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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第三部【南の慈愛】
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49. 不可思議

 燦々と輝く西日を孕んだヨークの髪は、見惚れてしまう程に克明な茜色を一層強調している。

 ヨークは【権能】を用いてボクと彼女自身の運動能力を向上しているために、悪路でありながら息を切らしてはいない。

 山道にはそぐわないショートブーツでありながら、鼻唄すら奏でられるのだから効果は非常に強力と言えよう。

 “羲戎(ぎじゅう)”種との戦闘で力添えがあれば、どれほど簡単に勝利できたのかと未練が残る。

 魔法を使わなくともよかっただろうし、危険な橋を渡る必要もなかっただろう。

 だが、今更栓なきことだ。

 ボクは【権能】の庇護なく“羲戎(ぎじゅう)”種に勝利した。

 その上で、新たな【権能】を授かったのだ。

 万々歳の結果だ。

 身体を極限まで酷使した甲斐があったというもの。


「ロムルス、そろそろ日が暮れる」


「ああ、そうだね。今日はここらで夜を明かそうか」


「ん。準備する」


 テキパキと数少ない荷物から簡易的な手作りテントと取り出し組み立てるヨーク。

 ボクもまた手を動かしながら、脳内で算盤を弾くように予定を確認する。


 既に“羲戎(ぎじゅう)”種に襲撃された地点から歩み始めて四日が経過している。

 縦に短いとはいえ、ボクたちは徒歩だ。

【権能】で脚力を限界まで強化した強行軍といえど、相当の時間をかけてしまった。

 だが、行軍の成果もあり、目指すファルガー領はすぐそこ。

 明日の夕刻までには入領できているはずだ。

 ドミア山脈で三日と、脱出に五日。一週間の離脱だったが、ボクの抜けた穴は──自分で言っていて本当に情けないのだが──大きくない。

 リヴァチェスター領ではアナスタシアが成功を収めた。

 ホロウやテリア、アヤメ、マルタたちの尽力もあって混乱は最小限に留められたと思う。

 ボクがしたことと言えば、裏道を利用して異世界の技術で誑かしただけ。

 今回の作戦とてさしたる役目はない。

 ボク一人消えたところで生じる問題はなく、あったとしても、皆でカバーし合っているだろう。


 それでも、ボクは先を急いだ。


 心配してくれているといいなぁ……とか思いながら。

 特にホロウに。アナスタシアやマルタはたった一人の不在など割り切って考えられよう。テリアやアヤメも意識の片隅には残ってるはず。

 だが、彼女はボクの存在を完全に無き者と確定しそうで怖い。

 まるで出張中の父親の気分だ。

 いざ帰還してみると、忘却されていないか不安になる。

 ボクお荷物じゃないよね? 大丈夫だよね?


