69. 懐古の再会
市場とは街の様子をそっくりそのまま投影したものだ。
街に住む人々の人間性や気性、来訪者への対応等。読み取れる仕草や口調など枚挙にいとまがない。
例を挙げるのであれば、アウグリュニーの市場は活気という活気に満ち溢れている。
商人の街とも称されるかの地は西側領土のみならず東側領土の情報や商品が錯綜し、故に多様な人間が入り混じる。
すると道行く者の大半が見知らむ者で、一々目くじらを立ててもいられない。
翻って、エディンの市場は気候や職人気質の性質も相まって閉鎖的に傾いてしまう。
ならば市場の形とて様相を異にするのは当然だろう。
では、ファルガー領はどうだろう。
西に“ボルアーの大海”、首都ドドリスの南西にはガン砂漠、北にはエルサイ川にドミア山脈。
自然に彩られているために古くから狩猟が盛んであるファルガー領では、獣狩りの素養にある反骨精神から気性の荒い者が多い。
無論、他の領地に狩猟文化がないわけではない。
リヴァチェスター領では東部の雪原から人里に降りる獣や、マルド・プール領ではカシオペア草原での山菜採りや“オディアの魔海”への漁業が文化として根付いている。
けれど、ファルガー領には及ばない。
人口と比較してもファルガー領の狩猟者割合は高い。
要因としては危険な肉食獣や頻繁な魔獣の出没、東側の密猟者対策が相乗効果として連綿に繋がっているがためだ。
さて、つらつらとファルガー領の風土について語ってきたが、ボクが注目したのは宗教だ。
ファルガー領の領民は頑固で、ぶっきらぼうな人間が多い。そして、信仰に篤い者も多い。
けれど、考えてみればわかることで命の危険に瀕する職業だからこそ神に祈るという思考プロセスを踏むのだろう。
“天神教”の基本はセルム派だ。
時の皇帝セルムによって確立した学派だが、西側領土ではそれ以前の理解が広がっている。
その名をカルカジェア派。
ボクたちとは縁のない人々だと思っていたけれど、多少の親睦もある。
「久しぶりだな、ロムルス。壮健そうでなによりだ」
白と黒の修道服に身を包む修道女。
はちきれんばかりの胸元に、短いスカート丈、もくもくと吹かす葉巻。
傲然にふんぞり返って立派な果実を強調する痴女の何たるかを象徴したような人物。
ボクたちの注文品を配膳しに来た店員など、彼女の恰好と実情との乖離で頭をひねっていた。
懐かしのパスタ専門店で腰を下ろして対面するボクたち。
シーバスとの次なる会合……という名のお見合いに備えて市場へ出たところ。
とっても懐かしい人物と出会ったわけだ。
「久しぶりだね、シスター・オルメカ。キミも相変わらずで安心するよ。ティナとエムス君は元気かい?」
色欲と堕落を詰め込んだような女性。
透き通るような白樺色の長髪も相まって、この世の者とは思えない常世離れした様相だ。
エディンの孤児院を運営する由緒正しきカルカジェア派のシスター。
シスター・オルメカがボクたちの目の前にいる。
「お陰様でな。あれ以来、ティナの奴はそこのガキに憧れちまって困ってる。どうしてくれる」
「知ったことか。貴様の監督不足なんじゃないか」
「減らず口は変わらねえな、メスガキ」
「貴様は皺が増えたんじゃないか? 若作りは止めたのか?」
二人はとことん相性が悪い。
どうしてか知らないがシスター・オルメカはホロウを目の敵にし、ホロウもまたぶつけられた敵意を返すように反発する。
「……ロムルス、この人だれ?」
「シスター・オルメカ。エディンで知り合った痴女……基い、聖職者だ」
「……? ほんとに?」
「疑問はわかる。けれど、真実だ」
「…………こんな聖職者がいてたまるか。これは夢だ。悪夢だ……」
キミは疲れているよ、ネリーアルス。
だから休みたまえ。あと昨晩から殺意のこもった目で睨むのはやめてくれ。こわいから。
「それで、お前らは何しにドドリスまで来た。また破壊工作でもしに来たか」
「ご名答」
「多くは語らねえ、か。まあ、あたしには関係ねえ。どうせリヴァチェスターは堕ちたんだ」
「露悪的な言い方をする。ボクたちは平等で公平な契約関係を結んだはずだ。キミも同席していたはずだが?」
「……、お前さあ。嫌われるだろ」
「だから媚び諂えとでも? 必要ならば躊躇しないけれど、キミには何の魅力も湧かないな」
「…………おい、嬢ちゃんら。こいつとは早々に縁を切った方がいいぜ」
「そうですよねぇぇッ! ヨーク、シスター・オルメカも仰っているじゃないか! こんな泥水の通っている男とは金輪際関わらない方がいい!」
