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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第一章【自由の芽吹】──第一部【偶然の産物】
1/15

1.プロローグ

 運命を手繰る。


 背後に迫る怒号と殺気に辟易しつつも、足を止めることはない。

 普段から運動を怠っていたつもりはないが、舗装されていない山道をプレッシャーを味わいながら駆け抜けるのでは消費する体力が根底から違う。

 加えて、今は手枷を振り回しながら無我夢中で全力疾走しているために、ある一定の安全を考慮するならばあと少し歩調を緩めたい気分だ。


 ツンと鼻につく緑の香り。

 鬱蒼と生い茂る深夜の森林にあって、追手を撒くために走るには体力も、胆力も、十分とは言えない。

 それどころか、ここがどこで、何があって、どうして自分が追われているかすら……つまりは必要な前提情報の欠片すら把握できていない。

 けれども、唯一わかることといえば、()()()()()()()()()()()()()()という一点に尽きる。


 はや数十分にも及ぶ逃走劇の最中、一定感覚でフラッシュバックするは最も新しい光景。

 迸る鮮血に、頬を掠めた生ぬるい液体、全身を射すくめた獣の眼力。

 そして、せいぜいが都合の良い盾として使い潰された()()()()()()()()()()の人々の、断末魔。


 仔細な状況を把握できるほどの知能はない上に、それに値する経験値すらない。


 ただ、一つ。


 少なくとも、ここは文明の発達した故郷──日本ではないこと。


 理由は三つほど。

 まず、箱詰めされた感覚と阿鼻叫喚の絶叫に目を覚ました途端に放り投げられた()()()が簡素な馬車であったこと。

 そして、血走った眼で唸り声を上げるライオンと鷲の混成みたいな(おそらく、法治国家たる日本では動物愛護法違反だろう)空想でしか見ない獣が現れたこと。

 極め付けは、申し訳程度の甲冑を身に纏った男たちが月光を反射するロングソードをこれみよがしに見せつけていたこと。


 詰まるところ、あれなんて銃刀法違反もいいところだ。


「………………痛いな」


 逃亡中ではあるが最低限の情報を精査している最中、思わず呟いてしまった。

 落ち着いて……いいや、落ち着いているのか? 捕縛されると十中八九命のない亡命紛いの行動に身をやつして。

 うん、それはいい。今考えるべきではない。

 思考をすべきは現状の格好であろう。

 麻に手足を通す穴を開けただけだろう、と疑いたくなる程に薄いシャツ(?)と短パン(?)、素足に履き心地の悪いシューズ。


 凡そ入植して下り坂も躊躇なく転がり落ちる動作に適さない服装。

 おかげで、擦り傷も打撲痕も惜しみもなく晒してしまっている。


「………………まあ、いいか。できるだけ、遠くに。倒れる前に」


 なぜ、なぜとわからないことだらけの現状に、けれども取り乱しても仕方ないと強引に思考を閉ざす。

 段々と身の上を把握してきたからか、我ながら見事に木々を上手く扱えていると自負できる。

 徐々に暗がりが消え、つまりは夜明けが近づいていると肌で感じながら。

 それでもひた走る。


 生物としての生存本能に従って。











 ❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒










 肌寒くなってきた。

 ありふれた住宅街を横目に制服ズボンの両ポケットに手を入れ簡易的な暖を取る。

 益体のないことを考えつつ、前日までの疲れが嘘のようにスッキリとした脳内に、無性に腹が立つ。


