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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第二部【北の花園】
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37. 裁定

 順調だ。

 完璧な策略に、見事な手際。

 やはり私は領主に相応しい人物なのだと確信できる。


 窓からちらと市街地を一望するだけで、火の手のあがった地点が目に入る。

 それを横目に、全身を包み込むような椅子へと腰掛ける。


「マルタは排除できた。目下財政を圧迫する孤児院も潰すことができた。あとは生産性のない工業区を更地にするだけだな」


 仕事を終えた後の葡萄酒は極上だ。

 わざわざ今夜のために最上級の代物を取り寄せただけはある。

 苦節五十年。

 やっと私の苦労が報われる。

 思い返せば試練の連続だった。


 優柔不断で、未来の見通せない正しく無能という他ない父上の跡を継いだ私が、リヴァチェスターを復興させるためにどれだけ心血を注いできたか。

 限られた資源を使い潰すだけの工業など推進して何になる。

 機械工業を盛んにしたところで、還元される利益などたかが知れている。

 あんな鉄の塊が奴隷に取って代わるだと? バカも休み休み言え。

 一般家庭に普及すれば民の生活が向上し、工業も発展する……それは自分たちの首を絞める行為だとなぜ気が付けない?


 何が一領土の主に過ぎないだ。

 領土を統括する長だからこそ、民にその威光を知らしめし、皇帝の目を引くのだろうが。

 ウェスタ・エール帝国では皇帝が絶対だ。

 ならば皇帝と昵懇の仲になれば、その分領土は発展するに決まっている。

 回りくどい手段を用いなくとも、解決できるじゃないか。

 こんな簡単なことが死の直前までわかっていなかったのだから、父上は上に立つべき人間ではなかったのだろうな。


 私は違う。

 私は何をすべきなのか明瞭に理解している。


 皇帝に近づくには貴族位が必要だ。

 高貴な身分にはコネクションと権力が必要だ。

 他の領土とは差別化をして頭一つ抜きんでる必要がある。

 だから、私は()()()の手を取ったのだ。


「父上、成功しましたね」


 バタンッ! と豪快な音を立てて扉を開け、我が物顔でずかずかと入室するバルムス。

 粗野で下品な息子だが、姑息な手段を使わない一種気持ちの良い一面ももつ。

 少々女癖は悪いが…………往々にして為政者とは好色なものだ。


「あいつの保有していた財産は全て俺たちのものになるし、俺は奴隷を手に入れられる。父上は天才ですぜ」


「ああ、当然だ。それに、これでようやく心置きなく政策に打ち込める」


 まったく。

 マルタはバルムスを見習った方がいい。

 あれもこれもと手を伸ばすから、全てが中途半端に終わってしまうのだ。

 孤児院への出資など不要でしかない。

 優秀な者なら自ずと頭角を現すだろうし、何より小汚い餓鬼を登用すれば品位に関わる。

 工業への投資だって最たる不合理だ。

 工場主の機嫌をとり得られる利益など、リヴァチェスターには必要ない。


 その点、バルムスは現状をよく理解している。

 自身の快楽ばかりを貪り食らう姿勢には多少、思うところはあるが……許容範囲だ。

 コルセロも彼のように積極的になってほしいものだが。

 父と兄が優秀ならば、気後れしてしまいのも当然か。


「それで父上。いつ、俺はいつあそべるんだ?」


「焦るな、バルムス。堪え性を見せるのも次期領主の務めだぞ」


「しかし、父上。マルタで発散できなかった分、溜まってるんだよ」


 実の妹相手に、一体何を発散しようというのか。

 やはりバルムスの思考は卑湿で粘着質だ。


「……、ならば一人先払いで買ってくるといい」


「ああ! 感謝するぜ、父上!」


 ばたばたと大きな足音を立てて部屋を出ていくバルムスの様子は、正しく大きな子どもというべきだろう。

 忍耐力がなく、自己中心的な思考を持て余し、嗜虐心に満ち溢れている。

 しかし、主張のないコルセロと比較すると、どうしてもバルムスに軍配が上がる。

 あれで私やバルムスを蹴落とすための工作の一つ企てているのならばまだしも。

 日夜、書類業務へ従事して一日を終えるのだから、我が子ながら救いようがない。

 頃合いを見て処分するとしよう。

 そうだな、今回のように私の求心力と名声を高める捨石とするか。

 いや、私も歳だ。

 バルムスの踏み台として使ってやろう。


 さて、事は嵌まるべきピースへと収まった。

 後始末でもするかと、身を起こした時だ。

 ふと違和感にきがついた。

 ほんの些細で漠然とした小さな変化。


 火が消えている…………?


