28. 名伯楽が如く
喧騒と粗野な怒号が支配する空間。
血と汗の綯い交ぜとなった香りは幾許の郷愁を覚え、同時に、耐え難い嫌悪を感じさせる。
閑散としていたアウグリュニーとは対照的に、エディンの冒険者ギルドは雲霞の如く筋骨隆々の冒険者でひしめいている。
滴る血液を点々とさせながらカウンターで査定を受ける者、多様な形をした岩石を露天商のように見せびらかす者、掲示板を睨んでああだこうだと言い合うパーティ。
盛況なギルドに、ボクたちは依頼を求めて足を運んだのだ。
「“金”級冒険者の方ですね。希望される報酬をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「うぅ~ん。いっぱいかなぁ」
「は、はあ……では、難度はいかがしましょう」
「おまかせするわぁ~。“白金”級でも構わないわぁ」
「そ、れは…………規定に抵触致しますので承諾致しかねます」
「そう~? ならぁ、“金”級でいいわぁ」
漠然とした受け答えで受付嬢を困惑させるテリアの様子を、ボクは隣でひやひやしながら見守っていた。
いつ彼女の堪忍袋の緒が切れるか、いつ責任者に見咎められるか、大きな騒ぎには発展しないといいなとばかり。
取り留めのない空想とは裏腹に、どうやら希望は受け入れられたらしい。
常に冒険者の対応をしているギルド職員のメンタルは、きっと金剛石よりも堅牢なのだろうさ。
「では、かけてお待ちください」
「はぁ~い。ありがとねぇ、お姉さ~ん」
ひらひらと手を振って受付を去るテリアを追いかけながらも、ボクは周囲の様子を観察する。
ボクたちが依頼を探してもらったカウンターは“金”級以上のみが使用できる専用窓口だ。
“黒鉄”級冒険者は例外として、“白金”級や“金”級は冒険者の中でも上位層にあたる。
そうなると、掲示板に提示される依頼以外にも筋金入りの難度を誇る代物だって回ってくる。
だが、単純に“銀”級や“銅”級の占める割合の多い掲示板へといつ受注されるか不明瞭な依頼を貼り付けるわけにもいかない。
故に、専用のカウンターを用意して、ギルドの側で依頼と冒険者を精査するのだ。
実に合理的で、理にかなった仕組みだね。
「ねえ、ロムルスくん。本当に“金”級でよかったの~?」
「ああ、問題ないよ。“銅”級でいるよりは恩恵が大きいからね」
そう、ボクたちは先の魔獣討伐の件で“銅”級から“金”級へと昇格を果たしたのだ。
“黒鉄”級であるドーリアとの共闘だが、同行していた“金”級冒険者パーティが死体となった時点で生き残りは彼ら以上の実力があると判断されたのだろう。
無闇に注目を浴びる必要はないが、“白金”級よりはマシだ。
とはいえ、いづれは冒険者の権力も入り用になる。
それまでに、ある程度の実績を稼がねばならない。
それと──
「麗しき女神と愉快な仲間たち様、該当するご依頼がありました」
「ねえ、名前だけはどうにかならなかったの~?」
「ボクたちを表すのに相応しいじゃないか」
「依頼達成報酬は三金エール、依頼内容は海獣の討伐となります」
資金調達だ。
誰がとち狂ったのか、ラインより預かった資金の三分の一を祝賀会用につぎ込んだために…………少し心許なくなったのだ。
幸い、アナスタシアは昨晩の怪しさ満載な会合に赴くことを決めたため時間に余裕はある。
とはいえ、彼女を一人で行かせる訳にはいかず、超抜級の隠密行動が可能なホロウが影に潜み行動を共にしている。
ボクに限ってはリヴァチェスター領に入ってからずっと時間ばかりを潰している。
皆は働いているのに一人だけふらふらと遊び歩いて、心苦しい。
だが、ボクの出る幕は今のところ皆無だ。
故に、皆の補佐に手を貸すべきだと判断した。
「少し、確認させて頂きたいのですが……登録者は四人、リーダーの方もいらっしゃらないようですが」
「色々あるのよぉ~。今は二人だけで、リーダーのいないの~」
「そうですか…………殉職届はありませんので、ただの不在でよろしいですか」
「ええ~、それで構わないわよぉ」
かしこまりました、と頷いた受付嬢はそのまま奥に引っ込んでしまった。
それにしても、殉職届か。
確かに、冒険者という職業柄、殉職率は突き抜けて高いだろう。