 昨日は葬式だった。

 誰の? 姉の。

 ただの姉ではない。母親の姉……の娘だ。

 同時に、自分が唯一敬愛する姉だ。

 親戚という間柄であるためか、年に一度の会合でしか会えないがそれでも彼女の輝きには惹かれた。

 いついかなる時も笑顔を絶やさず、もしその場に蕾があれば満開に咲き誇るであろう朗らかな雰囲気を纏う人類の言語では表すこともできない尊い人だ。


 にも関わらず、周囲の大人からは気味悪がられていた。

 原因などわからない。

 けれど、その影響は根深く、突如として行方不明となった姉の捜索も曖昧に早々に死亡したものとして役所に届けやがった。

 その所業に沸々と湧き上がる激憤を抑えられず親戚連中の前で、散々喚いた。


 ああ、うん。思い出すだけで反吐が出る。

 とはいえ、こちらもこちらで距離を置かれていたのでから、今更何が変わるというのか。


「あっ! s#4z/s#?っ!  おはようっ!」


「……? あ、ああ。正優(せいゆう)か」


「どしたの? 上の空だったよ?」


 耳心地の良いソプラノの声色、流れるような綺麗な黒髪をロングスタイルに、学校指定の制服に身を包んだ少女。


 光善(こうぜん)正優(せいゆう)、中学の時分に出会い進学先の高校でも同じクラスに編成された腐れ縁の存在。

 極めて強いリーダーシップを発揮し、クラス単位の人間を一言二言でまとめ上げるカリスマ性を有する。

 ついで、本人の能力も高く、学力や運動能力、人間関係構築能力においても同学年の人間相手では無敗を誇る。

 そんな人間が一体、何を思って積極的に声をかけてくるのか大いに疑問ではあるが、望んでいるか問わず彼女の齎す情報は有益なものが多い。


「あれ……? s#4z/s#? ど……ぅしたぁ──の……?」


 どうしたか問いたいのはこちらだ。

 景色が、視界が大きく歪む。

 大地に対して垂直に立っていられない程に三半規管が異常をきたしているのだとわかる。

 途端、記憶や感覚、()という人格を定義する何もかもが不躾に簒奪される薄気味悪い体感を強制的に味合わされる。


 ああ、そうだった。


 これは()だ。








 ❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑








 バチりと視界が開ける。

 鼻につく刺激臭は近代日本のコンクリートジャングルに慣れた文明人には彼岸の関係にある。

 全身を包む大小様々な苦痛に眉を顰めながらも、耳朶に届く一定感覚の水滴の反響に慌てて周囲を見回してしまう。

 まさか、たった一晩の経験で人間とはここまで疑り深くなるのかと、場違いにも感慨に耽る余裕はあるようだ。


「……僥倖(ぎょうこう)、とは言い切れないか」


 刺すような痛みを思考の枠外へと追いやり、頭上スレスレの洞窟内で立ち上がる。

 昨晩の逃走劇の終盤戦、鬱蒼とした森林の内部に見つけた絶好の隠れ家。

 天然の洞窟に息を潜めて、滑稽にもそこで一夜を明かしたらしい。


 どうやら打撲はあっても骨折はないらしい。

 一晩無防備に眠った代償が無傷で済むに越したことはない。

 安全は確保されていると仮定して…………改めて、状況精査だ。


「覚醒すると森の中で、異常な縦尺を誇る獣と遭遇し、服とも言えぬボロを着せられ。挙げ句の果てには手枷か」


 足元に目線を下げれば粉々に粉砕された手枷の残骸が、恨めしそうに睨め上げられる。

 洞窟内の手頃な岩へと振り下ろして枷を壊すことで自由を得た身としては、鉄や鋼といった材質ではなく木製で良かったと心から思う。

 とはいえ、深々と刺さった枷の破片を抜くのに四苦八苦した…………まあ、日常の動作に支障はない。


