第三話:「悪魔の囁き」
絶望的な現実に晒され続け、幾度も死に戻りを繰り返す中で、レオンの心は疲れ果て、怒りと憎しみが胸の奥底に渦巻くようになっていた。助けを求めても裏切られ、希望を抱いても絶望に叩き潰される。そんな繰り返しに、彼の中で「信じる」ことへの意味は薄れていった。そしてある日、何度目かの死に戻りの直後に、異変が起こった。
目を開けると、いつもと同じ荒れ果てた廃墟の風景が広がっている。しかし今回は何かが違っていた。耳の奥で、静かな声が囁くように響いていたのだ。その声は、どこか冷たく、優美で、それでいて底知れない力を感じさせるものだった。
「……求めるのか、少年?絶望を越えるための力を」
その声が、レオンの胸の中に何かを灯した。まるで心の奥底に潜む暗い欲望が突かれたような気がして、レオンは声のする方に振り向いた。そこには誰もいないが、薄暗い空気の中から黒い影がゆっくりと立ち上がり、彼の前に姿を現した。
「お前は……誰だ?」
声が、冷たい微笑を浮かべたかのように揺らめく。
「私は『パイモン』。力を与える者、代償と引き換えに人を強くする者だ」
パイモン――その名を耳にした瞬間、レオンは漠然とした恐怖を感じた。しかし同時に、彼はその名前に強く惹かれる自分を感じ取っていた。この荒廃した世界で生き延びるために、力が必要なのは確かだった。何度も死を経験し、再び絶望の中で目覚めるたびに、彼は己の無力さを嫌というほど味わわされてきたからだ。
「……本当に力をくれるのか?」
レオンの問いかけに、パイモンは微笑んだ。
「もちろんだ。ただし、代償が必要だ。私の力を欲するならば、血を捧げるがいい」
パイモンの指先がレオンの腕に触れると、鈍い痛みが走り、皮膚に小さな切れ目が生じた。その切れ目から血が一滴、二滴と流れ落ち、冷たい大地に染み込んでいく。それを見て、パイモンの目が妖しく光った。
「それでいい。お前の血が、私の力を解放する」
その瞬間、レオンの体に鋭い力が走り、全身が力で満たされるのを感じた。肉体が強化され、視覚や聴覚が鋭くなっていく感覚が湧き上がる。彼は拳を握りしめ、その力の片鱗を感じ取った。
「これが、俺の……力」
しかしその力には、得体の知れない恐ろしさがまとわりついていた。だが、今の彼にはそれを恐れる余裕などなかった。ここで生き残るためには、この力を使うしかないと自分に言い聞かせたのだ。
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その後、レオンは森に足を踏み入れ、テストとしてモンスターとの戦闘に臨んだ。彼の前に立ちはだかったのは、異形の獣だ。凶暴な眼差しで獲物を見つめ、牙をむき出しにして威嚇する。それまでは逃げ惑うしかなかった相手だったが、今のレオンは違っていた。
「ここでお前を倒して、力の使い方を確かめさせてもらう」
彼は身を低く構え、獣の動きに意識を集中させた。すると、不意に体が跳ね上がり、まるで風のように素早く距離を詰めていくことができた。その瞬間、レオンの中に歓喜が湧き上がった。
「すごい……これがパイモンの力か!」
力を得たことで、今まで感じたことのない自信が湧いてきた。何度も裏切られ、絶望の中にいた少年が、初めて「勝つ」ことへの欲望を抱いたのだ。彼の拳が獣の頭部に突き刺さり、獣は地に伏したまま動かなくなった。
勝利を得た喜びに浸るレオン。しかし、その目の奥には、冷たい光が宿っていた。生き延びるためには、これからも戦い、殺す必要があるのだと理解したからだ。
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その夜、レオンは自らの血で得た力を振り返りながら、荒野で休んでいた。この力を持てば、裏切り者や人間の醜さにも屈しない強さが得られるだろう。しかし、力に頼りすぎることが新たな危険を生むことも直感的に理解していた。
「気をつけるんだ、少年。力を使いすぎれば、暴走が始まる」
パイモンの声が、彼の耳元に囁く。薄れた意識の中でレオンはその言葉に小さくうなずいた。
これからの戦いはさらに過酷になる。だが、彼の心には冷たい覚悟が宿っていた。たとえ何度死に戻っても、力を得て生き延びるために、どんな手段も選ばないと誓ったのだった。