あくまで要人警護に終始する傭兵や、帝都周辺の安全区域の巡回しか行わない騎士とは比べ物にならないだろう。
「麗しき女神と愉快な仲間たち様。本件は七人以上の冒険者が必要なため、他のパーティーとの合同討伐となります」
「……しかたないわねぇ」
「ありがとうございます。新緑の双剣様は既に待機しておられます。あちらにどうぞ」
指示された方向は合同依頼の待機場だ。
依頼ごとに区分けされた区画には、新緑何某の他にも数多の冒険者が屯している。
しかし、誰が“金”級冒険者なのかは一目で分かる。
見るからに煌びやかで豪勢な装備に身を包んだ一団。
魔獣討伐をギルドが承諾するパーティとなると、歴戦の猛者なのだろう。
はたして、テリアとボクは“金”級と目されるパーティの眼前まで歩み寄った。
「あなたたちが新緑の……かしらぁ?」
おや、テリアもボクと同じくフルネームを覚えられなかった口か。
だとしても、途中で口ごもるのはどうかと思う。
せめて、ボクたちのパーティネームを言えば向こうも分かっただろうに。
「あ、ああ……そうだが。君たちは?」
怪訝そうに眉をひそめたのは爽やかな青年だ。
両手剣を背負う全身鎧の立ち姿は正しく“金”級冒険者の風格だ。
「魔獣討伐の冒険者よぉ~」
「おいおい、噓だろ? 二人だけかよ」
「それに、なんですか…………その装備は。本当に“金”級なのですか?」
テリアの返答に青年が答える前に、二人のメンバーが口を挟んできた。
人数に絶望している中年はタンク職なのだろう、立派な大楯に一際頑強な鎧に身を包んでいる。
何のつもりか、拳大の岩を弄んでいるが。
持ち前の筋力を誇示するためのパフォーマンスだろうか。
そして、ボクたちの装備に懐疑心を隠せない少女は片手剣を佩き、円形の盾を背負う軽装で攪乱をメインにする職と窺い知れる。
唯一、一言も喋らずに趨勢を見守る僧侶然とした長身の男を合わせた四人が新緑の……なんだっけな。
まあ、うん。
共闘相手なのだろう。
とはいえ、彼らの意見にも賛同できる。
ボクたちは半数の二人で装備だって、普段着に等しい。
辛うじて、テリアがこげ茶色の外套の羽織りへと着替えただけだ。
ボクも純白の軍服姿で目に見えて武具を携帯している訳でもない。
魔獣討伐を行うにしては軽装にも程がある。
だが、砂上の楼閣が如き資金を今後一切使用しないであろう装備につぎ込む訳にはいかない。
見栄えや上辺だけを取り繕うよりは、一時の不信感で抑える方が安上がりだしね。
冒険者ならば依頼達成をもって実力とすればいい。
ゲテモノであろうと“黒鉄”級冒険者というだけで贔屓にされる業界なのだから。
「あなたたちが何て言おうとあたしたちは“金”級よぉ」
「気を悪くしたのなら、謝ろう。悪気はないんだ。大丈夫、僕たちが前線に立つから君たちはサポートをしてくれ」
形だけの謝罪。
彼がリーダーなのだろうが、ボクたちを“銀”級上がりの新人だと思っているようだ。
まるで、同僚ではなく部下に向ける眼差しに言動。
ただのお荷物としか見ていないのがありありと感じられた。
その扱いにテリアは見くびられたと感じたのだろう、むっとして反論しようとしている。
しかし、彼女の不満が爆発することはなかった。
「ご、ごめんなさい…………っ! 遅くなりました……っ!」
てとてとと、いや、ふらふらと少女が現れたからだ。
彼女は両腕に食料を抱えて、碌に前方すら見えていない。
しかし、障害物や通行人は巧に避けて危うげながらも確かに彼らの前まで辿り着いた。
成程、買い出しを任されていた五人目のメンバーかと。
彼女の弱々しい声によって空気が弛緩したためか、テリアの毒気もすっかり抜けたようだ。
ボクたちへの不信感は拭えないだろうが、所詮、依頼を共にするだけ。
完全に信頼する必要はない、と。
ボクもテリアも、彼らへの印象は悪くとも依頼達成のために大人になろうと頷き合った。
ひとえに、資金調達のための障害だと。
そう、小さな敵意を嚥下しようとした。
だが、それすら、当たり障りのない関係性すら、叶わなかった。
「ちんたらしてんじゃねえぞッ! ドブネズミがッ!」
「ひ……っ! ごめんなさい! ごめんなさい……っ!」
タンク役の大男が腕を振りかぶった。
彼は確か、どうしてか岩を持っていたはずだ。
