12. なんてことのない休日
フォルド領は帝国西側領土の交易地であり、四方を囲む四つの領土と異なり非常に領土面積が小さい。
帝国西側領土にて最大面積を誇るのはリヴァチェスター領ではあるが、六割程度が針葉樹林に覆われているため居住区域は少ない。
しかし、面積のみを引き合いに出すのならば、やはりリヴァチェスター領だろう。
フォルド領はリヴァチェスター領の三分の一あればいい方で、首都アウグリュニーともあれば更に小さい。
アウグリュニーは中心に領主官邸が鎮座しているが、その周辺で客引きや商売が禁じられている禁則事項はない。
無論、官邸数キロに渡っては禁止だが、全面的な営業停止は宣言されていない。
夜が明けて路地に活気が戻った頃、ボクとホロウは冒険者ギルドへと向かっていた。
所狭しと並ぶ露店は路地を挟むように左右に羅列され、昨日と変わらない盛況ぶりを教えてくれる。
一体どこから元気が溢れ出ているのだろうか? と疑問に思うが、まあ隣りの店には負けじとする商売魂が可能にするのだろう。
「それにしても、暑いな。ロムルス、貴様はどうしてエディンと同じ服装で涼しい顔をしていられるんだ?」
人の波をかき分けて前へ前へと進むボクたちは、蒸し風呂の中に放りこまれたような熱気に包まれている。
その渦中にあって、ボクの装いは確かに異質に映るのだろう。
ただでさえ温暖なフォルド領の、人口密度で真夏かと思える程に飽和した暑さ。
しかし、どうにもボクは暑いと感じない。
汗の一滴もかかないし、脱水症状もなければ、ホロウのように作為的な暑さに辟易することもない。
つまりは、エディンで一新した、上下白の軍服に純白のローブ、黒のブーツとまるで場違いな服装のままなのだ。
まあ不便はないし、冒険者たちと“八堅種”の返り血は綺麗さっぱり洗い落とせたから問題はない。
「さあ、ボクにも分からないよ」
「貴様、つくづく人間味のない男だな」
「そういう君は……薄着すぎやしないかい?」
何を言ってるんだこの男? と疑問を隠そうともしないホロウは、エディンで購入した紺色のガウンを脱ぎ去り、黒のショートブーツに漆黒のパンツに、黒緋色のシャツ、黒のローブといったまあ簡素な服装だ。
しかし、額を流れている汗を見るに、今にもローブを脱ぎ捨ててしまいそうで気が気ではない。
「吾は身軽な方がいい。何時襲撃されようとも、対応できるからな」
「流石はホロウ。暗殺者としての防衛本能が染み付いているようだね。そういえば、ダガーはどうしたんだい?」
「聞いて驚けよ、ロムルス。吾は【権能】を強化してみせた………!」
「ほう、まさか“実存昇華”かい?」
「ああ、その通りだ」
華奢な胸を張って自慢げに宣言するホロウの様子はまるっきりありふれた少女だ。
まさか、道行く人々は彼女が凄腕の暗殺者であり、【権能】を一段階強化させてより強くなったのだとは思うまい。
ホロウの【権能】──【不可視透影】は自己を透過させて、その上で影を操作するなんていう二重の効力をもつ。
音や存在を抹消する技術をもつホロウが、透明になって襲いくるだけで理不尽なものだが。
なんと、影を自由に操って己が武器にすらできるという。
無論、幾許かの制約はある。
特に影の操作には影を自分から拡張することはできないし、そもそも影がなくては使えない。
けれど、ホロウはなんと【不可視透影】を強化した。
「影には体積があることが分かってな。ダガーや仕事着は影に放りこんである」
「成程、検問に引っかかることもないし身軽でいられる。いざという時はすぐに取り出せる。破格じゃないか」
想像するだけで寒気がする。
一見、無害で可愛らしい少女が、目を離した隙に帝国随一の暗殺者に様変わりするのだから。
今も、彼女は影にダガーを内包させて持ち歩いているのだろう。
「……万能の【権能】をもつ貴様に何を言われようと嫌味にしか聞こえない」
