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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第一部【比翼連理】
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7. 優しさとは

 新鮮な気持ち。

 わたしの少ない語彙力じゃ、自分の言葉を言い表せない。

 あんなにも誰かに優しくしてもらったことなんて、奴隷になってから一度もなかったから。


 世界はとっても非情で、理不尽だ。

 九のころに怖い人たちに襲われて、お父さんもお母さんも殺された。

 目の前で。

 わたしはどこにでもいる村娘で、朝起きたらお父さんと一緒に畑で働いて、夕方になったらお母さんと夕飯の準備をする。

 お友だちだってそれなりにいたし、兄弟がいないのは寂しかったけど、その分、二人はわたしを愛してくれた。

 ずっと、そうだって。

 ずっと、わたしは二人の娘として生きて、お金持ちじゃなけれど……それでも幸せに過ごせるんだって。


 けど、わたしの幻想はそう長くは続かなかった。

 難しいことはわからない。

 当時のわたしは自分でもびっくりするぐらい子どもで、幼かったから。

 だけど、わたしの幸せが、大好きな人たちが、いなくなったんだってことだけはわかった。

 強盗か、道楽か、それも定かじゃなけど、怖い人たちが小さな村に火を放って、次々に男の人を殺して回った。


 二人は必死に逃げてって、わたしを助けるために殺された。

 じゃあ、わたしは無事に逃げられたかって…………? 今でも後悔してる、あの時、叶うはずもない希望を信じたりせずにわき目も降らず足を動かしたらって。

 でも、無理だったし、十三になった今のわたしでも……きっと足が竦んで逃げられない。

 何もできずに捕まったわたしはたくさん殴られて、怒られて、男のひとの棒をいれられたりした。

 痛かったし、怖かったし、もう早く死にたいって思った。

 今でも、そう思う。

 でも、わたしが死んじゃったら、お父さんとお母さんは何のために殺されちゃったの? って、そう思っちゃう。

 村のお友だちとは離れ離れになって、色々なひとの所にいって。

 みんな、わたしに色々なことをさせる。

 どれだけ頑張っても持ち上がらない荷物を運んだり、おおかみさんと一緒にねたり、ずっと叩かれて殴られてけられたり。


 泣いたら殴られる。

 殴られるとみんなわらう。

 それが、どうしてもゆるせなかった。

 心の中からむかむかして、だから、わたしは二度と泣かないってきめた。


 助けてくれる人はいないって、最初に怖いひとから教えてもらった。

 そんなばかなって、わたしはまだまだ子どもで、可哀そうな目に遭ってる子どもをきっと誰かは助けてくれるって。

 奇跡はないってこと、わたしは知ってたはずなのに。

 だって、わたしだけじゃないかった。

 わたしよりも汚れてたり、細かったり、今にも泣きそうだったり。

 こんなに助けなきゃいけない子どもがいたら、正義の味方も途方に暮れちゃうだろう。

 だから、わたしは()()()みたいに死んじゃうんだなって納得した。


「君は強いね。ご両親の願いを、気丈にも守り続けている」


 その男の人はわたしが見張りをしてると、こっそり近づいて話かけてくれた。


 色々なひとのところで、色々なことをしたわたしはエルガスさんってひとの奴隷になった。

 何をしているひとなのかはわからないけど、他のひとと一緒で、わたしをぶったり、悪口を言って働かせる。

 どれもやったことがあるから、わたしは苦労しなかったけど。

 パールちゃんとか、ボンネスおばあちゃんとか、コットお姉さんはぜんぶ初めてで何度もエルガスさんたちに叩かれてた。

 ボンネスおばあちゃんが息をしなくなったのも、きっとそのせいだ。

 いつでも、ぞっとする。

 いつでも、わたしは同じ立場になるかもしれないから。