情景が緩慢に流れる中、【運命識士】によって提示される“未来”は悲惨だった。
十分な膂力と速度の載った岩はそのまま直進し、罵倒された少女の腹部へと吸い込まれる。
すると、たちまち彼女は悲鳴と共に蹲り、その拍子に抱えていた食料をばらまいてしまう。
彼女の落ち度ではないにも関わらず、彼らは悪罵の限りを少女へと浴びせ、足蹴にする。
そこに親愛はなく、ただ嘲りと侮蔑だけがあって。
依頼達成の穏健な関係性などかなぐり捨てて、利害など不要で。
投擲される岩を撃墜しようと鉈を取り出す寸前で…………【運命識士】はもう一つの“未来”を提示した。
その刹那、ボクは行動の一切を取りやめた。
「あたし、あなたたちのこと嫌いかもぉ~」
がしッとも、べきッとも言えぬ破壊音が響く。
それと共に、憤怒に満ち溢れたテリアの殺意と“龍気”がギルド全体の空気を重く圧迫した。
亜音速を超えて動ける者はボクのみならず、テリアも同じ速度で動くことができる。
彼女は“龍人”の勘をもって、少女に降りかかる災難を事前に防いだのだ。
ボクの出る幕は、やはりなかった。
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横たわる空気は険悪だ。
樹林に降り積もる雪と、点々とする獣の足跡の強調される雪景色の最中。
既に数時間歩き続けているが周囲の景色に代わり映えはない。
エディンのギルドからは昼前に出立したため、太陽は姿を隠しつつある。
ザクザクと雪の積もる大地を踏みしめる音は七つ。
やや前方を進む五人の“金”級冒険者、新緑の双剣はまるで親の仇のようにボクとテリアへ嫌忌をぶつけてくる。
対して、テリアもまた軋轢を生じさせるように敵意を剝き出しにして睨み返している。
おかげでいつまで経ってもピリピリした空気が充満しているのだ。
先のギルドでの衝突は他の冒険者の静止と、ギルド職員の警告によって矛を収めた。
テリアの殺気は本物であり、素人であれば卒倒してしまう圧力を含意していたが…………歴戦の冒険者諸君は弾かれたように俊敏に動いていた。
おかげで、新緑の双剣には怪我人はでなかった。
どうやら、ギルド内での喧嘩は御法度であり、もし拳を交えるのならばギルドの外で私人間の諍いという形で納めなければならない。
彼女の不満からは即刻半殺しの憂き目に遭わせるものとばかり思っていたが、どうやら依頼を優先させる理性は残していたらしい。
だが、テリアでなくともあの扱いは瞋恚を隠し切れないだろう。
かくいうボクも殺しとはいかずとも、二度と粗相のできぬように恐怖を植え付けるところだ。
無言で歩み続ける間に【運命識士】をもって新緑の双剣たちの情報は閲覧しておいた。
リーダーはやはりというべきか大剣使いの青年エリオットで、副リーダーは瞠目していた長身の僧侶バンド。
大楯の男ドミンゴと軽戦士の少女エラは随分と嚙みついてくれたが、特筆すべき役職は皆無だ。
そして、索敵をこなすのが渦中の少女、アヤメ。
小さな鈴の付いた木製の杖を握り締め、びくびくと怯えながら進む彼女は使い古された灰色の外套に、かつては白かったのであろうエンパイアタイプのワンピースのみ。
フードで顔全体を覆っているために表情までは窺い知れない。
速度を重視する軽戦士やホロウのような暗殺者よりも薄装であり、リヴァチェスターの寒さすら防げていない。
他のメンバーがオーダーメイドの重装備に身を包んでいる分、彼女の異様さが際立っている。
役職上誰よりも先頭に躍り出て真っ先に危難を受ける上に、索敵がいないと後手に回ってしまう冒険者パーティの性質を考えると重厚であって損はない。
加えて、ギルドでの扱いだ。
一考を介在させる余地すらなく、彼女が軽んじられていることは明白。
ボクにとっては既視感のある光景だ。
かつての世界──もはや細部の記憶は欠落してきたが──でも、クラスメイト同士の不条理の押し付けがあった。
あの時は…………己がどのように行動したのか定かではない。
なにせ、両親の顔すら、今となっては思い出せない。
それ程に、この世界における出来事の数々は、そして出会った人々の印象は、強くボクに衝撃を残したのだ。
そう、最早、己の判断ではない。
今はボクが判断を下すべきだ。