「はは、違いない。けれど、よく頑張ったね」
「……っ!? き、っさま!」
思わず無意識に手が伸びてしまった。
気付けばわしゃわしゃと、小さな努力家な少女の頭を撫でていた。
やや高い体温が肌を通して伝わって、年不相応の剣だこが際立つ両手に離されてしまう。
「まったく。往来の真ん中で、何を……!」
「人目がなければいいのかい?」
「ちが……っ! 恥ずかしいとかじゃなくてだな…………」
「ならいいじゃないか。ほら、もっと寄ってほしいな。撫で心地が良くてね」
「やめろっ! 貴様に撫でられると……、なんだこう…………浮ついた変な気持ちになるんだっ!」
なんだ、この可愛い生物は。
頭を振っていやいやと拒絶するホロウではあるが、羞恥のあまり耳まで真っ赤だ。
今日のところはこの姿が見れただけで良しとしよう。
……けれど、いつか思う存分撫でつくしてやろう。
その時は、きっとアナスタシアも、テリアも一緒に彼女を褒め称えようか。
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「それでは、換金してまいりますのでおかけになってお待ちください」
金髪の受付嬢は恭しいお辞儀をして、待合スペースを指さした。
ひとしきりホロウをからかって、到着した冒険者ギルドは酷く閑散としていた。
閑古鳥は飼っていないためか、まばらに冒険者はいる。
依頼を受けて出ていった者もいる。
だが、全体的に冒険者が少ない。
まあ、交易を生業とするフォルド領には目ぼしい依頼もない。
基本的に冒険者の仕事は薬草採取や獣の討伐、不足している街の労働力、昇級すれば魔獣討伐の補助だ。
要人警護や街の警備に関しては傭兵や、衛兵の仕事であるから獣もいない薬草の群生地もないフォルド領では必然的に冒険者の需要は減少してしまう。
「先に商人が話していたよ。領主が変わってから景気がよくなったってね」
「…………そうか、それはいい」
「けれど奇特な人らしくてね。様々な噂が飛び交っているよ」
「……………………貴様は便利な【権能】をもっているじゃないか。とっとと調べればいいんじゃないか?」
「つれないね」
「黙れ。その軽薄な口を閉じてろ。これ以上、吾の機嫌を損なうなよ」
長椅子の端と端。
それがボクとホロウの距離だ。
どうやら、道中に堪忍袋の緒を切ってしまったらしい。
彼女の反応があまりにも可愛らしいものだから、嫌という程に構ってしまった。
世の父親の気持ちが少し分かった気がしたよ。
ホロウは娘だ。
うん、ドルではあくまでビジネスパートナーだったが、今では娘として認識しつつある。
これは由々しき事態に他ならない。
ボクにはまだまだ人間が残っている証左に他ならないのだから。
「ロムルス様、よろしいでしょうか」
横目でホロウの様子を観察していたが、どうやらタイムアップらしい。
遠慮がちな声がボクとホロウを呼んだのだ。
しかし、異変があった。
それも、見てわかる程に明瞭な変化が。
増えている。
金髪の受付嬢の隣に、片淵眼鏡の如何にも胡散臭い面長の男が。
品のあるスーツに身を包み、赤茶色のベストを着ている男は直立不動を体現しており、その糸目からは思考を読めない。
さて、一体何の用でボクらの前にわざわざ姿を現したのか。
「ロムルス様、初めまして。私はこの冒険者ギルドの代表、カルメル=オルハンと申します」
「ギルド代表がボクらに何を?」
「…………込み入った事情があります。先は執務室でお話しましょう」
どうやら噓ではないらしい。
怪訝そうに眉をひそめるホロウには悪いが、カルメルの話はボクらにとって無視できない申し出だ。
改めて、ホロウが万能だと揶揄する気持ちが分かった。
【運命識士】はボクに幾重にも分岐する可能性を視せてくれるが、カルメルの誘いを断って円満な未来は存在しない。