「まあ、何とかなるかな」


「……? どうしたの?」


「いや、大したことではないよ。仲間たちのことを考えていてね」


「…………アナスタシアって人のこと?」


「よく知っているね。話していたかな……?」


「ううん。うなされてた時に言ってた」


「成程、あの時か」


 ボクとヨークが初めて出会った時に、微かな油断のためにボクは危篤状態にあった。

 彼女の献身的な看病がなければ、後遺症が残っていたか……あるいは万一の場合命の危機も生じていた。

 そのため、無意識下で何を口走っていたのか釈然としていない。

 その一端が健在化したようだ。


「ねえ、ロムルス。私、本当にロムルスの仲間の人たちと…………」


 次第に尻すぼみするヨークは不安げに瞳を伏せてしまう。

 時間にして一週間。されど、体感として一か月は共に過ごしているような感覚。

 表情の機微が少ないヨークではあるが、ある程度の変化とそれの意味するところに察しはつくようになった。


 今は──


「ヨークの懸念もわかる。だけど、問題はないよ」


「……どうして?」


 彼女は最愛の人を亡くした。

 ヨークの過失によるものでもなく、ましてや彼女もまた殺されていただろう計略によって。

 もはや寄る辺もなくなった世界で、それでも、彼女は再起しようと覚悟を決めた。

 その矢先に、大して親しくもない一団に囲まれるのは精神的に負荷のかかることだろう。


 ヨークはただ嫌疑を払拭できないだけだ。

 もしかしたら、またも命を狙われるか、腹違いの姉のように己を貶めるのではないかと。

 そして、そんな想像をしてしまう自分に、何より嫌悪感を抱いてしまっているのだ。


 心中の泥を拭い去ることは、生憎だがボクにはできない。

 いや、語弊があるな。できるけれど、したくはない。

 これは、ヨークがいずれ向かい合わねばならない心情なのだから。

 導き、答えを示すだけが優しさではない。


 ならば、ボクの言えることは。

 彼女にかけられる言葉は。


「キミと同じように、ボクの仲間もまた己に打ち勝ち、または打倒せんと邁進している人たちだ。志を同じくするキミを排斥するような人はいないよ」


「…………私といっしょ?」


「ああ、同じだ」


 反芻するヨークにとっては気休めにしかならないだろう。

 けれど、それでいい。

 一度、互いに言葉を交わせば魂で同調できる。


 特にアナスタシアと彼女の境遇はよく似ている。

 立場の違いはあれど、二人とも外道な裏切りを経験している。

 それでも、屈することなく発起した。

 そこに偽りはなく、隔絶はない。

 今は不安でも、きっと。キミは彼女たちの理解者となれるだろう。


「ロムルスは、私といっしょなの?」


「ボク? ボクは………………さてどうだろう」


「なにそれ。私の期待を返して。ほら、()()()も言ってる」


「理不尽すぎやしないかい?」


 無意味な訴えだと思っても、口に出さざるを得ない。

 ヨークと、微かに左右へ揺れる()へ。

 卵といっても拳に収まる大きさではない。

 抱きかかえなければいけない程、巨大で、相応の重さを誇る水色の斑点模様の卵だ。

 何の卵か? という疑問は早々に霧散した。

 というのも、“羲戎(ぎじゅう)”種を打倒した大木の傍に、無造作に転がっていたのだから。

 十中八九、新しい“羲戎(ぎじゅう)”種なのだろうけれど、あのまま放置していては恰好の餌だ。

 せめて、雛が還るまでは面倒を見ようとなったために、四日の道中を共に過ごしてきた。

 何が正解かは不明だが、とにかく温めるためにヨークが毎晩抱擁しながら眠っている。

 割れないのだろうかと疑問はあるが、まあ……うん。ひびも見当たらないし問題ないのだろう。


 それにしても、“羲戎(ぎじゅう)”種の生態には疑問が多く残る。

 神獣として崇められた歴史をもつ反面、現在では魔獣の中でも希少という位置付けに終始している。

 試練を与え、打倒せしめん者には新しく【権能】を授ける。