「思考が逸れたな。幸運にも五体満足で逃げ切ったと信じたい。これで包囲されていたら失笑ものだが……ならば一晩待つ必要などない」


 少なくとも追手はいないだろうと予測を立てて。

 けれども最低限の警戒を保って戦々恐々としつつも洞窟の出入り口を目指す。


 考えうる可能性は二つ。


 どこぞの国際的犯罪組織に拉致されて運送途中であったか…………考えてくもないが、いいや、()()()()に至る過程を必死に認めんと無駄な足掻きをしているが。

 確か、いつだったか正優との会話で興味を惹く単語として記憶していた事象があった。

 けれど、それは夢物語で、幻想の彼方でしか語られないと思っていた。


「…………()()()()()。いや、未だ生死の区別がついていないから……異世界召喚の可能性も捨て切れない」


 だとするのならば大問題だ。

 言語の通ずる可能性のある前者と比べて生存確率など絶望的な格差だ。

 言語の問題も然り、昨晩の情景と質素な馬車擬きに、行動を阻害するための枷を顧みるにこの世界には奴隷制度、それに近しい何かがあって、なんと自分は奴隷側という。

 貨幣も、常識も、国土も、身分も、挙げ句の果てに明日の命すら覚束ないなんてとんだ悪夢だ。


 うん、けれども、どうやら悪い考えは的中するらしく。

 現実離れした現象を口にして、けれどもそれを性質の悪い冗談として捨て切れない事情があった。

 なにせ、まさしく奴隷然とした服装に簡易的な拘束──ぶらりと下がった腕のような肉片を嚙み潰し、爛々と輝かせた獰猛な目で射抜く獣と…………目が合ってしまった。


 認めざるを得ないじゃないか。


 少なくとも五メートルはあるであろう強靭な体躯に、血肉で染めた口元を見て、身のすくむような殺気、己が被捕食者であると自認させられる眼光を正面から受けて。


 こんな超重量級の獣なんて、()()()()()には存在しなかった。


 即座に回避行動を選択できた自分を褒めちぎってやりたい。

 けれど、悲しいかな。

 相手は密林で捕食者(ハンター)としての地位を確立していて、片や自分はアスファルトと快適のオンパレードたるジャングルでぬくぬくと過ごしてきた身だ。


 そもそもの基盤が違う。


「……ッ、がぐぁああ゛ッ!」


 思わず溢してしまった絶叫を責められる者はいないだろう。

 まるで覆い被さるように迫る獣の大口に対して、半ば無意識に左腕を捧げていた。

 無論、それだけで勢いを殺せることはなく、背後の岩棚へと叩きつけられる。

 衝撃に呼吸もできないが、それよりも深々と牙の刺さった左腕から全身を駆け巡る苦痛の方が深刻だ。


 ただ、痛い。


 血肉を貫き、骨を噛み砕く咬合力を前にして、人間の精神はかくも脆いものなのか。

 バリバリと、いや、メキメキと? 兎も角肉体の一部が咀嚼される音を間近で聞きながら、ただの獲物であると身をもって教え込まれて。

 痛みなのか、恐怖なのか、視界がチカチカと明暗を繰り返し、筋肉という筋肉が強張っていく過程をありありと感じとれる。

 まさか、死後硬直が始まったのか……? まだまだ生きている、とは言え生命の灯火は数秒あれば吹き飛ばされそうだが。


「……ふ。どう、やら……まだまだ元気、らしい」


 獲物が余裕の笑みを浮かべていることが、気がかりらしい。

 鼻息のかかる程近しい距離で身を寄せ合って、困惑に眉根を寄せる獣がなんと愛らしいことか。

 まあ、それもこれも命の手綱を握られていなければ、の話だが。

 怖い、痛い、逃げたい、嫌だ、生きたい──幾多もの思考が張り巡らされている中で、鋭い苦痛に身を焦がしながらも、それでも()()()()()()()()()()


