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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第一章【自由の芽吹】──第二部【影幽の幻霊】
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12. オドラの民

 アデラ・ジェーン山脈は密林とも、森林とも言えない樹海である。

 多湿の大地があれば、乾燥した地もある。

 疎林かと思えば、所狭しと養分を競合するかの如く奪い合って密接している木々もあった。

 そして、恐ろしいことに、かつてどこぞの『悪人』の左腕と共にこの世界を去った獣をすら、その長い蔦で捕縛して養分としていた獣木(じゅもく)と呼ばれる食獣植物も存在していた。

 初見では、『悪人』を筆頭に、知己に明るいアナスタシアや数多の超常を経験してきたホロウですら目を丸くして唖然としていた。

 運のいいことに、獣木(じゅもく)が捕食中であったために気配を殺してやりすごせたが……他にも同様の木がある可能性も考慮して、三人の足取りは俄然慎重なものと化した。


 けれども、ここで新たな疑問が生じる。

 恐らくは稀少であるはずの獣木(じゅもく)が、帝国では多く知れ渡っていない事実だ。

 アナスタシアは──その生い立ちに多少の翳りがあるとはいえ──名家の商家の出。

 目の眩むような教養を身につけるにあたって、資料等で散見したことはないのだろうか。


 その疑問を包み隠さず話すと、「アデラの山中は神秘に満ち溢れていて、探索なんて碌に進んでいません」とのことだ。

 その流れで、「そんな疑問は抱くのに、狩った野獣の解体には疑問を抱かないなんて……」と疑問を呈し返された。

 成程、確かに帝国都市部にはまともな山岳地帯がないおかげで、獣の解体技術は専門職の独占業務のような立ち位置にあるのかもしれない。

 ならば、一切の疑問を抱かずに、さも当然が如く解体をして食し始めた己はさぞ異端に映ったのだろう。

 …………仕方あるまいよ。

 そうでもしないと生きていけなかったのだから。


 さて、話が逸れた。


 ウェスタ・エール帝国には東西を分断するような巨大な山脈であるアデラ、ワデラと、それらの中心にゴ・ジェーン渓谷と呼ばれる奈落が存在する。

 三つの山脈と渓谷は、そのあまりの公度からまともな探索が進められていないという。

 それは何故か? 理由は簡単。

 第一に、広すぎるのだ。

 三つの面積を計ると城塞都市ドルと同等と言う。

 加えて、それは表面積であって、渓谷の深度は考慮していないらしい。

 第二に、生態系があまりにも不可解だと言う点。

 獣木(じゅもく)に代表されるような本来の生態バランスを凌駕する異端が、そこかしこに転がっていると。

 己が召喚されて、逃げ転がった地点はアデラの浅瀬であって、現状のように人目を忍んで逃避行を繰り返す場合、より深奥まで潜る必要がある。

 故に、異様で常識外れの生命体を目撃する機会があるのだろう。

 噂では、帝国の北に広がるクァラクの天海に近しい地には“魔帝の膿”と称される、漆黒の生物が生息しているらしいが……【運命識士(リード・スペクター)】へと開示を求めてもそれらしい情報が閲覧できなかったあたり、眉唾の可能性が高い。

 そして、第三に、“魔窟”と呼ばれる()()()()()が極稀に生じるらしい。


 先ず、獣と魔獣の区別をしよう。

 けれど、思いの外簡単な差異だ。

 一重に、何を食すか…………霊力を喰らう獣を魔獣、その他の雑食を獣と。

 そして、魔獣とはそこらの獣とは一線を画す存在で、一匹で“黒鉄”級冒険者に相当するらしい。

 そんな魔獣が何百匹と突如にして生じる現象が、“魔窟”。

 そもそも魔獣とは? と研究が遅々として進んでいない帝国では対処法が“黒鉄”級冒険者に依頼を要請するか、一級傭兵の力を借りるか……程度しかないという。

 因みに、若き日のロバートは魔獣を一度に数十体相手にして、勝利を収めたらしい…………つくづく、あの男の強さには戦慄する。


 脅威として恐れてあまりあるらしく、人間は世界で最も霊力を保有する生命体であるから、魔獣は一にも二にも人間を求めて彷徨い出るらしい。

 詳しい生態が不明である魔獣であるが幾分かは判明しているらしく、霊力以外は口にしないであったり、山脈に出現が限定されている理由として霊力が滞っているからとか、だからこそ魔獣とは山脈の自浄作用であるとか。


