70. 第一印象は三秒で決まるらしい
見慣れた景色とは言い難い。
けれど、初々しい反応をしろと言われると不可能だと答えるだろう。
類似した空間は幾度か味わっているからね。
二十人は一同に座れるだろう椅子と、それ相応の長机。
規律正しい給仕のメイドたちに、一つ一つの料理を懇切丁寧に解説してくれるシェフ。
空になる前に目聡く注がれるグラス。
洗練された仕事ぶりには関心してしまう。
同時に、カレンとラミの二人が如何に短期間でスキルを上達させたのかがわかる。
二人のメイドとしての作法や礼儀はファルガー領のメイドに匹敵する。
それもこれも教育の賜物だろう。
何故かボクにだけあたりの強いメイド長……シャルロッタだ。ついでに、彼女のお嬢さんからも度重なる嫌がらせを受けている。
何が楽しくて領主と共に食卓を囲まなければならない。
閑話休題。
「ようこそ、ヨーク殿。今日は楽しんでください」
ボクたちはファルガー領領主邸宅で夕食をご馳走してもらっている。
対面にはそれはもう爽やかスマイルを張り付けた底の知れる男、シーバスがワインの入ったグラスを傾けていた。
その隣には息子に遺伝したのがわかる穏やかな仮面を被ったコルバリウスが座っている。
更に隣へと視線を移すと、まるで人形のように微動だにしない少女がいた。
星々の煌めきを彷彿とさせる金髪をツーサイドアップにまとめ、白のフリルの付いた燃え盛るような赤のドレスに身を包んだ少女──ナーサリー=フォン=ランゴバルドだ。
にこりともせず、軽く会釈するだけという素気のない仕草は作り物めいた二人よりも好印象を受ける。
しかし、領主の娘としては落第点と言わざるを得ない。
会話の苦手なヨークすら笑顔を浮かべ、流暢に話すのだ。
如何に彼女が異質で、表面上だけでも友好関係を確かめる場にそぐわないかがわかる。
「なにか気になる点でもありましたかな、ロムルス殿」
「いやなに……ご息女の様子が気になってね」
「はは……不出来な娘でお恥ずかしい限りです。これは意思疎通ができかねるのですよ」
「…………原因はわかっているのかな」
「不明と、ファルガー随一の名医のお墨付きを頂いております」
「そうか……ならいい」
どうにも引っかかる。
ナーサリーはコルバリウスの娘であって、娘ではない。
彼女はランゴバルド家の人間ではなく、その分家であるゴート家の一人娘だった。
六年前に財政破綻したゴート家から養子に迎えられた来歴を持つ…………貴族にとっては特別でもないありふれた話だ。
生来家督を継ぐ息子と、血の繋がっていない娘に扱いの差が生じるのは不思議ではない。
だが、まるで外界の情報を一切遮断しているナーサリーの様子には疑念が拭いきれない。
「皆様、メインディッシュとなります」
ボクとコルバリウスの会話は料理長の声によって遮られた。
どこの食卓でもメインは肉料理で統一されているようだが、様相が異なる。
フォルド領のディナーでは大きな肉が一枚載せられていたが、ここでは既に数枚にカットされている。
文化や風土の違いか、はたまたシェフの好みか。
どちらにせよ西側領土でも様々な価値観があるようで興味深い。
「……ふわぁぁ……! すごいお肉です……!」
淡々と肉を口に運ぶヨークとは対照的に、感激のあまり声を抑えられていないアヤメ。
普段の(過激な)巫女服にオオカミ耳をぴくぴくと動かしている彼女だが、認識阻害の魔法によってコルバリウスたちにはどこにでもいる町娘のように見せている。
今夜の招待には、ボクとヨーク、アヤメの三人で出向いた。
エンリとネリーアルスは大使館に残ってもらい、ホロウはヨークの影に潜んでいる。
ボクとヨークだけでもよかったのだが……先日の潜入にてアヤメが違和感を覚えたらしい。
故に、同行して再度調べたいと。
食事に饗しているだけに見えるが、実のところ魔法を駆使して屋敷全体を探索しているのだ。
認識阻害魔法に加えて、ヨークには二人の嘘を見抜く魔法も付与している上に、数種類の探索魔法を重ね掛けする技量は正しく超人的。
因みにボクには使ってくれなかった。「いります? いらないですよね。だいじょうぶです」と自己解釈してそっぽを向いてしまった。
……うん。ボクのことはいい。
昨日の一件でボクはアヤメの実力を大きく見誤っていたことを痛感した。
魔法の頂点を使用できる彼女は『魔帝将軍』にすら匹敵し得るだろう。
因みに、シスター・オルメカは教会へと届けておいた。
アヤメ曰く、暴走した時間の記憶は残っているらしい。
強制的に時間を引き戻して感情を操作したために気絶したため、すぐに目を醒ますとも。
