推測できる。

 眼前のコルバリウスもまた、その手合いだ。

 彼は典型的な政治家……猜疑心の塊のような疑り深い人物。

 けれど、マルタの様子を見て世評は真実なのではないかと、そう信じ始めている。

 ()()()()()

 一度疑われた人間の疑念を完全に払拭することは不可能だ。


 故に、完全な欺瞞へ一縷の亀裂を入れるだけで十分だ。

 特に、彼のように賢明な者ならば自分勝手に解釈してくれる。


「事情はわかりました。マルタ様も心労が絶えぬ中ご足労頂き誠に有難く思います」


「領主として当然の責務でございます」


「さて、婚約の件ですが……コルセロ殿も精神的な病に臥せっているとのこと」


「父と兄を同時に失ったのです。コルセロ兄様は二人と仲がよかったもので…………」


 本題はここからだ。

 シーバスに様子は気になるが、互いの手札は既に開示済み。

 マルタは縁談の破棄を、そして、コルバリウスは如何にしてリヴァチェスターを交易を望むのか。

 リヴァチェスターの利得に目を付けた彼はランゴバルド家の娘を嫁がせ、実権を握ろうと画策していた。

 その目論見が潰えたいま、趨勢は決したようなもの。


「残念ながら、縁談はなかったことにさせて頂きたいと存じます」


「……致し方ありませんね」


「ですが、兄の遺志までも白紙には戻しません」


「それは…………?」


「こちらのアナスタシア様のラヴェンナ商会を仲介に、リヴァチェスター及びファルガー領の完全独立契約を申し入れたいと思います。亡き兄の悲願のためにも、どうかご一考いただけませんか?」


 見事な話術だ。

 聞いているこちらが惚れ惚れしてしまう。

 マルタという領主が直接介入せず、互いに利益を得られて、極めつけは将来的にリヴァチェスターの背後にあるフォルド領との取引すら可能となる提案。

 キラキラと目を輝かせて「素晴らしい!」とか言ってるシーバスを籠絡したように、志半ばで命を落としたバルムスの存在も仄めかす。

 しかして、コルバリウスは交渉に向かないシーバスとは違う。

 簡単には流されてはくれまい。

 だが、熟考させるだけの力はあった。


 あと一押しで──


「誠に遺憾ながら、()()()()()()()()


 清々しい微笑を携えたまま、コルバリウスは断言した。

 わたくしは自分のことを歴戦の商人だと自覚している。

 数多の交渉をまとめてきた経験から、コルバリウスに迷いはないと理解できた。


 彼は考えを決して変えることはないと。


「ぇ……あ、の。それは…………」


 まさか予想だにしていない返答に、マルタはしどろもどろになるしかない。

 これでは……好機を曝け出しているだけ。

 追及してくださいと言っているようなものだ。


「ファルガー領は財政的にも困窮しておりません。それに、ご傷心中のマルタ様に無理はさせたくありません」


「……っ、で、すが…………」


「この話はここまで、と。そうしませんか?」


 チラと彼はわたくしに視線を向けてくる。

 思わぬ反撃にあったマルタは既に冷静さを欠いてしまった。

 この状態で建設的な対話は望めない。コルバリウスはそう判断したのだろう。


 わたくしにマルタを責められやしない。

 領主という責任と重圧を受けた立場ではない、そんな形式的な違いではなく。

 彼女はまだ慣れていない。

 取引の戦場に。拒絶を頑として示す相手をどう攻略するのかを。


「そうですわね。一介の商人風情の意見ですが、マルタ様。ここはコルバリウス様のご厚意に感謝しましょう」


 一度、退く。

 それが、わたくしの下した判断だった。

 ただの商会代表や貴族ならまだしも、コルバリウスは別格だ。

 不利益を被らない商談を彼は一顧だにしなかった。

 詳細にすら興味を示さなかったのだから……恐らく、彼にわたくしたちと組む気はさらさらないということ。

 ならば、ここで何を言っても対岸の火事程度にか聞こえない。

 無様に拘泥するよりも、潔く身を退く方が好感を抱かせる場合もある。


 何も、正面から言葉を交わすだけが交渉じゃない。

 牙城を崩す方法は幾らでもある。


 しかし──


「…………では、コルバリウス様。此度の婚姻は縁がなかった。それで、よろしいですか」


「それで構いません。アナスタシア様、ご足労頂いて非情に恐縮なのですが。ラヴェンナ商会様とは次の機会に」


「ええ、ラヴェンナ商会はいつでもコルバリウス様をお待ちしておりますわ」


 ギュッと唇を噛み、額を上げたマルタは何ら変化ない笑顔を向けた。

 切り替え能力がとても高い。今はまだ実力が伴わないが、それでも近い未来には辣腕を振るえるだろう。


「マルタ様、アナスタシア様。どうだろうか、是非、このシーバスとこんい──」


 去り際に反響する嫌に楽観的な声音は、わたくしたちが意識を向ける前に霧散した。


「バーバル。お二人を馬車へ」


「承知致しました。ご主人様」


 …………うそだろう。

 まるで寸劇のような一幕。

 シーバスの暴走を未然に防いだコルバリウスは、控えていた使用人を呼びわたくしたちを直ぐに退室させた。

 何が起こったのかわ分からないままに、わたくしたちは馬車へ乗っていた。


 そう、あっという間に。


 有無を言わせない勢いに呑まれて。


 馬車が動き出して初めて、体のいい厄介払いをされたのだと。

 シーバスは、あれ以上わたくしたちの追及をさせないために用意された道化師なのだと。


 わたくしは直感した。

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