 まあ、【運命識士(リード・スペクター)】曰く、人類の考察は概ね正しい。

 欠落している情報も多々ある故に、概ねなのだが。

 魔獣が霊力を喰らって、溜め込む理由としてはかつて“魔族”の王とされた『魔帝将軍』へと献上して、知性を獲得するためだ。

 再び現れた『魔帝』には、何かしら重要であるとは理解できた。


 さて、このように長々と独白したが、己が断言したいことはたった一つ。


 アデラ・ジェーン山脈は未知と、神秘に溢れている。

 例えば、ギラギラと木漏れ日を反射する刃を携えた槍の穂先を向けたり、一撃で屠るための矢を番えた強弓であったり、敵意に満ちた殺気であったり。

 少なくとも、帝国ではアデラ・ジェーン山脈に生息する生命体とは、獣か魔獣の二択であった。

 しかし、【運命識士(リード・スペクター)】は否を唱える。

 かつて“魔族”と対立していた人間種以外の、頂点捕食者と呼ぶに相応しい“龍族”の末裔──“オドラの血族”改め、“オドラの民”。










 ❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒







 気がつけば、見知らぬ集落へと連行された。

 いいや、集落なんてお粗末なものではない。

 これは、(くに)だ。

 少なくとも、五百以上の人々が集住している。

 樹海の広がるアデラの山脈にあって、ぽっかりと広がる平地に石を積み立てて形成したと思しき住居が無作為に点在しているようだ。


 行き交う人々を観察していたが、誰もが琥珀の瞳……ホロウの琥珀と比べては赤に近しいそれではあるが、共通している。

 身にまとう服装には差異があるがものの、一定の法則が存在する。


 即ち、身分。

 田畑で農作に従事する者は、麻で織った簡素な服装。

 現状において己たちを連行する武具を纏う者は、民族的な装飾に加えて屈強な武装をしていて。

 所々で人々を指導している者は、麻の服装の上により重厚な装飾を施していた。


 身分制度と、堅牢な住居の数々、そして、農業の発達。


 一見しただけで彼ら彼女らが、共同体として生活していた歴史に圧倒される。

 同時に、農村を横切る己たちに向けられる奇異な視線から、閉塞的で排他的な側面の垣間見れる。

 奇異とは好奇心であり、それは未知の裏返しだ。

 常道ならば、先の己たちのように外部で遭遇した人間は排除されていたのだろう。


 だが、()()()()()()