「………………想像以上に嫌われてたわ。なめてた。お前のこと」
「上方修正してくれると助かる」
「そういうとこだろ」
御尤も。
シスター故か、達観した彼女は呆れを隠さずに苦笑している。
「キミは何をしにドドリスくんだりまで足を運んでいるんだい」
「カルカジェア派の集会だよ。あたしはエディンの代表だからな」
「貴様が? 世も末だな」
「おい、ロムルス。メスガキの調教は済んでねえのか」
「…………この人ひわい」
「擁護しきれない…………味方だと思っていたのに……!」
「愉快なメンツが増えたじゃねえか」
それには同意だね。
とはいえ、これで全員集合でもない。
ボクたちは買い出しを目的に市場へと向かった。
滞在日数の増加に伴い必要物資の補給が必須となったためである。
大所帯であるため絶対量も必然上昇する。
効率的で合理的な調達のために、ボクとホロウ、ヨークとネリーアルス、そして。
「……? あれ、ロムルスさん。そちらの方は?」
「また変なひと……!?」
アヤメとエンリの二人。
ボクたち四人が分断する前に、シスター・オルメカと出会ってしまった。
事前に集合地点を決めていたからよかったものの。
まあ、迷子になったとしても【運命識士】がある上に、アヤメの魔法なら悪漢相手でも余裕で勝利できる。
懸念はない。
「知り合いさ。エディンで聖職者をしている、シスター・オルメカだ」
「は、はじめまして……此方はアヤメと言います」
「……っ! エ、エンリです……」
丁寧でひたむきなお辞儀だ。
シスター・オルメカのことだ。
年端もいかない少女二人を手足のように扱っている嫌味を言われそうだ。
アヤメの実年齢はともかくとして、エンリは十分に彼女の庇護下にある。
さて、どう言い訳しようかな。
「………………ロムルス」
「なにかな」
溢れんばかりの罵声を浴びせられるか。
それとも、シスター権限で強制送還されるか。
説教を聞かされるか。
「アヤメ様を攫ってもいいか」
「いいと思ったか変態が」
すぱーん! と子気味のいい音が響いた。
途轍もない世迷言をサラッと口走ったシスター・オルメカへと、ホロウがダガーの柄で脳天を叩いたのだ。
どこに出しても恥ずかしくない痴女が少女拉致疑惑を口にしたのだ。
誰だって不思議に思う。
ほら、渦中のアヤメなんてボクの背後に隠れてしまった。
「もしかしたら語弊があったかもしれないね。理由を詳しく教えてもらないかい?」
「詳しいもあるか。アヤメ様を渡せ。さもないとお前のあることないこと風潮して回るぞ」
「ひ……っ!?」
「キミの方が性格悪いんじゃないか?」
ボクの背後に二人増えた。
ついでにネリーアルスは剣の柄に手をかけ、ホロウなんてダガーを二本抜刀している。
しかし、様子がおかしい。
これは、最早おふざけの域を逸している。
狂信者と言われても信じてられる血走った目に、今にも飛び掛からんとする挙動。
どろりと滴る血液は頭から血を被ったように悍ましい。
泰然自若として老獪な様子から一変した狂人のそれは二重人格でもあるのかと言わんばかりだ。
なんだ、アヤメと何の確執がある。
【運命識士】は沈黙。即ち、該当する記述がないと同義。
けれども、ただの乱心かと安心もできない。
深慮で理知的な彼女に限って。
それに、アヤメ関連の【運命識士】は信用が置けない。
エディンでは簡単な討伐依頼で身に覚えのない警告を発した。
ここはボクの直感と理性を信じよう。
「シスター・オルメカ。正気を保ちたまえ。アヤメはボクたちの仲間だ。そうやすやすと手をあげられる訳にもいかない」
「………………邪魔をするのか、ロムルス。妾の悲願を」
「熟慮したまえよ。キミがその調子ならば実力行使も辞さない」
逼迫している。
緊迫している。
何がきっかけになったのか不明だが、徐々に膨れ上がる殺気と敵意だけが彼女の異常性を際立たせている。
先の言葉に嘘はない。
オルメカが手段を選ばないのならば、ボクたちもまた全力をもって対処する。
「ロムルス、こいつ……」
「ああ、ネリーアルス。退りたまえ。キミでは太刀打ちできないよ」
「……ッ! 私も役に立てるぞッ!」
「キミは魔獣相手に啖呵を切るのかい?」
「なに……?」
「これは既に理性をとばしている。キミに理解できないはずもない」
「………………わかった」
一介のシスターにしては規格外だな。
魔獣か、“白金”級。今もなお膨張する“霊力”の螺旋。
得体の知れない存在だとは思っていたが、まさかここにきて牙を隠し持っていたとはね。
