第九話:「狂気と共鳴する新たな力」
荒廃した大地を歩き続けるレオンの姿は、まるで怪物そのものだった。アルファスとの契約を経てさらなる力を得たものの、その代償としてレオンは次々と命を奪い、魂を糧にしていた。心はすでに狂気に蝕まれているが、彼の意識はなおも次の力を求めて動き続ける。人々の悲鳴や絶望が彼の耳に届いても、心には何も響かなかった。
ある日、レオンは魔力が漂う深い森にたどり着いた。この森には古の悪魔が眠っているという噂があり、周囲では近づくことすら禁忌とされている地であった。だが、そんな噂を聞いてもレオンは興味を抱くどころか、不敵な笑みを浮かべた。これほどの場所なら、きっと強大な力が手に入るかもしれない――そう考えたからだ。
森を進むうちに、レオンは奇妙な気配を感じた。足元には黒い靄が漂い、彼の行く先を導くかのように流れている。不気味な気配が増すにつれて、彼の内側でアルファスの声が小さく響いた。
「レオンよ、この先に待つ存在は我すら畏怖するものだ。その者との契約を望むならば、覚悟が必要であろう」
だが、レオンは怯むことなく進み続けた。彼の目の前には、巨大な石の扉が現れた。そこには悪魔の文字で何かが刻まれており、扉の向こうから強力な魔力の波動が伝わってくる。
「開け、悪魔よ。俺は新たな力を求めに来た」
その言葉が発せられた瞬間、石の扉が重々しく開き、闇の中から異形の影が姿を現した。彼の前に立っていたのは、アルファス以上の威圧感を放つ異形の悪魔――「デカラビア」だった。
デカラビアは、アルファスやパイモンとは異なる冷たさと孤高の雰囲気をまとっていた。その姿はまるで鋭利な刃のようであり、鋭い瞳でレオンを見据える。
「貴様が我との契約を望む者か?」
デカラビアの声は低く、重々しいものだった。だが、レオンはその冷たい眼差しに怯むことなく、堂々とした態度で答えた。
「そうだ。俺は力を求めている。何度死に戻っても、この地獄のような世界を生き抜き、すべてを支配するために」
デカラビアはしばらく無言でレオンを見つめた後、冷笑を浮かべた。
「よかろう。ただし、我と契約する代償は軽いものではない。アルファスがその対価を教えただろうが、我はそれ以上を求める。我が与える力の代償として、貴様は愛や友情、そして最も大切な『絆』すらも断ち切る覚悟があるのか?」
その言葉に、レオンの心にほんの一瞬迷いがよぎった。しかし、彼はすぐにその迷いを消し去り、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「構わない。俺はすでに全てを犠牲にしている。仲間も、絆も、過去も必要ない。ただ力があれば、それでいい」
その決意に満足したのか、デカラビアは小さくうなずき、冷たくも満足げな表情を浮かべた。
「よろしい。では、契約は成立した。貴様の魂には傷を刻みつけ、以後、貴様は我が力を自由に使うことができる」
デカラビアとの契約が結ばれた瞬間、レオンの体に異様な衝撃が走り、意識が暗転した。気が付いた時、彼は再び森の中に立っていた。デカラビアの力が注ぎ込まれたことで、彼の肉体はさらに強化され、異様な闇のオーラが彼を包み込んでいた。
彼が力を試すべく手を振ると、その一撃だけで木々が吹き飛び、深い闇のエネルギーが地面を裂いた。今までとは次元の違う力が手に入ったことを実感し、彼の心は歓喜に満ちていった。
だが、力と共に心の奥底で膨れ上がるのは狂気であり、彼の理性を食い尽くそうとしていた。デカラビアの力には特別な影響があり、使いすぎると彼の心に闇が根を張り、やがては完全に支配されることを意味していた。
「これが……俺が求めた力だ」
レオンはその強大な力に酔いしれるも、同時に自分が深い奈落に足を踏み入れたことを直感的に理解していた。彼が得た力は、彼自身をも破滅に導くものであり、その影響は日に日に大きくなるだろう。
それから数日が経ち、レオンはこの力を試すべくさらに戦いを求める日々を送り始めた。彼が行く先々で、敵対する者たちは一瞬で命を奪われ、その魂は容赦なくデカラビアに捧げられていく。その様子を見ていたアルファスでさえも、彼の異様な成長と狂気に戸惑いを覚えるほどだった。
夜が更け、レオンが眠りにつくと、夢の中で再びデカラビアが姿を現した。
「レオンよ、力を得た代償に貴様は自らの意識を失っていくだろう。すでにお前の記憶に穴が生じ、かつての知り合いの存在も消えつつある。だが、それで構わぬのだろう?」
その問いかけに、レオンは答えを返さなかった。ただ、その狂気に支配されつつある表情のまま、デカラビアを見つめ返した。その目にはもう、かつての人間らしさは微塵も残っていなかった。
「俺はもう戻れない。それがどうしたというんだ?全てを飲み込み、俺はこの世界を支配する」
デカラビアは満足げにうなずき、再び闇の中に消え去った。レオンの心に残されたのは、ただ力と狂気への渇望だけだった。そして、彼は再び夜の闇の中へと足を進めた。