 あの時、穂先が、矢が、敵意が向けられて、()()()()警告の言葉を発したのであろう、彼ら彼女らは──


 ──ホロウを見て態度を変えた。


 まるで青天の霹靂。

 雷が天空でひん曲がって明後日の方向に向かったような、超常現象を目撃した研究者のような反応の変化だった。

 そして、数分が経った後に、片言の言葉でついてこいとだけ言い放って、瞬く間に包囲網を完成させたのだ。

 単純な利益衡量から、敵対は避けたかった。

 なにせ、相手の素性も不明瞭で、アデラにおいては彼ら彼女に一日の長があるときた。

 そして、少なくとも即座に射殺しないだけの理性は保っている。


 そう思案して、二人の了承もあって邑まで大人しく連行された訳だが……既に一時間余りに渡って、とりわけ巨大な家屋の応接間に押し込まれて放置だ。


 無論、世話係という名の監視要員、それも屈強な戦士はいるが。

 何を話しかけてもうんともすんとも言わない。

 言葉がわからないのか、それとも、わかっていて黙殺を決め込んでいるのか。


「…………おい、『悪人』。きな臭くないか」


 幾分か思案していると、小声でホロウが耳打ちしてくる。

 まるで場違いの居た堪れなさ、借りてきた猫がじっと微動だにしないように、邑に踏み入れてからホロウは一言も話さなかった。

 本来ならば、逸脱している現状を誰よりも憂いて、意を唱えそうな彼女がだ。


 まあ、要因など分かちきっているが。

 視線と、そこに含まれる感情。

 己とアナスタシアに向けられる奇異な視線とは異なる、まるで同族を見るような憐憫の視線。

 仔細は図り損ね──てはいない。

 “オドラの民”については移動中に【運命識士(リード・スペクター)】を用いあらゆる情報を閲覧した。

 それに基づいて現状の仮説は立てられるが、所詮は仮説と憶測だ。

 そっくりそのまま二人に伝えるのは憚られる。


「ああ、胡散臭いとは思うけれどもね。とはいえ、これも交渉の一環だろう。敢えて焦らすことで主導権を握る常套手段さ」


 声量は中々で返答してみた。

 そうすると、ホロウは見事に飛び跳ねてギョッとした表情で己の頭を叩いた。


「……ッ、声が大きいッ!」


「そうかな? 扉の前でこちらを伺っている相手に声をとどかせようと思えば、不十分とも思える声量だと思うがね。そうだ、看守の君はどう思う? 我関さずを貫くつもりだろうが、君が言葉を理解できているなんてとっくに気が付いているよ」


「……!? なんですって!? それはもっと早くに言いなさいっ!」


 調子に乗ってしまったようだ。

 商人たるアナスタシアにとっては、商談相手がありとあらゆる手法を用いて有利に進めようとするのだから焦らされるには慣れている。

 故に、混乱と苛立ちはないと思っていたが…………流石に、追加情報においては看破していなかったらしい。

 まあ、ホロウが話始めても視線を向けるだけであったが、遅滞行動を見破った発言をした途端に目の色が変わった。


 意図が露呈してしまえば、遅滞行為に益はない。

 相手の精神状態を損なって主導権を握るための選択だが、当の相手が待たされているとわかっている手前、望みえる効果は希薄だ。


 どうやら、()()()も時間の浪費は望まないようだ。

 身を乗り出して己の脳天を懐にしまってあったダガーでかち割ろうと振りかぶったホロウも、彼女を羽交締めにして抑えていたアナスタシアも、軋む扉より出た者の存在に気がついたようだ。


 一言で言ってしまえば、邑の長たる風格があった。

 年の瀬は八十前後の老婆だ。

 纏う装束は邑の誰よりも絢爛で、幾重にも羽織った民族衣装には象徴的イメージが込められているように思える。

 加えて、高齢だというのに衰えを感じさせない眼光、定規でも指しているのかと思える背筋、今にも襲いかかってきそうな気迫……何をとっても己の老人像には当てはまらない壮健な老婆だ。

 比較的身長の低い長の目線はホロウと同程度で、他の者と同じく彼女を視界に入れた刹那に目の色が変わった。

 それは、老婆の傍を占める二人の男女にもいえた。

 腰に(はい)た剣から戦士職であることはわかるが、どうにも他の戦士とは一線を画すらしい。

 その証左に、長と思われる老婆と同様の紋様が拵えられた装束を羽織っているのだから。


 そして、何よりも、待望の交渉相手たる三人の瞳は赤みのある琥珀色であった。


「初めまして、客人。俺は『龍覇帝』ツァッドイダリアが『龍王』ドライドナウリアの末裔、オン=オドラ=ナウリアだ。この隠れ里の長を務めている。そして、後ろの二人は次期長候補だ。自己紹介は後で個人的にしてくれ」


