第六話:「禁断の契約」
レオンは深い森の中で佇んでいた。数え切れない死と死に戻りの果てに、彼の精神は限界を迎えつつあった。パイモンとの契約によって得た力も、異世界の苛烈な現実に直面するには不十分だった。いくらパイモンの能力を使いこなしたところで、周りの人間や魔物、そして容赦ない絶望はレオンを何度も押しつぶしてきた。彼はさらなる力を求め、新たな悪魔の召喚を決意する。
深い夜の静寂の中、レオンは崖の上に立ち、血を滴らせながら魔法陣を描いていた。彼の決意は揺るがなかった。魂を削られ、何度も裏切られてきた彼の心は、もはや冷酷さを増す一方だった。新たな契約が、今度こそ彼を変えてくれると信じていた。
魔法陣が完成すると、レオンはその中心に立ち、鋭い声で召喚の言葉を口にした。空が深紅に染まり、暗闇から現れたのは、パイモンを遥かに超える圧倒的な存在感を持つ悪魔だった。巨大な翼を広げ、燃えるような瞳がレオンを見下ろしている。彼はアルファス――地獄の大公であり、無数の魂を喰らう最上位の悪魔の一柱だ。
「レオンよ、お前が我を求めたのは何故だ?この力を持つ代償は、極めて重いものになる」
アルファスは冷徹な声で問いかけてきた。レオンはその声の冷たさと迫力に怯むことなく、まっすぐに悪魔の瞳を見据えた。
「俺は……この地獄のような世界を生き抜くための力が欲しい。パイモンの力だけでは足りないんだ」
アルファスは微笑み、冷たい光を瞳に宿しながら答えた。
「なるほど。だが、レオン、お前はその代償の重さを理解しているのか?我と契約を結ぶには、並の代償では済まないぞ」
レオンは息を呑み、アルファスに尋ねた。
「代償とは……何だ?俺は何を差し出せばいい?」
アルファスは満足そうに微笑み、彼の質問に答えた。
「最上級の代償――それは魂だ。魂は全ての存在の核であり、悪魔にとって最高の糧である。魂を代償とする者には、我が最大限の力を与えよう」
レオンはしばらく沈黙し、その言葉を反芻した。そして、ある考えが彼の脳裏に浮かび、思わず尋ねた。
「……俺が殺した相手の魂を代償にしてもいいか?」
その言葉を聞いた途端、アルファスは歓喜に満ちた笑みを浮かべ、地響きのような笑い声を上げた。その笑い声は冷たくもあり、何か背筋が凍るような恐怖を感じさせるものだった。
「なんと素晴らしい提案だ!人間という存在は、なんと愚かで、なんと面白いのか。お前が殺した者の魂を捧げよ。その魂を貪り喰らうことで、我が力は更に高まるだろう」
アルファスの目が輝き、レオンはその光に圧倒される一方で、彼の中に湧き上がる冷酷な決意が確信へと変わっていくのを感じた。自分が生き抜くためなら、どんな犠牲も厭わない。それがレオンの新たな道となった。
契約が成立すると、レオンの体は一瞬熱い炎に包まれ、アルファスの力が流れ込んでいく感覚に襲われた。肉体が異様なほどに強化され、無限の力を手に入れたような錯覚を覚えた。しかし同時に、彼の心の奥底に黒い感情が芽生え始めていた。新たな力を得た彼は、あらゆる存在を見下ろすような錯覚に陥り、絶対的な支配欲が湧き上がってくるのを感じた。
だが、アルファスはその代償の一部を告げるのを忘れなかった。
「レオンよ、この力を過度に使えば、お前は暴走し、敵も味方も区別なく破壊してしまうだろう。その暴走はある“きっかけ”を持たねば止まることがない。お前がどんな存在であれ、この代償からは逃れられぬ」
レオンはその言葉を重く受け止めながらも、覚悟を決めていた。自分が目指すものは、すべての犠牲を乗り越えた先にある力と絶対的な自由だった。
「俺は構わない。この力を使い、必ずやこの世界を制する」
そう言い放つと、レオンはアルファスの力を全身に宿し、再び闇の中へと姿を消した。彼の目には、もはや人間としての温かさは一切なく、ただ冷酷な光が宿っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
契約を果たしたレオンは、新たな力に満ち溢れながらも、その力に飲まれることの恐怖も抱いていた。彼の視界には今までとは違う色合いが映り、まるで別の世界に生まれ変わったような感覚があった。そしてこの契約が彼をどのような運命に導くか、彼自身すらも予想がつかなかった。
だが、レオンは後悔することなく、強大な力を携えて次の戦いへと向かう決意を固めた。この力と共に、彼は絶望と恐怖が支配するこの世界に自らの存在を刻み付けようとしていた。
そして今、アルファスの契約を果たしたレオンの新たな物語が、静かに始まりを告げるのだった。