「なあ、獣。なんで、私がこの洞窟に……逃げ隠れてと思う?」


 いよいよ侮蔑を含んだ食事の瞳に耐えられなかったらしい、とっとと息の根を止めようとより深く、より絶大な損傷を与えようと獣は身を乗り出す。

 次第に強固に変わる圧力を、もはや感触の欠片も残っていない左腕に憐憫を送りつつ。

 体重を反動と共に左側へとかける。


 さて、哀れにも人語を介さない獣に投げかけた問いの答え合わせをしようじゃないか。


 まず、追手から隠れる必要があった事実が一つ。

 だが、それよりも切迫した理由があって、洞窟内へと避難したのだ。

 鋭角を超える傾斜、吹き曝しの絶壁、弾力のある土とは異なり岩肌を露出しているだけの崖。

 つまりは、崖を駆け下りる勇気がなくて日和見した結果が、洞窟での一夜だったのだが。


 究極の所は、利益衡量だ。


 このまま獣の食糧となって十数年の命を散らすか、一か八かのスカイダイビングに命を賭けるか。

 生憎と、このまま腹を満たす養分になってやるつもりは──毛頭ない。










 ❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑









 幾分か無茶をした。

 決死の紐なしバンジージャンプ(命の保証はなし)へと挑戦したにしては、凝り性のない余裕だ。

 今でも身体が宙に浮いて地を踏みしめず、重力に従って真っ逆さまに地表が迫る情景は身震いでは治らない。

 当分は悪夢として現れそうで辟易してしまう。


「さて、そろそろ方向を決めねばならないらしい」


 怪我の具合を確かめるように緩慢で最小限の動きで身を起こすものの、獣の歯牙を寸でのところで留めておいてくれた左腕以外に目立った欠損はない。

 無論、昨晩の擦り傷や打撲痕はジクジクと痛むが、それでも真に迫った脅威を振り払った代償としては安すぎるくらいだ。

 そして、目に見える危難が去った後の息抜きすら、現状は許されていない。


「…………困ったな。やるべきことが多すぎて、却って何もやることがないと思えてしまう」


 実に困る。

 何せ、この森林が一体どこで、そもそも人里というものがあるのかも不明瞭で、というよりこれから数時間後の命すら覚束ないときたものだ。

 遭難時のライフハック等はうろ覚えながらも既知ではあるが……ああ、情報溢れるインターネットパラダイスで生きてきた恩恵を身に染みて享受した気分だ。

 状況が状況でなければ諸手をあげて歓喜に叫び回りたい気分だ。


 はて、今更だが、何故前向きに計画を立てているのだろうか。


「…………柵はない。侮蔑もない。それに、()()()もいない──けれども、自死を選ぶほどの覚悟もないと」


 走馬灯というにはお粗末。

 脳裏を駆け巡る()()()での生活など一考する時間を捧げる価値すらない。

 唯一、自分を繋ぎ止めていたものがあるとするのならば、姉の存在であり──あの人も既に行方がわからない奇怪な状況にある。


 刹那、掠める彼女の微笑みは、朗らかで愛おしく永劫に隣で生きて生きたいと思わせる魔性の魅惑があった。


「ああ、うん。そうだな。きっとあの人は許さないか……いいだろう。幸か不幸か侮蔑も、隔絶もない世界に息づいているんだ。いっそのこと、こちらで生を謳歌してもいいかもしれないな」


 野垂れ死ぬ末路を憂いたわけではない。

 ただ、許されないだろうと、笑わないだろうと。

 あの人は、世界で立った一人敬愛し、親愛するあの人は、腐敗と共に生命を諦観する自分を前にして心臓を鷲掴みに魅了する顔で、微笑んではくれないだろう。

 ならば、生きよう。

 朽ちてはならないと、信念に刻んで。







 ❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❑❒❑❒








 聳える城壁、検閲へと繋がる長蛇の列、そして、木枯らしに揺れる木々の騒めきなどではない懐かしさすら感じ得る喧騒。

 ようやく、辿り着いたと一種の感慨深さから安堵に打ちひしがれてしまう。

 実に長かった。

 ああ、本当に気が狂いそうになる文字通り命がけのサバイバルだった。

 共に命を投げ出した熱い友情で繋がれた獣の肉を削ぎ、まるで頼りないライフハックに憤慨しつつ、浅慮にも空腹に敗北し見るからに危険な動植物によって生死の境を彷徨って、同じように遭難した旅人の遺品を惨めにも漁り……兎にも角にも一週間、生き汚くも生き延びた。


