第十三話:「渇望と代償」
デカラビアとの契約を果たし、さらなる強大な力を手に入れたレオンは、荒れ果てた異世界の大地を進んでいた。すでに異常なまでに強化された彼の肉体と闇の力は、彼を人間離れした存在に変えつつあった。しかし、その代償として、彼は着実に人間性を失っていた。
冷たい風が吹き荒れる中、レオンは一つの荒れ果てた村に足を踏み入れた。かつては人々が暮らしていたであろう痕跡があるが、そこに生きている者の気配はなかった。家々は崩れ落ち、焼け焦げた跡が残る。村の中心には、何かが村人を襲撃したような異様な痕跡があり、乾いた血の匂いが風に乗って漂っていた。
「こんなところまでモンスターが……」と呟くレオンは、ふと村の隅に動く影を見つけた。
その影は、小さな体を丸めるように隠れている少女だった。レオンが彼女に歩み寄ると、怯えた目でこちらを見上げる。その瞳には、恐怖と絶望が深く刻まれていた。
「……助けて、ください……」
少女の言葉に、一瞬レオンの心が揺らいだ。かつての仲間や友人の面影がふと脳裏に蘇るが、その一瞬の迷いもすぐに消し飛ばされる。力を得るために他者の魂を捧げ続けてきた彼には、この少女の命もまた一つの「代償」に過ぎないと思えた。
「ここにいると危ないぞ」と冷たく告げるレオンに、少女はかすかに頷いた。しかし、レオンが一歩近づくと、彼女は一歩引き、怯えた表情で叫ぶ。
「あなたも……あの人たちを、傷つけたの?」
その言葉に、レオンは眉をひそめた。「あの人たち?」と訊ね返すと、少女は震えながら言葉を続けた。
「私たちの村を守ってくれる人たちがいたの。でも、みんな……あいつらに……」彼女の声は震え、視線はレオンの周囲に漂う暗い気配に釘付けになっていた。
その時、レオンの意識にデカラビアの囁きが届いた。
「レオンよ、迷うな。この少女の魂もまた力となり、さらなる強さを与えるだろう」
デカラビアの冷ややかな声がレオンの頭の中に響く。彼は黙って少女を見下ろし、拳を握りしめた。その純粋な目が彼の心にかすかに残る良心をかき乱すが、彼はそれを抑え込むようにして深く息を吐いた。
「……もう、人を守るために戦うことはしない。俺は、俺のために戦うんだ」
その瞬間、レオンは少女の肩に手を伸ばし、彼女が目を見開いたその刹那、闇の力が少女を飲み込み、彼女の魂がデカラビアへと捧げられた。無垢な命が吸い込まれ、レオンの中にさらなる力が渦巻くのを感じる。
力を得るたびにレオンの肉体と精神は強化され、戦闘に対する渇望が彼の心を支配していく。無力であった過去の自分はすでに遠い記憶と化し、彼は力を得るたびに敵を見下すようになっていた。
「来るなら、誰でもかかってこい……」
彼のその叫びに応えるように、森の奥から巨大なモンスターの咆哮が響き渡る。振り向いた先には、鋭い牙と鉤爪を持つ巨大な狼のようなモンスターが現れた。かつてのレオンであれば恐怖で動けなかったはずだが、今の彼は冷静で、わずかに笑みさえ浮かべていた。
モンスターが勢いよく突進してくるのを見て、レオンはわずかに身構えただけで、その一撃を受け止める。巨大な牙が彼の目の前で止まり、そのままモンスターを片手で押し返し、反撃の拳を叩き込んだ。
「弱いな……」
一撃でモンスターを倒し、その屍を見下ろす。彼の内に満ちる闇の力は、さらなる強敵を求め、闇を彷徨い続ける飢えた魂のようにうごめいていた。そして彼は、自分の中で膨れ上がる力がいつか自分を飲み込むかもしれないという不安すらも、もはや考えなくなっていた。
デカラビアの声が、再び冷たく響いた。
「よいぞ、レオンよ。貴様の魂は今や力のためにのみ存在する。貴様が求める力は、さらなる犠牲と共に永遠に広がる」
レオンはその声に応じることなく、ただ冷たい瞳を前方へ向けた。そして、心の奥底で芽生えた渇望とともに、彼はさらなる敵と犠牲を求めて歩き出した。
力を得るたびに失っていく人間性、そして果てなき道を歩む覚悟。闇に堕ちたレオンは、すでに誰にも止められない存在となりつつあった。