 世界の定めた規定を超越して、歪められる程に強力な生物。

 もしかすると、そういう【権能】なのかもしれない。

 だとすれば、人間以外に【権能】を行使し得る魔獣ということになるが。

 人間は【権能】、龍族は“龍気”、魔族は“魔法”とそれぞれが単一にして特有の力を保有するが故に、保たれていたはずの均衡。

 “羲戎(ぎじゅう)”種が【権能】を保有しているのであれば、そこには確実にイレギュラーが発生する。


 とはいえ、【運命識士(リード・スペクター)】は禁止事項に抵触するのか、情報を教えてくれない。

 おかげで、全てが推論に終わってしまう。

 不明瞭な点を放置するのは些か気持ちが悪い。

 しかし、これ以上は望み得ないだろう。


 以降、思考を遮断する。

 頬を膨らませて不満を表しているヨークを宥め、夕食の準備を行う。

 ドミア山脈で過ごす最後の夜だからか、感傷に浸ってしまう。

 まったく不本意に飛ばされた山中で、ボクはヨークと出会うことができた。

 やもすると、あのまま人知れず朽ち果てていただろう彼女を、きっと良い方向へと激励できたとも思う。


 もし、運命とやらが本当に存在して、その思惑があるのならば。


 今だけは、踊ってやってもいいのかもしれない。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐






 予期せぬ長旅も終着点に辿り着いた。

 まだ日の高い朗らかな昼時、鼻孔をくすぐり空腹を刺激する香りに包まれた通りへ足を踏み入れる。

 眼前に広がるのは活気のある市場。

 アウグリュニーやエディンの商店街に見劣りしない風景は、ファルガー領首都ドドリスの実力を如実に示している。

 客を呼び込む露天商の声高な叫喚、幸福を嚙み締めるように並び立って歩く親子、笑顔を振りまきながら歩き回る子ども。

 やや乾燥した風は微かに潮の香りを教唆し、カラッとした風景は領民の気質を表しているようにも見える。

 ファルガー領は狩猟を主とする経済体系であるため、市場を見渡すとそこかしこに吊り下げられた獣の肉が目に入る。

 また、“ボルアーの大海”から採れる魚や海藻の類や、ガン砂漠に生息する独特な生物まで転倒に並んでおり、他の領地とは異なる様相を感じ取れる。


「わぁ……っ! 熱気がすごい……!」


 検問を終えて、首都ドドリスに到着したボクたちは人混みに圧倒された。

 けれど、すぐに順応して今では人の流れに沿い、露店を流し見ながら歩いている。

 瞳を輝かせて感動を口にするヨークだが、相変わらず表情は動かないままだ。


「やはり、マルド・プール領とは違うかい?」


「うん。盛況だけど、あんなにガツガツしない。お店の人が見定める感じ」


「成程。誰ふり構わず声を掛ける訳ではないのか」


「だけど、こっちの方が活気があっていい……」


「それは風土の問題だろう。無理に異文化を持ち込むと却って互いの良さを消してしまう」


「確かに……一理ある」


 うんうんと悩みだしたヨークは、やはり領主の娘といったところか。

 リボンのように束ねられた赤髪は頷く度にぴょこぴょこ撥ね、紅潮した頬は溢れ出るアイデアの数を教えてくれる。

 あーでもないこーでもないと、マルド・プール領との齟齬を埋めながら取り入れられるものがないか試行錯誤する彼女の姿は、民を思う良王そのもの。

 一度は砕けたヨークの心は、しかして着実に修復に向かい始めているのだろう。


「…………だめ」


「……? 何がだめというんだい?」


 パタリと、動きを止めたヨーク。

 あまりに唐突な代わり映えに、思わず口を突いて疑問符が飛んでしまう。


「我慢のげんかぃ……」


 きゅるきゅる……とか細い悲鳴が聞こえたかと思うと、彼女は何の衒いもなくその場にへたり込んでしまった。

 年頃の乙女が、往来の中心で恥じらうことなく座り込む異常性は一目を引く。

 無表情で何も言わずに微動だにしない、山吹色のワンピースに、カーディガンを羽織った可愛らしい少女。