「おや、上機嫌だね。何か、良いことでもあったのかな?」


 ひたりと、背筋が凍った。

 まるで見えざる手に押さえつけられたように指の一本たりとも動かせず、背後から投げかけられた言葉には返答すらできない。

 衛兵は何をしているのか、どうやって侵入したのか、そんな取り留めのない疑問は口腔で霧散する。

 なにか、恐ろしいもの。

 なにか、形容しがたい泥のようなもの。

 一度絡みつけば逃走を許さない絶対性を感じさせる。


 無尽蔵の恐怖に、私はただただ震えることすらできなかった。






 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐






 情報とはかけ離れている。

 あくまで推測にすぎないけれど、目の前で恐怖に打ちひしがれる男が真にフェイラー=ノヴゴロドなのか判断がつかない。

運命識士(リードスペクター)】曰く、フェイラーという人物は悪辣で、油断ならない人物だと評していた。

 故に、成程、知能犯かと打てる限りの布石をちりばめて眼前へと臨んだ。

 だが、実物はどうだ。

 肩透かしもいいところだ。

 いや、パッケージ詐欺というべきか。


 覇者には相応のオーラがある。

 カリスマ、リーダーシップ、抗いがたい人的魅力、人を統率して指揮するためには必須となる先天的な実力。

 アナスタシアやラインのように、言葉に実行力を付与する主導力。

 それが、フェイラー=ノヴゴロドには皆無といっていい。

 上から目線で何様のつもりで酷評しているのかと自嘲するも、フェイラーは領主ではなく悪い意味で目立つことのない官僚に近しい男だと感じてしまう。

 つまるところ、覇気がない。


「な……何者だ……! 私を領主だと知っての狼藉か……!」


 狼藉も何も、ボクは別段行動を起こした訳じゃない。

 ただホロウのように存在を隠匿して、ここまでたどり着いただけ。

 無論、フェイラーを留めるために()()()を使ったけれど、彼には知る由もない秘術だ。


「ボクはオリバー=ロムルス。しがない傭兵さ」


 返答する気はなかったが、彼をこの場に縛り付ける理由がいる。

 すると、半ば半狂乱となったフェイラーがふっと息を吐いたのだ。

 渋々ながらも会話に応じたボクの言葉のどこに安堵する要素があったのか。


「なるほど、雇われた三下か……いい提案をしよう。私を見逃したまえ。そして、雇い主の情報を全て話せ。さすれば、君を罪に問うことだけはしない。約束しよう」


 取り繕うような格好に、澄ましたような仕草、張りぼては所詮見せかけに過ぎない。

 口をつけたワイングラスと虚勢に等しい調度品の数々は、彼の内面を映し出しているようだ。

 どうにも、彼は見当違いの命乞いをしているようで、見ていると滑稽にも思える。


「正直、君に恨みは…………これっぽちもないとは言えないけど、大層な憎悪はないさ」


 そう、ボクはね。

 確かに、会談の約束を理不尽に延期したり、礼節に欠ける態度が多々あったりと皆無ではない。

 しかして、直截な被害を被ったわけでもない。

 ()()()()()に際して、フェイラーの存在は正直取るに足らない塵芥も同然だ。

 何故なら、ボクが必要とするのは“自由”を重んじ、“愛”を失うことのない統治者だから。

 綺麗事、理想論、夢物語。

 嘴の黄色い青二才が絵空事を語っているに過ぎない存在。

 けれど、ボクは何よりも“協和”が必要だと信じている。

 故に、フェイラーは()()なのだ。

 …………“自由”と“愛”のために生命を蔑ろして、何とも矛盾しているね。

 きっと、それは本物ではないのかもしれない。

 簡単に瓦礫する偽物に等しい。

 だが、追い求めてしまう。

 希求してしまう。

 渇望して仕方がない。

 ボクは示したいだけかもしれない。

 誇示して、受容してほしいのかもしれない。

 例え、おためごかしの偽物だったとしても、この世界には“愛”で成り立つ世界が存在するのだと。

 そして、“愛”を信じたあの人を肯定させたい。


「……? ロムルスくん?」


 おっと、思索が過ぎたね。

 コツコツと確固たる意志の下に部屋へと踏み入れるマルタの声によって、ボクは心の内から意識を引き剝がす。

 内省ならいつでもできる。

 いま、作戦は佳境を迎えている。

 持論を諳んじる余裕はない。