「いいよ。カルメル、案内してはくれないかい?」
にこりともせずに、彼は背を向けてボクらを誘う。
向かう先は……階段か。
ギルドの上階に執務室を設けているのか。
「ロムルス。貴様に全て一任する」
「有り難う、ホロウ。いざとなったら、君に頼ることになるかもね」
「…………なに?」
ホロウが面食らうのも仕方ない。
いざとなったら──つまりは、血みどろの殺し合いに発展する可能性があるのだと示唆したのだから。
じわりと、冷や汗が頬を伝って滴り落ちた。
はは、緊張している。
重圧に押しつぶされそうになっている。
まだ、何も起きてはいない。
しかし、ボクは視たのだ。
待ち受ける“未来”の、選択肢の突きつける結末を。
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良くも悪くもどこにでもあるような一室だった。
窓は一つ、出入口とは対になるように日光を室内に入れていて。
来客用のソファに、ローテーブル、壁一面の書棚にカルメルが普段から使用しているのだろう机には書類が累積していた。
既に室内には黒髪のメイドが一人、紅茶を工芸品のティーカップに入れて待っていた。
カルメルが誘う通りにボクとホロウは書棚を視界に収めるように座った。
まるで全身が沈むような座り心地は、如何に調度品であるかを知らしめてくれる。
ホロウなんて目を白黒させて驚いている。
「さて、先ずはご足労頂いたことに感謝を、ロムルス様、ホロウ様」
「社交辞令は止そう。ボクらはともかく、君は多忙の身だろう?」
「はは、お気遣いなく。ここでは暇を持て余しておりますからな」
一呼吸おいてカップに手を伸ばすカルメル。
間の使い方が手馴れている。
警戒心を抱かせる仕草を一つたりとも選択しない。
それが却ってボクには癪に障るが。
「ロムルス様、お持ち込み頂きました魔獣の素材ですが…………単刀直入にお聞きします。あれはどこで、どうやって手に入れたのですかな?」
緩急の効いた手管。
疑うには余りあるか。
ボクらはまだ“銅”級冒険者の身分だ。
相性によっては“黒鉄”級であろうと危険な魔獣討伐を成し遂げて、大部分の素材を持ち込んだともなれば、余程の愚者でもない限り、八百長に勘付く。
違法な経路で手に入れた商品を横流ししているのか、それとも“黒鉄”級冒険者と何かしらの交流があるのか。
どちらにせよ、どす黒い手でまみれた商品を受け取るにはギルドの不利益に繋がると思い至るはずだ。
「正直に話そうか」
ここは一切の虚偽を含めずに語る方がいい。
後々のことを勘定に入れるのであれば。
エディンからアウグリュニーまで南下するように旅をして来たこと。
その道中でエルガスという商人に護衛を頼まれたこと。
三日目に彼らに騙されて洞窟へと誘われて魔獣の餌になるか、服従するかの二択を迫られたこと。
そして、その場にいた冒険者と力を合わせて魔獣を討伐して、エルガスたちを捕縛したこと。
カルメルは所々に相槌を入れて、時折補足説明を求めるように質問を繰り返していた。
それにしても、ホロウの視線が痛い。
ああ、その通りさ。
ボクは噓をついてはいないが、全てを包み隠さず話そうとはいていない。
誤謬を含めてカルメルを騙そうとしている。
だが、その全ては布石だ。
「まあ、こんなところさ。納得してもらえたかな?」
「…………ええ、整合性はありますね」
重ねて言おう。
ボクは噓をついてはいない。
ただ、隠しただけだ。
ボクたちの目的が商会設立だとか、ドーリアと手を組んだとか、“金”級と“銀”級冒険者を見殺しにしたこととか、そもそもボクらが四人パーティだとか。
信義則に反するだとか、批判は甘んじて受け入れようじゃないか。
ただカルメルに疑われたくはないと思っての行動ではない。
ボクが何を語ろうとも、彼はボクを敵とは思わないのだから。