 そして、それを見詰める白髪の隻眼隻腕の軍服男。


 だめなのはキミじゃないよ、ヨーク。

 見る者が見れば犯罪現場だ。

 最悪の場合憲兵を呼ばれる。


「なら、食事をしよう。なに? 立てないって? わかった。ボクが手を貸そう」


 ひょいっと、想像よりも軽いヨークを抱えて、すぐにこの場を去ろう。

 右腕一本で支えるのは難しいかと思ってはいたが、華奢な彼女を抱きかかえるのに苦慮はしなかった。

 節制せざるを得ないサバイバル生活とて、活動に十分な食事はしていたはずだが…………昼食時に充満する香ばしい匂いには抗えなかったか。


「ありがと、ロムルス。もう歩けなかった」


「そうか、仕方ないね。けれど、次からは事前に忠告してくれないかな? ボクにも対処ってものがある」


「ん。善処する」


 ああ、心の底からお願いをしよう。

 この街での工作はまだ始まってもいない。

 市井の噂話は瞬く間に広まるものだ。

 ボクの尽力場面は限りなく少ないとはいえ、得も知れぬ噂程度で皆の邪魔をしたくはない。


「ロムルス、仲間の人たちと合流するの?」


「そうだね……先ずは大使館、フォルド領の邸宅へ行ってみよう。けれど、その前に──」


「うん。腹ごしらえ。私、くうふく」


「ああ、分かっているさ」


 ボクの返答を聞いたヨークは満足そうに息を吐いた。

 出会った当初から変わらない悠々自適さは彼女の長所だ。

 緩慢ながらも明瞭に自分の意志をもつヨークは、自然と他人を巻き込んでペースを合わせさせる。

 それが却って思考を落ち着けさせるのだから、不思議だ。

 代えがたい魅力の一つとして、ヨークを形作っている要因だろう。


「そういえば、仲間の人たちがどこにいるのかロムルスにはわからないの?」


「それは【権能】のことを言っているのかい?」


「ん。あの本なら、全部わかるんでしょ?」


「ああ……けれど、昔それで手痛い失敗をしてしまってね。それ以降、安易に【権能】へ頼らないと自戒しているんだ」


「えらい。けど、あてもなく彷徨うのはたいへん」


「そうだね……落ち着いたら見てみようか」


 他愛のない話をしながらも、ヨークを抱えたボクは食事処を探して歩いている。

 一週間のサバイバルで彼女の好き嫌いは熟知しているさ。

 味の濃いものよりも、あっさりとした風味が好ましい。けれど、淡泊すぎるのも駄目。

 中々際どいラインだが、やはりバリエーションの豊富な店の方がいい。

 という訳で、ふと目に着いたパスタ専門店へ決める。

 決して「正直、どこでもいい気がする」とか思った訳じゃないよ? 多様なパスタがあると、きっと好みの料理があるだろうと踏んでね。

 加えて、ピザにドリア、グラタンまで追加で注文できるという。

 うってつけの店だ。


「ちょっと緊張してきた」


「パスタにかい?」


 ついと呟かれた言葉にはヨークの本心が含まれていた気がした。

 密着しているため、全身の筋肉に力が入っているのがわかる。


「ちがう。ロムルスどんかん。きらい。そうじゃなくて、アナスタシアって人たちと会うのが」


「いま、嫌いといったかい?」


「だまって。ロムルス、教えて。仲間のこと」


「いまきr──」


「それはいい。早くおしえて」


 ぴしゃりと反論を封じるヨークは頑として譲ろうとはしない。

 すっと挟まれた暴言を耳聡く聴き分けてしまった五感を呪うべきか。

 成程、アヤメの気持ちが多少なりともよく理解できた気がする。


「そうだね……アナスタシアはとても怜悧な女性だ。美しく、触れる者全てを圧倒する確かな実力をもっている。ホロウは冷静で、何事にも動じない子だ。常に状況を達観して最善の判断を下す。テリアはムードメーカーのように慌てることなく、相手を慮れる子だ。ボクも何度助けてもらったかわからない。アヤメはおどおどとしているけれど、確固たる芯をもっている。マルタはアナスタシアのように頼りがいのある女性で、花の妖精のように暖かい人だ」


