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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第一部【比翼連理】
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断章. ウェスタ=エール帝国

 月に一度の謁見は前日から行く気が失せる。

 白亜の巨城は部外者の侵入を断固として許さず、城内を我が物顔で闊歩する衛兵の警戒網は秒刻みで異変を感知するだろう。

 大理石の廊下を歩くとコツコツと無機質な音が反響して、より一層嫌気がさす。


 生気がないんだ、この城には。

 ただひたすらに利便性だけを追求し、同時に皇帝の権威を知らしめるために無駄に絢爛ときたものだ。

 憎愛渦巻く宮内は当事者ではない俺からしてみても異常だと感じる程に泥にまみれている。

 臣民が知れば、暴動が起きても仕方がないだろうよ。

 聖職者の汚職に始まり、血みどろの後継争い、潔白であるはずの騎士と官僚との癒着。

 まったく、嫌になる。


 とはいえ、俺は表立って文句を垂れる資格などない。


 ウェスタ=エール帝国帝都守護『武将(ぶしょう)』シロイ。


 帝国に三人しか存在を許されない皇帝の懐刀であり、反乱への抑止力だ。

 かつてカルト教団が吶喊を仕掛けてきたときに俺の同僚たる『超将(ちょうしょう)』オロライア=ジンとかいう化け物が掃討した件で一躍有名になった帝都守護の一人が俺ってわけ。