ボクが謀っているのは──彼ではない。
「カルメル=オルハン。君は命令に従っただけ。そうだろう?」
「………………ロムルス様?」
微かに首をかしげるカルメルの額には隠しようもない脂汗が浮かんでいた。
彼が味わっているだろう、キリキリと締め付ける胃痛は想像に難くない。
たった数十分にも満たない、この会話は彼にとって数時間にも渡る生き地獄だったことだろう。
「ホロウ、彼とメイドの娘を頼んだよ」
「……ああ、任せろ」
怪訝に眉をひそめるホロウだが、ボクの意図するところを察せられたのだろう。
打てば響くとは……流石はプロだね。
意識を一人の男に集中させたのは、今この瞬間だ。
バキバキ──ッ! と天井を突き破り、光を置き去りにして振るわれる銀色の一太刀はボクとホロウ、の間を両断するように高級なソファを裁断した。
どうにかホロウを突き飛ばして、臨戦態勢を取るが…………相手が悪いやもしれない。
遅れて耳朶を叩く音を認識するより前に、彼は次なる行動へと移っている。
流麗かつしなやかな動きは予測していたよりも数倍も速く、反射的に半歩退いていなければ胴と首は泣き別れていた。
だが、安息も束の間。
横凪ぎに振るった男は勢いそのままに床を蹴り中空で一回転、後に袈裟斬りの要領で蹈鞴を踏んだ伽藍洞のボクの胴へと刃を振るう。
避け……られないな。
手の内を安易に明かしたくはなかったが、生命には変えられない。
“龍皇裂帛”で強化した右手で刃を掴み後方へと体重をかけて、男を執務机へ叩きつける。
空中で驚愕に表情を固める彼に対処は不可能であり、ボクの思い通りに頭から机を粉砕して倒れ込む。
ここでようやくボクは懐から鉈を取り出せた。
そのまま“龍皇裂帛”を纏わせて振るうものの…………やはり無理か。
ガチィィンッ! と凡そ鉄と鉄が衝突したとは思えない大絶叫が反響する。
加えて、ボクの“龍皇裂帛”と相手の“霊力”が反発しあい、衝撃波が頬を撫でる。
この間、僅か二秒と少し。
【運命識士】をもってしても仔細を閲覧できなかった男が、如何に手強いかよく分かった。
少なくとも、ドーリアと同等。
下手をすれば彼を容易に凌駕するであろう手合いだ。
鍔迫り合いで感じる力量と、殺気の籠った眼光は数多の強者を圧倒して余りある。
白い手袋に、黒の軍靴、黒の軍服に右の肩口の釣り紐は彼の位を表すように、金色に光り輝いている。
特徴的なのはその真っ白な髪と、獰猛な笑み、そして殺意に満ち溢れた視線だろう。
纏うオーラだけで圧倒的な彼の雰囲気は、まるで【楽園】で相まみえた太古の龍を彷彿とさせる。
「何者かな? ボクに──」
「何の用だってか? おいおい、今更、そりゃねえだろうがよォッ!」
強引に鍔迫り合いを解消させて、再び彼は間合いを図るようにじりじりと前進しだした。
仕切り直しという訳か。
何者であろうとも想像を絶する強者だとは分かっている。
殺意の上昇に合わせて【運命識士】の示す“未来”がノイズ混じりとなった。
この時点でドーリア以上だと痛感させられる。
さて、“未来視”が不十分な状態で、ボク生来の本能と【楽園】での経験値のみを頼りにやり過ごさなければならないとは。
誰かが生唾を吞み込んだ音が響き、耳をつんざく破壊音が室内に反響した。
「……ッ、まったく嫌になるね」
「ハハッ、ヒハハハッ! てめえ、いいぞォッ!」
先までの動きが噓のように思える。
まるで掴みどころがない。
基本に忠実だと思えば、変則的で、その場しのぎの苦しさ紛れの反撃も、到底対応できないであろう動きから致死の一撃を繰り出す。
コマ切りにした一秒の間に、十重二十重に斬撃を振るえる身体能力には脱帽だ。
片手で思うままに操る剣は……あれは青龍刀か。
刃がいやに厚い。
それにしても、途轍もない男だな。
致命傷は避けてはいるが、かすり傷は目を瞑らないと防戦一方になってしまう。