 しゃがれた声を予想していたが、自然と通る若々しい声色で面食らってしまった。

 まるで自信に満ち溢れていた長──オンはギョロリともジロリとも擬音の伴った視線を、取っ組み合いからすぐさま着席したアナスタシア、ホロウ、そして己に順番に向けた。

 深奥を見透かすような、魂を直接目視しているのではないかと思わせる眼光にアナスタシアでさえものけ反っている。


 流石は、長というべきか。

 たった一人で弛緩していて、同時に己の発言で優位にいた己たちの立場をわからせた。

 とはいえ、呑まれるわけにはいかない。

 邑に立ち入った以上、最悪のパターンでは全員が敵に回ることまで考えなければならず、無闇に【権能】を行使できない。

 おかげで【運命識士(リード・スペクター)】の権限は不可能であり、擬似的な“未来視”は利用できない。

 既にオンの()()に充てられてしまったアナスタシアとホロウには……二人に申し訳ないが現状においては戦力として期待はできない。

 頼れる【権能】はなく、敵地に相違ない地で孤軍奮闘。


 これは、正念場というべきだろう。


 洞察と、憶測。

 事前に【運命識士(リード・スペクター)】で得た情報を基盤とした仮説だけを武器にしてどこまで立ち回れるか…………。


「こちらこそ、初めましてオン=オドラ=ナウリア。ボクはオドアケル。ただの傭兵さ。そして、こちらがボクの雇い主であるオーナー、メルクリウス。ボクと同じく傭兵のダアト。城塞都市ドルからの付き合いさ」


「「……ッ!?」」


 二人の息を呑む音が聞こえる。

 まあ、事前に通達することもなくいけしゃあしゃあと虚偽を並べては驚きもするだろう。

 とはいえ、人を上手く騙す方法として真実の中に虚偽を混ぜるというものがあるが、今回の場合、虚偽の中に真実を放り投げた方が正しい。

 己は雇われの傭兵で、アナスタシアはメルクリウス、ホロウはダアトと名を偽った。

 同時に、三人の関係性もまた捏造したものだ。

 しかし、身分についてはホロウを除いて正しく、旅の目的はそれとなくぼかして、ドルでの初対面は真実だ。


「ふむ…………では、オドアケルとやら。貴様が俺たちの領域に無断で侵入した件だが……」


 敢えて言葉を緩慢にして、じっくりと舐るように視線を巡らせる。

 全身を虫が這いずるような不快感と共に、ゴルゴーンにでも目視されたのかと思う程の緊張感。

 極め付けは、全くの言いがかり。


運命識士(リード・スペクター)】よりオンたちの目的は()()()()()

 だが、その結論に至る過程で道筋を逸れてはいけない。

 少しでも気取っていると悟られれば、自然と己の手の内が推測されてしまう。

 優位(アドバンテージ)をみすみす手放すなんて愚行は許されない。


「生憎とボクらに君たちの領域を侵犯したという認識はないよ」


「白を切るのか、傭兵」


「前提が異なっているよ、族長。君たちが領域について明確な顕示欲があるなら、看板でも立て掛けておいてくれたまえ。それに、君たちの存在は帝国では周知されていない。そもそも、ボクたちには君たちが存在して、ましてや領土なんて保有しているとは知らなかった。もし、君がわかりきった不条理を通そうというのならば、ボクらにも考えがある」


 これはあくまでも前座、交渉のテーブルに付くまでの振るいだ。

 オンは、オドラの民は領地になど固執しない。

 彼ら彼女らの思考に基けば、数万年前に繁栄していた万物の頂点たる“龍族”が支配した地域は須く、自分たちの領土なのだ。

 即ち、世界。

 現実には、“龍族”と“魔族”は人族との戦争で滅びたとされるために、世界は帝国の領土……つまりは人族のものとされている。

 オンが如何にとらえているかは実際の所、興味がない。

 しかし、本題に入るまでの前座扱いなのだから、少なくとも土地についての欲は皆無だろう。


「…………貴様、何者だ」


「言ったじゃないか。ただの傭兵さ」


 オンの眼光が更に鋭利に、冷淡に光る。

 白々しく答える己の態度が余程気に入らなかったのだろう、オンの発する圧迫感が数倍に膨れ上がった。

 先の問答の趣旨は前座にして、立場をより明確にさせるための(デコイ)