ホロウたちはそういうものかと納得していたけれど、魔法の原理を知る者にとっては常識の埒外の所業だとわかる。
【楽園】鍛錬の成果だと言えばそこまでだが、アヤメの場合は相応の潜在能力を保有していたことも要因の一つだ。
本人に自覚がないだけで…………彼女がその気になれば第二の『魔帝将軍』になれるだろう。
「さて、ヨーク殿。そろそろ貴女のことを聞かせてはくれないだろうか」
談笑の流れが変わったらしい。
ボクが思索へ耽っている間にも、シーバスは果敢にヨークへと好意をぶつけていたようだ。
「私の?」
「ええ。本日はそのためにご足労頂いたのだからね」
「ん、わかった。何が知りたいの?」
「……、そ、そうだね。なら、貴女の幼少期を教えてくれないだろうか?」
「わかった。私はスヴァルグの家に生まれて…………」
とっくにヨークの仮面は剝がれたようだ。
ちらちらとボクに視線を向けるがね、シーバス君。ボクの影響ではないよ? ヨークは相手が誰であろうとむやみやたらに諂ったりはしない。
平等に、公平に。立場で人を判断しないのだ。
美徳だと思うけれど、貴族社会では足枷にしかならない。
現にコルバリウスは不機嫌を必死に隠そうとしている。
酸いも甘いも、短所も長所も全てを受け入れなさい。
さもないとキミにヨークはやれないよ? 頼むからお義父さんと呼んでくれるなよ。キミにお義父さんと呼ばれる筋合いはない。
「──それで、ロムルスが私を助けてくれたの」
「ほう、ロムルス殿が」
「シーバス君、キミにお義父さんとよば……なんだい? 何の話だい?」
「ロムルスこそ。何考えてたの?」
「ろくでもないことさ」
「面白い人だね、ロムルス殿は」
「ん。それには同感」
いい子じゃないかシーバス君。
ヨークも打ち解けているようだし、やもすると次期領主候補としてはまともな部類なのかもしれないね。
前例が脳髄を下半身に支配された男とか、勘違い高飛車お嬢様しかいないから何とも言えないけれど。
それに、ボクは人を裁けるほど己を過大評価していない。
「大変な経験をしたようだね、ヨーク殿。それでも、気高き心を失わない貴女を尊敬するよ」
やはりか。
シーバス君、キミはどこに出しても恥ずかしくない好青年だ。
【運命識士】をもってしても欠点が見つけられない。
彼を弾劾しようにも全てコルバリウスの幇助程度。
民衆からも人気を博している理想的な次期領主だ。
だからこそ、非情に惜しい。
「ありがと。シーバス。私は話した。あなたの話も聞かせて」
「ああ、もちろん。そうだね、まずはお父様のような領主になりたいと決意した日の話を──」
「私が聞きたいのはあなたと、あなたの妹の話」
「なんだって……?」
キミの見込み通り、ヨークは気高い。
聡明で、健気で、心優しい。
生来のものだとしても、後天的だとしても。
ナーサリーの存在が気にかかって仕方ないのだろう。
コルバリウスは言った。
彼女は不出来だと。
シーバスは否定しなかった。
それは偏に、父親の発言を肯定していると同義だと。
キミがどれだけ実直で気のいい青年だとしてもだ。
「ナーサリーのこと、私に教えて」
ヨークは淘汰されるのを待つ弱き者を見捨てない。
かつて、信じていた者を喪い、裏切られた彼女であるからこそ見過ごすなどできないのだ。
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しんと部屋全体が静まり返った。
元より幻影を見せているアヤメや、私の影に潜ってるホロウは当然として。
超然とした様子で事の成り行きを見守るロムルスは、私の考えを汲んでくれているみたいだ。
そんな彼とは対照的に、シーバスとコルバリウスの顔色は優れない。
まるで図星を突かれたように、言葉を継げていない。
きっと二人は探られないものだと高をくくっていたんだろう。
誰も触れることはないと、腫れ物のようにナーサリーを認識しているんだろう。
それは大きな間違いだ。
私が聞かなければ、きっとロムルスが追及していた。
彼は不出来の一言で呑み込むような粗忽者じゃない。
「ヨーク殿、その件は先ほど──」
「あなたに聞いてない。私はシーバスに聞いてるの」
「……ッ、ヨーク殿。これは一介の男女のおふざけで済ませられません。曲がりなりにも外交の場なのですよ……!」
「いいじゃないか、コルバリウス。外野は黙っておこう。それは野暮ってものだ」
「ロムルス殿…………ッ!」
「≪何だか……きざったらしいですね≫」
「≪アヤメ。あとでOHANASHIがある≫」
「≪やです≫」
一人だけ食事を楽しんでいたアヤメの悪態へ、当然のように同じ魔法を使って返答するロムルス。