「済まない、気がそぞろになっていたようだ。準備はできたかい?」


「うん、万端。待っていてくれてありがとう」


 首肯して自信ありげに胸を張る彼女の装いは、初めて出会った時と同様に、花の妖精を彷彿とさせる雰囲気を纏っている。

 花冠のような(ティアラ)が輝き、腰には一振りの細剣(レイピア)を佩いている。

 曲解していた右脚はボクの“霊力“で治癒したために健康的なスタイルは損なわれていない。

 とはいえ、五体満足なマルタの様子を見て、フェイラーは慄いているようだ。


「なに、これはキミの戦いだ。ボクは部外者にすぎない」


「そう? わたしはロムルスくんを他人だとは思わないけど?」


 悪戯が成功した子どものように微笑むマルタは妖艶さを内包した服装と雰囲気で、思わず呆気に取られてしまった。

 いつか、彼女は「マルタお姉さん」だと自称していたが、確かに年上の女性然とした包容力は感じる。

 長女という立場なのか、それとも孤児院で子どもたちの面倒をみてきたからか、よく似合っている。


「さって、わたしの戦い……しっかり終わらせないとね」


 扉の近くでフェイラーの動きを止めていただけのボクを追い越して、マルタは父親へと歩を進める。

 マルタの戦い。

 ああ、言い当て妙だ。

 これは彼女が抗い続けてきた、その集大成だ。

 ラヴェンナ商会との契約はきっかけに過ぎない。


 マルタは耐え忍んできた。

 亡き母親の背中を見て、出口のない暗闇で藻搔いて、醜悪な悪意に充てられて。

 それでも、彼女は両の脚で立っている。

 規模の大きい親子喧嘩だと、屋敷に向かうまでの道中彼女は形容した。

 成程、親子間の関係が拗れている以上、間違いはないのだろう。

 常道では和解するか、それとも仲違いして二度と顔を合わせない程に破綻する。

 しかし、権力が絡むと途端に一般家庭の範疇から外れる。


「マルタか…………その男に尻尾を振ったのか。それとも、金で雇ったのか」


「う~ん、どっちでもないかな。ちょっとした契約を結んだだけだよ」


 ちょっとした契約か。

 実情はそんなに軽く言い放っていいものじゃない。

 ボクの素性を明かして、一命をとりとめたマルタへ提示した選択肢。


 このまま泣き寝入りをするのか、それともボクたちの手を取るか。

 前者の場合、マルタはリヴァチェスターを離れて天寿を全うするまで生を謳歌できる。

 地を這って必死に生きてきた彼女にとってはある種、救いとなる道だろう。

 奴隷として地獄を経験する子どもたちや終末を待つ技術者へと目を向けなければ。


 後者の場合、ボクは彼女に覚悟を問う必要がある。

 ただ漫然と命を救うだけではない。

 リヴァチェスター領を掌握するための一手。

 フェイラーやバルムスといった存在は捨て置いていい種別ではない。

 確実に葬らねばならない諸悪だ。

 けれど、ボクが手を汚せば、それはただの暗殺だ。

 故に、より親密に生きる者が手を下さねばならない。


 第三者による継承権の簒奪ではなく、れっきとした謀殺とね。


 その結果──マルタは後者の選択肢を即決した。


「マルタ……! 親に向かって馴れ馴れしい!」


「わたしはあなたを親だと思ったことはないよ」


 ぴしゃりと言い捨てたマルタの言葉には絶対零度の冷たさがあった。

 穏やかな雰囲気から一変した様子には、さしものフェイラーとて口を挟めず歯嚙みして沈黙するしかない。


「最期に言い残すことはある? 自己満足に終わるだろうけど、聞いてあげる」


 スラッと抜き放った細剣(レイピア)をフェイラーの右肩へと置く。

 自然と横目で切っ先を視界に収められる形となり、生唾を呑み込む音が室内へと反響した。

 マルタの口調はまるで一面の雪月花を彷彿とさせる。

 生命の息遣いを感じさせない、生気のない白だ。


「………………許されざる大罪だぞ、マルタ。貴様も、私と同じ末路を辿ることとなる……誰にも見送れらることのなかった母親のようにな」


 そして。

 酷くしゃがれて、醜悪な男の声はそれっきり聞こえなくなった。

 ヒュッと空を裂き、肉を断絶した子気味のいい音が耳朶を打つ。

 無表情の鉄仮面を被った一輪の白い花には、滲むような赤が撒布されたのだった。

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