「ヒッ、ハハハハハッ! すげぇよ、てめえッ! 俺と互角かァッ!」
「互角……? 違うね。ボクの方がほんの少し、強いよ」
随分と上機嫌なようだが、水を差させてもらおう。
ボクは何も剣術ばかりを鍛えてきた訳じゃない。
彼の斬撃に合わせてわざと鉈を手放す。
勢いそのままに態勢を崩した男の脳天目指して“龍皇裂帛”で最大強化した拳を振り落とす。
「……ッ、面白れェ」
どろりと頭から、鼻から血を流す男は余計にやる気になったのか殺意が膨れ上がっている。
失敗したかな…………。
だが、先の攻防で理解した。
この男はまだまだ全力には程遠い。
そして、ボクもまだ【楽園】を残している。
しかし、ボクに現時点で彼に完勝する選択は取れない。
「もう止そう、帝都守護のシロイ君。君が如何なる任務で来たかは預かり知らないが」
「任務じゃぁねえ。俺は俺の意思でここまで来たんだよ」
「へえ、詳しく聞いても?」
「必要はねえよ。てめえだろ、ドルでロバートの奴を殺したのは」
おっと、予想外の方向から話が飛んできたな。
ちらと視線を逸らすと隅で二人を背にしてダガーを構えるホロウも、目を丸くして驚いている。
「ロバートを殺せる奴はいつかの日に帝国の厄介種になる。だから、早めに潰しておこうとな」
「独断専行かい?」
「ああ、てめえにとっちゃ朗報だろうがな」
「成程ね…………」
朗報というなら。
そもそも君が登場しない方がずっと良い結果を生んだだろうさ。
極力、ボクの存在を世に知らしめないように行動してきたつもりだったが。
痕跡を完全に隠蔽するなんて不可能に等しい。
かのジャック=ザ=リッパーならば、シャーロック=ホームズならば、ジェームズ=モリアーティならば。
明晰な頭脳に、周到な策略があれば。
可能であったかもしれない隠匿。
ボクは天才や秀才に劣る凡人で、行き当たりばったりな結果論のみを残してしまった。
まだまだ、足りない。
必要だ、万能の力が。
シロイのような戦闘狂であってさえ、交戦を躊躇うような絶対的な武力が。
嗅覚の鋭い者にさえ勘付かれない緻密な計画が。
全知と全能を統べる圧倒的な、力が。
仕方ない、か。
これはボクの不手際で、ボクが挽回すべき失態だ。
手札を伏せるのはやめにしよう。
もしもの時に切る予定であったが、今が、その時だ。
「…………シロイ君。どうにも、君のおかげでボクの至らぬ領域に気が付けたよ」
「へえ……そりゃ、殊勝なこって」
「けれど、感謝はしない」
「……おい、ロムルス。何を、するつもりだ…………?」
震えるホロウの声色が全てを証明している。
眼前で青龍刀を構えて一層の殺気を練り上げているシロイの様子が、ボクへの警戒心の裏返しだ。
「君は独断専行といった。ならば、君を始末してしまえばボクはまだ安泰という訳だ」
【運命識士】は万能で、【楽園】は閾値を超えている。
古今東西の強者、今は亡き英雄、世界を創造したであろう傑物ですら投影してしまう。
そして、挑戦者たるボクはありとあらゆる技術を、秘術を、妙術を、習得する。
できる、できないの可能論ではないさ。
しなければならないんだよ、ボクは。
「さあ、シロイ君。二分だ。君の命の、時間制限はね」
小指から順に握り、親指をもって固定する。
ボクの両手に収まるのは愛用の鉈ではない。
かつての英雄、現役を退いた老兵の忘れ形見だ。
武骨な彼とはまるで似合わない拵えの双剣は、半生に渡って生死を共にしてきたかのようによく馴染む。
禍々しくも神聖な朱色の片刃の剣は、唯一の窓から注がれる陽光を反射して、久方振りの外界に歓喜して。
一振りで片手剣と同等の重みを誇る双剣は、『豪傑』ロバート=クライブ以外には振るえないだろう。
朱色の右剣と朱色の左剣。
彼が命を預けた名刀は、再び日の目を見ることとなる。
そして、もう一つ。
ボクは奥の手を切る。