 一度口にすると存外スルスルと羅列できるものだ。

 客観視できているのか、それとも入れ込み過ぎているからか……どちらにせよ、情報のない第三者へ伝えるには十分すぎる。


「すごい……とりあえず、みんなすごいってことがわかった」


「何もわかっていないよ、ヨーク。よし、料理が運ばれてくるまで説明をしよう」


「ぅん。た、のしみにしてる」


 煮え切らない反応を示すヨークを尻目に、ボクは店の扉を開ける。

 すぐに店員が駆け寄ってくれて二人掛けの席に案内してもらう。

 シックな店内は心地のいい音楽が流れており、隠れ家を彷彿とさせる。

 身動きの取れないヨークを座らせて、メニューを渡す。

 店内にいる客はボクらを除いて一組しかいないのか、些か閑散とした印象を受ける。

 しかし、それが却って店のイメージに合っている気がするね。


 斜陽が程よく刺さる店内は、ちょうど昼時のピークを過ぎたのか落ち着いている。

 それぞれの席は個室のように独立していて、人数は収容できないものの、一息つくことのできる造りになっているようだ。

 しかし、ボクたちの案内された席の隣、パーテーションで仕切れらた団体は騒がしいようで、時折女性たちの声が響いている。


「な、なあ……そろそろ止めておいたほうがいいんじゃないか…………?」


「そうねぇ~。ストレス発散もほどほどにしなくちゃねえ。けど……」


「止められません……いや、止まりません…………!」


 どこかで聞いた声だ。

 やけに冷淡で、刃を彷彿とさせる鋭利さのある声に、捉えどころのないふわふわとしたソプラノの声音。

 震えているが芯の通っているびくびくとした声色。


「止まる訳ないじゃない……! もうなにも上手くいかない……ッ! ほんと……腹立たしいっ!」


「そうそう。こっちが下手に出てやってるのに、足元見てさぁ。「ではどちらかが嫁いでください」って。何様のつもりぃ? って感じ」


「まったくよ。万事掌の上とでも思っているのかしら? だとしたらとんだ思い違いですこと。わたくしたちは政治の道具じゃありません!」


「お父様を狡くした感じだけど、悪知恵だけは働くみたいなんだよね……」


 ああ、聞き覚えのある声だ。

 寿ぐような、音階を刻むような声色が二つ。

 憤怒の限りを尽くさん勢いには、聞いているこちらが縮み上がってしまう。


「おい、()()()()()()。この体たらくではロムルスを笑えないぞ?」


「え? ボク笑われてたのかい?」


 ()()()の爆弾発言に思わずパーテーションを乗り越えて聞き返してしまった。

 そこには、八日前と何ら変わらない皆の顔があった。

 ホロウやテリア、マルタは瞬時に「なんでお前がここにいる?」なんて咎めるような表情に変わったけれど。

 アヤメだけは驚愕に固まってオオカミ耳をピクピクさせている。


「勿論です。散々余裕を見せた挙句、迷子になって……一週間も姿を見せないなんて」


 小さな口を目一杯開けて、チーズのたっぷり載せられたピザを一齧りするアナスタシア。

 普段ははしたないといって、決して見せようとしない大雑把な行動は新鮮だ。

 やつれてみえるのは幻覚ではない。

 やけ食いをしている点からも、何か彼女たちの許容範囲(キャパシティ)を凌駕する出来事が起こったのだろう。


 事情を聞く必要がある。


 けれど、面白いから暫くはこのままでいよう。


「もしかして、心配してくれていたのかい?」


「だって……っ! 貴方はどこか大事なところで抜けているじゃないですか……だから………………え?」


「そうか。済まない。アナスタシアがそんなにボクを想ってくれているなんて。感激したよ。ほら、ヨーク」


「ん? どうしたの? 私はいま忙しい」


「改めて紹介しよう。彼女たちがボクに仲間だ」


「どこ……っ!?」


 ぴょこんっ! と仕切りから顔だけを出して隣席を確認するヨーク。

 幾ばくか緊張した面持ちの彼女は、先までの緩んだ頬を叩いて態勢を整えている。

 だが、真に気を引き締めるのはヨークではなく、ホロウたちの方だろう。

 呆けた表情のまま微動だにしていないのだから。


「どうしたんだい、アナスタシア。八日ぶりの再会じゃないか。もっと感涙にむせびな……いて…………も」


 ──いいじゃないか。ボクとキミの仲じゃないか、と。

 面白半分に軽口を飛ばそうとしたボクの口は、目元に涙を蓄えたアナスタシアを見て閉ざされた。

 まさか、本当に泣くとは……思わなかったよ。

 けれど、それは皆も同じようで、アヤメなどぎょっと目をむいて驚いている……君は驚きすぎやしないかい?

 違う。今はアヤメに構っている場合じゃない。

 アナスタシアが涙した? あの、怜悧を体現したような理性の象徴のような彼女が?

 誰もが口を噤んでいた。

 助けを求めてホロウに視線を送るも、貴様で何とかしろと言わんばかりの眼光で拒絶される。


 嗚咽交じりに涙を流す彼女は、妖艶の一言で片付けることのできない美しさがあった。

 女性に涙は似合わないというが、アナスタシアに限っては違う。

 その一雫が、赤く腫れた目元を拭う仕草が、呼吸の度に上下する喉元が、赤身を帯びた頬が。

 ただアナスタシア=メアリという女性を一層蠱惑的に仕立て上げている。


「ろム、ルス…………!」


「は、はい……! ボクがロムルスです!」


 終ぞ、慰めの一言すらかけられなかったボクは、直立不動で続く言葉を待つしかできない。

 何を言われても受け入れよう。

 調子に乗ってバカをしでかしたことは認めよう。決して慌てるアナスタシアが見たかった訳じゃないと弁明しよう。


「な、なんでしょうか…………?」


「………………ばかぁ」


 尻すぼみになる言葉は、聡明な彼女から発せられるには子ども染みていた。

 けれど、とても暖かった。

 底なしに安堵したような微笑みと共に、彼女はポカンとボクの右肩を叩いたのであった。

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