「最後通告だ、シスター・オルメカ。矛を収めたまえ。ボクたちにキミを害する気はない」
「……、──。………………ドケ」
「交渉決裂か。顔馴染みを害すのは気が引けるけれど……致し方ないね」
まともな人語も消失している。
豹変ぶりには怖気づいてしまうが、こちらにも退けない一線がある。
「貴様が誘導しろ。吾が殺る」
「任せてもいいかい?」
「それが吾の役目だ」
言葉少なに段取りを決める。
阿吽の呼吸だと自負するのは気恥ずかしいけれど、ホロウとの連携は慣れたものだ。
お互いの間合いやタイミング程度ならば目を瞑っていてもわかる。
相手の目的が明白な以上、そこに至るまでの道筋は決まっている。
「…………ロムルスさん。あの、此方に任せてもらっていいですか?」
「断る。貴様が狙われているんだぞ」
二つ返事でアヤメの提案を退け、凄むように語気を強く忠告するホロウ。
常人ならば一睨みでたじろいでしまう眼光だが、彼女はもはや慣れたかのように意に介さない。
「わかってます。けど、お願いします」
アヤメは自信に乏しい。
臆病が災いして己をさらけ出すことに抵抗を感じている。
けれど、信念が軟な訳でもない。
むしろ誰よりも強固で頑固な堅牢な信条を携えている。
「ホロウとボクがサポートする」
「ロムルス……ッ!」
「問題ないさ。算段はある。そうだろう?」
「はい…………此方が使える一番の魔法なら」
キッと魔獣に匹敵する殺気を放つシスター・オルメカを見据えて、アヤメは一歩前進する。
揺蕩う“霊力”……魔法の場合は“魔力”か。波打つように変容する“魔力”の束が如何に強大な魔法を使用するのか暗示している。
ちらと背後を垣間見ると、ネリーアルスがヨークとエンリを守るように剣を構えている。
どうやら店員は全員避難したようで、店内にはボクたちしかいない。
ホロウはシスター・オルメカを挟んで対局で趨勢を見守っている。
退避勧告をしないあたり広範囲破壊魔法ではない。
ならば精神感応系の魔法だろう。
「【楽園】」
「ありがとうございます、ロムルスさん」
もはやボクを見ていない。
彼女の意識は眼前で獰猛さを額面へと押し出したシスター・オルメカに収束している。
練り上げられる魔力は芸術の域に達し、アヤメの集中力はちょっとやそっとでは途切れることはない。
半歩先のアヤメの背中を、ボクは知っている。
【楽園】は【運命識士】で知り得るあらゆる生物を投影できる。
無論、黎明の時代に壮絶な争いを繰り広げた一大勢力すら。
『魔帝将軍』ラトリア=グラーリヒ。かつて“魔族”を率いた最高峰の魔法使い。
【楽園】では古今東西の魔法使いから技術を学び、アヤメもまた使えるように鍛錬してきた。
だが、まさか。彼女は、『魔帝将軍』の魔法すら身に着けたというのか。
「オルメカさん。初めましてで、手荒なことをしてごめんなさい。此方はオルメカさんと話したいから…………その、元に戻ってください……っ!」
「その魔法は……本当に?」
アヤメを中心に幾重にも張り巡らされた魔法陣の数々。
魔力をイメージと合致させて呼応した現象を引き起こすのが魔法だ。
しかし、それではイメージできない事象は魔法の範疇では再現できない。
その欠点をラトリア=グラーリヒは克服した。
魔法言語という魔力を変容させる術を発明し、魔法陣として固定することで現出させる──“秩序の書”によって。
未だかつて、魔族においても数人しか発動しえなかった最高難度の技術のはずだ。
ボクも挑戦してみたがてんで上手くいかない。
けれど、アヤメから感じる魔力のうねり、具現する魔力の秩序はラトリア=グラーリヒと見紛うもので。
「────【若き月神の審判】」
【運命識士】がボクへ教えてくれた。
秩序が乱されたと。
眩い白光と視界を埋める魔力の波動が、ボクに実感させる。
五感を封じられた状態で数ミリの精密作業を完遂させる常軌を逸した驚異的な結果を。
「ふぅ……成功、しました」
全てが収まったあとで、アヤメはそっと微笑んだ。
その両腕に気を失ったシスター・オルメカを抱えて、余波を残す魔法の螺旋の中で。
警戒心を解かずに様子を窺うホロウに事情を話し、二人を心配したヨークを安心させている彼女は。
ボクとホロウが切り捨てようとしたたった一人の女性を救ったアヤメは。
「……? どうしかしました? ロムルスさん」
シスター・オルメカの時間に干渉して時を巻き戻すなどという超抜的な魔法を披露してみせた彼女は、鈴の音と共ににこやかに疑問符を浮かべたのであった。