 そう、生き延びたのだ。


「さて、ここまでは大方想定通りというべきだろう。うん……森を抜けるまでにかかる時間は度外視しているから、出口のない無限回廊でない限りは想定通りだが」


 一時は本当に出口のない森林ではないのかと発狂したこともあったが……その苦労は報われる。

 まあ、だからと言って難題が根こそぎ解決できたわけではなく、理想へのスタートラインに立っただけなのだ。

 円形の城壁都市に相違ない街を睥睨して、内地で暮らす人々へと思いを馳せて……改めて、自己を振り返る。


「…………うん、怪しさ満開。まるっきり野生児じゃないか」


 まず、左腕がだらんと力なく垂れ下がり、包帯がわりの布が痛々しい。

 道半ばで倒れたのであろう旅人から追い剥ぎ? によってややゴワゴワした黒のズボンに鎖帷子を羽織り…………不本意ながら野盗からぶんどった鉈。

 どこからどうみても不審者で、今すぐ捕縛してございッ! と開き直ったような服装。

 加えて……。


「言葉はわかるが、文字は解読不可。文明レベル如何にしても、少なくとも別世界なのだろうね」


 一抹の不安……すら覚えられるほど潤ってはいない。

 生憎と純粋で世界は澄み切っていると信じて疑わないままに密林を脱出したわけではない。

 この世界の人々からすると狩りやすかったのかもしれない。

 野盗、山賊、幾度となく眼前に現れては御命頂戴とばかりに襲ってきた……うん、それはもう抜き身の刃をぎらつかせて、格好の獲物を見つけたと信じて疑わない目で。

 その度に命の危機に瀕してきた上に、あの命を屠る時の感触は不愉快極まりない。

 ……思い返すだけで気分が悪くなる。


「とはいえ、彼らも無益であったわけじゃないし、いいだろう。社会通念諸共、有意義な情報を喋ってくれた」


 ペラペラと手元の黄ばんだ手帳を()()()開帳し、改めて情報を読み取る。


 ──ウェスタ・エール帝国


 それがこの世界に君臨する最高国土を誇る、唯一の国家の名前。

 領地を細分化し、各領主を介して統治する典型的な国家体制であり中央集権政治の徹底された超強国。


 そして、現在眺めている都市は城塞都市ドル。

 帝国の北端にあたる都市で、アデラ・ジェーン山脈を挟んで帝国の西側に位置する都市との交易を担う地だ。

 因みに、アデラ・ジェーン山脈は四大霊山と呼ばれる山々の一つらしい。

 というのも、一週間余り彷徨っていた密林がアデラ・ジェーン山脈の登竜門同然の地で、奇跡的に東に位置していた城塞都市に出られたというわけだ。

 地理的にはアデラ・ジェーン山脈の北は“クァラクの天海”と呼ばれる温暖な大海原で、南には最果ての観測できないゴ・ジェーン渓谷が大口を開け、西には帝国の一領土であるリヴァチェスター領がある。


 真偽の程は定かではないが、話を聞いた盗賊の話ではアデラ・ジェーン山脈、ゴ・ジェーン渓谷、そして、さらに南へ進むとワデラ・ジェーン山脈が連なり、帝国を東西で分断する形となるらしい。

 帝国の首都ミンスターは東側に位置し、西側の領土の統治には大変苦労するという。


 この時点で聡い者は気がつくであろうが、どうにも最近の帝国は東西に分断される危険性を孕んでいると。


「まあ、あまり関わりたくもない話題だが」


 東西分裂、国家の危機に瀕して統治者のとりうる手段は大して多くはない。

 円卓囲って御話し合いで全て解決致しましょう……とか無血で収まるとは思えない。


 十中八九、戦争になる。

 いいや、国家内で行われるのだから内戦、内紛……独立運動というべきか?

 どちらにせよ、きな臭くなる前に布石程度は打っておきたい──平穏と安寧を享受できる地への布石を。


「そのためには、都市へと潜入する必要がある。何をするにしても、資金は必要だ」


 そして、非常に厳しい検閲を誤魔化す手段も手元にある。

 その後のことは、数時間先の己へと丸投げして。

 異世界から一切の事情を知らずに放り投げられた青年は、ゆらりと誰にも気取られずに行動を再開した。

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