 じゃあ、どうしてそんな帝国の頂点にいる俺が憂鬱になってるかって? 簡単だよ。

 俺よりも偉い人……つまりは皇帝様と会わなきゃならないからだよ。








 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







 謁見の間はこんなにする必要があるのかい? と思うほどには広い。

 赤いカーペットが全面に敷かれた空間はお世辞にも上品とはいえない。

 視線を巡らせると如何にやんごとなき方々にとって避けられない儀式であるか、嫌でも思い知らされる。

 無駄に装飾された玉座を中心に、左側に行政、右側に防衛を担う責任者が参列している。

 各帝国都市の都市代表を筆頭に、『天神将軍』を崇拝する“天神教”の教皇、帝国騎士団の面々、果ては最近興ったスウィツァー商会とかいう商会の代表まで。

 名に言う暗殺者がいれば喜び勇んで刃を振るう光景だろう……なんだっけか、『幻影の幽玄』だったか。

 まあ、いい。

 例え、誰が襲撃してこようが俺らがいる以上、そうそう無謀な襲撃はない。

 そう、玉座の眼前。

 謁見の間の中心に跪く三人の男。


 ああ、そうだよ、俺だよ。

 笑えよ。

 こんなの、公開処刑だろ……「帝都守護、只今見参(げんざん)致す(キリッ)!」みたいな。

 恥ずかしいったらありゃしない。


「それでは、これより謁見を始める」


 始めるなよ。

 帰らせろよ。

 玉座でふんぞり返る現皇帝へリウス八世は、御年四十に差し掛かるが矍鑠(かくしゃく)としており、その肉体は騎士と見間違うほどに筋肉で膨れ上がっている。

 聞く話によると、騎士団長と互角の剣術を誇るらしい。

 じゃあ、俺たちいらないじゃんって、自分の身は自分で守れよって思うのはきっと俺だけじゃな…………いや、俺だけだな、うん。


 そんな皇帝様の目の前にいなければならないのだから、やはり謁見の時間は嫌いだ。

 温情で謁見が始まってしまえば、帝都守護も立ち上がることを許される。

 いや、何様だよって。

 …………皇帝様か。


 なんて、益体のない考え事をしていてもいい。

 それが帝都守護。

 有事の際以外のお仕事は皆無に等しい。

 まったく、天職じゃん。


「恐れながら、へリウス閣下。発言をお許しください」


 わぁ、また堅物騎士様が進言したぜぇ。


 西側領土の確固たる支配。

 数か月前の謁見から議題に上がるが、一向に方向性が纏まらない領分だ。

 商人の利権と派遣する騎士の数、統治者の如何…………これだから大国ってのは動きずらい。

 手先の思惑を制御しても、反乱の類にまで意識を割かなきゃならない。

 いつでも割を食うのは末端というが、はたして帝都守護は末端なのか否か。

 下手に仕事を増やしたくない俺としては黙っててほしかったものだ、『権将(けんしょう)』ミッドアイ=トラウザーラさま。

 そんな規則第一、禁欲万歳みたいな性格してるから一人娘に家出されるんだぜ?


「断固として、皇帝の権威を須らく知らしめる必要があります。無論、“天神教”の教えとともに」


 なぁにが“天神教”の教えと共にだよ。

 一応、西側にも“天神教”の教えとやらはあるんだろ? まあ、異端らしいが。

 俺にとっちゃ宗教なんざ生き甲斐の一つに過ぎないが。

 何をとち狂ってご先祖様は宗教なんて時代の価値観で真逆に変わっちまう曖昧なものを政治に取り込もうとしたのかね。


 それにしても、くっちゃべっているのはミッドアイだけだ。

 へリウスは一言たりとも発しないばかりか、うんともすんともいわない。

 …………死んでるのか?