見捨てる、看過するなんて言語道断。
“自由”を享受できないのであれば、“自由”にする。
それが、ボクの理想、その片鱗なのだから。
ならば、どうすればいいか考えろ。
冒険者同士のメンバー移行は存外頻繫に行われている。
腕利きパーティへの引き抜きや、自主的な脱退…………指折り数えれば枚挙にいとまがない。
だが、彼らが悦に浸れるサンドバッグをそう簡単に手放すとは思えない。
情報と観察した様子を鑑みるに、冷遇しているのはドミンゴとエラの二人のみ。
バンドは黙殺、エリオットはパーティの士気のために黙認している状況。
たった一人を大義名分やただの気分で圧殺するなど反吐が出る。
さて、如何に穏便且つ秘密裏に事を運ぶかと思考を巡らせていたボクは、ふと立ち止まったアヤメの様子に現実へと引き戻された。
「…………えと、前から白狼が三、右斜め前から八来ます」
その一言を受けて新緑の双剣たちは各々武器を構え始めた。
彼らに押し出されるように、まるで役目は終わったとばかりに後方へ下がるアヤメ。
だが、ボクには疾走して接近しているであろう獣の気配を察知できない。
「テリア、本当に近いのかい?」
「……………………いるわねぇ。けどぉ、本気で探したわぁ」
なんだって? テリアが索敵のみに集中してやっと見つけられる一団を、アヤメは事もなさげに察知したというのか?
“龍人”たるテリアの五感は人間のそれを遥かに凌駕しているにも関わらず?
はたして、ボクが驚愕している傍ら、白狼は宣言通りの数が襲撃を仕掛けてきた。
【運命識士】を閲覧していれば識れた“未来”で、テリアもまた索敵に集中すれば発見できる。
しかし、アヤメはボクたちよりも数秒早く…………いいや、彼女の警告がなければ発見は更に遅れていただろう。
【権能】か、才能か。
どちらにせよ、どうして飛びぬけた索敵能力を誇るアヤメがああも白眼視されるのか。
疑念は深まるばかりだ。
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じとりと極度の緊張から握りしめた拳が濡れている。
そう、わたくしは張りつめているんだ。
ふうと気を取り直すように漏れ出た吐息が、誰もいない空間に溶ける。
眼前のテーブルにはグラスに注がれた高価な赤ワインが、数分間水位を変えることなく鎮座している。
指定されたレストランの案内された個室で、わたくしは一人相手を待っていた。
いや、正確には二人だが。
わたくしの影の中に潜むホロウは息を殺して、やもするとわたくしが彼女の存在を忘れてしまいそうになる。
【権能】の応用とはいうものの、ホロウ自身の潜伏技術が成せる業だろう。
とはいえ、ノヴゴロド家の人間と交渉を進めるのはわたくしの役目だ。
談議の戦場においてはたった一人で堅牢であろう牙城を崩さなければならない。
わたくしは…………一度、失敗している。
今回のように、チャンスがそう易々と降って湧くなんて奇跡は望み得ない。
いま、これから、わたくしに残された道は必勝のみ。
…………きっと、わたくしでなくロムルスであれば。
ダメだ。
弱きになるな。
これは、わたくしの理想だ。
わたくしだけの夢路なんだ。
だから、わたくしだけが戦場に立つことができる。
「お客様、お連れ様がご到着されました」
ノックの音と共に、給仕の丁寧な声掛けが耳朶を打った。
ついに、決戦の刻がきた。
相手はフェイラーか、バルムスか。
それとも、先の会合では発言しなかったコルセロか。
誰であれ、懐柔してみせる。
「初めまして、ラヴェンナ商会のアナスタシア様」
意気込むわたくしの認識はどうやら、末期かもしれない。
コツコツと高いヒールが床を打つ音、ソプラノの声色、薄桃色のミモレドレス。
いや、現実逃避はやめろ。
分かっているはずだ、アナスタシア。
フェイラーでも、バルムス、コルセロでもない。
ではノヴゴロド家の人間ではない…………訳じゃない。
まさか、長女が談合の相手なのか。
名は確か──
「わたしはマルタ=ノヴゴロドと申します。以後、よろしくお願いいたしますわ」
ノヴゴロド家の長女、マルタ。
花冠のような髪飾りに、くすりと浮かべた微笑が特徴的な彼女は洗練された所作でわたくしの対面に座った。