 不条理を押し付けて、オドラの民が敵対す()()()()()()可能性をちらつかせて上下関係の雰囲気を構築する。

 完全な見知らぬ地(アウェー)で、高圧的に非難されると人の意識とは自然と相手を敬い、己を卑下してしまう。

 その上で、オンは()()()()()を提案という形で提示する。

 ()()さえ差し出せば領土侵犯については不問にしよう、と。


 そして、己にとって、()()はそう簡単に別れを告げられるものではない。

 まあ、諸事情を理解してここに残りたいと本人が言えば、己に強制はできないのだが。


「話がそれだけならば、ボクたちは発つとしよう。君たちのおかげで数時間の狂いが生じてしまったからね」


「…………………………待て」


 宣言通り腰を浮かせた己を睨め上げるような体勢となったオンは、絞り出したかの如く静止の声をかけた。

 気づいた者はいるだろう。

 特筆すればアナスタシアは確実に()()に変化を来したのだと肌で感じ取っている。


 そう、主導権を握ったのは己だ。


 詰まるところ、オンは引き留めて恩を売ったという関係に終始したかったのだろう。

 けれども、それを主導できるのは()()()ではなく、こちらだ。

 交渉のテーブルにつかない限り、穏便な結末は迎えられないのだから。

 因みに、武力で従えるなど言語道断だ。

 万が一、手違いで()()()()()()()()()()()と困るのはオンたちだ。

 まあ、己たちも困るのだが…………傭兵として、ただの契約関係だと偽っているために、少なくともオンにとっては代えのきく利己的な関係程度にしか思えないのだ。

 実情は、()()に依存している側面もあるというのに。


「去るのならば、()()()()をおいて去れ。さすれば、俺たちも──」


 そうくるか。

 なまじ“龍族”の直系の子孫と自負しているだけある。

 どこまでいっても自分本位で、高圧的だ。

 まあ、そちらの方が際どい手札の隠匿をせずに済む。


「随分と厚かましいね。まるで見逃してやる、とばかりに。それほどに、末裔の血が欲しいのかい?」


「……ッ! 貴様……ッ!」


「おい、『悪人』っ! 何を言った……!?」


「逆鱗に触るようなことをさらりと……あなたって不気味なくらい馬鹿ですよね」


 背後の監視兵は槍の穂先を向けて、次期長候補の二人は腰の剣を抜き放ってギラつく刃を是みよがしに晒す。

 オンの表情も、今までの余裕が内包されていた威圧的なそれから、余裕が崩れた憎々しげな表情へと様変わりしていた。

 周囲の変化に、話を聞いていただけの二人も己が地雷を踏み抜いたのだと思い慌てている。


 さて、状況は混沌としてきたようだ。


 ようやく()()()()()()()()ができる。


「さあ、整理しよう。君たちはダアトの身が欲しくて、ボクたちはそう易々と頷けない。どうだい? 君たちの事情を洗いざらいぶちまけて、改めて、彼女に決めてもらおう」


「……ッ、吾の身柄だと……!? 吾は貴様らの命を狙ったことはないぞっ! 一体どこに恨みがあるっ!」


 ホロウ、何も人の縁とは殺しが生む訳ではないよ。

 一端になり得ることもなきにしもあらずだが、少なくとも現状では、また別の要因だ。


「一方的に事を運ぼうとした君たちとは違ってね、ボクは公正を重んじるのさ。当人の意見を蔑ろにして結論を出すなんてまっぴらだ。さあ、話してもらおうか、オン=オドラ=ナウリア」


 殺気の籠った視線を携えて、今にも切先を振りかぶりたい衝動に駆られている四人の動きを抑制しているのは、偏に決定権がオンにあるだけだ。

 オンが交渉を無碍にしてホロウの捕縛を選ぶのか、それとも己の口車に乗るのか。

運命識士(リード・スペクター)】を用いずとも、確信できた。


「刃を下せ。全て……話そう」


 幾分か棘の抜けたオンの言葉を皮切りに、不承不承ながらも霧散していく殺気。

 今までになく鋭く変容した眼光には、思わずたじろいでしまう威圧感は残存したままであるが、所詮はその程度だ。

 既に、己たちとオンたちの立場は均衡へと変容したのだから。

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