 何日、何年、エルガスさんの奴隷でいたかわからないけど。

 変な人たちがエルガスさんの仲間になった。

 男の人と、女の人が三人。


 白と赤の髪に真っ白な服、左腕がなくて右眼はすっごく痛そうな怪我と一緒に閉じてる人。

 ずっと笑顔なのに、エルガスさんみたいな笑顔じゃない。

 すごく自然で、みてるとわたしも笑顔になっちゃう。

 他のひとたちがわたしたちを叩いたりするけど、男の人たちは難しい顔をして何もしない。


「ボクはオリバー=ロムルス。君、名前は?」


「…………カ、レン」


 忘れてた。

 オリバーさんに聞かれるまで、わたしはお父さんとお母さんにもらった名前を忘れてた。

 なんでかわからないけど、さみしくなった。

 かなしくもなった。

 わたしはもう、カレンじゃなくて、ただの女の子になったみたいで。


「どれ、少し傷をみせてごらん」


 わたしは……あれ、そう、されるがままだった。

 ひとに逆らおうって思わないんじゃない。

 逆らっても、いやだっていっても、最後にはかなわないもの。


 オリバーさんは真っ暗ななかでもわかるくらいに白い服だったから、飛び跳ねてわたしの背中をみる様子がウサギみたいだと思った。

 エルガスさんに叩かれたからヒリヒリしたけど、今日は他のひともいたからいつもより少なかったから……きっと、まだ叩かれても死なないと、思う。


「………………少し、お話をしよう」


「……? おはなし?」


「ああ、君の。そうだね……君のご両親のことを教えてくれないかい?」


「………………どうして?」


 きっと、わたしはこの時のオリバーさんの顔を忘れないと思う。

 この先、カレンって名前を忘れても、オリバーさんの名前と顔と、匂いと、喋り方と、ぜんぶ覚えてる。

 そのくらい、きれいでかっこいい笑顔だった。


「君を育ててくれた人たちのことを聞きたいと思ったから。もし、話したくなかったら無理にとは言わない」


 オリバーさんの言葉は半分くらいよくわからなかった。

 けど、わたしは話したいって思った。

 お父さんは優しかったけど、怒るときはこわくて。

 お父さんの作るお野菜はぜんぶ美味しいってこと。

 お母さんはお父さんより怒りっぽかったけど、声は暖かかった。

 お母さんのご飯はいつだって美味しかったし、わたしにはできないことをいっぱいできた。

 ランスくんはわたしの一番のお友だちで、大きくなったら結婚しようって約束してた。

 ロルローのお爺さんは村一番の長生きで、なんでも知ってた。


 もう一度、会いたいな。


 なにか、へんだ。

 前が、見えない。


 うそだ。

 わたしは泣かないって決めた。

 泣いたら怒られるから。

 怒られたら殴られる。

 殴られたら、死んじゃう。


「ありがとう、カレン。君は、大好きだったんだね。みんなのことが」


 背中がふわふわした。

 痛かったのに、オリバーさんが抱きしめてくれたらすっかり元通りになった。


「どうしてだって? ふむ、“霊力”を使って君の免疫力を高めた…………といっても難しいね。まあ、所謂、奇跡ってやつさ」


 奇跡なんてない。

 わたしはそれを知ってる。


 でも、奇跡はわたしの背中を直してくれた。

 背中だけじゃない。

 腕も、肩も、脚も、頭も。

 ぜんぶ、ぜんぶ痛くなくなった。


 まるで、村にいた時みたいだ。


「オスマン、ビザンツ。今だけはボクの願いを聞いてもいいんじゃないかな?」


 オリバーさんが声をかけると、真っ白なおおかみさんがわたしを包んでくれた。

 むかし一緒にねたおおかみさんみたいに、いれてはこなかった。

 あの時とは違って、雲の上にいるみたいで。

 眠くなっちゃった。


 とくんとくんって、おおかみさんの音が聞こえてきて。

 お母さんと一緒に寝た時みたいに、安心した。








 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐






 目が覚めたら朝だった。

 奴隷になってから初めてぐっすり眠れた。