思考を共有できる魔法らしい。
昨日の魔法もだけど、アヤメって実はとんでもないんじゃないかって思う。
確かテリアが“龍気”を介して念話ができるって言っていた。
言葉にせずにイメージだけを送るのは至難の業だって。
魂と魂の通路を作らないとだめで、それはそもそも人によって異なる魂の形を寸分違わず認識しないといけないらしい。
私の【権能】も他者に作用するからわかる。魂はひどく曖昧で、漠然とした覚束ないものだ。
そんな代物をアヤメは知覚しながら、今も認識阻害と噓発見の魔法をかけながら屋敷全体を探索している。
負けてられない。
私は、私にしかできないことを。
「ヨーク殿、俺と貴女の関係を決定づけるものだとしても……聞くのかな」
「目を背けるなんてできない。それは卑怯者のすること」
「そうか……」
瞠目して頷いたシーバスは葛藤している。
私を信用すべきか、それとも自己保身に走るべきか。
ナーサリーのことはロムルスに聞けばいい。だから、この質問はシーバスを信頼できるか否かを決めるための分水嶺。
もし、正直に答えてくれるのであれば──
「ナーサリーは養子だ。彼女の両親は事故によって六年前に死去した。そのショックで精神が壊れてしまったんだ…………本来ならば表舞台には立たせるべきじゃない」
「けど、政治の道具にしようとした」
「釈明のしようもない。明け透けに言ってしまえば廃人同然の妹を売り払う行為だ。外道の烙印を押されてもおかしくない」
ナーサリーをマルタの兄へと嫁がせる提案をしたのはシーバスではなくコルバリウスだ。
彼は無慈悲になりきれていない。
義理の妹とはいえ、肉親と思っている。
だけど、領主であり父親のコルバリウスに逆らえない。
だから、せめて責任だけは背負おうとしている。
「よくわかった。ありがとう、こたえてくれて」
「……綺麗な笑顔だ。やはり、貴女は気高い人だ」
善人だと思う。
彼は嘘偽りのない人格者だ。
心の底からナーサリーの境遇を憐れんで、少しでも力になってあげたいと思っている。
私の隣でにたにたへらへら薄気味の悪い笑顔を浮かべている男とは正反対。
人でなしの誹りを受けようとも、シーバスは甘んじて受け入れるだろう。
まっとうで、正しさだけを信じている。
とてもじゃないけど誰にでも真似できる心根じゃない。
為政者であるから、政治に必要だから、領民のために家族を犠牲にする。
筋の通った言い訳なら、簡単な御託程度なら、つらつらと並べることもできた。
けれど、シーバスの選択は違った。
シーバスは正面から私に向き合ってくれた。
私に魂の形を見極める力はない。
だけど、これだけはわかる。
「私はあなたを信じる」
「ありがとう、ヨーク殿」
私の本心を伝えた。
シーバスを疑うつもりは微塵もない。
彼は虚偽を一つも混同させなかった。
だから、シーバス=フォン=ランゴバルドは疑わない。
核心について、口にしなかったシーバスの言葉は。
迂遠で老獪な技術だ。
アナスタシアが出発前に教えてくれた。「嘘を吐かず、かといって真実を話さない相手は手強い」と。
重要で無視しえない情報を隠匿している可能性が高いとも。
未だ二十代にしか見えないシーバスでは到底使えるはずもない、交渉手段。
何に対して納得しているのかわからないけど……頷いて私たちの会話を眺めていたロムルスは例外として。
どこかで整合性の齟齬が生まれるような会話に実戦経験の乏しい彼が運べるとも思えない。
つまりは、無自覚、無意識だ。
けれど咄嗟に口を突いて飛び出してしまうほど多用しているなら、彼の年齢と経験は符号しない。
歯車が狂っている。
巧妙な話術を使えるのに、経験はゼロに等しい。
私の推測と現実の乖離が余計に不気味さを加速させる。
アヤメの覚えた違和感と、私の引っかかったところはきっと違う。
それでも、累積すれば怪しくも見える。
清々しい笑顔で言葉を交わしてくれるシーバスと、食事に手を付けず虚空を眺め続けるナーサリーの様子が全くの別世界にいるようで。
ただ一人、我関せずを貫くコルバリウスの態度と噛み合わなくて。
まるで姿も形も見えない怪物に絡めとられたような気がして仕方がない。
闘うべき相手がわからない恐怖は、私の心に重くのしかかっている。
無機質で生きた心地のしない感覚は、食事が終わるまでずっと続いた。
~お品書き~
【無色なる屍】(ナイン・カラー)。お馴染みの認識阻害魔法。
【無用の燕】(ナイン・ヤラアーンドゥ)。思考を共有できるとぉ~ても便利な魔法。
【完全球】(マテリアル・キューブ)。物理構造の把握。
【連結球】(アストラル・キューブ)。透過構造の把握。




