第二話:「絶望の淵で」
レオンが異世界に来て数日が経過していた。衝撃的な景色と連続する危機の中で、生き延びるための努力をしながらも、恐怖と不安で体が冷えきっていた。異形のモンスターたちは人間をただの獲物としか見なさない。理性のない獣のように、獲物を引き裂き、容赦なく貪る。それがこの異世界の日常であり、レオンも例外ではなかった。
ある日、彼は一人の女性が道端で男たちに襲われている場面に遭遇した。彼女の悲鳴が空気を裂き、レオンは一瞬、その場から逃げ出そうとしたが、何かに突き動かされるように立ち止まった。彼女の命が危険にさらされていると感じたレオンは、意を決して近づこうとしたが、男たちがその視線に気づいた。
「なんだ、まだ子供がいるじゃねえか。どこから迷い込んできやがった」
男たちは薄汚れた笑みを浮かべ、レオンの方に一歩ずつ近づいてきた。レオンは身震いし、後ずさったが、何かに掴まれるようにその場に釘付けになった。
「……逃げるわけには、いかない」
震える手で拾った小石を握りしめ、なんとか威嚇しようとするが、彼の小さな抵抗は男たちにとってただの笑い話にすぎなかった。すぐに力強く腕を掴まれ、体が宙に浮かぶ。男の荒々しい手が彼の顔を押さえつけ、地面に叩きつけられた。
「く、そっ……!」
視界が歪み、痛みが全身を駆け巡る。その瞬間、レオンの意識は闇に飲み込まれた。
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目が覚めると、またあの廃墟に戻っていた。どうやら死に戻ってしまったらしい。見慣れた風景に吐き気を覚えながらも、ここから何度でもやり直しができるのだと理解したレオンは、それでも絶望をぬぐえなかった。
彼が死に戻りを繰り返すたびに、出会った人々は違えども、人間の心の醜さに触れ、仲間になると思っていた者に裏切られ、命を落とす羽目になる。目の前に広がるのは、次々と消え去る希望と血に染まる荒野だった。
しかし、何度も繰り返される死と戻りの中で、レオンは徐々に異世界の残酷な現実を受け入れ、冷静な目で自分の置かれている状況を見つめ始めていた。どうやらこの世界で生き延びるためには、善意や人間らしい情などは捨てなければならないのだと痛感した。彼の心は、過酷な状況に晒されるたびに少しずつ冷たく、硬くなっていった。
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ある時、彼は道端で倒れている人影を見つけた。その男は全身が傷だらけで、血を流しながらも息をしていた。レオンは彼を助けたいという衝動に駆られたが、その時、ふと冷酷な現実が脳裏をよぎる。
「……また、裏切られるかもしれない」
そう思うと、彼はためらい、ただ男を見下ろすだけだった。しかし男はか細い声で、「頼む……水をくれ」と訴えかけてきた。その瞳にわずかな光が宿っていることを感じ、レオンはそっと水を差し出した。
男は喉を潤すと、少しだけ微笑んで息を整えたが、次の瞬間、彼の目が鋭く光り、レオンの足元を蹴り飛ばしてきた。
「お前、どうしてそんな油断してんだよ!命が惜しくねえのか?」
突然の裏切りにレオンは驚き、反射的に逃げ出そうとするが、男はしっかりと彼を掴んでいた。
「悪いがな、こんな荒れ果てた世界じゃ、誰も信用なんてできねえんだ」
そう言って男はレオンの荷物を奪い去り、冷酷な笑みを浮かべながらその場を去っていった。レオンは地面に倒れ込み、またしても自分の愚かさを思い知らされた。
「……また、か」
その言葉を最後にレオンの意識が途絶える。
何度も同じような経験をし、裏切られ、傷つき、そしてまた死に戻っては絶望を繰り返す。その繰り返しの中で、レオンの心に芽生えたのは、誰にも頼らず、自分だけの力で生き延びるという冷たい決意だった。