 だからなのか、世界が澄み渡って見えるし、オリバーさんがもっとカッコよくみえた。

 奇跡はないって思ってたけど、そんなことはなかった。

 オリバーさんはわたしに奇跡を教えてくれた。


 太陽が昇っている間は、いつも通りにエルガスさんに叩かれた。

 他のひとたちもわたしを叩いて、踏んだりした。

 けど、痛くはなかった。

 普段はとっても痛いのに、昨日の夜にオリバーさんとおはなししたから。

 オリバーさんはわたしを強いって言ってくれた。

 だから、わたしは強くなったのかもしれない。


 けど、オリバーさんはエルガスさんと仲がいいみたい。

 今日だって。


「白いお人。どうしても紹介してくださらないのですか?」


「ああ、悪いけれど君に名乗る名は持ち合わせていないのでね。勿論、彼女たちに近づこうとは思わないことだ」


「おやおや、これは手厳しい。ですが、私と貴方様はパートナーなのです。お互いの信頼のために、どうか」


「悪いとは欠片も思ってはないけれど、遠慮しておくよ。君とビジネスパートナーなんて……冗談じゃない」


 エルガスさんとおはなししてる時のオリバーさんは、なんだかとっても怖かった。

 ずっと同じ笑顔なのに、わたしの見た笑顔とは違う気がして。


 不思議に思ったから、オリバーさんに聞いてみた。


「君は目聡いね。君は彼のことは好きかい?」


 ううん、嫌い。


「ボクも一緒さ」


 そう言って、オリバーさんは笑った。

 昨日と同じように、わたしを抱きしめて身体中の怪我を直してくれた。


「昨晩はオスマンとビザンツが来てくれたけれど、今日は()()()かな」


 わたしには何が起こったのか、わからなかった。

 けど、オリバーさんはまるで最初からわかってたみたいに話してた。

 馬車の陰からピンク色の髪をした女の子が現れたけど、すごく悲しそうな顔をしてる。


 きっと、あの子がテリアって人なんだろう。

 可愛らしい服に、綺麗な顔、離れていてもいい香りがする。

 けど、テリアさんはとっても怖い顔をしている。

 怖いのは顔だけじゃなくて、仕草もとっても怖かった。

 まるで大嵐がきた時みたいに、だんっ! と踏んだら地面が割れた。

 すっごく力持ちで、つよいんだって。

 でも、なんだろう。

 それだけじゃない。

 テリアさんは優しい。

 だって、オリバーさんの仲間で、()()()()()()()怒ってるんだって。

 どうしてわかるのか、なんて知らない。

 でも、わかる。

 オリバーさんと一緒にいるから、きっとわたしにも奇跡が起きたんだ。


 ずっと、ずっと。

 わたしはわたしであることから、逃げ続けてきたんだと思う。

 そうしないと、潰れそうだったから。

 さもないと、大好きな人のいない世界にいられないから。


 気がついたら抱きしめていた。

 わたしがオリバーさんにやってもらったみたいに。

 彼女になんて言ったなんて、覚えていない。

 頭で考えずに、思ったことをただ言葉にしたから。

 支離滅裂で、要領を得ない言葉だったと思う。

 もしかしたら、テリアさんを困らせていたのかも。


 それでも、わたしは()()()()()()()()()()行動できた。


 きっと、オリバーさんのおかげだ。

 オリバーさんが、わたしをわたしにしてくれた。























 だから、わたしは止めなきゃいけなかった。


 エルガスさんがあの洞窟に入ったら、他のひとたちは──


 でも、オリバーさんは「大丈夫だって」言った。

 どうして? って聞いたけど、「ボクは知っているからね」とはぐらかされた。


 結局、わたしはオリバーさんを止められなかった。

 わたしにオスマンちゃんとビザンツくんを頼むって言って。


 わたしは、オリバーさんに無事でいてほしい。

 そして、もう一度、わたしを抱きしめてほしい。

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