「善処しよう」


 生きてた。

 いや、生きててくれなきゃ困るんだが。

 善処ねえ…………そればっかりだ。

 考える気ないだろ。


 おい、待て。

 ミッドアイ、何だその顔はまだ言いたりないとか思ってそうな表情だな。


「ミッドアイ殿。他に進言すべきことは?」


「恐れながら、ございます」


 白々しい。

 宰相レスティライア=バーレン殿? 示し合わせたように忠言を続けてやがる。

 いいからとっとと帰らせてくれ。

 この報告は俺が聞かなきゃならない話なのか? へリウスとお前らだけでやってくれよ。


「前回の謁見より数日後、本日より三週間程前となります。城塞都市ドルで大規模な抗争があったと報告をヨイツ=アウルスより受けました」


「……ほう。『疑信(ぎしん)』。話せ」


 おいおい、こりゃ珍しいな。

 あの無感動、無感情、無気力の三拍子揃ったへリウスが興味深そうに聞き始めた。

 とはいえ、ヨイツの野郎にしちゃ気が気でないだろうな。

 公衆の面前で、しかもこの国の最高権力者から手前の不手際を追及されるんだ。

 誰であろうと御免なお役目だろうさ。


 そう思って、ヨイツの様子を窺ってはみたが……。

 あいつたじろぐどころか一歩前進しやがった。


 なんて気概だよ。

 まあ、けど納得はできるな。


 帝都守護と違って都市代表は将来帝国に仇なすであろうと目される反乱分子の種を、領主って形で封じるために成立した、謂わば名誉職にも劣る代物だ。

 だから、都市代表の連中はよく言えば個性的で、悪く言えば何考えてるか分からないケダモノだ。

 現に、ヨイツは皇帝への敬意を示すどころか挑発的に顎を引いている。

 その漢気には天晴とほめてやりたい反面、だからこそ下手な反抗は辞めてほしいものだ。

 処分するのは俺の仕事だからな。


「あれはスウィツァー商会の代表と会談した数日後でありました。私の雇っていた傭兵が、何者かと戦闘を行い敗北しました。幸い、都市や臣民に被害はありませんでした」


「不敬を承知で皇帝猊下。私奴に発言をお許しください」


 ああ、場が白けちまった。

 これは悪手だぜ、スウィツァー商会のハギンズさんよ。

 へリウスはヨイツに話を聞いたんだ。

 まかり間違ってもお前じゃない。


 けれど、確かに。

 あいつが得意げに話したくなるのも分かる。

 ハギンズはスウィツァー商会の二代目で、初代代表のアナスタシア=メアリはヨイツを暗殺して、都市代表に取って代わり、同時に商会を拡大させる目論見があった。

 だから、ハギンズは皇帝のためにアナスタシアを裏切って商会を乗っ取り、逆に罪に問おうとしたが彼女の雇っていた暗殺者に返り討ちにされたと。


 さて、そんな与太話をこの場の誰が信じるかなっと。

 少なくとも、ミッドアイは不信感満載だ。

 他の都市代表も話半分だ。

 …………オロライアはあいっかわらず仏頂面だな。

 ハギンズの話を真に受けてるのは本人とヨイツ、後はレスティライア程度だが。

 意外にもへリウスが聞き入っている。

 興味がない、若しくは不要だと断じれば話を打ち切る皇帝様がだ。


「…………そうか、メアリか」


 合点がいった。

 メアリ家といえばグラード商会の直系だ。

 今代は六人兄弟姉妹だと聞いていたが、そのうちの誰かがアナスタシア某なのか。

 グラード商会はリーガオルが帝国を建国した時から皇族に最も近しい臣民として有名だ。

 当代の党首は確か、オルウェルといったか。


 生憎とグラード商会の頭目が謁見に参加することはない。

 幾ら皇帝と近しかろうが相応の距離は保つ。

 それがグラード商会の信条らしく、奇しくも新興のスウィツァー商会、延いてはハギンズとやらの浅慮が際立った形になっちまったな。


 とはいえ、ヨイツとハギンズの話を信じるならば、符号しない点が一つ。

 ヨイツの雇っていた傭兵の団長はロバート=クライブだったはずだ。

 一度、帝都のギルドで奴の姿を見たが、如何に落ちぶれようが一介の暗殺者に敗北する男じゃなかった。

 あまつさえ、殺されるなんて。

 全盛期の強さは推測するしかないが、世が世なら帝都守護にすら任命されたであろう実力者だった。

 俺が把握している情報……つまりは帝国の情報網じゃ、帝国最強の暗殺者は『幻影の幽玄』とかいう姿形も不明な奴だったはずだ。

 そいつの依頼を追える範囲で確認してみても“黒鉄”級に敵うわけもなく、ロバートなんて対岸の火事程には隔絶している。

 例え、アナスタシア=メアリが『幻影の幽玄』を雇ったところで、ロバートを殺すまでにはこぎつけない。

 あいつは魔獣の大群にすら勝利を納める男だっただから、人海戦術では抑え込む手も使えないだろう。


 ならば、導き出せる結論は一つ。


 アナスタシア=メアリの味方は話題にある暗殺者だけではない。

 少なくとも、一人……それも、ロバートを打ち負かすことのできる実力者が傍にいる。


 この危険性を、一体何人が理解できているだろうな。

 最悪の場合、あのロバートを超える怪物が野放しになっているどころか、数年で急激に規模を広げた商会の代表と共にいる可能性もある。

 野放にしておくと帝国を揺るがす渦中の眼になる。

 これは確信だ。

 政治に関しちゃからっきしだが、武の側面においちゃ帝国の誰にも負けないと自負している。

 伊達に『武将』の名を冠してるわけでもない。

 偏に、武人としての勘だ。


 へリウスはハギンズの報告を情報のままに受け取って再び「善処しよう」とだけ告げて、閉会しようとしている。

 まだ可能性の話であるから、俺の方から進言はしない。

 先ずは実情の確認だ。


 ロバートを屠れる怪物ならば近い将来、必ず頭角を現す。

 だが、俺ならば()()()()()に見つけ出して摘めるだろう。

 仕事となると億劫だが…………これは仕事じゃない。

 帝国の脅かす存在がいるからっていう帝都守護としての役目でもない。

 使命に等しい。


 武を、戦争を渇望する俺にとっては。


 今の俺の顔は酷く獰猛に歪んでいることだろう。

 だが、それでいい。

 それでこそ、この俺、シロイだ。

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